追憶のオーバーロード   作:wash I/O

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最終話 最後の難問

 三百年の時を生きてなお幼さの残る真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルンは語る。

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国にその名を轟かせた金剛(アダマンタイト)級冒険者集団(チーム)<(あお)薔薇(ばら)>のリーダー、ラキュース・アインドラが中二病をこじらせて惜しまれつつも乙女のまま夭折し、これに切り込み隊長ガガーランの驚天動地の出産引退が重なって解散に至った(のち)、しばらくキーノは単身(フリー)冒険者として王国で活動を続けていた。いつか仲間たちとの離別があることは覚悟こそしていたものの、余りに早く訪れたそれは、彼女に己の生き方を考え直す猶予を与えなかったのだ。

 <蒼の薔薇>の集団としての印象が前面に出ていた時分とは異なり、一人での冒険者活動は、十年もすれば真祖吸血鬼である彼女に加齢の様子が見えないことが要らぬ疑惑を招くことになる。そのようなこともあって、七年から八年を目処に拠点を転々と変えながら、キーノは果てのない人生を当てもなく費やしていた。

 

 今から七十余年前のことになるが、キーノはラキュースの親友……少なくとも彼女はそう信じていた……ラナー・ヴァイセルフからの急な呼び出しを受けた。この時点でラナーはヴァイセルフ王家の崩壊により、諸権利放棄の見返りに手にいれた旧王国領北端の小さな荘園で僅かな召使いと共に余生を過ごしていたが、その召使いの一人、クライムが不治の病に冒された、というのだ。

 医術の心得があるわけでもない自分に何を求めるのか、とキーノはラナーに問うたが、それに対してラナーは、あなたには不死の命を授ける(すべ)があるはずだ、と詰め寄った。真祖吸血鬼でありながら人血を摂取することを忌避し続けてきたキーノにとってラナーの言いようは噴飯ものではあったが、ラナーの狂乱ぶりは想像を絶するもので、数週間の激論を経て精神的に疲れ果てたキーノは、ラキュースの死に際してすら採らなかった手段を遂に用いることになった。

 

 下級吸血鬼(レッサーヴァンパイア)エミルクの誕生である。

 

 この後、後ろ暗さからイジェ荘園からなるべく距離を取りつつ旧王国領内を転々とし続けたキーノは、三十年ほど前に再び既に老婆となったラナーに捕まり、驚くべきことを告げられた。クライムの病はラナーが毒を盛ったものでありキーノはまんまと騙されたのだ、という告白。そしてラナーはこう詰め寄った。私にも同様に不死の命を与えないのであればおまえを吸血鬼として告発する、と。

 ラキュースの親友だと思っていた人物の豹変ぶりにキーノは大混乱に陥った。重篤な人間不信に取り憑かれた彼女は、判断力を失って言われるがままに下級吸血鬼(レッサーヴァンパイア)としての力をラナーに与えた。この時点でエミルクと新たに生まれた女吸血鬼アナールは、やろうと思えばキーノの支配下におくことが可能だったが、もはやキーノにはその気力すらなかった。

 そんなキーノに対し、アナールはさらなる口止め料としてアーグランド評議国の白金の竜王ツァインドルクス・ヴァイシオンについての情報提供を求めた。キーノはこれにしぶしぶ従ったが、アナールが若返りを求めてイジェ荘園で若い村民多数の吸血に及ぶに至り……下級吸血鬼(レッサーヴァンパイア)は吸血を以てしても不死化した時点の年齢以前に肉体を戻す能力を有しておらず、これはただただ無意味な殺戮であった……すべてに嫌気がさして遂に出奔する。

 

 その後は紆余曲折を経て竜王国へ流れ着き、やはり拠点を転々としながら冒険者生活を続けていたところ、見たこともない化け物の群れに突然襲われ、気がつけばここにいる……といったところで彼女の独白は終わった。

 

 

 

 はぁー、とツアーは深い溜息をつく。

 

 生きてきた時間に比して幼いところがある、とは思っていたが、この()は三百年も旅をして来たにも関わらず何も学んでいない。

 

「ま、まさか……こんなことになるとは思っていなかったんだ!」

 

「当たり前だ。わかっていてやったのであれば、今すぐお前を重力井戸(ブラックホール)へ放り込んでやるところだ!」

 

 とアインズが突っ込む。

 

 キーノが自分語りをするのみで、自身が軽率にも吸血鬼の力を与えた今回の真犯人二人のその後の運命に関心がなく、尋ねすらしなかったこともアインズを苛立たせた。

 

