ウマ娘に転生したけど影も踏めなそうな娘と同世代だった件   作:アザミマーン

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いつも応援ありがとうございます。

今回なんですが、描写にいつもより力を入れようとしたら無駄に長くなるわ投稿遅くなるわで散々でした。でもレースの回はまたこんな感じになるかも。
ま、まぁ不定期更新タグついてるから…

そんなわけで天春のお話です。

ではどうぞ。


幕間:天皇賞・春

 

 

 季節が段々と夏に向けて移り変わり始める5月。その最初の週、世間がゴールデンウィークと呼ばれる大型連休で賑わう中、京都レース場は多くの人で賑わっていた。

 

 今日ここで行われるのは、日本で行われるG1レースの中でも最もタフなもの。スタミナ自慢のウマ娘がこぞって競い合う、天皇賞・春である。

 出バ表を見れば錚々たる名前が並ぶ。どのウマ娘も、長距離レースで名前をよく見る者たちばかりであり、今シニア級を走るウマ娘でも有数の実力者だ。

 

 この中から映えある天皇賞・春の優勝を掴み取るのがどのウマ娘なのか。人々は悩みに悩みながら、自分のイチオシのウマ娘を挙げるだろう。しかし、その強さの予想というものには、これまでの実績から生じる差がある。それは人気順として明確な数字となり、電光掲示板に表示されていた。

 

 ナリタタイシンはその電光掲示板の自分の名前を確認する。

 

 2番人気。

 

 ナリタタイシンは前走の大阪杯で2着だったことを考慮され、2番人気に推されていた。それでも1番人気であるビワハヤヒデに及ばなかったことに苦笑する。しかしナリタタイシン自身、大阪杯で3着だったビワハヤヒデが1番人気であることに疑問を持っているわけではない。ビワハヤヒデのことはライバルだと思っているが、世間一般的に見て、菊花賞、有記念を制したビワハヤヒデが、長距離に対し高い適性を持っていることは明らかだからだ。

 むしろ、菊花賞で惨敗した自分がここまで評価され、4番人気であるウイニングチケットや3番人気であるロングキャラバンよりも推されていることに感謝していた。

 

 控え室の扉がノックされる。

 

「タイシン、入ってもいいかい?」

 

「どうぞ」

 

「失礼するよ」

 

 控え室に入ってきたのは、ナリタタイシンにとっては見慣れた茶髪。一緒にいない日は殆どない、家族同然の存在であるナリタタイシンのトレーナーだった。

 

「今日は晴れてくれてよかったよ。雨で重バ場の中、この3200mなんてレースを走らせなきゃいけないのはトレーナーとしてぞっとしない話だからね」

 

「何、そんなこと言いにきたの?」

 

「いやいや、緊張しているかと思ってね。雑談でもして気を紛らわそうかと」

 

「今更そんなガチガチの緊張なんてするわけないでしょ…」

 

 おどけて話すトレーナーにナリタタイシンは表情を呆れさせる。ただ、ナリタタイシンが緊張しいな性格であると知っているトレーナーは、半分は強がっているだけだということを見抜いていた。言ったら蹴りが飛んできそうなため心の中だけで言葉を抑えたトレーナーは間違いなく賢い。

 

「まぁ、気遣いは受け取っとく。…ありがと

 

「はは、どういたしまして」

 

 なお、木原トレーナーはどこぞのトレーナーと違って難聴ではない。

 ナリタタイシンの小声の感謝をしっかりと聞き取って軽く返していた。

 

「それよりも、アレの調子はどうだい? 彼女との併走練習で感覚は掴めたかな?」

 

「うん。…条件も多分だけど大体分かったし、今日は使えると思う」

 

 ナリタタイシンは少し考える様子を見せたが、すぐに顔を上げて答えた。

 一ヶ月前の、大阪杯での敗北。それは『領域』と呼ばれるごく僅かなウマ娘たちだけが発現できる能力、それへの耐性の差が勝敗を分けた。

 ナリタタイシンもそれからすぐに対策を立て、先達(シャドウストーカー)に倣い、なんとか『領域』への耐性を得ることが出来た。

 

 そしてナリタタイシンはそれだけでは無い。彼女の才能は過酷な練習の中で更に磨き上げられ、自分の『領域』を体得するという離れ業すら達成してのけた。

 

 その『領域』の名は、【Nemesis】。

 

 条件は、最終コーナーで前にウマ娘が存在すること。

 しかしこれが全てではないとナリタタイシンは思っている。いや、教えられていた。

 

『『領域』の発動条件は、効果が強いほど発動条件が厳しくなるように感じます。前に追い抜き対象のウマ娘が存在する、というだけでは発動条件が緩すぎる。だからタイシン先輩の『領域』には、もう一つくらい条件があると思いますよ。例えば、自身が全体の後ろの方にいる、とか』

