追憶のオーバーロード   作:wash I/O

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第6話 三賢者会議(トリニティ)+1、そしてアフター

「それでは、第千八百飛んで一回、三賢者会議(トリニティ)(プラス)(けもの)を緊急開催いたします。」

 

とデミウルゴス。ぱらぱらと拍手、および咆哮。

 

(けもの)って……まぁいいや。」

 

(もう……慣れた。)

 

 ナザリック地下大墳墓第六階層(ジャングル)のツアーのお気に入りの巨木の下に、四人と一匹が集っている。

 

「本日は、今回の事件の直接の被害者の一人でもあるツアーにも参考人(ウィットネス)として同席してもらっておりますが、これについて異議は御座いませんね?」

 

 無言の同意。

 

 一人アインズだけは、当初ツアーのことを「現地生物ましてや(けもの)」と忌々し気に言い放ったアルベドが、異を唱えないどころか上機嫌で、それどころかしばしばツアーと視線を交わして微笑んでいることに驚きを通り越して不安すら感じたが、本題から脱線したくないのでそれをグッと呑み込んだ。

 

「言うまでもなく本日の議題は、先にツアーの居城を破壊した四人組の扱いについてで御座います。まず、パンドラズ・アクターから意見を述べたい、と聞いておりますので、そこから始めましょう。」

 

「あー、パンドラ。なるべく演出は抑えて……簡潔に、な。」

 

 言われた本人は、軍帽に片手を掛け斜に構えながら、

 

「わかってぇ……(はぁー)……おりますとも。

 ち・ち・う・え!」

 

(ぜん)(ぜん)、わかってねーじゃん!)

 

「では、アインズ様より簡潔に、との仰せが御座いましたので、結論から申し上げます。

 

 (わたくし)はホーソンなるプレイヤーの復活と、彼を含むギルド全員の赦免を提案申し上げます。」

 

 パンドラズ・アクターとコキュートスがえらくホーソンと共に戦った三人のNPCに同情していたことは理解していたが、パンドラズ・アクターをしてここまで言わしめることにアインズは正直驚いていた。

 

「理由……を聞かせてくれるか?」

 

 アインズの下問に、パンドラズ・アクターは三人から聞き出したギルド、エリュシオンの物語を開陳する。

 

 

 

 ダラム、デルカ、ケイト、そして遠隔視(リモート)で共にあったリーマンは、(みな)、自身がホーソンを(あるじ)とするNPCであることに自覚がある。

 

 一方で、彼らはホーソンによって、ホーソンのかつての仲間たちそのものであるべく創造されたことも理解している。こちらに渡ってきた直後から、ホーソンのことを敬称無しのピー、で呼んでいるのも、それがかつてのホーソンの仲間がホーソンを呼んだ際の愛称だからだが、そうせねばならないと彼らは強く感じると同時に、自分たちは(あるじ)ホーソンに対して極めて礼を失しているのではないか、との違和感も(いだ)いていた。

 

 ユグドラシル時代、エリュシオンを拠点ギルドとして()()し四人のNPCを創造したホーソンは、そのほとんどの時間をギルド拠点内で過ごし、NPCたちを好みの位置に立たせては、かつての仲間に語りかけるように一人で喋っていたのだそうだ。

 

 ダラムのモデルになった人物は文字考古学を専門とする学者であったらしく、こちらで覚醒したダラムは、常にそれらしく振る舞わねばならぬ、と感じていた。プログラマーで本当は気の効く優しい女性だが冷淡を装いがちであると定められたデルカ、アーティストで気まぐれかつ情熱的だがやや教養に欠けると定められたケイトも同様である。

 リーマンは病床にある瀕死の老人という、NPCらしからぬアバターを与えられているが、これはモデルになった人物が実際にそうであり、おそらくはホーソンが元々参加していたギルドにおける長老的、相談役的存在だったからではないか、とデルカは考えていた。

 

 これらから察するに、彼らのモデルは、ユグドラシルにおけるホーソンの仲間のアバターではなく、その背後にいた現実社会(リアル)のプレイヤー本人であるらしい。

 

