ウマ娘に転生したけど影も踏めなそうな娘と同世代だった件   作:アザミマーン

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前回の掲示板では無事仕込んだネタを拾ってもらえて安心しました。
多分今後も掲示板回では少しづつネタを挟みます。

それではどうぞ。


燻る心

 

 

 

「おお…」

 

 俺は自分の通帳を眺め、ついうっとりとした声が漏れてしまう。

 先日優勝した芙蓉ステークスの賞金が振り込まれたのだ。

 一、十、百…一介の中学生が持つ金額じゃないなこりゃ。

 

 芙蓉ステークスの賞金は1600万円。

 

 ここに税金がかかったり、トレーナーと分けたりはしたけどそれでも三桁万円が通帳に刻まれている。俺の前世の年収の倍くらいあるんだが…

 

「ウルちゃん、どうしたの?」

 

「トーカちゃん先輩、見てくださいこの貯金額! ほら!」

 

「あー最初は驚くよね、ホント」

 

 驚きを共有したくてトーカちゃん先輩に見せるが、苦笑されてしまった。

 そうか、トーカちゃん先輩はオークスウマ娘だったな…

 このくらいの金額じゃ驚かないか。オークスって優勝するとどのくらい貰えるんだっけ? 

 

「オークスの優勝賞金は1億4000万円だよ」

 

「いっ…」

 

 顔に出てたのか、トーカちゃん先輩が俺の疑問に答えるように言う。

 ちょっと想像もつかないな。もはや生涯年収すら見えてくる金額なんだが…

 

「ウルちゃんもすぐこのくらい稼ぐようになるよ」

 

「そうなれるよう、精進します…」

 

 そしてその数週間後、トーカちゃん先輩が秋華賞を優勝したことでその背中はさらに遠くなるということをこの時の俺は知らない。

 

 あの、本当にそこまで強くなれます? トーカちゃん先輩。

 

 

 いやー、キツいっす。

 

 

 

「ということがあってですね…」

 

「はは、シャドウストーカーは今のティアラ路線で一番ノっているウマ娘だからね。僕もこの前練習しているところを見かけたけど、桜花賞の頃とは見違えたよ。僕が見た限り、最後のティアラである秋華賞…彼女に勝てるウマ娘はいないんじゃないかな」

 

 練習前、いつも通りカフェテリアに集合した俺はトレーナーにそんな話を振った。

 おお、そんなに強いのかトーカちゃん先輩。

 毎日部屋で顔を合わせているから変化に気づきにくいのかもしれないけど、以前のレース映像を見たらわかるかな。

 

「さて、同室のシャドウストーカーが気になるのは分かるけど、キミはキミの目的のために頑張らなきゃね。今回の賞金で何か両親に贈り物でもしたかい?」

 

「当然です。そのために私は戦っているのですから。とりあえず、ペアの温泉旅行券を送っておきました。直接お金を渡したり、あまり高価なものだったりすると受け取ってもらえなそうだったので」

 

 その辺は抜かりない。

 俺は子を持ったことがないのでなんとなくの判断だが、少なくともいきなり数百万の賞金を振り込まれたり、高額なアクセサリーをたくさん贈られても遠慮してしまうのではないかと考えたのだ。

 今は温泉旅行券なんて小さなものからだが…段々慣らせていき、最終的には車とか別荘とかプレゼントしたい。

 

 まぁ賞金が多すぎてその程度で使い切れるものでもないので、俺も個人的に使ってはいるが。

 強くなるための必要経費ってやつだよ、うん。

 

「恩返しのためにも勝たねば」

 

「キミの願いには、勝利は必須ではないはずだ。愚問かもしれないが、それでも勝ちに行くのかい?」

 

 トレーナーがふと思い出したかのように俺に問いかけた。

 トレーナーの言うことには一理ある。

 レースの賞金は、何も一着だけに贈られるものではない。半分以下になってしまうが、二着以降にも贈られる。

 たった半分? いや、そんなことはない。

 今回の芙蓉ステークスで考えても半分で800万円。これがG1にもなれば、トーカちゃん先輩のように一着の賞金が1億円を超えることもある。その半分でも大金であり、恩返しには十分とも思える。

 

 しかし…なんというか、自分でもよく分かっていないのだが、勝ちを狙いたくなってしまうのだ。

 賞金が一着の方が高いとか、走ることがウマ娘の本能だとか、まぁ色々考えたがしっくりこない。

 ぼんやりと、一着がいいと思うのだ。

 

「そう、ですね。そうだと理解しています。しかし、私は…」

 

「勝ちたい?」

 

「ええ。はっきりとした理由はないのです。一着がいいと、ぼんやりと思うだけで」

 

「そうか…」

 

 トレーナーは俺のことを見透かすように眺めた。

 なんとなく居心地が良くなく、身をよじる。

 

「今は見つからないのかもしれない。僕がアドバイスできるものなのかもしれない。でもきっと、キミが自分で見つけるべきなのだろうと思うよ」

 

「そうですか…なら、自分で見つけようと思います」

 

「それがいい。さて、次のレースに向けてトレーニングしようか」

 

 次の目標は10月後半のアイビーステークス。

 距離は1800mと俺の得意な中距離ではないが、それでもマイルの中では最も長い距離だ。そこまで不利というわけでもないだろう。

 うし、気合入れていこう! 