 

 それは『領域』の師匠とも言える後輩の意見であり、ナリタタイシン自身その意見に納得してしまっていた。おそらくそうだろうという謎の確信と共に。

 木原トレーナーはナリタタイシンの微妙な表情の変化から、その情報にナリタタイシン自身が気づいたのではないということを察した。

 

「あの娘が言っていたのかい?」

 

「うん、そう。でも間違ってるとも思えない。『領域』に関しては、あの子の方が先輩だしね。アタシもまだ、あの子の『領域』ほどの完成度が無いってことは感覚的に分かるし」

 

「まぁそれはね、習得したのもあの子が先なわけだしね…」

 

 そう言いながら、木原トレーナーは当然だと思っていた。それは感覚の話ではない。ナリタタイシンの『領域』の師匠である彼女、そのトレーナーにある映像を見せられたから、完成度の違いを客観的な事実として理解しているのだ。

 

(中森トレーナーから見せてもらった、選抜レース(・・・・・)の映像…つまり、あの娘はトレーナーがつく前から既に。タイシンにはちょっと教えられないな…)

 

 それを知ったとき、木原トレーナーは戦慄した。あの娘──ウルサメトゥスの才能にもだが、それを一眼で見抜いた中森トレーナーの観察眼にもだ。

 

(中森トレーナーは、あのときまだ2年目。ペーペーも同然で、『領域』に関しても殆ど情報を持っていなかったはずだ。そして、あのレースは普通に見れば平々凡々、勝手にかかったウマ娘たちが自滅した、そんな見どころのないレースだった。それを…違和感というものだけで察知できる才能は、僕にはないな)

 

 天才はいる、悔しいが。

 木原トレーナーはかぶりを振り、今は目の前のレースに挑むナリタタイシンだけに注力することにした。

 

「トレーナー、気をつけるべき相手は?」

 

 ナリタタイシンのその言葉に、木原トレーナーは手に持っていた資料の束をナリタタイシンに渡す。木原トレーナーが今日のために用意した手作りの資料だ。ナリタタイシンがそれに目を通したのを確認してから木原トレーナーは話す。

 

「タイシンも分かっているだろうけど、ビワハヤヒデにウイニングチケット。どちらも強敵だ。他にも、有で2着だったロングキャラバンとかね」

 

 資料を見ながらも、ナリタタイシンの耳はしっかりとトレーナーの方へ向いている。その他にも注意する点や対策などをいくつも並べた木原トレーナーだったが、不意に言葉を切った。不審がったナリタタイシンが顔を上げる。

 

「ただ、それら強敵の情報と最近のタイシンの成長を鑑みて言わせてもらうと…」

 

「何?」

 

「今日、キミより強いウマ娘なんていない。断言できるよ」

 

 木原トレーナーは笑顔で言う。

 確信に満ちたその表情に、ナリタタイシンは照れから少し顔を赤くし、それを見せないようにそっぽを向いた。

 

「…あっそ。どうでもいいけど」

 

「今日は勝たなきゃね。あの娘も応援しに見に来てるんだし」

 

「ふん、そんなことされなくても勝つけど」

 

 いつも通りの仏頂面に、そっけない言葉。

 しかし木原トレーナーは、それに隠された喜色を容易く読み取る。仲の良い後輩が出来て、しかも応援にきてくれている。ナリタタイシンが張り切っているのは明確だった。

 

「そう? それじゃ、頑張ってね!」

 

「ニヤニヤすんな!」

 

 ムカつくトレーナーの顔に向けて、ナリタタイシンは持っていた紙の資料をぶん投げた。

 

 

 

 

『カラッとした気持ちのいい快晴。ゴールデンウィーク序盤の今日、この京都レース場には観客席に入りきらないほどのお客さんが詰めかけています』

 

『春シニア2冠目、春の天皇賞。3200mという国内G1で最もタフなこのレース、制するのは一体誰なのか』

 

 出走するウマ娘たちが次々とターフに入場し、ゲートへと収まっていく。ナリタタイシンも同様で、自分の番号である15番へと入っていった。

 今回の天皇賞・春では出走するウマ娘が18人に満たず、16人で行われる。ナリタタイシンは殆ど大外と言っていい位置だったが、幸いナリタタイシンの脚質は追込。元々、ある程度走ったらさっさと後ろに下がる予定だったので、そこまで不利というわけでもない。

 

 ナリタタイシンはチラリと横を見る。

 真ん中付近にウイニングチケット、内枠寄りの位置にビワハヤヒデが見えた。

 差しであるウイニングチケットはともかく、先行であり前めにつける必要のあるビワハヤヒデは、ゲート運すらも味方につけていた。

 

