ウマ娘に転生したけど影も踏めなそうな娘と同世代だった件 作:アザミマーン
近いうちと言いつつそんなに早く更新できませんでしたね。すみません。
推敲してたらなんか思ったより長くなってました。一話が3000字以内に収まる日は来るのか…
ではどうぞ。
影に飲み込まれたシャドウストーカーは、しかしこの状況を把握していた。
(これが…ウルちゃんの『領域』!)
一度『領域』を受けたことがあるからか、これがウルサメトゥスの『領域』によるものだとすぐに理解した。
しかし、有馬記念で受けたビワハヤヒデの『領域』とは全く違う。
ビワハヤヒデの『領域』は計算し尽くされた勝利への方程式、それが頭の中に流れ込んでくるようなものだった。そして、あっという間にビワハヤヒデの描く方程式の中に組み込まれ、自分はその中の駒の一つになってしまったのだ。
(あの『領域』はビワハヤヒデ先輩のイメージを具現化したもので、先輩自身を強化するものだった。でも、これは…?)
真っ暗な視界の中、目の前にあるコースだけがはっきりと見えている。それにより、暗くても転ぶことはないし、コースアウトすることもないだろう。
暗闇を観察する。何を仕掛けられたのか、シャドウストーカーは冷静に思考していた。
ビワハヤヒデの『領域』は計算尽くの心象の具現。
ではウルサメトゥスの『領域』は?
(何の意味が、え?)
何も起こらない、シャドウストーカーがそう考えた瞬間だった。
背後から強烈なプレッシャーを感じる。
それも、レース中に真後ろでウマ娘が圧力をかけてくるようなものとは全く違う。
(────殺される)
殺気。
シャドウストーカーは生まれてこの方そんなもの感じたことなどなかったが、この背骨に氷柱を差し込まれたかのような、そんな冷たい圧力を他の言葉では表現できなかった。
この時点でシャドウストーカーは、直前まで考えていたことも、今がレース中であることすら頭の中から吹き飛んでしまった。
(逃げなきゃ)
いる。
自分の真後ろに、いる。
恐怖が、この世のものとは思えないナニかが、重苦しい足音を立てて追いかけてくる!
幸いなのか、周囲は暗いのに前は見えている。
振り向くことはできない。
隙を見せたら、その瞬間に食い殺されてしまう。
(来ないで、来ないでこないで!!!)
恐怖が焦りを生む。
焦りはシャドウストーカーのペースを乱し、フォームを崩し、体力を削る。
シャドウストーカーの走りに、もはや技術など残ってはいなかった。
心臓が跳ねる。
足音なのか地響きなのか、振動で体が揺れる。
どれほどの時間追い回されていたのか。
どこまで逃げればいいのか。
シャドウストーカーが永遠に続くかとさえ思った逃避行は、しかし突然終わりを告げた。
(あれ…)
不意に、殺気が消える。
視界も暗黒の中から晴れた空に戻り、元に戻っていた。
(! そうだ今はレース中…)
そして唐突にシャドウストーカーは今自分が何をしていたかを思い出す。
そう、今は模擬レース中であり、ゴールまでは目算で残り500mほど。
対戦相手は────
「隙あり」
シャドウストーカーの意識が戻る一瞬の隙をつき、ウルサメトゥスが大きく横に飛び出した。
「あっ!」
「私の勝ちだ、トーカちゃん先輩!」
ウルサメトゥスは持ち前のパワーでグングン加速していく。
しかしシャドウストーカーとてシニア級のウマ娘、それに負けじと脚に力を込めるが…
(脚が、残ってない!)
