ウマ娘に転生したけど影も踏めなそうな娘と同世代だった件 作:アザミマーン
いつも応援ありがとうございます!
おかげさまでこのお話も10000ptです!ちょっと未だに信じられません。
いやほんとびっくりですね…
それで今回のお話なのですが…プロット通りのはずなのに、違和感がすごい。
また書き直すかもしれません。
カフェメインですが、どちらかというと主人公の秘密に迫る回です。
ではどうぞ。
マンハッタンカフェの視界が黒に染まる。まるで目が見えなくなってしまったかのような錯覚を覚えたが、自分の手を目視できたことでそれは否定された。
「ここは…」
先ほどまで目の前にいたウルサメトゥスも、話しかけていた黒い影もいない。それどころか、いつも一緒にいる『お友だち』の気配すらないことは、マンハッタンカフェを動揺させるには十分だった。しかし、『お友だち』が消えたわけではないことは分かる。それだけは、マンハッタンカフェの直感が告げていた。
「…もしかして、ウルさんの『領域』の中でしょうか」
マンハッタンカフェはウルサメトゥスの『領域』の内容について、詳しくは知らない。しかし、彼女の口ぶりにあの黒い靄、そして『お友だち』から聞いている『領域』の内容を合わせて考えてそう判断したのだった。
異常事態も、内容が予想できれば精神的に余裕が持てる。それにマンハッタンカフェは、『彼ら』関連で今回と同じくらいの異常事態に遭遇した経験もある。少し落ち着いたカフェは、じっとしていても埒が明かないと考えた。
(とりあえず歩き回ってみましょうか)
立っているということは何かを踏みしめているということであり、つまりは歩けるということだ。周囲はどこまで広がっているか分からない暗黒だが、確かめる必要はある。
デビュー前ではあるがスタミナにはそれなりに自信があったマンハッタンカフェは、歩き疲れるまでは移動してみようと思い、この空間から脱出するための一歩を踏み出した。
「…え?」
マンハッタンカフェはその一歩目で足を止めることとなった。
じゃり、と地面を踏みしめる音がする。
鳥の鳴き声がする。
視界が開け、明るくなる。
周囲は先程の暗黒から一転、木々が生い茂る場所だった。
(は?)
少し前に落ち着けたはずが、マンハッタンカフェは再び混乱の中に追いやられてしまった。
(ここは、どこ? さっきまでの暗闇は?)
しかし状況はマンハッタンカフェを待ってはくれなかった。マンハッタンカフェが思考の渦に飲み込まれそうになるが、勝手に動き出した足がそれを止めた。
(え、え)
視界は前方に固定され、足が勝手に前へと進み出す。操られているようで、自分で動かしている感覚もある。今まで体感したことのない現象だった。
しばらくの間、体が進むまま、されるがままになっていたマンハッタンカフェはようやく気を取り直した。
状況は一切分からないが、少しでも現状を理解しようと、マンハッタンカフェは五感から得られるものを解析し始めたのだ。
(…整備されてはいますが、曲がりくねった道に、生い茂る木々。傾斜した地面、横に見える風景。それらから考えると、ここはどこかの山の中でしょう)
たまに顔が横を振り向き、そこからは自分が高い位置にいることが分かる。木々が生え、直線ではない道に、剥き出しの地面。登山が趣味のマンハッタンカフェは、この場所がどこかの山中であると確信していた。
さらに、霊感のあるマンハッタンカフェだからこそ分かることもあった。
(この山全体に満ちる空気…おそらく、霊峰ですね)
空気全体から力を感じる。
マンハッタンカフェが登ったことのあるどの山にも一致しなかったが、特有の清浄な気配に、内側に流れ込んでくるような力があることからして、この山が霊峰であることは間違いないと考えた。
しばしの間、異常な事態に巻き込まれているということも忘れ、マンハッタンカフェは霊峰の空気感を楽しんだ。最近登山に行っていなかったこともあり、久々の山を全力で満喫していた。
差している太陽の角度から考えて、現在は昼を過ぎた頃だろう。歩みを進めていると、道半ばに設けられた休憩用のベンチを見つけた。すると体がベンチの方に向かい、座って背負ったリュックの中からおにぎりを取り出して食べ始めた。
(…小さい)
マンハッタンカフェはウマ娘であり、ウマ娘の中ではそこまで食べる方ではないが、それでもヒトよりは多く食べる。なのに、今食べているおにぎりはマンハッタンカフェがいつも食べているようなものよりも大分小さく、数も3つほどしかない。
水筒からお茶を取り出しつつささっとおにぎりを食べ終える。これで足りるはずがないのだが、なぜだかお腹がそれなりに一杯になっていた。
(あれ、そういえば…)
ここでマンハッタンカフェは違和感を覚えた。
足で地面を踏みしめている感覚はあるし、小鳥の鳴き声は聞こえるし、おにぎりは美味しかったし、空気は澄んでいて山の匂いがするし、美しい木々も見えている。
だというのに、尻尾の感覚がない。
(…尻尾が?!)
