修羅の国日本の霊能者、ホグワーツに通う 作:アママサ二次創作
「こちらの柵を通過するとホグワーツ特急専用のプラットフォームに行くことができます」
「柵って、あの?」
「ええ。ちょうど通るようなので見ていてください」
オリビアの指し示す先を見ていると、大きなカートを押した少年が9番線と10番線の間の柵に向かって歩いていた。
「ぶつかるよ!?」
「いや……」
柵に近づいても足を止めない子供にオリビアが悲鳴を上げるが、彼女が想像していたような惨劇は起こることなく、壁にぶつかりそうになっていた少年はこつ然とその姿を消していた。
「(認識阻害の魔法がかかってるんですかね? あれマグルが迷い込みそうじゃありません?)」
「(魔法省がなんかしてるんじゃないのか? 余計なことを知ったマグルの記憶を消すとか。そういうのはお前が調べとけよ。お前しばらくこっちいるんだろ?)」
「(海外の怪異の調査とか! 上は私を殺す気か、って聞いてます!?)」
ギャースカ文句を言う夏目を無視して、柩は優羽の頭を撫でる。
「多分あそこに見えない通路があるんじゃないか? 隠れ里の入り口みたいな」
「あ、そっか。魔法で……」
「そういう魔法があるんだろ」
他に人が来ないうちに、4人もその柵に向かって移動する。
「では皆さんからどうぞ」
「夏目、先頭」
「はいはいわかりましたよ!」
大人であるオリビアが残ってくれるというので、夏目に先に行ってもらうことにする。なにやら文句を言っていたが無視していると、やがて歩きはじめ、柵を通り過ぎて姿を消した。
「優羽、先に行くか? 俺が行こうか?」
「わ、私が先に行く! 怖くないもん!」
怖くないもん、というか、怖くても優羽には彼女を害する何も起こりようが無いのだが、それはもはや言うまい。
先程の少年とは違って小さなトランクを引きずった優羽は、ゆっくりと柵に向かって歩いて行く。やがて柵の前で速度を落として決意を固め、思い切りよく息を止めると、強ばる身体を押して柵へと突き進んだ。
「ぷはっ、はあ、はあ──」
「あれ、優羽ちゃんが先に来たんですか。ビビったのかな」
「誰がビビったって?」
そっと後ろに立っていた柩の声に夏目が『ヒョエ』なんて情けない悲鳴を上げているが、目に入ってきた光景に見とれている優羽の耳には入らなかった。
多くの人が行き交っているのは先程までいたホームと同じなのだが、こちらにいる人の中にはローブを纏っている人がそれなりにいて、先程までとは全く違う雰囲気を漂わせる。
足元を動き回る多数の猫に、飛び回る梟も普通の駅のホームでは見れない光景だ。
そして極めつけは、今どき珍しい蒸気機関車だ。黙々と煙を吐き出すそれに、優羽の視線は釘付けになった。
******
入学してからのことは基本的にホグワーツの教師や上級生が教えてくれるものの、何かあった際には連絡してほしいという言葉を受けて、ここまで半月ほどいろいろと案内してくれたオリビアに別れを告げる。夏目とは2人の緊急連絡用の術式などいくつか連絡手段があるので別れを告げるというほどでもない。
その後列車に乗り込んだ2人は、まだ出発まで時間がそれなりにあり空いていたコンパートメントに入って向かい合って座っていた。
「夏目さんは仕事があるの?」
「まあ仕事と言えば仕事だな。イギリスにどんな怪異がいるかとか、伝承が今はどういう形になっているか調査に行くらしい。後から何人か来るらしいしな」
「そうなんだ。忙しいんだね」
「いや……」
お仕事大変そうだねえ、なんて夏目を心配する優羽に、柩は苦笑いを返す。おそらく新しい空間に踏み込むという緊張から違うことを考えているのだろうが、残念ながらそれは的外れである。
「あいつの場合は日本にいないほうが気が休まるだろ」
「え? どういうこと?」
