貴方の役に立ちたくて   作:benet

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第3話

 現在時刻ヒトゴーマルマル。

 

 訓練場を後にした私は第六駆逐隊に連れられて駆逐艦寮の彼女たちの部屋にいた。

 勧められるがままに座布団に座ったものの、彼女らはお茶を淹れに行くと言って全員で給湯室に行ってしまった。

 

 独り慣れない部屋に取り残され、どうにも落ち着かない。なんとなしに周りに目を向ける。

 

 四人で同室に住んでいる割にはすっきりした印象を受ける部屋だ。隅に置かれたローチェストの上には可愛らしい小物や写真立てが置かれている。飾られている写真は第六駆逐隊の集合写真のようで、皆が皆眩しい笑顔を向けていた。

 床には全面に畳が貼られており、時間が経っているからかあまり藺草の匂いはしないが撫でてみるとざらりとした手触りを感じる。

 

 他所事を考えて少し落ち着いた頭で状況を整理する。

 

 神通さんの書類が私の執務机に提出されていた話をしたとき。

 

 彼女たちの反応は様々だったが、純粋に驚き困惑していたのは電ちゃんだけだ。残りの三人はあまり動揺しているようには見えなかった。

 あの時の様子は動揺というよりも──後ろめたさや葛藤?

 

 彼女たちは初めから書類の件を知っていた?

 

 神通さんが私に書類を()()()提出したことは彼女らに共有されていたのか、それとも──。

 

 ──ガチャリ。

 

 少し前の彼女たちの様子を思い出していると部屋の扉が空いた。

 

 振り向けば雷ちゃんを先頭に四人が部屋に戻ってきた。手にしたお盆には湯気をあげる湯呑みが載っている。

 

「お待たせ。今更だけどあったかいお茶でよかったかしら?」

 

「はい、大丈夫です。ありがとうございます。でも別にそんなに気を使ってもらわなくてもよかったのに」

 

「いいのいいの、ここに呼んだのは私たちなんだから。それにこれくらい大した手間じゃないわ」

 

 雷ちゃんが柔らかく笑う。話しづらいことがあるだろうに他人への気配りは忘れない。彼女の面倒見の良さは筋金入りだ。

 

 ことりと目の前の座卓に湯呑みが置かれる。ほのかに熱気と煎茶のいい匂いが漂ってきた。

 全員が座卓を囲って座ると、各々が湯呑みを口に運ぶ。ここに来るまでずっと硬い顔をしていた彼女らの表情が少し和らいだ。

 

 少しの間の沈黙の後、雷ちゃんが口を開いた。

 

「さてと、とりあえず私が代表して話をさせてもらうわ。電は何が何だか分からないだろうから話を聞いておいて」

 

「……分かったのです」

 

 難しい顔をした電ちゃんがゆっくりと頷く。

 今回の件に彼女は関わっていない。推測の一つは当たったようだ。

 

 返答を確認した雷ちゃんは言葉を続ける。

 

「単刀直入に言うわ。大鳳さんの机に神通さんの報告書を置いたのは私たちよ」

 

「出撃に関連した書類は提督に提出することになっているのは知っていますよね?」

 

「ええ、勿論。一年くらい前かしら? 司令官からそういうものは大鳳さんに見せないよう全艦娘に対して直々に通達があったわ」

 

 大鳳さんも薄々気付いていたんでしょ?と雷ちゃんはこちらを見つめる。

 

 ──一年前。

 やはり()()()()が起きた頃と、通達がされた時期は一致している。

 

 全艦娘に緘口令を敷いてまで私に出撃の情報を与えたくなかった。私は──私はそこまで信用を失ってしまったのだろうか?