レース開始直後から殺気を当てられ、焦らされ、崩され、散々に追い回されたシャドウストーカーには、当然の如く脚など残っていなかった。
ウルサメトゥスとの差はどんどん広がっていく。
シャドウストーカーが必死に脚を回すも、ゴールしたときには既に3バ身半もの差が付いていた。
「どうだった? トーカちゃん先輩」
膝に手をついて息を整えているシャドウストーカーに、ウルサメトゥスが声を掛ける。
大して息は乱れておらず、まだまだ余裕の表情だ。
『領域』を使う前の模擬レースとは真逆の状況に、荒い息ながらシャドウストーカーは少し笑ってしまった。
「正直、想像以上だったよ。何というか、確かにあれは外から見てるだけじゃ分からないかもね」
「いやいや、トーカちゃん先輩一人に対して使ってたのに、最後まであの速度で走ってたことにこっちはびっくりだよ。この『領域』の性質上、一緒に走ってる人数が少なければ少ないほど効果が高いはずなんだから」
ウルサメトゥスは本当に驚いているようだ。その証拠に、ウマ耳やウマ尻尾が少し荒ぶっている。
(しかもこれって、私が他の『領域』を見たことがあったからここまではっきり感じ取れたんだろうね。もし初めて見る『領域』がこれだったら、何をされたかすら分からないままスタミナを削り切られてたんじゃないかな)
シャドウストーカーの推測は当たっている。
彼女はビワハヤヒデの『領域』を体感していたからこそ今回のウルサメトゥスの『領域』をはっきりと感じ取れていた。
はっきりと感じ取れてしまった分、効果が少し上がってしまってもいたが、何が何だか分からないままスタミナを削り切られ次の対策もできない、という状況よりは幾分マシである。
「シャドウ。勉強になったか?」
「トレーナー、うん。この話受けて良かったよ」
休憩中、暮林トレーナーがスポーツドリンクを手渡しながらシャドウストーカーに感想を聞く。
暮林トレーナーにはウルサメトゥスの『領域』を感じ取ることはできないし、ウルサメトゥスとシャドウストーカーの会話が聞こえていたわけでもない。しかし、先程のレース中のシャドウストーカーの必死の形相や、その後ろのウルサメトゥスのキレたナイフのような雰囲気から、何が起きていたのかは少しだけ分かっていた。
(今まで聞いたこともないが…おそらく、ウルサメトゥスの『領域』は自分ではなく対戦相手に作用するもの。今回はシャドウしか一緒に走ってなかったからだろうが、レース映像を見るにこの『領域』は走っている相手全員に効果を発揮するのだろう。全く、恐ろしい娘だ)
小さな体躯からは想像できない物騒な効果に、暮林トレーナーは慄く。
暮林はホープフルSの映像から『領域』を持っているだろうと当たりをつけて今回の併走を受けたが、はっきり言って想像以上だった。
(シャドウと同期じゃないことが救いだな。もしこの娘がシャドウの対抗バとしてティアラ路線を走っていたら…シャドウの冠は半分以下、下手したら無くなっていたかもしれんな)
「じゃあ次は、中盤から使うことにするよ。心の準備をしておいてね?」
「安い挑発だね。でも、お言葉に甘えさせてもらうよ」
再びゲートに入り、言葉を交わす。
先ほどはウルサメトゥスの言っている意味がよく分かっていなかったが、一度体感した今なら分かる。
あの恐ろしい『領域』の発動タイミングを自在に操れるということが、どれほどの脅威かということがだ。
(初めて受けたときは訳も分からないまま、体力を削り切られる。そして、二回目以降に対処しようとしても、いつ来るか分からない『領域』に怯え続けることになる。いつ発動しようと、肉体的か精神的、どちらかの有利を取れる。何より…アレを数回受けた程度で、慣れることができるとは思えない)
スタートのために集中する。
先程のようにシャドウストーカーの心音が異常になることはない。
正確に言えば、心音が聞こえる現象はシャドウストーカーの心音が異常になったわけではないのだが、それを知る術は無い。
「スタート!」
中森トレーナーの合図と共に二人はゲートを飛び出す。
出遅れることなく揃ったスタートで、シャドウストーカーも動揺していない。
(ウルちゃんは中盤から仕掛けてくると宣言した。その言葉通りなら、最初から『領域』を使われたさっきより終盤の脚は残るはず。だったら、今のうちにウルちゃんの余裕を削る!)
シャドウストーカーは先程のレースの反省を生かし、序盤からウルサメトゥスのことを翻弄しにいく。
ウルサメトゥスの仕掛けタイミングを完璧に読み、コースを妨害し、逆に消耗させる。脚技による幻惑もしっかり行い、ウルサメトゥスに前からプレッシャーを与える。
実際に、感じるウルサメトゥスの気配はとても走りづらそうにしていることが分かる。呼吸は若干乱れ、フォームも少し崩れたのか足音が乱れている。
(いける! これなら中盤から『領域』を使われたとしても、ウルちゃんも最後に余裕はあまり残っていないはず。地力での勝負になれば、私に有利になる!)
もうすぐ中間地点に差し掛かる。
シャドウストーカーは来たる『領域』に備え、努めて冷静であるよう自分に言い聞かせた。
しかしシャドウストーカーは知らなかった。
ウルサメトゥスが「中盤から『領域』を使う」ということの意味を。
中森トレーナーがメガホンで叫ぶ。
「残り1000m!」
(来る?!)