 

 

 

 

 ドドドッという重音が響く。

 アイビーステークス当日、俺は真ん中寄りの枠順でスタートした。

 距離は1800m、マイルだが走れないというほど苦手な距離でもない。

 俺は最後方からレースを進めていたのだが、順調とはいかない展開となっていた。

 

(速い! 200m違うだけで、こんなにペースが速いか!)

 

 俺はこの試合がトゥインクルシリーズで初めてのマイル戦だ。どのくらいの速さが適性のペースかなんて分からない。

 分からないが、今まで中距離しか走っていなかった身としてはこの速さに驚く。

 

(残り半分…仕掛けるか!)

 

 レースは既に中盤、先頭が半分を通過したところで俺は『領域』を発動する。

 

(ぐ、先頭と距離が開きすぎて先頭とその次の娘に掛かってない!)

 

 しかし、距離が短いせいなのか先頭が思ったほど垂れておらず、また俺も前に出られていないせいで『領域』が届かない。

 完全に仕掛けどきを間違えた。少なくとも、距離が短いんだからもっと早い段階で前に詰めておくべきだった! 

 

 残り400m、『領域』の第二の効果が発動するが、前を走っていたウマ娘はそのまま走り続けている。

 当然だ、俺の『領域』は第一の効果が掛かっていないウマ娘には効果がない。

 

「ぐ、うおおおおおお!!!」

 

 力任せにスピードを上げる。

 残り距離は少ない、まだ、まだだ諦められない! 

 俺は『領域』に飲まれたウマ娘たちを次々と追い抜き、前を走っていた逃げウマ娘たちに迫る。

 

 しかし、詰めきれない。

 壁があるかのように、それ以上距離が縮まらない。

 アキレスと亀? 俺たちは直線上を走ってるんじゃないんだぞ。

 そのままレースは最後まで進み…

 

『3番が今一着でゴール!! 今回のレースは、最初から最後まで逃げウマ娘が主役のレースとなりました! 一着は3番ドリーミネスデイズ、タイムは…』

 

 俺は三着で敗北した。

 

 

 

「メトゥス、お疲れ様」

 

 ウイニングライブを終えた俺は、控室で中森トレーナーに迎えられた。

 考えてみれば、トレセン学園に来て初めての敗北か。

 けど三着、得意距離ではないマイルでしっかりと入着している。

 俺としては中々の戦績だと思う。

 

「…ええ、お疲れ様です」

 

 だからさ。

 

「すまない、キミを勝たせてやれなかった…」

 

 そんな顔するなよトレーナー。

 

 三着だぞ? 普通に考えれば十分な成績だ。

 しかも中距離じゃなくてマイルだ。いい経験にもなったと思う。

 渋面浮かべちゃってさ、似合ってないぜ。

 

「ほら、目を冷やすといい。赤くなってしまうよ?」

 

 トレーナーが俺の目元に冷やした濡れタオルを当ててくる。

 

 え? 

 

「いつもと勝手の違うマイル戦、仕掛けのタイミングが違うことくらい僕が伝えておくべきだった。キミは優秀だから、僕は勝手に教えたつもりになっていた」

 

 俺が、泣いてるのか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの敗北から約1ヶ月。

 俺は京都ジュニアステークスに来ていた。

 

 ジュニア級中距離で初めての重賞ということもあり、周囲にいるウマ娘たちも錚々たるメンツだ。

 いつもの名家は全員出場、さらにリバイバルリリックちゃん、オイシイパルフェちゃん、そして黒沼トレーナーのところのストレートバレットちゃんもいる。

 

 そして、ナリタブライアンもいた。

 

 うん、そうだね、知ってた。史実通りっちゃそうなんだけどさ。

 最重要警戒対象がついに現れてしまったか…

 

 ナリタブライアンのここまでの戦績は5戦2勝。正直、そこまで良いとは言えない戦績だ。

 2勝なら俺もしているし、ここにいる名家のサルサステップちゃんは唯一3勝している猛者だ。

 普通ならブライアンだけを警戒するなんてあり得ないだろう。

 

 しかし。俺は知っている。

 ブライアンが先日、元いたチームを辞め、新しくリギルに入ったということを。

 その際、あるトレーナーからもらったアドバイスのおかげで信じられないような走りを見せたということを。

 