 まぁ、尋ねられても、床に逆さに突き刺さった姿のままコキュートスとシャルティアに回収され、今はナザリック地下大墳墓第五階層(氷河)で冷凍保管されている、などと教えてやる義理もないのではあるが。

 ちなみに、千年ほどの後、この一組の前衛美術的(アヴァンギャルド)な氷の彫像(モニュメント)は、雪女郎(フロストヴァージン)の手違いで粗大ゴミとしてナザリック外へ廃棄され、溶け出してまたひと騒動起こすことになるのであるが、それはまた別のお話である。

 

 とまれ、この()に及んで自己弁護とは、ツアーは友人に恵まれていない、とアインズは自分を棚上げして溜息をつく。

 

「しかし……」

 

とツアー。

 

「ボクはそのキーノの知り合いに恨みを買った憶えはないのだけれどね。」

 

「デミウルゴスが言うには、ツアーは本当に巻き込まれ損だったようだな。」

 

 アインズとツアーの交流を知る第三者などいようはずもない。だからアインズ自身、最初のうちはツアーの敵が真犯人だと思い込んでいたが、デミウルゴスからすれば「如何にもあの黄金姫らしい」ということになるらしい。

 

 アインズ自身はまったく憶えていなかったこととなるが、デミウルゴスの日記第九巻の記録によれば、アインズは百年前に吸血鬼アナール、当時はまだ未成年で黄金姫の通り名で呼ばれたリ・エスティーゼ王国のラナー王女と邂逅していた。ラナーはアインズに取り入ることを試みたが、アインズはまったく彼女に関心を持たなかったばかりか殺す価値すら見出(みいだ)さずに無視した。これが痛く彼女の矜持を傷つけたらしい。

 ラナーの標的は最初から自身のちっぽけなプライドに傷をつけたアインズのみで、ツアーについては六大神研究を通じてアーグランド評議国の竜王が、異世界からの来訪者、彼女が言うところの稀人(まれびと)、に関心を持っていることを知り、にも関わらずアインズの活動が絶えず()()()として聞こえてくることから、ツアーがこれを黙認していると逆恨みしたのだろう、とデミウルゴスは分析している。

 何の証拠もないのにそこまで思い込んで、よりによってこの世界における()()に喧嘩を売るなどという真似が出来るものか、とアインズは訝しく思ったが、デミウルゴスは、それこそが狂人の狂人たる所以(ゆえん)だと本当に楽しそうに(わら)った。

 

 その時点ではデミウルゴスの言を話半分に聞いていたが、キーノの話が本当であるとすれば、ラナーは自身の寵臣に不死の命を与えんがために、キーノが最後まで(せつ)を曲げなかったら死んでいたかも知れない毒を盛ったことになる。確かに狂人でなければ為し得ぬことだ。

 その辺がわかってくると、ラナーが自身の吸血鬼化までの間に四十年もの時間差(タイムラグ)を設けた意味合いについて、アインズにも読めてくる。おそらく彼女は、先に吸血鬼化した寵臣に対し「おまえを孤独にさせないために自らも吸血鬼化するのだ」云々と恩を売って縛り付けたのだろう。あらゆることに危機管理(リスクヘッジ)を徹底することを旨とするアインズからすると考えられないほど穴だらけの杜撰な計画だが、やはりこれも狂人の為せるわざと言うべきなのか。

 

 否、それを企て通りに成就させた彼女は、まさに天才なのか?

 

 去っていった友人たちをユグドラシル上に綿密に再現することを試みたデイビッド・ホーソンが、元来の友人たちをまったく憶えていない現在のピーに成り果てつつも真に彼を支える仲間を得たように、正気と狂気の境界は実に曖昧だ。

 今の自分がそうであるように、ラナーと初めて邂逅した際の自分自身が、彼女に殺す価値すら見出(みいだ)さなかったことはアインズには容易に想像ができた。だが、自分は本来(せい)ある者を屠ることを何ら憚ることのない死の支配者(オーバーロード)なのであり、あのときちゃっちゃと(ころ)しておけば今回の騒動は避けられたこともまた事実だ。

 それでもアインズは、潜在的に魔神になる可能性のあるエリュシオンを殲滅する気になれなかったし、あのときも今も強いてラナーをこの世から完全に消し去るべきとまでは思わない。何故だろうか?