生まれ持った体の一部が消滅している。あり得ない。
しかし考え直す。あり得ないことではあるが、そもそも今起きていること自体があり得ない異常現象だ。
(もしかして…この体は、ウマ娘じゃない?)
自分に起こったことはないが、似たような事態に出会ったことがあることを、マンハッタンカフェは思い出す。あれは、ウマ娘の霊に体を操られてしまった女性を助けたときだったか。
そしてマンハッタンカフェは漸く事態を概ね把握した。おそらく自分は誰か別の人物になっているのだと。そして体が勝手に動くことから、自分は精神、もしくは魂だけこの体に居候している状態にあるか、もしくはそもそもこの人物の記憶を追体験している。そう考えた。
(しかしそうなると、対処法が思いつきませんね。直感的には追体験の方な気はしますが…もし憑依だったとき、強引に出たら、私の魂もこの体の持ち主もどうなるか分かりませんし…ひとまずは様子見、『あの子』が帰ってくるのを待ちましょう)
『お友だち』が自分を探しているのが、何となくマンハッタンカフェには分かっていた。だからこそ、今は動かず、『お友だち』が合流してから二人で今後を相談しようと思った。
そうしてじっと辺りを観察したり、山の雰囲気を楽しんだりしていると、周囲の様子がおかしいことに気づいた。
鳥の鳴き声がしない。
虫のざわめきも無い。
というよりも、周囲から生き物の気配が消えていた。
(…よくないですね。こういう時は、大抵碌でもないことが起こるのですが…)
鳥の鳴き声すら聞こえないときは、無視すべき音が聞こえるときだ。
マンハッタンカフェの直感は今すぐ引き返し、この場から去るべきだと全力で警鐘を鳴らしている。
しかし、そう感じているのはマンハッタンカフェであり、この体の持ち主ではない。
そして、行動しなかった結果はすぐに出た。
ずん、と重苦しい音がする。
ここで体の持ち主も気づいたようで、ゆっくりと進めていた足を止めた。
耳を澄ます。
音は断続的に響き、これが足音であると理解するのは容易だった。
しかし、マンハッタンカフェはこんな重い足音を立てるような体重を持つ生き物と遭遇したことはない。
音を聞くことに集中しているか、足は動かない。
注意深く目を向けた前方。
曲がった道の向こうに、ソレはゆっくりと姿を現した。
まず気づくのは、その大きさ。
マンハッタンカフェが知る同じモノよりも、明らかに大きい。
4mはあるだろうか。
次に、その巨大さに見合った大きな爪。
口に生え揃った鋭い牙。
絶対的な捕食者であることが一瞬で分かる。
最後に、圧倒的なプレッシャー。
物理的な圧力すら伴っていると勘違いさせるほどのソレを、マンハッタンカフェは知っていた。
これは、殺気だ。
化け物と称されても当然。
茶色の毛皮で身を包んだ、規格外に大きいソレは。
一般的には『熊』と呼ばれるイキモノだった。
体が硬直する。
汗が止まらない。
空白が埋め尽くす頭をなんとか働かせる。
体の持ち主は、恐怖に震える体をなんとか動かし、熊の目を見てゆっくり大きく手を振りながら後ずさる。その対処法は間違っていない。通常、熊に遭遇した時に推奨される逃げ方だ。
熊は急に動いた生き物を獲物だと考えて襲うことがあるため、熊が動いていない場合やゆっくり近づいてきている場合は後退りながら距離を取ることが鉄則である。
また、熊は人を認識すると逃げていくことが多く、全く動かないのは逆効果である。手を振ることで人間であると認識させ、ゆっくり動くことで反射的に攻撃させることも防ぐ。
この体の持ち主の対処はお手本のようなものであり、恐怖に駆られながらも冷静な対応をしたことにマンハッタンカフェは少なからず驚いていた。
対応は最善と言えるものだった。
しかし、それは安全を確約するものではない。
熊も一般的とは程遠い個体だ。
止まっていた熊が動き出す。
それは期待していた行動ではなく、こちらに向かって勢いよく突進してくるというものだった。
熊が迫る!