 転移直後、自分たちがホーソン同様に言動できるようになったことに気づいた彼らは、ホーソンを喜ばせたい一心で、自分たちに求められたホーソンのかつての仲間の役を演じる一方、本当にこれで良いのだろうか、という葛藤も感じていた。だが、対するホーソンは、突然意思を持って動き出し、かつ、直接的に命じられたわけでもないのにかつての仲間を模倣しそれそのもののように振る舞うNPCをなんら咎めることもなく、自らも騙された振りを演じているようだった、とケイトは回想する。

 

 転機が訪れたのは今から三ヶ月ほど前、突然それまでエリュシオンの外に対してまったく関心をもつ様子のなかったホーソンが、冒険の旅をしよう、と言い出したことに始まる。ダラムたちは、その時点である程度の自分たちの能力についての検証を終えていたので、たちまちの危険がないことは承知はしていたが、それでも主人を僅かなりとも危険に晒す可能性を看過できず猛烈に反対した。

 が、ホーソンは何かに取り憑かれたように自身の主張を曲げず、元より主人の(めい)となれば従う他ないNPCたちは、リーマンをエリュシオンに残して常に一行(パーティー)遠隔視(リモート)で補佐することを条件にホーソンの提案を呑んだ。

 ホーソンは、当初はリーマンも連れて行くと言って譲らなかったが、<伝言(メッセージ)>がエリュシオンからの距離に関係なく効果することに気づいてからは、むしろそれを楽しむようになった。自然を装うために彼らは必要もないのに夜間は行動を抑制して休息を取ったが、その間、ホーソンはほとんどの時間をリーマンにその日の一日の出来事を話すのに費やしていたらしい。

 

 旅に出てしばらくして、自分たちの力がこの世界においては他に比肩しようもないほど強大であることに気づき始めたとき、ホーソンは盗賊団ごっこをしよう、と言い始めた。旅に出ることには不々承々(ふしょうぶしょう)賛同したNPCたちではあったが、自身の主人に倫理的に悖る行為をおこなわせることは返って忠義に反する、とこれを懸命に思い留まらせた。ホーソンは意外にもこのアイデアにそれほど執着はしなかったが、それは新しい関心の対象をみつけたからだ。

 

 ひらがなの彫られた石碑である。

 

 そして彼らは石碑に導かれてアナールと名乗る女吸血鬼(ヴァンパイア)に出会った。石碑はプレイヤーをイジェという村へ導くための手段で、アナールの家令であるエミルクが女の指示の(もと)に無数に配置したものらしい。イジェの村でも同様の、ここでまて、と書かれた石碑を見つけ、その日のうちにアナールは現れた。

 ホーソンを除く彼らは、アナールがあからさまに自身の利益のための使嗾を試みていることに気づいていた。おそらくはホーソンも気づいていなかったはずはない、と誰もが言う。だが、アナールの話の中に登場する髑髏(ドクロ)様なる不死者(アンデッド)の外見上の特徴が、ユグドラシル非公式ラスボス、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガに一致することに気づいた時点で、ホーソンの態度が一変した。

 

 そもそもエリュシオンの面々がアインズ・ウール・ゴウンを知っていたのは、ユグドラシル時代にホーソンが『ユグドラシル・リーダーズ・ギルド・レビュー』なる定期刊行物を購読していてその内容が丸々エリュシオンのデータベースに蓄えられており、かつ、それはある意味、転移後しばらくの間、彼らにとって唯一の娯楽だったからだ。

 そして、ホーソンはそのレビュー誌のアインズ・ウール・ゴウン特集全五回の記述を通して自身の所有する<七秒間の奇跡の指輪(リング・オブ・セブン・セカンズ・ミラクル)>がモモンガの必殺コンボ対策に有効であることに気づいて以降、モモンガとの対決を望むようになった。アナールは目敏くそれに気づき、それを実現するには髑髏(ドクロ)様と裏でつるんでいるアーグランド評議国の竜王(ドラゴンロード)に挑むのが一番だ、と煽った。

 

 

 

「……というような次第で、彼らはツアーの居城を破壊し、我らナザリックと事を構えるに至ったので御座いますが……皆様は何故(なにゆえ)ホーソン氏が冒険を思い立ち、盗賊団になると言い出し、挙げ句に無謀にも我々に戦いを挑むことになったのか、おわかりですかな?」

 

「簡単なことだ。

 ユグドラシル金貨だね。」

 