 

 その事実がじりっと心に影を落とす。どうしようもない遣る瀬無さが腹の中をぐるぐる回り出す。

 分かっていたことではある。出撃を任されなくなったのも、事務作業ばかり命じられるようになったのも、書類どころか仲間たちとの世間話ですら出撃に関した話題が上がらなくなったのも。

 

 分かっていた。

 

 ただ、他人の口から事実として聞くと、逃避しようのない現実がまじまじと見せつけられるようで暗澹たる気持ちになる。

 

 ぎゅっと湯呑みを両手で強く握る。お茶を淹れたばかりのそれから伝わる焼けるような熱さで、なんとか思考の海に沈んでいく自分を引っ張り上げる。

 

 まだ全然話は終わっていないのだから。

 

 俯いていた顔を上げると、こちらを気遣いげに見詰める彼女たちがあった。

 話の最中に急に黙りこくってしまえば心配もかけるだろう。申し訳なさが募る。

 

「すみません、話を続けましょう。書類の置き場所を間違えた訳ではないことは分かりました。ですが、このことを神通さんはご存じなのですか?それと一番大事なことは──何故態々命令を破ってまでそんなことをしたんですか?」

 

「……神通さんは何も知らないわ。あの人はちゃんと提督の机に提出したんだから。それを勝手に大鳳さんの机に置いたのが、その、暁よ」

 

 今まで黙って話を聞いていた暁ちゃんが口を開く。急に喋り始めた彼女に雷ちゃんは慌てて待ったをかける。

 

「ちょっと暁! 私が説明するわよ!」

 

「ううん、もういいの。雷に説明させるのはやっぱりズルいわよ。……大鳳さん、今回のことは今の艦隊の状況を知って欲しくて、暁の独断専行でやったの。でも、司令官の命令を破ったことを考えたら、後から凄く心配になっちゃって。雷と響に相談したの。……急にこんなことされてびっくりしたわよね、ごめんなさい」

 

「いえ──」

 

 今回のことは第六駆逐隊ではなく暁ちゃんが主体的にやったこと。確かに訓練場で私が話を切り出したとき、視線を逸らす彼女からは、どことなく後ろめたさのようなものは感じていた。

 

 しかし、艦隊の状況と来るとは。

 

 毎日提出される出撃報告の書類で私が読むことができたものは、彼女が寄越した一枚のみ。特定の海域には決まった深海棲艦しか出現しないという法則が破れ、上位個体が出現し始めたことを報告するものだったが。私が知れた情報など氷山の一角に過ぎないのでは? 同じような事例が他の艦娘からも多数報告されているのでは?

 

 際限なく湧き上がる不安を抑え込む。話を聞く前から身構えしすぎても疲れるだけだ。

 

 話の続きを促そうと口を開きかけて、ふと。電ちゃんの様子が気になった。俯いた顔は物悲しげで、膝元に置かれた手は強く握られている。

 

「──どうして。どうして、電には何も話してくれなかったのです?」

 

「それは……」

 

「司令官さんの命令を破ってまで大鳳さんに伝えたいことがあった、後から心配になったから皆に相談した、そこまでは分かるのです。でも、何で二人には相談して電には黙っていたのです? ……そんな大事な事を」

 

 艦娘は基本的に提督からの命令を破らない。そうあれかしと造られたからだ。

 

 「単独で深海棲艦の艦隊に突っ込んでこい」だとか「一日で資材を倉庫一杯にしろ」といった無理な命令に対して、艦娘から不可能だと伝えることはあっても最終的にその命令を完遂しようとするだろう(勿論、提督はそんなことはしないが)。

 

 今回の命令は至極簡単だ。出撃に関する情報を私に伝えることを禁じているだけなのだから。

 

 完遂できるはずの命令を艦娘側が破るというのは並々ならぬ事態ではある。

 

 暁ちゃんが答えあぐね、空気が一段と重苦しくなる。再び俯いた電ちゃんの瞳が揺れる。それを見て暁ちゃんは慌てるものの、焦って余計に考えが纏まらないのか、口を開けては閉めるを繰り返している。

 

 もう幾何かの沈黙のあと、電ちゃんが口を開いた。

 