 今回のレースは、ブライアンの実力を見るいい機会になるだろう。

 できれば、『領域』をぶつけてみて反応を知りたかったんだが…

 

「雨、か」

 

 12月も近くなり、寒さが目立ち始めた京都レース場には、少なくない雨が降っていた。

 バ場発表は重バとのことだ。ただ、見た感じでは不良に近いようだ。

 

(コンディションは最悪、だな)

 

 ザーという雨の音がよく聞こえる。

 雨の音が大きく聞こえるということはつまり、他の音は聞こえづらくなる。

 

 おそらく、俺の『領域』はほとんど効果を発揮しないだろう。

 

 俺の『領域』は相手を動揺させないと発動しないし、足音を意識してもらえる距離にいないと効果を発揮しない。

 この雨では動揺させるために心音を大きくさせようが、多少足音を大きく響かせようがそこまで効果がないだろう。

 

(実力勝負か)

 

 実力は少しずつ伸びてきている。

 だからあとは発揮するだけだ。それは分かっているのだが…

 

 ゲートの中で開始を静かに待つ。

 結局、アイビーステークスで俺が泣いた理由は自分でもよく分かっていない。

 負けて悔しかったのか、それとも他の理由か。

 もやもやとした思いを抱えたまま、レースに挑む。

 

 

 

『1000mを先頭が通過しましてタイムは1:00.3! 雨の中とは思えないペース、ウマ娘たちが激戦を繰り広げています!』

 

『先頭から最後方までそこまで離れていませんから、誰にでもチャンスはありそうです』

 

(くそ、やっぱり誰もかからないか!)

 

『領域』を発動するが、誰にもかからない。

 距離は十分近く、先頭から最後尾の俺まで10バ身程度だろう。

 だが、この雨と重賞で普段より多く人の入った京都レース場に迸る歓声が、俺の出す音をかき消してしまう。

 重バにも関わらずペースは速めで、スタミナ消費も多い。

 俺は『領域』の発動に失敗した分、他のウマ娘よりも無駄にスタミナを使ってしまった。

 

(仕掛けどきだ!)

 

 仕掛けのタイミングは、アイビーステークスの後に散々練習した。

 追込である俺は、他の娘よりも少し早めに仕掛ける。

 最終直線で勝負にするためにも、位置を上げていく。

 

 俺が動いたのを皮切りに、前を走るウマ娘たちも仕掛けていく。

 俺を含む追込ウマ娘や、その先を走る差し集団が速度を上げ始めた。

 先行集団も速度を上げ始める中、しかし、ブライアンだけが動いていなかった。

 

(なんだ? まさか疲れたってことはないと思うが…は?)

 

 ブライアンと前の差が少し広がり、ブライアンの後ろを走るウマ娘たちが速度を上げる。

 その中で、ブライアンは一瞬だけ誰にも囲まれていない状態になった。

 

 その瞬間、鳥肌が立った。

 後ろ姿しか見えない黒鹿毛、しかし猛禽から睨まれたような錯覚を感じた。

 

 

 瞬き一つ、ブライアンは既に横に抜け出していた。

 呼吸を一つ、不自然なほどに低い姿勢が圧倒的な加速を生み、一歩で前の集団に並んだ。

 足踏み一つ、その頃にはブライアンは先行集団を置き去りにしていた。

 

 

 この雨で周囲の音も定かではない中、あの絶妙なタイミングをどう判断したというのか? 

 まさに怪物的な直感としか言いようがない。

 

 そして身体能力。

 俺自身加速しているはずだというのに、まるで差が縮まらない。

 前との差は少しずつ詰まっている。だがブライアンだけが遠い。

 

(あぁ…これは無理だ、勝てないわ)

 

 俺はもう負けを確信していた。

 ここから俺が最高速度に乗ったとして、あの背中に追いつくビジョンが見えない。

 それどころか、『領域』を無理にでも使おうとしたからなのか、脚が残っていない。

 他の名家のウマ娘たちを追い抜くことも難しいだろう。

 

(そう、勝ち目なんてない。…だってのに、俺はなんでこんな必死になって脚を回してるんだ?)

 

 意識に反し、スタミナに反し、俺の脚は未だ全力で回っていた。

 

(まだ走れるってか。俺だって負けたくなんてないさ。だがもう距離が…)

 

 ゴール板までもう100mもない。

 

 負けたくない

 負けたくない

 

 ────どうして? 

 

 この後に及んではっきりとしない、負けたくない理由。

 もはや独立して回る俺の脚は最後まで全力でターフを蹴り、ゴール板を突き抜けた。

 

 

 

 京都ジュニアステークス、六着。

 

 

 再び悔しそうな顔で出迎えたトレーナーを見て、俺は胸が痛んだような気がした。

 

 

 

 

 




今回は少し急展開かも?
好き嫌いも分かれそうです。

ただ、必要な話だったので…
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