と冷ややかにデミウルゴスが言った。

 

 ギルド拠点を維持し続けるには一定のユグドラシル金貨を必要とするが、今でこそ問題にはならなくなったものの、換金箱(エクスチェンジボックス)を所有し、かつ、パンドラズ・アクターが至高の四十一人が一人、商人(マーチャント)音改(ねあらた)技能(スキル)を借用して割高な換金率を適用できるここナザリックにあっても、それは決して容易な試みではなく、この百年で様々な試行錯誤があったことはツアーを除く(みな)が承知していた。

 

 逆にツアーは、六大神や八欲王の支離滅裂な行動原理の根幹にあったものがこれほどに身も蓋もないものであったことを知り、驚きを通り越して呆れを感じている。つまるところ、ユグドラシルプレイヤーと言えども、この世の生きとし生けるものが生きるために他者から何某(なにがし)かを奪わざるを得ないという宿命とは無縁ではなかった、ということなのだろうと。

 

「調査してみねば断言は出来ませんが、エリュシオンはおそらく換金箱(エクスチェンジボックス)を所有しておりますまい。どうやらギルド運営資金は、すべてユグドラシル時代にホーソン氏がおこなった()()に由来しておるようで御座います。」

 

 ここに至って、コキュートスはともかくとして、何故パンドラズ・アクターがかくも彼らに肩入れするのかがアインズにも見えてきた。

 

「連中は……ギルドの資金問題を知らんのだな?」

 

「ご明察で御座います、父上。そして、ホーソン氏は敢えてそれを彼らに伝えようとしなかったのだろう……と推察しております。」

 

(ユグドラシル時代の父上がそうであったように。)

 

 アインズは、パンドラズ・アクターが言外にそう言っているのを感じた。

 

 この百年、ナザリックの財政問題に最も精力的に取り組んできたのが他ならぬパンドラズ・アクターであることを、知らぬ者はナザリックにはいない。が、その動機まで理解しているものは、おそらくはこの三賢者会議(トリニティ)の顔触れだけだろう。アウラやシャルティアは、これをパンドラズ・アクターの趣味だと思っている(ふし)すらある。

 が、パンドラズ・アクターの強迫観念(オブセッション)はユグドラシル時代の宝物殿において、日夜ギルド運営資金を稼いでは運び込み続けたアインズ、当時のモモンガの姿を、手助けができない自分を悔しく感じながら見守り続けるしかなかった原体験に由来している。

 

 そんな彼であるからこそ、ホーソンが偽悪的に振る舞った心理、その背後にある悲哀を知らされることすらなかった彼のNPCたちに同情の念を隠せないのだ。

 

参謀殿(デミウルゴス)は事も無げにさらりとおっしゃいましたが、これは我らの実存に関わる問題にて御座(ござ)いますれば、決して侮ることは出来ないので御座います。」

 

 こういう皮肉をパンドラズ・アクターが弄するのは珍しい。それほどにエリュシオンの連中への思い入れが強いのだろう、とアインズは思う。

 

「確かにそれはキミの言うとおりだ、パンドラズ・アクター。もし私の言が不快であったのならその点については詫びさせて欲しい。」

 

 逆にこういう場合のデミウルゴスは、誰よりも早く自分の非を認めることに常々アインズは感心しているが、同時にそれは、続く自身の主張を通りやすくするための方便に過ぎないことも、アインズは知っている。

 

 (なに)せ彼は悪魔なのだから。

 しかもあの、ウルベルト・アレイン・オードルの生まれ変わりを自認する……。

 

「だが!」

 

 ほら、始まった。

 

「私に言わせれば彼らは単に愚かだったに過ぎない。それに、その程度の物語(エピソード)で免責されるのであれば、並の貧者でありさえすればあらゆる強盗略奪行為を許されることになりはしないかね?」

 

 我々こそがこの世界における潜在的な最大最強の強盗略奪集団であることを知らぬデミウルゴスでもあるまいに、なかなか面白いことを言い出す、とアインズは(おもて)に出ないように笑った。

 

「第一、我々は彼らの倫理観を問題にしているわけではないだろう?