体は咄嗟に横に飛び、そこを熊の巨体が通り過ぎていく。
ボッという鈍い音が聞こえ、熊の速度がどの程度かを如実に表した。
(まずい)
マンハッタンカフェはこれが記憶の追体験の可能性が高いことなど最早頭になかった。
(逃げなきゃ)
体の動きとマンハッタンカフェの意思が一致し、この時のマンハッタンカフェは自分が体を動かしているのだと錯覚していた。
尤も、それが良いこととは限らないが。
整備された道を全力で逆走するが、走る速度は人よりも熊のほうが圧倒的に速い。
直線を走るだけでは必ず追いつかれてしまうだろう。
一瞬確認したスマホは圏外、山の中では助けを呼ぶこともできない。
(こうなったらもう!)
マンハッタンカフェの考え通り、体は山道を逸れ、斜面を駆け降り始める。
見上げると熊もそれを追おうというのか、道から一歩踏み出していた。
(くっ!)
追いつかれるわけにはいかない。
追いつかれれば、絶対に殺されてしまうだろう。
おそらく今後は振り返っている暇もない、その隙に追いつかれてしまう。
今はただ、一刻も早く麓へ降りて助けを呼ばなければ。
こうして長い逃走が幕を開けた。
荒い息を少しでも整えようと、肺に懸命に空気を送る。
ここまで何度も転倒し、体は傷だらけだ。足を怪我していないことは不幸中の幸いか。
熊の追撃を避け、逃げ、時には回り込まれ。
もうずいぶん前から周囲は真っ暗で、足元さえ覚束なくなっていた。
道もない山の中を走ったことで方向は完全に失われ、ただ下へと向かっている。
食料も水もない。元々暗くなる頃には下山できる予定だったため昼食しか持ってきていないというのはマンハッタンカフェには分かるはずもないことだが、もしあっても無意味だっただろう。
常に熊に追われ、一息つくこともままならない。
それに、先程熊から受けた爪の攻撃でリュックは粉砕され、中身は全てなくなってしまった。
その際に吹っ飛ばされたことで熊がこちらを見失ったことだけが救いだろうか。
(寒い)
これもマンハッタンカフェは知らないが、気候は5月の頭であり、夜はまだ冷える。
(怖い)
常に命を狙われている極限状態であり、緊張が解けない。
(痛い)
突進で吹っ飛ばされて体の側面から木にぶつかり、左腕がずっと悲鳴を上げている。
(死にたくないよ)
絶望的な状況。それでも諦めることなく、なんとか足を進める。
(まだやりたいことが沢山ある。レースに出たいし、『あの子』の顔をまだ見てないし…)
《発表された○ケモンの新作やりたいし、新しく出来たカフェ〇〇のコーヒー飲みたいし…》
(それに近所に出来た新しいカフェにも…え?)
