貴方の役に立ちたくて   作:benet

2 / 3
第2話

 現在時刻ヒトサンマルマル。

 

 快晴だった空には灰色がかった雲が浮かび始めた。

 鼻を抜けていく潮の匂いに心が落ち着きを感じるのは、艦娘の性だろうか。

 

 秘書艦の仕事を終えた私は訓練場に来ていた。

 

 出撃願いはあえなく断られてしまったが、それは訓練を怠る理由にはならない。提督が鎮守府の守りを固めることを望むのならば。この大鳳、絶対の盾となってこの空を守ってみせよう。

 

 ここに来る間に出会った暁ちゃん達第六駆逐隊に訓練の手伝いをお願いしたら快い返事が貰えた。お礼は食堂のお菓子。ヒトゴーマルマル近くで訓練を終わらせれば、おやつに丁度いい時間だろう。

 

 訓練用の的が配置されていくのを眺めながら、軽く準備運動をして身体をほぐす。今日の訓練は海上の標的を撃沈するものだから、あまり激しい動きはしないつもりだ。

しかし、照準を定めて矢を放つという動きだけでも、身体に固さが残っていては精度が落ちてしまう。

例えただの訓練であろうと、基本的なことはきっちりとやっておくべきだと思う。

 

「大鳳さん! 訓練の準備が終わったのです」

 

「ありがとうございます。一人で的の配置までやると時間がかかっちゃって……」

 

「駄目よ! 一人で準備なんてしたら大変に決まってるじゃない!」

 

「そうそう! もーっと、私達を頼っていいのよ?」

 

「いつでも言ってほしい。力になるよ」

 

「……本当に助かります」

 

 彼女達の優しさ、親切心が身に染みる。一度だけ、一人で訓練の準備から始めたことがあるが、的を倉庫から運び出して配置するだけでも一苦労だった。借りられる手は素直に借りた方が良い。

 

 準備が整った訓練場をぐるりと見渡す。海上に不規則に配置された的がぷかぷかと浮いている。今日は風もなく、波も緩やかなため的が大きく揺れることはないだろう。悪天候の場合でも、それはそれで実際の戦闘に近づくため訓練のやり甲斐があるが。

 

 岸から前に進み出て所定の位置まで海上を移動する。足元に海を感じると堪らなく懐かしさを覚えるのは、船としての記憶が呼び起こすものか。

 

 すぅっと息を吸い、目を閉じる。視覚による情報が遮られ、他の四感が鋭敏になる。六駆の子達の賑やかな喋り声、寄せては返す波のうねり、髪を撫でる潮風とその匂い。

それらを感じながら、心を落ち着ける。これからやるのは戦闘訓練。平常心を持って事に当たれば、良い成果はきっと出る。

 

 再び目を開き、標的を見据える。第一目標、約三十m前方。

 腰に取り付けたホルダーから矢を取り出し、装填、狙いを定め、放つ。この一連の動作を淀みなくこなすのが大事だ。艦載機を放つまで空母は無力であるが故に。

 

 目標に向かって真っ直ぐに突き進む矢が輝き、姿を変える。投射されるは艦上攻撃機『流星改』。三機に分かたれたそれは目標に向けて魚雷を射出し、上空へと上昇していく。海を掻き分け猛進する魚雷群は目標の足元に接触すると激しく爆発し、対象を吹き飛ばした。

 

「第一目標の撃沈を確認」

 

 舞い上がる目標の破片を視界の隅に映しつつ、手を休めることなく矢を放つ。

 

 次々と投射される艦載機から視界情報や撃破報告が次々と頭の中に流れ込んでくる。

発艦した艦載機の数だけ増えていく情報を整理しながら次の一手を決める、空母の必須技能の一つだ。実戦では全ての艦載機が発艦した状態で長時間の戦闘を行いながら僚艦の損害状況や敵艦の動向に気を配らなければいけないことを思えば、この程度はなんてことはない。

 

 近場の目標は全て撃沈した。残る目標は約五百m先に三つ。艦上爆撃機『彗星』を目標の斜め上に放つ。輝きの中投射された機体群は目標上空から急降下爆撃を敢行。機体にかかるGをものともせず、目標に爆弾を投下するとすぐさま離脱していく。連鎖して響く爆発音が鼓膜を突き抜け、臓腑をも揺らす。目視でも分かるほどに高く打ち上げられた水飛沫がその威力を物語っている。

 

 ほっと息をつく。実戦に出なくなってからはや一年。練度の低下が心配されてやまないが、訓練成績の低下は今のところない。皆本当によくやってくれている。

 

「全目標の撃沈を確認。各自はそのまま飛行訓練に移ってください」

 

 残った機体も発艦させると、そのまま編隊飛行の指示を出した。私からの制御抜きで飛行してもらうことで妖精さんの操縦能力と私自身の投射能力の向上を図る。

 

 空をゆく艦載機をじっと見つめる。実物大の艦載機ではあり得ない軌跡を描きながら編隊を組むことができるのは流石妖精さん製といったところか。

 

 ──艦載機の制御を外したために、他所事に思考を割く余裕が出来てしまった。

 それ故に執務室でのことを思い出す。思い出してしまった。

 

 

 

『そこまでして武勲が欲しいのか?』

 

『大人しくしていろ』

 

 

 