「電に話してくれなかったのは、二人より頼りなかったからですか?確かに、雷ちゃんはどんな相談でも乗ってくれるでしょうし、響ちゃんは冷静に助言をしてくれそうなのです。私が相談を受けたところで、何も変わらない──」

 

「ち、違うわ!」

 

「だったら何で!」

 

「──二人とも、落ち着いて。別に暁は君のことを仲間外れにした訳でも頼りないと思ってる訳でもないよ。ただ、暁なりの考えがあって君に話さなかっただけさ。だから最後まで聞いてあげて欲しい。……暁も難しく考えずに君の考えを伝えればいい。ここには私達しかいないんだから」

 

「う、うん」

 

 電ちゃんが感情を溢れさせて、あわや話し合いどころではなくなりかけたそんな時、響ちゃんが沈黙を破った。普段口数の多くない彼女がここまで喋るのは珍しい。ここにいる全員が驚いた顔をしている。落ち着いた響きの声とその珍しさも相まって、二人は落ち着きを取り戻していた。ワタワタしていた雷ちゃんもほっと胸を撫で下ろしている。張り詰めた空気が弛むのを感じた。

 

 呼吸を整えた暁ちゃんが話を再開した。

 

「本来出現しないはずの深海棲艦が出現したってことはもう知っているわよね。最初は暁たちの運が悪かっただけかと思ったけど、他の艦娘からも同じ話を聞いたわ。どの海域でも上位個体が出現し始めてる」

 

「そうですか」

 

 懸念していた通りのことを告げられる。返事がやや強張ってしまったが平静は保てている。

 しかし、それも次の言葉で崩された。

 

「それもあって、最近では大破して帰ってくる艦娘が増えたわ。でも、皆、言ってるわ。問題はそこじゃないって。……艦隊全体が弱くなっているのよ」

 

 ──そんな馬鹿な。

 

 あまりに信じられない発言に、しばらく理解が追い付かなかった。この子は弱いといったのか?この精強揃いの艦隊を?

 

 あり得ない。馬鹿なことを言うのは止めろ。否定をしたい一心で、声を上げて反論する。

 

「そんなはずはありません! 皆さん全員、素晴らしい練度を誇っていた! 向かうところ敵なしだと思えるくらいには……」

 

「──一年前は、ね。」

 

 彼女はぼそりと呟いた。

 

 悲し気な顔をしていた。それなのに口元は力なく笑っている。逸らした視線の先には湯呑みがあるばかりだが、その陰りを帯びた瞳はもっと別のものを見ていた。

 

「司令官、昔と比べて大鳳さんに冷たくなったでしょ?」

 

 ずきりと。胸が痛む。

 

「それは──そう、ですね。業務以外の話をしなくなりました。それと……笑って、くれなくなりました。」

 

 自ら口に出すことで、直視したくない現実をありありと見せつけられるように感じた。

 

 笑いかけてくれる提督の姿を思い描く。頭の中でならいくらでも描き出せるその姿を、再び見ることは叶うのだろうか。

 

「そっか。……それね、他の皆も一緒よ。あの戦い以降、司令官は変わってしまった。ご飯は自分の部屋に持って行って食べるし、お話もまるでしてくれなくなった。ほとんど自室か執務室に籠っているから、ほとんど会話がなくなった艦娘もいるのよ。それで、口を開いたと思ったら業務の話ばかり」

 

「あっ」

 

 暁ちゃんの話を聞いてようやく先程の言葉の意味を理解した。理解してしまった。

 

 

 造られたばかりの艦娘は非常に脆弱だ。深海棲艦最弱と呼ばれる駆逐イ級にすら苦戦するほどに。

 

 では、艦娘を強くするために必要なものは何か。

 毎日の鍛錬で培われる屈強な肉体か。深海棲艦に負けてなるものかという精神か。潤沢な装備にそれらを巧みに操る戦闘技術か。

 どれもとても大切だ。疎かにしてしまえば一線級の艦娘にはなれない。

 

 しかし、それらより艦娘にとって大切なものがある。

 