 

「だいたい、お、おまえはいったい何なんだ!」

 

 なおも空気を読まずに噛み付くキーノに、(なに)この()?バカなの?とアインズは眩暈を覚える。

 見ればツアーも悲しげな瞳で思いは同じらしい。

 

 突き詰めれば根は同じなのだ、とアインズは思う。

 

 キーノの来歴に興味などないが、少し想像の翼を広げれば、ピーがそうであるように、また八欲王がそうであったように、この女吸血鬼はその人格形成期に大きな欠落があるのは明らかだ。

 

 つまるところ、ユグドラシルからの来訪者が<日誌(ログブック)>やフレーバーテキストに拘束されていることは問題の本質ではない。結局のところ、その個人を今の姿に至るまで育んだ環境と、その中で培われた記憶の豊かさに帰着する。

 

 普段、アインズが狩りの獲物に選ぶ愚か者たちも同様であるに違いない。何かが欠落している。アインズがそういった連中を屠って悔いないのは、彼らがその欠落を自分よりも遥かに弱い者を虐げることで埋め合わせようとすることに無性に腹が立つからだ。かつて、ナインズ・オウン・ゴールが忌み嫌った異形種狩りがそうであったように。

 

 であるとすれば、エリュシオンやラナーを強いて排除までしようと思えないのは、彼らがそれぞれやり方は異なりつつも、圧倒的強者(きょうじゃ)に立ち向かうことで欠落を埋めようとしたからではないか、とアインズは思い至る。それは、まったく同じでこそないものの、現在の自分を自分たらしめている至高の四十一人が至高の四十一人と呼ばれるに至った道程、に通じているのかも知れない。

 

 さて、ではこのキーノなる女吸血鬼はどうであろうか。

 

 エリュシオンほどではないにせよ、強大な力を有しつつもそれに見合った精神を有していないという点で、こいつも危うい存在だ。

 

 ピーは、幸いにしてよい仲間に恵まれているのでその天寿が尽きるまで八欲王の轍を踏むことはないだろう、とアインズは信じているが、この女吸血鬼は、ツアーが目を掛けていたくらいだから問答無用の蹂躙者にこそ決して陥りはすまいが、人恋しさから社会生活を渇望し、さらに自身はそれに適応していると()()()()()()()分だけ(たち)が悪い。今回の騒動も、まさにそこをあの気狂(きちが)い女に付け込まれてのことだ。

 

 が、だからと言って、予防的にこれを抹殺するのだとすれば、かつて「この世界を(けが)す者か」と問うたツアー、自身が無性に苛立たしく感じたツアーと何が違おう。そのツアーですら、その在り方を改めつつあるというのに、自分がそこへ辿り着くというのは忌々しいにもほどがあるではないか。

 

「オレが誰か、と問うか。

 オレは死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウン。

 おまえの友人ツアーの腐れ縁にして、おまえの軽率な行為から大迷惑を蒙った者だ。」

 

「……わ、(わたし)にはどうしようもなかったんだ!」

 

 まだ言うのか、こいつは。

 

「どうしようもなかっただろうな……」

 

「……え?」

 

「おまえのような無能には。」

 

「な、なんだと!」

 

「……あのなぁ。おまえ、いったいどんな自信があってオレに噛み付くんだ?」

 

 アインズはそう言いながら、長らく使ったことのなかった<絶望のオーラ>を全開にした。

 

「ひっ!」

 

 自身不死者(アンデッド)であるキーノは、<絶望のオーラ>によって傷つくことはないし、むしろそれに()やされる側だが、その桁外れの力の巨大さが彼女に恐怖を覚えさせ、彼女は後ずさってツアーの鼻先に乗り上げた。

 

「オレはおまえを一瞬で消し去ることが出来るし、それをするに十分な理由もある。

 それをしないのは、そんなことをしてもオレには何の益もないし、たまたまおまえがツアーの友人らしいから……それだけだ。まずそれを理解しろ。」

 

 ツアーも、いささか眩しそうで、害こそないがまったく応えぬわけではないようなので、再びアインズは<絶望のオーラ>を切る。そして一つの問いを発した。

 

「おまえにひとつだけ問おう。

 この世界が吸血鬼(ヴァンパイア)に満ち溢れない理由を考えたことがあるか?」

 

「え?」

 

 キーノは虚を衝かれた様子だったがややあって、

 

「そんな!