 連中は不遜にも我らが至高の(あるじ)にしてキミの創造主たるアインズ様に、こともあろうか無謀にも戦いを挑んだのだよ。それを赦免せよとは、セバスでもあるまいにキミらしくもない!」

 

 相手の論理に穴があれば、自身の真意に関わらず突っ込まざるを得ないところは、まさにウルベルト・アレイン・オードルの生まれ変わりを自認するデミウルゴスの面目躍如といったところか。

 

 それに、我々は彼らの倫理観を問題にしているわけではない、との指摘は存外深いところを突いている、とアインズは思った。ツアーがどう考えているのか訊いてみたいところだが、オレから話を振ると(みな)にわだかまりが残るだろうか?

 

「ツアーはいかがですか?」

 

 ん?

 

 顔に出すまい、と思っていたアインズも、流石に不意を衝かれて声の(ぬし)(ほう)をガン見せざるを得なかった。

 

 アルベドが、涼やかな笑みに優しい瞳でツアーをみつめそう問うたからだ。

 

「今回の件ではツアーが最大の被害者でもあることですし、ご見解を伺う必要があると思いますが。」

 

 え、何なのこれ?

 何か悪いものでも食べたの?

 

 逆に振られたツアーもいささか困惑気味で、アインズに向けてバツの悪そうな視線を送っている。

 

「……そ、そうだな。ア、アルベドもそう言っていることだし……オレもツアーの考えを聞きたいと思っていた……ところだ。」

 

 必死に冷静を装ったが返ってキョドり気味になるアインズ。

 だが、ツアーはその意味するところには関心がないようで、アインズが問うのであれば答えよう、という(てい)で話し始めた。

 

「アルベドが言うように確かにボクは被害者ではあるけれども、城が壊れただけのことで、独り暮らしだから誰かが巻き込まれて死んだわけでもなし、アインズが城を建て替えてくれているから被害と呼ぶほどのことはない。精々(せいぜい)びっくりして久しぶりに全速力で世界一周を飛んだのは疲れたな、というだけの話……かな?」

 

 まずツアーは飄々とそう言った。

 どこらへんがツボに入ったのかわからないが、パンドラズ・アクターが妙に嬉しそうに笑いながらツアーを見ている。

 

「そして、デミウルゴスが言うように、ボクらに彼らの倫理観を問うたり裁いたりする必然性はない、と思う。パンドラくんは彼らの赦免を求めたけれども、そもそもボクらは裁くものではないのだから、許すも許さないもないんじゃないかな?」

 

 ほぉー、随分とツアーも変わったものだな、とアインズは息を呑んだ。

 

 しかし。

 

 なんでパンドラズ・アクターだけ()()()()()()なんだ?

 

 まさか、知人の息子扱い?

 

「アインズ。」

 

とツアー。

 アインズは黙礼で続きを促す。

 

「ボクはユグドラシルプレイヤーではないからね、その内面は推し量るしかないしそもそも理解できないと思うからキミの考えを聞かせて欲しいんだけれども、ボクの考えを先に言うと、彼らはキミたちと八欲王で言えば限りなく後者の方に近い、と思うけど……どうだい?」

 

 非常に興味深い論点だ、と思いつつアインズは頷く。

 

「あぁ、その点についてはオレも同意見だ。

 で、どうすべきだと思う?」

 

「そこだよ、アインズ。彼らはキミたち同様に強大ではあるけれども、キミらと比べてしまえば比べるのも馬々鹿々しいほどに稚拙だ。少なくともボクはまったく脅威には感じないし、キミだってそうだろう、アインズ?」

 

 先の対決に際し、条件分岐する三十六通りの基本戦術を事前に計画し、下僕(しもべ)たちと綿密な事前打ち合わせ(ブリーフィング)をおこなった上で決戦に臨んだアインズにしてみれば、唯一の勝機のみに賭けて退路も確保せず拙速に仕掛けてきたエリュシオンは、ユグドラシルギルドとしては()()だった。おそらくホーソンの百レベルも課金で贖ったもので本人の経験の積み上げではないのだろう。

 

「それについても同意見だ、ツアー。

 

 だが……こちらの世界の住人全般にとっては物騒極まりない連中だろうな。」

 

 妙な腹の探り合いになってきたな、と思いつつもアインズはそう問うた。

 本来これは、ツアーの論理のはずだ。

 