果たして、シャドウストーカーの予想通り、またはウルサメトゥスの宣言通りに『領域』は展開された。
視界が暗闇に包み込まれる。
同時に緊張感が高まり、真後ろから尋常ではない殺気を感じた。
(…っ嫌!! 来るな来ないでっ、こっちに来ないで!!)
分かっていても逃れられない。
シャドウストーカーの覚悟も虚しく、自身の頭は恐怖で一杯になり、勝手に脚が後ろの存在から逃げようと空回る。
(でもさっきよりは短い時間のはず、それまで逃げれば…)
そんな中でも、先ほどよりは余程思考できていた。
『領域』の支配から抜けることはできていないが、視界は暗闇から戻り、しっかりとターフが見えている。
これはウルサメトゥスの2回目の『領域』にシャドウストーカーが慣れたというよりも、シャドウストーカーが無意識にウルサメトゥスの『領域』の一部を理解したからである。
常人より鋭い感覚を持ち、なおかつ現役ウマ娘の中でも上位の実力を持つ彼女にしかできない芸当だ。
(きっつい! 自分のペースで走れないのがこんなにキツいなんて! でも、残りは600mってところ? この距離なら走り切れる)
最終コーナーを回り、レースも最終局面に入る。
その時、ふと真後ろの気配が消えた。
恐怖という鎖から解放され、体に力が戻る。
そしてスパートをかけるには絶好のタイミングだ。
(いける、これなら────!)
まだ余裕のある脚に力を込める。
しかし、やはり『領域』は確実にシャドウストーカーからスタミナを削っており、思考を狭めさせていた。
絶好の仕掛けタイミングで『領域』の支配がなくなるという
「──えっ?」
瞬き一つ。
それだけのはずが、シャドウストーカーの目の前は真っ暗になっていた。
『領域』内で見えていたはずのコースすら見えない。
直後、暗闇で走るシャドウストーカーの真後ろに、消えたはずの恐怖が出現する。
「ひっ」
息が詰まる。
呼吸ができない。
なぜなら、先程『領域』で受けていたものとすら比較にならないほどの殺気を、後ろの存在が放っていたからだ。
思考が止まる。
同時に後ろの存在が腕を振り上げる。
見えてもいないのに、シャドウストーカーにはその腕の先に鋭い爪が並んでいることが分かった。
腕が振り下ろされる
爪が首に食い込む
(あ? これ私死ん────)
次に目に写ったのは、回転する視界に、首のない自分の体だった。
「…っは?!」
視界が現実に戻る。
どれほど意識がなかったのか。
無意識下でも、シャドウストーカーの体は走っていた。
しかし、走っていることと、レースをしていることは話が別だ。
残り400mも無い。
ウルサメトゥスの姿は、とっくにシャドウストーカーの前にあった。
シャドウストーカーも僅かに残った脚を総動員して加速するが、元々パワー自慢のウマ娘であるウルサメトゥスの加速には追いつけなかった。
シャドウストーカーがゴールする。
ウルサメトゥスとは5バ身もの差が付いていた。
「今日はありがとう、トーカちゃん先輩。色々と勉強になったよ」
練習後、整理運動をしながらウルサメトゥスが言う。
ニコニコと笑うその姿からは、あの恐ろしい『領域』を使っていたとは想像もできない。
「う、うん。私こそ参考に…参考に? なったよ。少なくとももう他のウマ娘の『領域』に飲まれることはないかな」
シャドウストーカーはウルサメトゥスの顔を直視することができなかった。
あの『領域』を見た後から、ウルサメトゥスの顔を見ると心臓がドキドキと強く主張し始めるようになってしまったのだ。
「ならよかった! 私だけがいい思いをするわけにはいかないしね。まぁ、暫くは併走練習するんだし、明日からもよろしくね?」
ウルサメトゥスはシャドウストーカーの様子には気づいていないようで、シャドウストーカーと併走練習ができることを素直に喜んでいる。
(どうしよう…ウルちゃんを見るとドキドキする。もしかして、これが恋?)
危険や不安を強く感じる状況で恋愛感情を抱いてしまう現象。
吊り橋効果と呼ばれるそれを指摘する者は、残念ながらこの場にはいなかった。
チャンミはB決勝1位でした。
キングが勝つかと思いましたが…最推しの娘が頑張ってくれました。
最推しの娘もそのうち登場します(多分)
まぁ既に登場自体はして?いますが