 ……そんな(おぞ)ましいことが許されるはず……ないだろ!」

 

と威勢だけはよいものの、最後は自信なさ()に答えた。

 

(駄目だこいつ……)

 

と嘆息したアインズは意を決する。

 

「ツアー、どうだろう。

 こいつはナザリックでしばらく預かろうか?」

 

 細まっていたツアーの目がまん丸に見開かれた。

 

「……いいのかい?」

 

「同じ真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)だし、シャルティアの遊び友達にいいかも知れん。」

 

「え?」

 

 ツアーはキーノを待つ過酷かつ支離滅裂な運命にいささか同情を禁じ得ない。

 

「お、おまえら、何を勝手な話を……」

 

「うるさい!」

 

 アインズはなおも立場を弁えず抗議しようとするキーノを一喝した。

 

「小蝿に我慢するにも限度があるぞ。オレはおまえの行く末になど興味はない。ただ、ツアーの知り合いがこれ以上馬鹿な騒ぎを起こしてツアーが心を痛めることのないようにしたいだけだ。

 

 わかるか?

 

 わかるよなー!」

 

 得意の恫喝でキーノの目前にまで詰め寄ると、流石のキーノも沈黙し首肯せざるを得なかった。

 

「少しいいかな、アインズ?」

 

 ツアーが遠慮がちにそう尋ねたので、アインズは黙って手を振って先を促した。

 

「いいかい、キーノ。ボクはキミが決して弱くも愚かでもないことを知っているが、同時に、キミが自分で思っているほど強くも聡明でもないことも知っている。アインズのところでしばらく厄介になれば、キミはそのことを身を以て思い知ることになるだろう。」

 

 キーノは黙って聞いている。

 更にツアーは物騒な言葉を付け加えた。

 

「そして、()()()生還が叶えば、キミには新しい視野が開かれるだろうね。」

 

と。

 

「まずはアインズのことを、アインズ様、と呼ぶ習慣を身につけることだ。そうでないとキミは五分と五体満足では居られないよ。ボクですらそうだったんだから。」

 

 これにはアインズが驚き口を挟んだ。

 確かに明示的に下僕(しもべ)たちにツアーにそのような強要は無用だ、と命じた憶えはないが、考えてみれば自分の知らぬところでツアーにそれを求める者が出て来るのはあり得る話だ。

 

「そうなのか?

 だとしたら悪いことをしたな。」

 

 アインズが本当に申し訳無さそうな様子を見せるのが可笑しくてツアーは目を細めた。

 

「なに。アウラやマーレが笑ってくれて、シャルティアが(へそ)を曲げずに散歩に連れ出してくれるのならばお安いものだったさ。気にしてくれなくていいよ。」

 

 ツアーが微笑みながらそう答えるので、アインズも釣られてフフと笑った。

 

 かくして、キーノ・インベルンはナザリックの食客の地位を得ることになった。

 

 ツアーはああ言ったが、三百年を経ても心に大きな穴を(いだ)いたままの彼女に、ナザリックで生活することにより何らかの変化を迎えることが出来るかは未知数で、それ以上に、生きて出て来られるかも不明である。と言うか、何かの拍子に(みな)にその存在を失念されたら、彼女はいったいどうすればよいのだろう。

 

 ちなみに。

 

 この時点のツアーは、アインズがこの彼らしからぬ提案をおこなったのは、ツアーに対して後ろ暗いところがあったからだ、ということを知る由もない。

 

 

                    *

 

 

「あいつら……?」

 

 旧王都リ・エスティーゼにほど近いモチャラスという町……帝国自由都市配下の町村の多くは、便宜のために旧領主の家名をそのまま地名に流用したところが存外(おお)い……を仕事で訪れていた真銀(ミスリル)級を自認する冒険者集団(チーム)<(あけ)薔薇(ばら)>のリキウス・アインドラは、町外れの荒れた牧草地で忘れもしない四人組の姿に気づき足を()めた。

 

 ウロヴァーナ伯国北端、イジェ荘園跡への道案内を引き受けた白服の神官戦士、無愛想な女戦士、灰色の魔法詠唱者(マジックキャスター)、黒革鎧の女野伏(レンジャー)の四人組。事情を知らぬ誰もが震え上がるガ・ギンを見ても顔色一つ変えず、道中は一切食事をする様子も見せず、巨大鷲(ギガントイーグル)を跡形もなく消し去る稲妻を放ち、金貨百余枚を惜しげもなく支払う、謎の一団。

 

()イテ火中(かちゅう)(くり)(ひろ)ウカ?」

 

 リキウスが何に気づいたかを察した混血武妖巨人(ハーフ・ウォートロール)のガ・ギンは、敢えて促すでも制すでもない言葉をかける。

 

