ウマ娘に転生したけど影も踏めなそうな娘と同世代だった件 作:アザミマーン
前回はぶっちぎりで最多感想でした。やっぱタイシン人気ですね。
そして全然返信できていない…もう少々お待ちを…
あ、そういえばこの小説を投稿し始めてから半年経ちました。早いものですね。
こんな見切り発車の元短編小説がこんなに多くの人に見てもらえるとは、半年前の私に言っても信じないでしょう笑
これからもよろしくお願いします。
ではどうぞ。
首筋に冷たいモノが食い込んだ。
「かっ…」
そんな断末魔未満の掠れ声がナリタタイシンの口から漏れる。
回転する視界は、崩れ落ちる小さな体とそれを成したであろう巨大な影を捉え、そのままブラックアウトした。
「っは!? またか!」
意識の空白が生まれ、息を吸い込むことで景色が回復する。
ナリタタイシンは既に数度行われつつ、一向に慣れる気配のないこの現象への対処に四苦八苦していた。
「待てっ!」
「待ちません」
その数秒の思考の寸断はレース中では当然ながら致命的だ。
仕掛けるタイミングを強制的に遅らせ、気づいたときには身体能力の差を以ってしても追いつけない位置にウルサメトゥスがいる。
「また負けた! どうなってんの本当に…」
「あはは…まぁ、私の取り柄ですので」
そのままウルサメトゥスがリードを譲らずに勝利した。悔しがるナリタタイシンに、ウルサメトゥスは少し照れたように笑う。
「褒めてないから!」
ウルサメトゥスとナリタタイシンが併走練習を始めてから五日。いまだにナリタタイシンはウルサメトゥスの『領域』を崩せずにいた。
正確には一部は攻略している。特に最初から『領域』を使うパターンに関しては、もうナリタタイシンが抵抗することの方が多くなっていた。
ウルサメトゥスは最初から『領域』を使用する場合、自身の心音で相手を揺さぶり、それでも足りないときは殺気を放つことで相手を動揺させる。何度も受けない限りはそうそう慣れることもないが、既に併走練習も五日目であり、ナリタタイシン側の慣れにより心音による
(問題はあの首切りの幻影…あれをどうするか)
ナリタタイシンを苦しめ続けているのは中盤から使われる『領域』の方だった。掛からせる効果のほうは耐性が出来始めており、使われても独自の走法を忘れることなくスタミナを保つことができる。しかし、終盤の仕掛けどきにナリタタイシンを襲うバケモノの幻、首切り体験はいつまで経っても慣れることができなかった。
ただ、ナリタタイシン自身、最初の頃よりは復帰が早くなっているような気はしている。その証拠なのか、負けるときの着差も少しずつ縮まってはいる。
しかし、それが意識を飛ばしている時間が短くなったことによるものなのか、それとも意識を復帰させてからの立ち直りが早くなったことによるものなのか、はたまた自身やウルサメトゥスのそのときの調子によるものなのかは分からなかった。
(来るのは分かってるのに)
ナリタタイシンが調べた限りでは、シャドウストーカーがウルサメトゥスと併走練習をしていたのは2週間ほど。その程度の練習期間で大阪杯でのビワハヤヒデの『領域』には全く動揺しなくなっていた。そして、ナリタタイシンに与えられた練習期間も2週間だ。
(シャドウストーカーは出来たんだ。なら、アタシだってできるはずだ!)