(強いウマ娘は運もいいって? いや、ハヤヒデのことだし、どこからスタートしようと関係ないか。走る時のプランが変わるだけで)

 

 ビワハヤヒデは別に枠順に恵まれなくとも強い。そんなことは分かっている。ただ、今回は枠順に恵まれたことで更に強敵となったというだけの話だった。

 

『3番人気、5枠10番ロングキャラバン。シニア2年目のウマ娘です。昨年の有記念でも2着を獲っており、確かな実力があります』

 

『特に終盤でのレーン移動、仕掛けどころの見極めが優れています。差し脚質ならではの末脚にも期待できますね』

 

 褐色肌に桃色の長髪をたなびかせているのは、有記念で二着だったロングキャラバン。木原トレーナーも注意していたが、長距離の有力なウマ娘の一人である。

 

(最後抜け出す時に前を塞がれないように気をつけないと)

 

 ナリタタイシンが心の中で対策を思い浮かべていると、名前が呼ばれる。

 

『2番人気、ナリタタイシン。今年からシニア級に参戦したウマ娘です。しかしその実力は折り紙付、既に春シニア一つ目の大阪杯で2着を獲る、小柄ながらも実力派のウマ娘です』

 

『今のシニア級を走るウマ娘の中でも屈指の実力を持つウマ娘の一人ですね。終盤の爆発力は他の追随を許さない、追込脚質のウマ娘です』

 

(一言余計なんだよ実況め)

 

 ふと木原トレーナーの方を見ると、ナリタタイシンの方を見てニヤニヤしている。

 それを思い切り睨みつけて牽制し、最後の紹介に耳を傾けた。

 

『そして1番人気、ビワハヤヒデ。こちらもシニア級1年目のウマ娘です。しかし、その実力は既にトップクラス。昨年は菊花賞、有記念を制しており長距離の適性をこれでもかと見せつけています』

 

『今世代の長距離最強とも言われているウマ娘ですね。王道の先行脚質、お手本のような美しいフォームに、優れた身体能力を併せ持ったウマ娘です。鬣のような銀色の髪をはためかせて走る姿に魅了された方も多いのではないでしょうか』

 

 一際大きな歓声が上がった。ナリタタイシンはそれを予想していたため驚くこともない。それは周囲の、このレースに出走しているウマ娘も同様だ。

 ビワハヤヒデはその歓声を受け、さも当然のように微動だにしない。彼女にとって、その期待は重圧ではなく自信なのだということをナリタタイシンはよく知っていた。

 

(ハヤヒデ)

 

 レース前で集中しているのか、ビワハヤヒデが視線を正面から逸らすことはない。

 見ればウイニングチケットもビワハヤヒデを見ている。ナリタタイシンの位置からではウイニングチケットの表情を伺うことはできないが、闘争心に満ちた表情を浮かべているのだろうと想像した。

 

(チケット)

 

 ナリタタイシンも視線を前に戻す。頬を一度軽く叩き、気合を入れ直した。

 

(今日は、勝つ。アンタたちに勝って、今度はアタシが追いかけられる側になってやる)

 

 この大舞台で勝てば、ビワハヤヒデにG1の勝ち星が並ぶ。ただ、少しだけ残念なこともあった。

 

(シャドウストーカーは出てないけどね…)

 

 先程解説がビワハヤヒデの紹介で、「長距離」最強と限定した理由。それはシャドウストーカーの存在があったからだ。

 

 シャドウストーカー。現時点でG1を4勝している怪物。

 

 元々ティアラ路線を走っていた彼女は、流石に距離の問題で今回の天皇賞・春には出ていない。有は走り切れたとはいえ、それよりも更に700mも長いレースは見送らざるを得なかったようだ。

 

(大阪杯の借りはすぐにでも返してやる。けど、今は目の前のレースだ)

 

 いつの間にか大歓声は止んでいた。

 集中力が高まっていく。先日まで日常的にあった謎の音(しんおん)による妨害もない、ナリタタイシンは邪魔されることなく集中できた。

 

 ガタッ

 

『ス』

 

 実況の声が聞こえる前に、開きかけのゲートをこじ開けるようにして飛び出した。

 

『タートです!!』

 

『いい反応を見せたのは15番ナリタタイシン。素晴らしいスタートダッシュです』

 

 ウルサメトゥスとの併走を続けるうちに、自身までスタートダッシュが得意になってしまった。

 

(少しくらいは牽制になるでしょ?)

 

 ウルサメトゥスのように相手の動揺から何かしらのシナジーが発生するわけではないが、長距離レースでは一瞬の動揺で消費されたスタミナもバ鹿にならない。

 後輩に倣って少しの間先頭を取り、追込のはずのナリタタイシンが逃げよりも前に出るという異常を相手に見せつける。

 

(もちろん、ただのブラフだ。でも、万に一つの可能性を考えたら?)