 ツアーも同じことを考えていたようだ。

 

「キミからそういう物言いが出てくるとは意外だよ、ボクが言い出すならともかくね。

 

 そう……初めてキミと出会った頃のボクならば、問答無用に彼らをギルドごと始原の魔法(ワイルドマジック)で吹き飛ばしていたかも知れない。でも、不思議と今はそうは思わない。もちろん、彼らが再び本気でボクに挑んでくるのであれば受けて立つし、今度は……油断しないから遅れを取ることもない……ようにはしたいと思っているけれども、ね。」

 

「ふふ、そうあって欲しいものだな。こういうことが起こる都度おまえに居候される、というのは御免被るぞ、ツアー。」

 

とアインズは笑う。

 釣られて三人の下僕(しもべ)も、当のツアーまでもがはにかんだ。

 

「彼らが……ギルド資金とやらを獲得すべく、この世界の住人を蹂躙し始めたら……というのは考えなくもないんだ、八欲王がまさにそうだったからね。

 

 でも、正直に言うと、ボクが八欲王と鉾を交えたのは彼らの活動全体のほんの末期のことで、最初は知らん顔をしていたんだよ。」

 

「そう……だったのか?」

 

 てっきりこいつのことだから予防的に先に仕掛けたのかと思っていた。

 

「直接のきっかけは、たまたまその時分(じぶん)に付き合いのあった亜人の街を彼らが襲ったからで、知り合いから助けを乞われたからだ。そして一度対決してからは付け狙われるようになり、止む無く全力で応戦したんだ。

 

 その後()()()()あって、アインズを一時期苛立たせたように、ボクが勝手にこの世界の守護者を気取っていたことは否めないんだけれどね。でも基本的には、ボク自身もボクに直接関係のないことに手出しするつもりはないんだよ。

 

 だってそうだろ?

 ボクもキミも、この世界の所有者でも、ましてや神でもないんだから。」

 

 そう言われてアインズは、ツアーに対して、この世界の存在にとってこの世界が本物の人生であることが理解できないか、理解していながら無視するヤツは叩き潰す、と凄んでみせた自分の方が、(はた)から見る分にはよほど世界の守護者気取りなのではないか、という気がした。

 

 自分自身にそういうつもりがない、のは嘘偽りのない事実だが、生じる結果はおそらく同じだ。

 

「だから、ボクはこの上彼らをどうこうしよう、とは思ってはいないよ。また仕掛けてくるなら容赦はしないけれどね。

 

 パンドラくんが求める復活については、ボクがどうこう言うことではないね。それが出来るのはアインズだけだし、アインズが殺したんだから、そのままにするも蘇らせるのもアインズが思うようにすればいいのじゃないかな。

 その上で、もし彼らがボクに非礼を詫びたい、というのであれば、連れてきてくれても構わないし。アインズたちのように興味深い存在なのであれば、ボクもそういう知り合いが増えるのは歓迎だからね。」

 

 アインズは、自分がいささかツアーに対して構え過ぎていたかも知れない、と反省する。

 こいつは相変わらずちょっと妙なところがありはするものの、思っていた以上に聡明で、かつ大人だ。

 

 まぁ、アインズよりも七倍以上は生きているのだから、そうであってもらわないと困るが。

 

「……とツアーは言っているが、アルベドはどう思う?」

 

 この時点で自身の意見を開陳していないのは彼女のみとなったので、アインズはいつものように全員それぞれの見解を引き出そうとする。ツアーを含め、この場の誰もが自分以外の見解を憚って自説を述べることに遠慮するような真似はしない、という点については、アインズは深い信頼を寄せていた。

 

(わたくし)としては、曲がりなりにも将来的に敵対する可能性のある百レベルであれば、気勢を削いだ今こそが殲滅の好機(チャンス)と考えます。」

 

 え……いや、正直な意見を期待してたのはオレだけどさ。

 ここでそうくるわけ?