 リキウスの導きの親でもある彼は、決してリキウスを強いて危険に挑ませようとも、逆に前もって危険から遠ざけようともしない。彼がこのような態度を取るのは、これから自身がおこなおうとする行為の意味を今一度考える機会をリキウスに与えた上で、その上での決断であれば尊重する、というときだ。

 

 そのことを百も承知のリキウスは、改めて一時(ひととき)考えた上で、意を決して四人組の方へと歩み始めた。連中がヤバい存在であり触れ得ざる者であることは承知だが、であるがゆえに、機会があるのであれば少しでもその情報を得ておくことは、冒険者としての責務であると思えたからだ。ギンが黙って数歩後ろから追って来るのは、おそらく同じことを考えているからだろう、とリキウスは確信している。

 

 彼らが近づいて行っても四人組は特に反応を返さず、牧草地の片隅にあった岩を取り囲んで何か話し合っているようである。一体何をしているのだろうか。

 

「よぉ、お久しぶり。」

 

 リキウスは努めて平静に、敢えて苦手にしていた灰色の魔法詠唱者(マジックキャスター)を選んで声をかけた。白い法服のダラムがまた割って入ってくるだろう、と期待しつつ。

 

「ん。誰だっけかな?」

 

 ()慳貪(けんどん)なのは相変わらずだが、思ったほど毒のない反応にリキウスは拍子抜けする。

 

「……まぁ、憶えてもらっているとは思わなかったんだが。以前にあんたらを道案内したことがある。」

 

 灰色の男は興味を失ったようで、ダラムに小声で何か言った。

 ダラムもたちまちには応じず、確かデルカといった女戦士と、帳面のようなものをパラパラめくりながらしばらく相談していたが、急に親しげな様子でリキウスに近づいてきた。

 

「あぁ、あのときにはお世話になりましたね。」

 

 わざとらしく両手を左右に広げて親愛の情を示して見せる。

 かつて感じた張り詰めたような緊張感がないのは何故だ……。

 

「……無理に答えてもらうつもりはないんだが、何をしているのか聞いても構わないかい?」

 

 たちまちに襲いかかられることはなさそうだ、と判断したリキウスは、危険を承知で少し踏み込んだ質問を投げかけてみた。その瞬間、ケイトといったか、黒い革鎧の女野伏(レンジャー)からは軽い殺気が伝わってきたが、いきなり仕掛けてくるという感じでもない。

 

「ご興味がおありで?」

 

 人好きのする笑顔を保ったままダラムが逆に尋ねる。

 

「オマエタチホドノ強者(つわもの)ガ関心ノアルコトニ、冒険者トシテ興味ヲ()タナイホウガ不自然ダロウ。」

 

 後ろからついてきたギンがそう付け加えた。

 二人の忍者、クゥイアとクゥイナが左右の肩にちょんと乗っている。

 

「確かに……それはごもっともですね。」

 

 あのとき同様、ダラムはギンの巨体にまったく物怖じすることがない。

 

「よい機会ですから、皆さんにもお話ししておいた方がいいかも知れないですね。

 ピー、構わないですよね?」

 

 問われた灰色の男は振り返りもせず手をひょいひょいと振った。

 肯定の意思表示だろう。

 

「実は私たちは超古代の遺物の調査をしております。」

 

と、ダラムは事前に準備していた嘘八百を語り始めた。

 

 曰く、遥か昔、現存する人間国家のいずれもが成立する以前、我々が知るそれとはまったく異なる文字体系を操る文明が存在した。その文字が彫られた石碑が人知れず未だ大陸のあちらこちらに散在している。<朱の薔薇>に案内されたイジェの村で決定的な発見をしたダラムたちは、歴史を書き換えるやもしれぬさらなる大発見を目指して旅を続けているのだ、と。

 

「ご覧ください。」

 

 ダラムはピーがしゃがんで眺めている石碑にリキウスを促す。

 

「構わないのか?」

 

「呪いなどがあるようなものではありませんよ。」

 

 リキウスが尋ねたのは石碑ではなく気難しいピーについてなのだが、伝わらなかったようだ。仕方なくピーと向かい合うようにしゃがんでみる。どうにもよくわからないので首を傾げていると、黙ってピーが指を動かしつつ、

 

「これだ、わかるか?」

 

と尋ねた。なんだか柔らかくなったな。

 

 指差されたところを見ると、確かにまったく見知った文字ではないが、明らかに人為的に彫ったと思われる丸味を帯びた文字をそこに認めることが出来た。

 