マンハッタンカフェは自分の思考に別のものが混ざり始めていることに気づいた。
考えるまでもなく、それはこの体の持ち主の思考だ。
それはマンハッタンカフェとこの体の持ち主が極限状態で思考を一致させていたことによる影響だった。
《それに…あの娘にまだチャンピオンズミーティングのプラチナを獲らせてやれてないってのに、こんなところで死ねるかよ》
チャンピオンズミーティング。
それを聞いたマンハッタンカフェは、あまりの衝撃に思考が止まる。
知らない単語ばかりの中で、マンハッタンカフェが唯一理解できた言葉。
高レベルのウマ娘を集めたチーム戦、チャンピオンズミーティング。プラチナとは、おそらく優勝したチームに送られる優勝杯の色。
それはマンハッタンカフェが『彼ら』から聞いた極秘情報であり、しかし参加条件が厳しく、水準に達するであろうウマ娘が少なすぎてずいぶん前に無くなった話のはずだ。
(この人はなんで知って…)
マンハッタンカフェが思考を止めている間にも、考えが流れ込んでくる。
ウマ娘。
ゲーム。
そこに登場するキャラクターたち。
マンハッタンカフェはそれらの情報に、ウルサメトゥスが言っていたことを思い出した。
『例えば、例えばですよ? 別の世界から転生したとか、巨大な化け物に殺されたとか、創作にあったことが現実に起きたとか』
(ウルさん、あなたは…)
マンハッタンカフェは理解した。
ウルサメトゥスが言っていたことが全て事実だったことを。
この体は、おそらくウルサメトゥスのものだということを。
そして話が事実だったというのなら、この後────
《空が…》
空が少し白んでくる。
それに伴い、周囲の景色がはっきりしてきた。
視界に入った風景は随分低いところからのもので、麓までそう距離がないことが分かる。
《あと、あともう少しだ!》
安堵から目に涙が溢れる。
破れた服の袖でそれを乱暴に拭う。
明るくなってきた空が、安心感を肯定しているように感じた。
《やった、生き延びたんだ、これで────》
意気揚々、一歩踏み出す。
しかし、そこまでだった。
《え》
突然。
真後ろに途轍もない殺気が膨れ上がる。
今まで気配を消していたのか、近づかれていることすら分からなかった。
後ろの存在が、大きく腕を振りかぶるのが何故か鮮明に分かった。
(やめ…!)
《嘘だ嫌だやめ…》
振り向いた。
視界が回転する。
ぐるぐるぐるぐる、
最期に目に映ったのは、二本足で立ち腕を振り抜いた熊と、首から夥しい量の血を噴き出す自分の体だった。
「はっ!!!??」
マンハッタンカフェが意識を取り戻し、思わず首に手を当てる。
「生きてる…? じゃあ、あれはやはり記憶の…」
マンハッタンカフェの考えを肯定するかのように、首には傷一つない。
周囲は再び暗闇に包まれていた。
「戻ってきた、ということでいいのでしょうか」
マンハッタンカフェが周囲を見渡すと、すぐに目に入るものがあった。
「ひっ」
巨大な黒い靄。しかし正体を見破ったことで靄は晴れ、その姿を鮮明にした。
そこにいたのは、紛れもなくあの記憶の熊だった。
後ろ向きでこちらを見ていないが、大きさからして間違いない。
「ッ!」
マンハッタンカフェは即座に構えをとる。先程は記憶の中だったため抵抗もできなかったが、今は違う。いざとなれば、攻撃も辞さないと考えていた。
しかし、熊がいつまで経ってもこちらを見ない。
マンハッタンカフェは動きがないことを訝しみ、意を決して距離をとりながら熊の正面の方向に回り込んだ。
首のないウルサメトゥスの死体があった。
「…ウルさん?」
当然、首無し死体は答えない。
直後、死体は煙のように消え去った。
「一体何が起きてるんですか…」
マンハッタンカフェが混乱していると、今度は熊の前に正常なウルサメトゥスが現れる。
それを見たマンハッタンカフェは、ウルサメトゥスに声を掛けようとする。しかし。
「■■!!!」
熊が叫び、腕を振るう。
ウルサメトゥスの首は呆気なく吹き飛んだ。