「お前と一緒だよ。あいつは随分と“美味そう”に見えるらしくてな」
神に好かれている、というか溺愛されているレベルで愛されている優羽は、その神力に身を浸しているからか、餌として怪異や妖なんかから狙われることが多い。といっても彼女の場合は、狙われた段階で神様が追い払っているか敵を消滅させているので彼女が怖い思いをすることは殆ど無いのだが。
一方で夏目は、彼女とは違ってシンプルに生まれつきの霊力がそういう類の相手から美味そうに見えるらしい。幼少期には、荒神を使役しようとする犯罪者に贄として殺されそうになったこともある。だからこそ、対抗する力を得るために霊能庁で前線に出て戦いつつ術を学び続けているわけだが。
「日本よりイギリスの方が、敵が少ないのさ」
「敵?」
「ああ。まあそのあたりは、もっと大きくなってからだな」
『えー』と不満を漏らす優羽に笑って、柩はカバンから本を取り出した。
優羽に話さないのは別にめんどくさいわけではなく、彼女に知らせる必要性がなく、また彼女の家族がまだ話すべきではないと考えているからだ。
というのも、彼女の実家、大鳥家。
神に愛された血族なんて言われ、代々その一族に属するものは様々な神からの恩恵を受けてきたのだが。
その実、血族事態には何らかの実力があるわけではない。つまり、ただ神に愛されているだけの一般人なのだ。もちろん古くから神に愛されている以上は由緒ある血筋なのだが、魔法的、霊的に優れた血筋というわけではまったくない。一族には霊能庁で働いている者もいるが、それはどちらかと言えば彼ら彼女らを守っている神々と対話して力を借りているだけであり、本人たちの素の能力ではない。もちろん大鳥家以外にも神々や霊、怪異の力を借りて仕事をしているものはいるのでそれ自体はなんらおかしな話ではないのだが。
「もう、お父さんもお母さんも、お兄ちゃんお姉ちゃんも私に秘密にするんだよ」
「コレばっかりは、神様が話かけてくれないとな」
むう、なんて膨れる彼女の頭を柩は身を乗り出して撫でる。
彼女を守っているはずの神が未だに彼女の前には姿を表しておらず、結果として彼女は未だに一族の詳しいことについて何も教えられていないのだ。
「それより、コレは読んだか?」
そう言って柩は、彼女に先程トランク小型トランクから取り出したばかりの本を見せる。
大鳥真莉愛。旧姓マリア・テイラー。優羽の母が記した本だ。
卒業後まもなくイギリス旅行に行っていた夫と出会い、交際の末に結婚して日本へと渡ってきたために大人の視線から見えるものはあまり記されていないが、イギリス魔法界、そしてホグワーツに関して彼女が知る限りの情報がまとめられた本で、日本で国外の魔法界について興味を持つものは誰もが一度は手に取るような本になっている。と言っても日本に渡ってから彼女の記憶のみを頼りに書かれたので細部まで書かれているわけではないのだが。
「あ、お母さんの本でしょ! 私読んだよ。お母さんもたくさん読んでくれたし!」
「なら大丈夫か」
ホグワーツに通うにあたり、イギリス魔法界に関する前提知識として先に読んでおいた方がいいと出立時に渡されたのだ。
(ある程度この内容に関しても確かめつつ、といったところか)
この本自体は、故郷を懐かしむ彼女に、思い出を本にしてみれば良いというあくまで善意から生まれた本であり、したがって彼女の記憶を魔法などで引き出して確認するなどの方法はしていない。言わば彼女の日記が本として出版されたようなものだ。それでも十分な需要はあるのだが。
日本の魔法界としては、もっと詳しい情報が欲しいらしい。だからこそ柩が送られたのだ。
何はともあれ。これからホグワーツでの7年間が始まる。まずは、そう。知り合いを作るところから始めなければ。
「外で聞いてる人、入ってきたらどうかな?」