「……すごいもんだな。」

 

 若干の世辞を込めてそう応じてみたが、特に反応は返ってこない。

 リキウスは立ち上がって再びダラムに向かいあう。

 

「何か超古代のお宝の在処(ありか)でも指し示すのかい?」

 

 半ば冗談交じりにそう問うてみると、

 

「発想が俗物ね。遺物は遺物そのものが価値よ。」

 

と女戦士から言葉がかかる。リキウスが思わず絶句していると、ダラムがいつぞやのように執り成しにかかった。

 

「マリア、事情を承知していない(かた)にその物言いは失礼ですよ。」

 

 嗜めるような口調ではあるが明るい調子で、言われたマリア……だったか?……も、ふふふと微笑んで気にする様子もない。

 

 二人は今一度こそこそと何か相談したあと、改めてリキウスたちに向き直った。

 やはり表立って話してくるのはダラムだ。

 

「これも何かのご縁です。皆さんはこの辺りの広い範囲でご活躍とお見受けしますので、一つ請け負っていただけませんか?」

 

 前回と同じような流れに、リキウスは一瞬身構える。

 

「……仕事として、かい?」

 

 脳裏に、既に散財して手元にない道案内の報酬の金貨の山が浮かぶが、それをこの連中から再び欲するのは、ひとつ間違えれば命とりになるかも知れない。

 

「どちらかと言えば、お願い、の(たぐい)になります。

 

 同じような石碑を見つけたら、私たちにお知らせいただきたいのです。本物であった場合はもちろんそれなりの御礼(おれい)はさせていただきます。」

 

「いつまでに?」

 

「急ぐ話ではありません。これは私たちの人生の仕事(ライフワーク)とでもいうものでして、皆さんが仕事であちらこちらへお出掛けの際に、少しだけ私たちのことを思い出していただいて、たまたま見つければ追ってお知らせいただく。それで結構です。」

 

「どうやって?」

 

「私たちは今はリ・ロベルの街で冒険者の真似事をやっております。街でエリュシオン、とお尋ねいただければ、どなたかがご案内くださることでしょう。」

 

「あんたらと入れ違ったりはしないのかい?」

 

「我々の定宿には、トマス・リーマンという男が詰めておりますのでそのご心配には及びません。」

 

 妙な話だ。が、決して悪い話ではない。

 

「この話を他の冒険者仲間に伝えても構わないのか?」

 

「ご随意に。ただ、石碑の真贋は私どもにしかわかりませんし贋物には(びた)一文お支払いはいたしません。それで構わないならば。」

 

 これは駄目だな、とリキウスは思う。

 直接この連中を見知らぬものが、一杯食わせようとして痛い目に遭うのは想像に難くない。

 

「わかった。その話は引き受けよう。もしそれらしいものを見つけたら、これも何かのついでになるとは思うが、きっとリ・ロベルを訪ねるよ。」

 

「それは有り難い。あなた方のような手練(てだれ)の冒険者の協力がいただければ、私たちはこの使命(ミッション)を存命のうちに果たせるかも知れません。」

 

 どこまでもダラムは陽気だ。

 

「改めまして、ポール・ダラムです。」

 

と、右手が差し出される。

 

 一瞬躊躇ったリキウスは、その手を握り返す。やはり、その感触だけでこの男が雰囲気通りの陽気な物好きでないことがすぐにわかるだけに、否応なく緊張を強いられる。

 

「改めて、<朱の薔薇>、リキウス・アインドラだ。大男がガ・ギン。双子はクゥイアとクゥイナ。」

 

「彼女はマリア・デルカ。彼はピー、そして彼女はケイトです。」

 

 何故かマリアは何かを書き留めている様子だ。

 ふと疑問に思い、リキウスは尋ねる。

 

「……ピーとケイトには家名(セカンドネーム)はないのかい?」

 

 さも当然のように答えたポールの言葉は意味不明なものだった。

 

「ええ、憶えていませんので。」

 

 

 

「どう思う、ギンさん?」

 

 四人組と別れ、エ・レエブルへと向かう帰路で導きの親にリキウスは問う。

 何の話かは、改めて明言するまでもない。

 

「……(みょう)(はなし)ダナ。」

 

「そんなのギンさんに言われなくてもわかってるさ。どういう裏があるんだろう、って話さ。」

 

「依頼人ノ背景ヲ(さぐ)ルノハ職業倫理ニ(はん)スルナ。」

 