偶然、首がマンハッタンカフェの足元に転がってくる。
「嫌…」
ごろりとマンハッタンカフェの方を向いたウルサメトゥスの顔は、恐怖に歪んでいた。
それも、すぐに煙のように消える。
『やめんか。その娘は我が呼んだ客であるぞ。驚かせてどうする』
突然マンハッタンカフェの横から声がした。幼い少年のような声だ。
声のした方を向くと、そこには小熊が鎮座していた。
「…???」
『遊ぶのはやめろと言ったのだ。…もう一度は言わぬぞ』
どうやら巨大な熊に向かって言っていたようで、熊はそれを機に動かなくなる。まるで金縛りにでもあっているように。
「あの…全く状況が掴めないのですが…」
『おお、すまぬな。呼んでおいて構いもせず。我としたことが客人に失礼した』
小熊はちょこんと頭を下げ、顔を上げて言った。
『我はキ■■■ム■。山の神と言われている。む? 聞こえぬか、まぁ力ある名だから仕方あるまい。キムとでも呼ぶがいい』
「…そうですか。ではキムさん。単刀直入に聞きますが、ここはどこですか? ここから出る方法は? さっきの記憶は? ウルさんは、『あの子』は大丈夫なんですか? そして、私はなぜ呼ばれたのですか?」
相変わらず状況は掴めていないが、マンハッタンカフェは矢継ぎ早に質問する。おそらくこの神を自称する小熊、キムが元凶であり、全ての質問に答えられると思ったからだ。
『ふむ、まぁ答えよう。ここはウルサメトゥスと呼ばれているあの娘の心の中…のようなところだ』
「心の中?」
『そうだ。正確には少し違うが、その認識でいい。ここは我やそこの阿呆が最も形を保てる場所でな。だからここに呼んだのだ。其方を呼んだのは用があったからだ。出る方法は心配しなくていい、用が終わったらすぐに帰そう。そんなことしなくても、じきに其方の『お友達』が迎えにくるだろうがな』
キムは一息にそれを説明し、大きくため息をつく。
そして硬直している大熊をギロリと睨んだ。大熊はびくりと体を震わせる。
『…先は、あの阿呆が其方を敵と勘違いして攻撃したのだ。恐ろしい記憶を見せてな。我が呼んだということも理解せずだ。全く、山を任せられるのはいつになるやら…』
「山を任せる?」
『ああ、あやつはあれでも我が後継者候補なのだ。本来ならもっと経験を積み、格を高めてから召し上げるつもりだったのだが…あの子を殺したせいで人間たちに危険視され、撃ち殺されてしまった。この阿呆が!!』
キムが吼え、大熊に雷が落ちた。
轟音を鳴り響かせて直撃した雷は、熊の毛皮を黒く焦がした。
『…そんなわけで、あの子が死んでしまったのは我の管理が甘かったせいでもある。だから、力を貸しているのだ』
「力を貸す、とは、やはり『領域』のことでしょうか」
『そうだ。ただ我が直接力を貸すのは流石に難しいのでな。あの阿呆に償いも兼ねてやらせているのだ。まぁ本熊はそもそも戯れていた程度の考えなんだろうがな。まぁあの阿呆も悪いとは思っているようだった。お気に入りのおもちゃを壊してしまった罪悪感のようなものだろうが』
マンハッタンカフェはキムの語る言葉に絶句する。
内容も信じ難いが、最も信じ難いのはあの殺気すらもお遊びの範疇だということだった。
「あの殺気が、遊び?」
『そうとも。そもそも、あやつは阿呆だが我が後継者足るほどの力はある。そんなモノが本気で殺気を放ったら、生き物などそれだけで死んでしまうわ。だから、ウルサメトゥスに力を貸しているのも、頸を刈る部分だけに留めさせている』
生物が即死してしまうほどの殺気。マンハッタンカフェは考えたくもなかった。
そして、今の問答で新たな事実が判明した。
「ウルさんは、『領域』の発現は自力でやっているということですか?」
『ああ。そもそも其方らが『領域』と呼んでいるあの中でしか、あの阿呆も力を出せぬ。殺してしまったのは悪いとは思ったが、只人に力を貸すほど彼奴も格が低くない。…あの女も何かしたようだが、『領域』には寄与していないはずだ』
「なるほど。…あの女?」