 

 いや、正論であることを認めるに吝かじゃないけど。

 

「ですが……」

 

 と、アルベドは続ける。

 

「さきほどツアーもおっしゃったように、彼らが真に脅威になり得るとも思いませんし、既にその頭目はアインズ様の御手(おて)にかかって十分な罰を受けたものかと。」

 

 ……ツアーも……ツアーも、()()()()()()

 

「あとは、そのホーソンなる者を生かすも死なすも、アインズ様の御心(みこころ)のままでよろしいのではないでしょうか?」

 

 アインズはアルベドがツアーに対して敬語を使ったことの衝撃が大き過ぎて、話の要点が頭蓋骨の外へと飛び出してしまっていた。とまれ、この場を収める(せき)だけは果たす必要があり、シドロモドロになりつつもデミウルゴスに問う。

 

「……あー、なんだ……その……この会議の通例では……あれだ……」

 

「大丈夫かい、アインズ?」

 

とツアーが心配そうに話しかけてくるが、心遣いこそ嬉しいが、今は余計な茶々を入れて欲しくはないし、そもそも反応を返す余裕がない。

 

「……デミウルゴス。

 パンドラとアルベドは……かの(もの)たちに咎めなしでよいようだが……あとは……頭目の復活については……だ。オレの……オレの預かり、ということで……かまわにゃい……にゃ?」

 

 か、噛んだ!

 

「もちろんで御座います、アインズ様。

 元より(わたくし)めもかの(もの)たちについては同情すべき点もあると思っておりました。この場においては多様な見解が必要かと愚考し、敢えて対論を申し上げましたが、ご不快であったとなればお詫び申し上げます。」

 

「い、いや、デミ。いや、デミウルゴス。

 おまえの……おまえのその心配りには……その……なんだ、常に感謝して……しているぞ!」

 

「嗚呼、有難くももったいないお言葉!

 恐懼の至りに御座います。」

 

 こうして、第千八百飛んで一回三賢者会議(トリニティ)は閉会となり、決まったことと言えばアインズへの丸投げだった。アインズとしては、丸投げを受けないためにやっている会議で丸投げが決議されるなどというのは本末転倒甚だしくもあるが、今はそんなことはどうでもいい。

 

「ア、アルベド。ちょっとオレの部屋まで付き合ってくれるか?」

 

「喜んで、アインズ様!」

 

 

 

 いつものようにアインズを押し倒そうとするアルベドを一旦(とど)めて、アインズはアルベドに問うた。

 

「ツアーと、何かあったのか?」

 

 アルベドはにこにことした表情をまったく崩すこともなく、いきなりギラつき出すこともなく楽しそうに答えた。

 

「アインズ様がお出掛けの間に、ツアーにはとても為になるお話を伺えました。獣かと侮っておりましたが、流石アインズ様がご友人として認められた御方だけあって、慈愛溢れる聡明な御方とお見受けいたします。」

 

 な、何なんだ、コレは!

 

 思えば、である。

 

 いささかデミウルゴスが裏で糸を引いていたとは言え、アウラ、マーレはよくツアーになついていたし、最初は嫌々世話役を引き受けたシャルティアまでもが、ツアーと木陰で雑談する姿をしばしば目にした。存外あいつは包容力、というか、何かそういうものがあるのかも知れない。

 あのデミウルゴスですら……何者に対しても、油断こそ決してしないが心の底から見下した態度で臨むあのデミウルゴスですら、ツアーには全知をかけて挑み、その裏をかききったことに喜びを隠さなかったのだから、これはデミウルゴスがツアーを、それこそセバス同様に好敵手(ライバル)として認めた、ということなのだろう。パンドラズ・アクターやコキュートスに至っては、ツアーの前では何やら緊張している感すらある。

 

 そしてこのアルベドの態度だ。

 

 セバスは今以てツアーとは対面していないが、これはセバスの性格からして、敢えて自らツアーの元に赴いてどうこうするなどということはないと踏んだからで、実のところツアーのナザリック居候生活において、最大の危険(リスク)はアルベドだ、とアインズは考えていた。

 

 デミウルゴスを別格とすれば、他のNPCたちは知恵と七百年に及ぶ経験でツアーにかなうはずもなく、容易に手球に取られるであろうことは(はな)からわかっていた。知恵の面ではパンドラズ・アクターはいい勝負なのだと思うが、息子は父に似て、あの竜王(ドラゴンロード)を、何だかんだいいつつ気に入っている。