「茶化すなよ。ギンさんだって気になるだろ?」

 

「……気ニハナル。ガ、コレモ直感的ニハ()()ザルモノ、カモ()レナイ。」

 

「また、触れ得ざる、かい?」

 

「ダガ……」

 

「だが、何だい?」

 

「連中ハ、強者(つわもの)デハアルガ(わる)(やつ)デハナサソウダ。

 最初ニ出会(であ)ッタトキハ、(おそ)ロシク殺気立(さっきだ)ッテイタガ、(いま)ハソレガナイ。」

 

「確かにな……」

 

(あせ)ル必要ハナイ。

 彼ラニ(かぎ)ラズ、(まこと)(しん)()ルコトガ()レバ、()ワズトモ(かた)ラレル()()ルダロウ。」

 

「……そんなもんかね?」

 

 不意にギンの右肩から声がかかる。

 

「駄目ボス、青い。」

 

 左肩で親指を下に下げるジェスチャー。

 

「うるせぇ!俺の方が年上だぞ!」

 

「説得力ゼロの反論。」

 

 駄目だこりゃ、のジェスチャー。

 

 フフフ、とギンが笑い、この話題はそこまでとなった。

 

 十数年の後、ガ・ギンはポール・ダラムに彼ら亡き後の石碑探索の継続と破壊を託されることとなるが、これはまた別のお話。

 

 

                    *

 

 

「コレ……どうしよう。」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスイート)のアインズの寝室。

 

 珍しくアインズは一人、ベッドの上に正座をして途方に暮れている。

 絶えず眩しい緑色の輝きを放ちながら。

 

 目前には小さな箱が一つ。

 丁度指輪を納めるような飾り箱で、蝶番で蓋と本体が繋がっている。

 

 恐る恐るアインズは箱を手にとり、ぱかりと開けてみる。

 中には押し(ボタン)が一つ。

 

「ポチッ、ドカン!

 ひぃーーーーーーーー!」

 

と一人で口にして、不意に押したくなる衝動をなんとか和らげる。

 

 何故、こんなことを命じてしまったのか、自分でもよくわからない。

 いや、わかっている。

 

 るし★ふぁーかペロロンチーノの仕業だ。

 

 これを押すと、ツアーの居城がものの見事に爆散する。

 城の再建に際し、密命を与えた司書Jを工兵隊に紛れ込ませ仕込ませたものだ。

 

 後日、司書Jからこの箱が届けられた。

 使用方法を説明されながら受け取った時、身勝手にも「え?」と思ったものだ。

 

 あいつのことだ、死にはすまい。

 が、<失墜する天空(フォールンダウン)>とは違い前触れがない上に内部からだから、ほぼ確実に生き埋めだ。

 

 怒るだろうなー。

 ブチ切れるだろーなー。

 

 見てみたい……。

 

 (ペカー)いや、いかんいかん!

 

 そんな何の益もない冗談をやってどうする。

 相手はユーモアのセンスをいささか欠く獣だ。

 報復としてナザリック地下大墳墓に始原の魔法(ワイルドマジック)をお見舞いするぐらいは平気でやるだろう。

 こちらも、多分死にはしないだろうが被害は甚大だ。

 

 百年かけて積み上げたものを、そんな冗談の具にするなんて……

 

 それも悪くないな!

 

 (ペカー)いや、いかんいかん!

 

 流石に押すことはない。

 ないはずだ。

 多分、きっと。

 

 ……<上位道具破壊(グレーター・ブレイク・アイテム)>で壊してしまうか。

 

 いや、いかんいかん!

 それがきっかけで発動しないとも限らない。

 

 問題は、だ。

 

 ……問題は遠からず、オレはこの箱の存在を()()()しまうことだ。

 

 オレとしたことが、そのことをスッカリ()()()いた。

 

 メモを貼っておくか?

 

<ツアーの城の爆破スイッチ>

 

 おぉ、押してみよう。

 ポチッ、ドカン!

 

 (ペカー)駄目だ駄目だ!

 

<ツアーの城の爆破スイッチ、押すな>

 

 そりゃ押すでしょ、常考(じょーこー)

 ポチッ、ドカン!

 

 (ペカー)駄目だ駄目だ!

 

 シンプルに。

 

<押すな>

 

 いや、そりゃ押したくなるでしょ。

 ポチッ、ドカン!

 

 (ペカー)駄目だ駄目だ!

 

<押せ>

 

 あいよ。

 ポチッ、ドカン!