自身と同格のウマ娘ができたのならと、ナリタタイシンは奮起する。そして再びウルサメトゥスに模擬レースを仕掛けに行った。
ビワハヤヒデの『領域』に動揺しなかったシャドウストーカーも、ウルサメトゥスの『領域』を完全攻略できたわけではないなど夢にも思わなかったナリタタイシンだった。
「中森トレーナー」
「? 木原トレーナー。なんでしょうか?」
数度の模擬レースで疲弊したウマ娘たち(主にウルサメトゥス)の休憩中。中森がPCになにかしら書き込んでいるところに木原から声がかかった。
「今回は本当にありがとう。これで春の天皇賞では、『領域』に飲まれて終わるなんてことはなくなりそうだ」
「それは良かったです。こちらとしても、メトゥスがナリタタイシンの技術をどんどん吸収して成長しているのが良く分かります。なので、お互い様ですよ」
「まぁこの調子じゃタイシンがあの『領域』をいつ攻略できるかは分からないけどね」
木原は休憩しながらウルサメトゥスに色々と質問されているナリタタイシンを見て苦笑した。仏頂面をしているが、あれはいつものことだ。機嫌が悪いわけではない、むしろ良いのは、木原にはお見通しだった。
「メトゥス…質問はまとめて書面で送るように言ったのに…」
「いいよいいよ、タイシンも満更じゃなさそうだし」
「そうですか? いやでもなぁ」
「それより、あの『領域』の攻略法とかないのかい? 僕もタイシンに聞いてこいと言われててね。まぁ、そんなこと言われてもって感じなんだけどさ」
木原はダメ元で中森に聞いた。しれっと言ったがナリタタイシンは木原にそんなこと一言も頼んでおらず、これは木原の独断だった。一向に攻略できない『領域』を前に、少しでもナリタタイシンの助けになればと思ったのだ。
まぁダメだろうな。そう考えていた木原に返ってきたのは意外な言葉だった。
「攻略法と聞かれても僕に言えることはそこまで多くないですが…そもそも、もう半分くらいは攻略してますよね?」
「え?」
「これを見てください」
中森がPC画面を見せる。
そこにはこの併走練習が始まったばかりの模擬レースと先程のレースとを比較した動画があった。
「これさっきの動画だよね? 編集早いなぁ…」
「PCの扱いはそれなりに得意でして。まぁそれはともかく」
中森がPCを操作する。映し出されたのは、最終コーナーを回るところだ。
「メトゥスの『領域』は相手に働きかけて、少しの間レースから意識を逸らすことで仕掛けのタイミングを遅らせ、さらに副産物として若干速度も落ちます。なのでナリタタイシンが減速したタイミングが『領域』の効果発動タイミングと同じであり、そこからナリタタイシンが再加速したタイミングまでの時間が、ナリタタイシンの意識が逸れていた時間となります」
「なるほど」
「それを知っていただいた上で、ナリタタイシンが減速したタイミングを合わせたのがこれです」
比較映像の中で走るナリタタイシンが同時に減速する。そして1秒、2秒と経過し、3秒ほど経ったところで、先程のレースのナリタタイシンが再加速した。一方で併走練習初期のナリタタイシンは、『領域』で減速してから5秒を過ぎたところでようやく復帰していた。
「ナリタタイシンは確実に『領域』に慣れてきています。その証拠がこれで、メトゥスの『領域』の効果が明らかに半分程度まで減らされています。だから、攻略という意味では近いところに来ているんじゃないですかね」
「うーん、でも最初の頃の着差が3バ身程度で、今は2バ身。半減というなら、もっと差が縮まっていてもおかしくないんじゃないかい?」
木原が指摘するが、中森は当然といった風に返す。
「それはメトゥスの成長の方ですね。この五日間の併走で、ナリタタイシンの仕掛けタイミングを正確に掴んできたのでしょう。実際、映像を見ると『領域』のタイミングが初期と先程とで違います」
中森が映像を操作すると、ナリタタイシンの減速タイミングが時系列順に並ぶ。木原が確認すると、確かに減速タイミングは少しずつズレていった。
中森はこともなげに言うが、ズレと言っても微細なもので、映像を十数個並べてようやく分かる差だ。木原は中森の分析力に感嘆する。