 だから、自身をアインズの伴侶と位置づけ、ツアーに対抗し得る怜悧な思考を有するアルベドが、一旦ツアーを自身の敵、しかもアインズの傍らの座を争う者としての敵と見做せば、血を見ずに済むことはないだろうし、実際、アルベドの戦斧(バルディッシュ)にはツアーの首を跳ね飛ばす力があるのだから、最悪ナザリックに帰投してツアーの首無し死体に出迎えられることがあったとしても、それはそういう運命だったと諦めるほかなかろう、と思っていたほどだ。

 

 然るにである。

 

 アルベドのツアーに対するこの態度は、アインズに驚きを通り越して恐怖すら感じさせていた。

 

 アインズ自身、すなわちかつての鈴木悟には思いも及ばぬことではあるが、至高の四十一人を通して伝え聞いた男女の物語の中に、妻が夫の浮気を見抜きつつも浮気相手を夫の前で褒めてみせて牽制する、という類型があるのをアインズは憶えている。

 

 今自分が覚えている恐怖は、まさにその物語における夫のそれではないのか?

 

 いつの間にやら口が半開きになっていたらしく、アインズの困惑はアルベドに悟られたようだ。こちらを伺いつつ、蠱惑的な笑顔を見せており、右手の人差し指が、今、その薄紅色(うすべにいろ)の唇にそっと乗せられた。

 

 待て、待ってくれアルベド!おまえは一体何を考えているんだ!

 

「ひょっとして……」

 

 ひょっとして……何だ?

 

「ひょっとして、妬いているのかしら?」

 

 ん?

 

 は?

 

 え?

 

 アインズは咄嗟に「んなわけあるかーい!」と突っ込もうとしたが、それは果たせなかった。

 

 アルベドが「妬いているのかしら?」と言いながらアインズの耳元に顔を近づけてきて、頬に口づけしつつこう囁いたからだ。

 

「ア・イ・ン・ズ!」

 

と。

 

 エェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 

 突如天に向かって大口を開いてアインズが叫び声を上げたため、流石のアルベドも驚いてのけぞり倒れ、そしてすぐに体勢を立て直すと慌ててアインズに駆け寄って問うた。

 

「如何なさいましたか、アインズ様?」

 

 アインズは今しばらく口をパカリと()けたまま固まっていたが、ややあってようやく言葉を発した。

 

「……もう一回。」

 

「……はい?」

 

「もう一回……やってみてくれるか?」

 

「……頬にキスで御座いますか?」

 

 と、アルベドはアインズの頬に唇を触れる。

 

「……いや、そうじゃなくて。」

 

「……はい?」

 

「もう一回、言ってくれるか?」

 

「……ひょっとして、妬いて……」

 

「いや、そこじゃなくて。」

 

「……はい?」

 

「もう一回……呼んでみてくれるか?」

 

「……アインズ様?」

 

「いや、そうじゃなくて。」

 

「……はい?」

 

「……多分……な。多分だが、通しなのがいいんだと思うんだ。

 寸分(たが)わず、ひょっとして、からの流れをもう一度やってみてくれるか?」

 

「ひょっとして、妬いているのかしら、アインズ様?」

 

(ちが)ァーーーーーーぅ!」

 

 アルベドはアインズに何を求められているのかがわからない様子で一時(いっとき)きょとんとしていたが、この謎を解いてやる、と意を決したようで、アインズから少し離れて今一度人差し指を立てて唇に乗せ、口をパクパクさせ始めた。どうやら、一連の動きを再現することで自身の発言を辿るつもりのようだ。

 

 その様子があまりに可愛(かわい)らしく(いと)おしいのでアインズは思わず抱き締めたい衝動にかられたが、自分のためにおこなわれている彼女の努力に水を差すのもどうかと思い、それをグッと(こら)えて今しばらく様子を見守った。

 

 やがて問題の下りが近づいてきて、アルベドは本来であればアインズがいた中空へ向かって腰を屈めて唇を近づけ、問題のセリフを口パクし終えて、途端、数秒そのまま固まったかと思うと、顔が真っ赤になった。

 

 そして、

 

「きゃぁー!アインズ様ァー!(わたくし)としたことが、ご、ご無礼をいたしましたぁー!」

 

 と、ジャンピング土下座状態へ陥った。どうやらようやくアインズが言わんとしたことが伝わったようだが、やはりアインズはその様子があまりに可愛(かわい)らしく(いと)おしいので、ただただ口をパカリと開いたまま見惚(みと)れている。