提督に言われた言葉が心に押し寄せる。世界がぐるりと回るような感覚に襲われるが、ぎゅっと手を握り締めて耐える。

 

 他の艦娘の活躍を奪うつもりなんて毛頭なかった。具申が少し性急すぎたのだろう。鎮守府周辺の哨戒からなら許可してくれるだろうか。いや、今度は資源の無駄遣いを理由に断られるのでは──。

 

 ああでもない、こうでもない。

 

 考えに沈んでいく。

 

 ──そういえば。

 

 私が提督に出撃を請うきっかけになったものを思い出す。敵艦隊編成の変化についての書類だ。何故私の執務机に置いてあったのか──。

 

 一度気になり始めた結果、もやもや気分が抜けなくなってしまった。訓練が終わってから聞けばいいと最初は思っていたが、どうしても気になってしまう。

 

 このまま集中力を欠いたまま訓練を続けるのは非効率だから、すぱっと聞いてしまうことにした。

 

 第六駆逐隊の子らに近づくと私に気付いた彼女らが一斉に寄ってきた。やけに目がキラキラしているように見えるのは気のせいだろうか。

 

「凄かったのです! かっこよかったのです!」

 

「えっと……ありがとうございます?」

 

「ちょっと電、語彙が貧弱すぎるわよ。でも確かにその、あの……凄かったわね!」

 

「暁も人のこと言えないじゃない」

 

「そ、そんなことないもん! ぷんすか!」

 

「хорошо」

 

 ワイワイと仲良く盛り上がる彼女らを見ていると温かな気持ちと一緒に羨ましさが浮かんできた。もしも、自分に姉妹艦がいればこんな鬱屈とした気持ちを抱え込まずに済んだのだろうか。

 

 実に意味のない仮定だ。

 

 そんなもしもを振り払うように、彼女らに執務室でのことを確認する。

 

「実は皆さんに聞いておきたいことがありまして。……この前の出撃で西部海域に空母ヌ級の上位個体が出現したそうですね」

 

「えっ……なんで知っているのですか?」

 

 少し答えに詰まった後、電ちゃんが疑問を呈す。その表情は困惑に満ちている。

 

「私の執務机にその件についての報告書が置いてありました。報告者は神通さんになっていましたが……」

 

 出撃関連の書類は提督に提出することになっている。私に裁量の権限がないから直接提督に渡した方が早いというのもあるが、()()()()以降そういった書類を見かけることはなくなった。おそらく提督から艦娘に通達があったのだろう。

 

 それなのに、あのしっかり者の彼女が提出先を間違えた。しかも二度。

 

 何か意図があってのことだろう。私に何を伝えようとしたのか。本当は神通さん自身に聞くべきだが彼女は多忙だ。今日も水雷戦隊を率いて出撃している。

 

 第六駆逐隊が神通さんの指揮下で上位個体と交戦していることは報告書に記されていた。

何か知っていることはないかと聞いてみたのだが。

 

 先ほどまでの和気あいあいとした空気が嘘のように凪いでいた。彼女たちの反応は様々だ。純粋に戸惑うもの。目線を逸らすもの。何か言いたそうにしているもの。じっと様子を伺うもの

 

 ──姉妹艦でも反応って結構違うものなんだ。

 

 意味のない現実逃避をすること数秒。そこから先の言葉を上手く紡げなかった。彼女たちに尋問紛いのことをしているようで気が引けてしまったから。

じっとりと嫌な汗が滲んでくる。神通さんに聞くべきだったと後悔をしながら話を切り上げにかかる。

 

「ごめんなさい、変なことを聞いてしまって。こんなこと聞かれても困っちゃうわよね。忘れてください。……食堂に行きましょうか?」

 

 手伝いのお礼にお菓子をご馳走することを伝える。しかし、各々の反応は鈍い。

 そんな中、雷ちゃんがおずおずと口を開く。

 

「……あの、大鳳さん。話したいことがあるんだけど、ここだと話しにくいから私たちの部屋に来てくれないかしら?」

 

「雷……それは」

 

「命令違反って言いたいの? ──今更よそんなの。そんなこと気にしてたら私たちは」

 

「Минутку. 続きは部屋に戻ってからにしよう。大鳳さんが困ってる」

 

「皆、何の話をしているのです……?」

 

 雷ちゃんと暁ちゃんの間に険悪な雰囲気が流れかけたのを響ちゃんが待ったをかける。電ちゃんは状況が把握しきれてないのか姉妹たちの様子に困惑している。

 さっきまであんなに楽し気に話し合っていた彼女らの仲に不和が生じたのは私のせいだ。居た堪れない。自分の浅慮に嫌気が差す。

 

「電にも後で説明するわ。大鳳さんもそれでいいかしら?」

 

「──ええ。艦載機を格納するから少し待っていてください」

 

 覆水盆に返らず。後悔してももう遅い。

 彼女たちから話をしっかり聞いて状況の把握に努めるべきだろう。

 

 そう思考を切り替えると、訓練中の艦載機に帰還命令を出す。

 

 

 ──訓練どころか食堂に行く雰囲気でもなくなっちゃったわね。

 

 

 自嘲しながら航空甲板を展開して第六駆逐隊に背を向ける。

 

 

 見上げた空は訓練を始めたときよりもやけに薄暗くなっていた。

 

 

 

 

 




何が不定期だよ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。