 

 (ペカー)駄目だ駄目だ!

 

 何を書いても押してしまうオチしか思い浮かばない。

 

 ナザリックの何処かに隠すか?

 

 ……となると問題はデミウルゴスになってしまう。

 

 ある日、第七階層(溶岩)を散歩していたら紅蓮(ぐれん)に声をかけられた。

 

「ときおり夜中に手を叩きながらけたたましく笑う者がいて怖い」とか何とか。

 

 気になったので<完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)>をかけて調査に赴いたら、デミウルゴスが魔法再生(ビデオ)を見ながら腹を(よじ)らせて笑い転げていた。覗き込むと、玉座の間でオレが床に正座しているセバスにお説教をしている映像が楽しくて堪らない様子。

 

 (ペカー)何これ?

 

 シズに「デミには内緒で」と調べてもらったら、随分昔の話だが第九巻にオレがセバスにお説教をした様子を見るのが楽しい、という話が載っていた。お説教の原因そのものは、オレが紛失してしまった第三巻と第四巻に含まれていたようで詳細は不明のままだ。

 

 問題は……

 

 デミウルゴスがどうやってあの映像を記録したのか、その手口が今以てわからないことだ。

 

 いや、知る方法はある。

 簡単なことだ。

 

「デミウルゴス、あれはどうやって撮ったんだ?」

 

と聞けば、あいつは何も隠すことなく教えてくれるだろう。

 

 が、次の瞬間、更にそれを上回る手段が開発される。

 

 あいつはそういうヤツだ。

 なにせあのウルベルト・アレイン・オードルの生まれ変わり……というか、ほとんど本人だ。

 

 だからオレは、自分でその手口を見抜き、かつ、対策したと知られずに対策するしかない。

 

 んなこと出来るかー!

 

 なので、ナザリックの中に隠すのは悪手だ。

 

 誰か信用の出来る者に託すか?

 

 ……みんなオレと同じ健忘症だ。

 

 忘れない唯一の手段はデミウルゴスの日記に……。

 

 (ペカー)駄目だ駄目だ!

 

 それはデミウルゴスに箱を託すのと(おな)じことだ。

 絶対に、想像もしないような恐ろしい目的で悪用される。

 

 キーノ!

 

 シャルティアのおもちゃになっている、唯一健忘症でないあいつに託すか。

 

「これ押すとツアーの城が爆発するから。」

 

「本当かなぁ?」

 ポチッ、ドカン!

 

 (ペカー)駄目だ駄目だ!

 

 容易に想像できてしまった。

 あれはシャルティア以上にアホの()だ、とてもじゃないが(たく)せない。

 

 ……いや、実は簡単な話じゃないか?

 まったく何も悩む必要なんかないじゃないか。

 

 どうせ抗ってもいつか押すに決まってるんだから、無駄なことに悩む暇で今押せば!

 

 (ペカー)駄目だ駄目だ!

 

 悩みすぎて怖い考えになってしまった。

 

 

 

 悩み疲れたアインズは、ふらふらと誰にも見咎められぬよう<完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)>状態でナザリックを抜け出し、カッツェ平野の中程、見渡す限り不毛な大地の真ん中に手づから穴を掘り、箱を埋めた。

 

 立ち去るに際し、自ら何かの拍子にこれを再発見することが不安になり、手頃な岩を拾って「押してはならぬ」と文字を彫って箱を埋めた真上に埋めた。

 

 そして、早く忘れよう、と思い、ナザリックに戻ってしばし最古図書館(アッシュールバニパル)に籠もって読みたくもない文学作品を読み漁った。しばらくして、あれ、何でオレこんな面白くもないもの読んでんの?と正気に返ったアインズは、アルベドと遊ぼーな気分になったので、彼女が仕事を終えるのを待って部屋に呼び、楽しい時間を過ごし、すっかり幸せになった。

 

 嗚呼、ナザリックは、仲間たちは、この世界は本当に素晴らしい!

 

 

 

 数十年後。

 

 ガ・ギン渾身の戦槌(ウォーハンマー)が無情にも振り下ろされる。

 

 

                    完

 

 

 




次話予告

 オーバーロード世界最大の謎に、ナザリック地下大墳墓の参謀大元帥にして狡知の権化ウルベルト・アレイン・オードルの生まれ変わりデミウルゴスと至高の四十一人の叡智の化身死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウンが挑む。次回『神々しき緑色の光についての対話』に乞うご期待。

 ペカれアインズ様!
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