 

 そして思った。

 

「……あれ?」

 

 今自分が感じているこのおかしな情動はなんだろう。

 

 死の支配者(オーバーロード)の体になって以来、肉体のある存在に対して感じるのはただただその生を奪いたい、それだけの殺伐としたものだった。アルベドが自分に跨って痴態を晒しているときでさえ、本当にこいつは()(もの)だなぁ、と考え事をしながら眺めているだけだった。

 

 が、何だかよくわからないが、今自分は目の前にいるこの喜怒哀楽の甚だしく激しい何者かを、殺すわけでもなく傷つけるわけでもなく苦しめるわけでもなく、ただただ、慈しみたいと感じている。頭をなでなでしてやりたい、そっと抱き締めてやりたい、あんなところやこんなところを優しくつついてやれば喜んでもらえるだろうか笑顔で応えてくれるだろうか、などと考えている。

 

「え?」

 

 アインズは自分自身に対する疑問に思わず声が出てしまった。

 

 こうして死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウンは、百年の時を経て、戦えば竜を屠り論じれば百客を捻じ伏せ乱れれば淫魔の(さが)を発揮し慈しめば彼の心の空虚を癒やしてくれる魔性の女(ヒドイン)を、自分が心底愛してしまっていることに、ようやく気づいたのである。

 

「……アルベド?」

 

 名を呼ばれ、()で土下座をしていた彼女が顔をあげ、その金色の猫の目がアインズを捉える。

 

「触っても……構わにゃい?」

 

 また噛んだが、気にはならない。

 

「……もちろん構いませんが?」

 

 アインズは優しく、本当に優しくアルベドを抱き寄せ、頭をなでなでし、頬をつついてみた。

 

「どうなされたのです、アインズ様?」

 

 あまりに普段の彼の行動と異なるので、アルベドはこれが彼なりの愛撫であると気づかぬようで、いまだ怜悧な思考で(あるじ)の真意を読み取ろうと試みているようだ。

 

「もう一度……もう一度、耳元……耳ないけどさ……耳元で、オレを……アインズ、って呼んでみてくれる?敬称抜きで、出来ればその……可能な限り色っぽく。」

 

 アインズは、恥ずかしさを覚えつつも、真正直(ましょうじき)に自身の欲するところをアルベドに伝えた。

 

 アルベドは少しだけ理性で以て、そんなことをして不敬に当たらないか、と呻吟する様子を見せたが、いつのまにかアインズの右手がアルベドのドレスの胸元を優しく(まさぐ)っているのに気づき、理性を停止させ愛する男の求めに応じることにした。

 

 右腕(みぎうで)をアインズの首に絡みつけ、頭蓋骨の側面にやさしく唇を触れさせながら囁く。

 

「このときを……百年お待ち申し上げておりましたのよ。

 

 ア・イ・ン・ズ!」

 

 ポォーーーーーーーーーーゥッ!

 

 (せい)ある者を屠ったときに勝るとも劣らない喜びがアインズの脳天から尾骶骨(びていこつ)までを一気に駆け抜け、欲するままにアルベドの衣服を剥ぎ取り、自らも豪奢なローブを脱ぎ捨ててベッドへとアルベドを押し倒した。

 

 

 

 この後起こった詳細について描写するのは甚だしく無粋であろうと思われるので、ここでは二人がこの後丸三日ほどアインズの部屋から出て来なかった、という事実を伝えるに(とど)めたい。果たしてそこで何が起こっていたのか。骨の指はアルベドの柔らかなアレや濡れそぼるソレをどうこうしたのだろうか、とか。丸味を帯びた骨を選んで取り外し張り子にでも使って挿し入れたか、とか。はたまた愛の力が本来彼に存在しない何らかの器官を生じせしめたか、あるいは、奇跡の受肉を現じたか……っつーか、全然(とど)めてねーじゃねーか。

 

 まぁ、実際には(はた)から見る分には絶世の美女が骸骨の按摩さんに不器用なマッサージを受けている滑稽な風景だったろう、とは思われるのであるが、それで二人が満足であるのであれば、それはそれで構わにゃいではないか、いや、それでよろしいのではないでしょうか?

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