『いや、こちらの話だ。心象が塗りつぶされてしまうほどの心的外傷を与えてしまうとはな…可哀想に。…む?』
キムが視線を上に向ける。同時に、ズズンと空間が揺れた。
『おおっと、其方の『お友だち』が大層お冠のようでな。さっさと用件を話して其方を帰すとしよう』
キムは居住まいを正し、マンハッタンカフェを見据える。姿は小さいが、まさしく神の威厳を備えているようにマンハッタンカフェは感じた。
『用件というのは、あの子への伝言だ。本来ここで起こったことは、現実に帰ると共に忘れてしまうのだが…其方なら、本当に重要なことなら覚えていられるはずだ』
「だから、私なんですね」
『そうだ。伝言は三つ。どれも重要だから、しっかり覚えて帰るように。
一つ、最近首刈りの幻影が安定しなかったのは、助力しているあの阿呆が認識されて張り切っていたからだ。暫くすればまた安定する。出力は上がるかもしれんがな。
一つ、阿呆はあの子のために助力させているが、それだけではない。あの子が経験を積めば、阿呆の格も上がるし、時間を経てあの子に力が馴染めば、細かい操作や新しい効果など、もっと多くのことが出来るようになるだろう。受け入れ、精進することだ。
一つ、…一応、あやつも悪いとは思っているのだ。これ以上あの子を害する気はないし、そう邪険に扱わないでやってくれ。
伝言は以上だ。違えず伝えてくれることを期待しよう』
直後、上から崩れるようにして暗闇が消えていく。
【大丈夫か?!】
「あ、うん…大丈夫だよ」
『お友だち』がマンハッタンカフェを抱え、上へと飛んでいく。
『…
最後にそう聞こえた気がした。
マンハッタンカフェが目を覚ますと、視界いっぱいにウルサメトゥスの顔が広がっていた。
「起きた! 大丈夫ですか?! 息してます?!」
「大丈夫です。…どういう状況ですか?」
「急に倒れて息もしてないので、人工呼吸しようと思ってたんです。まぁカフェさんが起きたので未遂ですが」
ウルサメトゥスは安堵したように息を吐いた。マンハッタンカフェが気絶してから10秒と経過していないが、無呼吸状態だったのだ。
そう説明され、マンハッタンカフェは驚く。長い間気を失っていたように感じたからだ。
「カフェさん、念の為病院に行くか、保健室で見てもらって下さい。今は異常がなくても、何かあるかもしれませんし」
「分かりました。…あ、ウルさん」
「なんですか?」
「お話ししてきましたよ」
「え?!」
今度はウルサメトゥスが驚く番だった。マンハッタンカフェが気絶したのはおそらくあの熊に話しかけたからであるとウルサメトゥスは思っているし、実際概ねその通りだ。だからこそ、この短時間で話ができたということに驚いた。
「沢山お話ししたような気がするのですが…覚えているのは一部の重要なことだけです」
「そ、それで、何を聞いたんですか…?」
ウルサメトゥスが恐る恐る聞く。彼女にとっては恐怖の対象であり、自分に力を貸してくれているかもしれない存在だ。気になるのは当然と言える。
「そうですね…まず、(もう)悪気はないらしいです。お気に入りのおもちゃを壊してしまって悪いと思っている、だから邪険にしないでほしい…みたいな?」
「!?」
「次に、時間が経てば出力はまた安定するとかどうとか。…あ、でも、上がるかもしれないとも言ってた気がしますね」
「!!?」
「最後に…ウルさんに助力しているが、それはウルさんのため(だけ)ではなく自分の格を上げることにつながると。時間が経てば(ウルさんに)馴染んで、経験を積めば(『領域』の効果として)細かい操作? 動作? も出来るようになると。だから受け入れろ、だったと思います」
「!!?? …きゅぅ」
【カフェ…それは流石にないだろう】
ウルサメトゥスは卒倒した。
マンハッタンカフェは介抱しつつも自分の言い方に問題があったとは欠片も考えなかった。
関係ないのですが、読者にエスパー多すぎません?
感想欄で際どいことを予想されるとドキッとしますよね笑
まぁ当てたところで景品はないのですが…