(これは…噂以上だな。有能なトレーナーが一般家庭のウマ娘を勝たせた。隠れた才能のウマ娘が新人トレーナーを導いた。両方の噂が出ていたけど、まさか両方合わさった結果だったとはね。うーん、僕より優秀だなぁこれは)
木原が中森に感心しつつ苦笑する。木原は自分が才能に溢れたトレーナーだとは思っていないが、それでもこの道10年のトレーナーだ。高々三年目のトレーナーに色々と負けている事実に少しやさぐれたが、落ち込んでいる暇はないと気を持ち直す。
「なるほど。でも、いいのかい? そんな詳しい『領域』の情報を僕に教えてしまって。まだ少し先だけど、タイシンは今年の有馬にも出ると思う。そのときに、不利になってしまうとは思わない? ちょっと口が軽すぎるんじゃないかな?」
木原が詳しい分析をできなかったのは、『領域』の情報がなかったところによるものが大きい。
中森は優秀なトレーナーだが、脇が甘いところがある。そう判断した木原が少し意地悪な質問をするが、中森はそれに対し苦笑と共に返答した。
「実は、シャドウストーカーを担当している暮林トレーナーにも、似たようなことを言われました。僕もそれからは結構情報には敏感になっています。皐月賞で大々的に使ったとはいえ、おそらく詳しい効果までは知られていないでしょう。なので、今回もそちらに効果が見破られない限りは黙っていようと思っていたんですが…」
「ですが?」
「メトゥスの方から許可が出ていまして」
中森は頬を掻きながらウルサメトゥスとの昨日のやりとりを思い出す。
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「分析のためなら教えていい? 『領域』の効果を? なんでまた。それは今後ナリタタイシンにぶつかったとき、不利になると分かって言っているんだよね?」
中森はウルサメトゥスの唐突な申し出に、少しだけ怒りを込めて話す。
確かにウルサメトゥスが『領域』を使えるということは、あの皐月賞に出たウマ娘、もしくは見ていた上位のウマ娘にはバレてしまっただろう。しかし併走練習したシャドウストーカーやこれまで何度か対戦してきたウマ娘たちから察するに、詳細な効果はこちらから話さない限り知られることはない。
これまで中森は何度か情報の取り扱いを間違えてきた。それ故に簡単に明かそうとするウルサメトゥスに怒りを覚えたのだが、対するウルサメトゥスも真剣な表情だった。
「ええ、分かっています。でも、その上で許可します。まぁ、木原トレーナーやタイシン先輩が聞いてきたらの話ですが」
「…理由を聞いてもいいかい」
中森は一旦怒りを落ち着け、ウルサメトゥスの目を見て話す。大したことがない理由なら、いくらウルサメトゥスの提案でも一蹴する。中森はそのつもりでいた。
「…似ているんですよ、タイシン先輩と、私は。だから、応援したくなってしまったんです」
しかし、憂いを含む表情でそう語るウルサメトゥスに、一気に気勢を削がれてしまった。
ウルサメトゥスはナリタタイシンから彼女のこれまでのことを本人から大まかに聞いていた。そして、自分の持つナリタタイシンに関する前世の知識が概ね正しいことが分かり、強く共感してしまった。
「誰にも期待されず、周囲からは不愉快な扱いを受け、同期に強力なライバルがいる。なんか、ここまで似ていると少し運命的なものを感じてしまいます」
ウルサメトゥスは思う。自分は中身が女学生ではない。とっくに成人した男で、精神的にも成熟している。それに当初の目的は金稼ぎだったので、注目などどうでも良かった。だから中森以外のトレーナーやメディアからどんな扱いを受けようが平然としていられたが、ナリタタイシンの場合はどうか。
高校生になったばかり、精神的に不安定な時期の少女が、人並みに自己顕示欲もあるだろう子供が、自分と同じような環境になったら。
心が折れてしまうだろう。現に、ナリタタイシンは一度挫折を味わった。
それでも再び立ち上がったナリタタイシンに、ウルサメトゥスは強い尊敬を抱いた。
「それに、あんな凶悪な『領域』をぶつけても、態度を変えず、怯えることもなく、先輩は私に自分の持つ知識を惜しげもなく教えてくれます。そんなカッコいい先輩に、少しサービスしてあげてもいいかなと思いまして」