 提督との絆だ。

 

 共に会話をして、食事をして、生活する。共に笑って、泣いて、怒って、喜ぶ。

 そういった日々の積み重ねが絆を育み、艤装の出力を上げ、艦娘の力となる。

 

 最近の提督の言動はそれ(絆を育む行為)にはほど遠い。そんな状況が一年。艦隊の士気が落ちるのは当たり前だ。

 

 提督は私にだけ冷淡に接していると思い込んでいた。違うのだ。

 彼は艦娘に対して冷淡になっている。

 

 

 ──こんな少し考えれば分かるようなことに、私は今更気付いたのか。

 

 

 ──否、考えないようにしていたのか。

 

 

 ──私のせいだ。

 

 

「砲弾を避けようとしても思うように身体が動かなくて被弾したとか、距離を詰めようとしてもなかなか近づけなくなったとか。以前に出来ていた動きが出来なくなったって話もよく聞くわ。……電もそうなのよね?」

 

 

 ──私が、あの戦いで勝利を収めていれば。

 

 

「どうして、分かるのです?」

 

「分かるわよ。最近は出撃した時はいつも動きづらそうにしていた。この前出撃した時だってそう。あの程度の深海棲艦、昔の電だったら簡単に倒したはずだわ!」

 

 

 ──あと少しで提督に勝利を捧げることができていたのに。

 

 

「電が大破したとき、私、凄く怖くなったの。このまま漫然と出撃を続けていれば、いつか電が、皆がいなくなっちゃう気がして。だから大鳳さんに知って欲しかった。今の艦隊の状況を。……電が弱いからそういうことをしたって言ってるみたいで、あなたを傷付けるんじゃないかと思って、相談できなかったの。思いやったような振りをして、独り除け者にされる電の気持ちを考えていなかったわ。ごめんなさい」

 

「暁ちゃん……」

 

 自責に苛まれる中、二人のやり取りをぼんやり見つめていた。彼女らの間の蟠りがなくなるのは喜ばしいことだが、彼女たちの不和が生じたそもそもの原因は私にある。とても喜べない。

 

 暁ちゃんが再び私に視線を向ける。

 

「司令官と一番仲が良かった大鳳さんなら、昔の優しかった司令官に戻せるんじゃないかと思って……。勿論、難しいことを言ってるのは百も承知よ。でも、このままだときっと、艦隊が立ち行かなくなるわ。どうか、お願いします」

 

 暁ちゃんが頭を下げると同時に六駆全員が頭を下げる。各々の切実な思いが痛いほど伝わってくる。

 

 昔の提督。共に戦い笑ってくれた貴方。何度夢に見ただろう。

 あの頃の提督に戻ってくれたら。

 

 今朝の提督とのやり取りを思い出す。乾いた笑いをあげ、私をじっと見つめる提督。その瞳からは感情が感じられなくて──。

 

 ぞくりと、背筋に冷たいものが走る。知らず鼓動が早くなっているのが分かった。

 すっかり気後れしてしまっている自分がいる。また同じ視線を向けられるのではないかと恐怖する自分が。

 

 しかしだ。暁ちゃんのいう通り、現状を放置し続ければ艦隊に未来はないだろう。そも、自身が原因なのだから断る選択肢などあるはずもない。

 

 頭を下げて返事を待つ彼女らに告げた。

 

「分かりました。嘗ての提督を取り戻せるように精一杯頑張ります。だからもう頭を上げてください」

 

 わっと湧き上がる彼女たちを何とも言えない顔で見つめる。

 

 できるできないではなく、やるしかないのだ。

 

 ぬるくなったお茶を口に含み、乾いた口を潤す。ふっと息を吐くと、すり硝子越しに揺れる緑が目に入った。

 すり硝子のように不鮮明な未来を見通すことは困難だが、その先に希望があることを信じたい。

 

 覚悟を決めた私は、かつての提督を取り戻す手段を思い巡らすのであった。

 

 




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