「全く…分かったよ」
悪戯っぽく笑うウルサメトゥスに、なんだかんだ担当ウマ娘に甘い中森は肩の力を抜く。ただ、木原がもし悪質なトレーナーだったら、決して教えないと考えていた。その心配は、この後徹夜で色々な方面から調べた結果、杞憂だと分かったが。
「それに…」
「なんだい?」
ウルサメトゥスは少し誤魔化すように言う。
「今回の練習で強い出力の『領域』を使うつもりはありません。実戦でそれを使ったら、効果的だとは思いませんか?」
「なるほど、サービスはここまでってことだね。まぁ、メトゥスなら色々考えてると信じてるけどね」
「あはは…」
(言えない…この前から強い出力で『領域』の第二段階を使おうとすると威力の調整が上手くいかないから使いたくても使えないなんて言えない…)
ウルサメトゥスがそんなことを考えているなど全く気づかない中森だった。
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「そんなことが…」
「はは…」
軽く笑って答える中森に、木原は同じく笑いつつ内心で自らの心の汚さを突かれたような思いだった。
(僕が新人だった頃は、中森トレーナーのように誠実な人間だっただろうか。もう覚えてないな。誠実なだけじゃこの世界で生きてはいけないけど…だからこそ誠実な人間は貴重だし、ここまでされたら、って思っちゃうんだよね)
木原は中森と、そしてナリタタイシンと戯れているウルサメトゥスを見やる。ウルサメトゥスがナリタタイシンを持ち上げ、ときにはその逆が起こる。二人の仲はかなり良好に見える。その様子を見て、自身も情報を提供することに決めた。
木原は思う。自分は中森トレーナーほど優秀なトレーナーではない。そして、中森トレーナーほど甘くもないし、誠実でもない。
だが、受けた恩を返すくらいの誠実さはあると思っている。
「中森トレーナー、重ねてになるけど、今回の話を受けてくれてありがとう。お礼と言ってはなんだけど、僕の権限で、最新トレーニング設備を使う権利を貸してあげるよ」
「最新トレーニング設備…ですか?」
中森が怪訝そうに聞き返す。中森とて情報収集は重視しており、自分で調べたり、乙名史記者に聞いたりして日々効率の良いトレーニングを行っているつもりだ。特にトレセン学園は最新の設備が揃っていて、実績によって優先度は左右されるが、それを使ったトレーニングもできる。G1を勝利しているウルサメトゥスは、優先的にそれらの設備を使うことができた。
だからこそ、木原の言う最新のトレーニング設備に見当がつかない。
「ここだけの話、タイシンの疲れにくい走法もそれを使って習得したんだよね。まぁ、思いついたのは僕なんだけど。サービスだ、それも教えてあげよう。この練習方法まだ公表してないからね? 他の人にはオフレコで頼むよ」
「それは勿論ですが、そんな設備がトレセン学園にあったんですね…」
木原が得意げに言う。木原の知る設備は運用が開始されてから一年も経っておらず、あまり知名度がない。運用されて時間が経っていないというのもあるが、知名度がないのはそれを利用したトレーニングがあまり上手くいっていないからだ。それを有効的に活用してウマ娘の強化に成功している時点で、彼の手腕の程は証明されていた。
木原は自らを優秀なトレーナーだとは思っていない。しかし、周囲にどう思われているかは全く別の話である。
「いいんですか? 僕らに教えてしまって」
「しつこいって。いいよ、いつかは誰かに教えると思うし。少し早まっただけだ。それに、君たちだから教えたいって、僕は思ったんだ。気が変わらないうちに聞いておきなよ」
木原は機嫌よく答え、手元の端末を操作する。そして目的の画像を見つけ出し、中森に見せた。
中森が奇妙なものを見るような目で端末の画面を見る。それを面白そうに観察しながら、木原は中森に聞いた。
「VRウマレーターって、知ってるかな?」
そしてまた中距離、よりによって2200m…
誰出そうかな。たまには赤テイオーとかも面白そうですね。