 

 逃げウマ娘にとって、先頭でペースを掴むことは最重要だ。ナリタタイシンがこのまま逃げを打つなど可能性としては殆ど無いだろう。しかし、万一を考えると、ペースを上げざるを得ない。

 

『おおっとナリタタイシン、先頭のまま譲らない?! 逃げウマ娘たちがそれを追いかける!!』

 

(いやいや、譲るわ。外枠でこのまま内側に入るのは面倒だしね)

 

 内側を行く逃げウマ娘たちがペースを上げたのを確認し、ナリタタイシンはするすると後ろへ下がる。これも後輩が良くやる戦法だ。

 

(思ったより効果がありそう。距離が長いと更にね)

 

 ペースが上がり、バ群が伸びる。

 ナリタタイシンは最後方付近に位置付け、レースを俯瞰する。

 

(後ろがついていかないな。発破かけるか)

 

 わざと最後尾に下がり、前のウマ娘の真後ろにピッタリと張り付く。

 この僅かな時間で相手の呼吸を読み切り、ペースを完全に合わせたのだ。

 そしてそこからジワジワと圧力をかけ、強引にペースを上げさせていく。

 

(もう少し様子を見てからアガっていくつもりだった? そんなの許さないから。存分に掻き乱されてよ)

 

 しばらくそうしてプレッシャーを巧みに使い、後方集団のペースを上げさせていたが、何度もやっていると相手も慣れてくる。

 ナリタタイシンのペースコントロールには付き合わないとばかりに、目の前のウマ娘が少しだけペースを落とす。

 

「…へぇ、そういうことする? ならアタシは先に行こうかな」

 

 ナリタタイシンは相手の耳元でそう囁き、ペースを上げる。

 前に出ることを嫌うウルサメトゥスとは違い、ナリタタイシンは後ろに他のウマ娘がいても集中力を掻き乱されることはない。故に、様々な駆け引きが出来る。

 

「ッ!」

 

「アタシを抜かす気? 自発的にペースを落としたヤツに前を譲ってやるほどアタシは優しくない」

 

 時に走りで、時に言葉で相手を惑わす。多方面から仕掛けられた後方のウマ娘たちは、まだ1000mを通過したところだと言うのに既に疲労を蓄積させていた。

 

 追込集団の先頭で後ろを牽制しつつ、視線は前へ。

 ビワハヤヒデは相変わらず呆れるほど美しいフォームで走っている。表情はまだまだ余裕といったところか。

 

(まだだ、まだ仕掛けには早すぎる。けど、少し焦ってもらわないと困る)

 

 ナリタタイシンが次に目をつけたのは差し集団。

 とはいえ、ナリタタイシンが序盤から追込集団のペースを上げていたため、追込の先頭であるナリタタイシンと差しの最後尾との差が殆どない。

 

(差し集団をけしかけるか)

 

 レースはまだ中盤に入ったところであり、縦に長い展開は最初と同じだ。後方集団も普通ならこの時点から詰めようとはしない。スタミナがもたないからだ。

 しかし、だからこそナリタタイシンは列を詰めようとする。このまま一般的な展開が続くということは、すなわちビワハヤヒデの思い通りということになるからだ。

『領域』を習得したとはいえ、それを持つのはビワハヤヒデも同じ。条件が同じならば、有利な状況で終盤を迎えたビワハヤヒデを捉えることはできない。

 

 ナリタタイシンはビワハヤヒデの強さを誰よりも信用している。

 

(だからこそ、ハヤヒデに勝つにはいくつもの想定外を作るしかない)

 

 ナリタタイシンは手始めに目の前のロングキャラバンに圧力をかけはじめた。

 

 

 ────────────────────

 

(タイシンが仕掛けてきたか)

 

 ビワハヤヒデがコーナーを曲がるときに目に入ったのは、後方でナリタタイシンが差し集団にプレッシャーをかけて焦らせている場面だった。

 

(流石に、完全に予定通りとは行かせて貰えないな)

 

 このまま予定通りの動きで終盤を迎えられれば、そのまま自分が勝つ。

 自惚れではなく、ビワハヤヒデはそう思っていた。事実、それを成せるほどの実力がビワハヤヒデにはある。

 

(だからこそ、それも予想通りだ)

 

 現在1200m地点。位置は先頭から数えて4番目、先行集団の先頭だ。スタミナはまだ十分、ビワハヤヒデの卓越した身体能力ならば、このペースならば最後まで走り切ってもまだ余裕が残るだろう。

 

 ここでビワハヤヒデは、走りのペースを僅かに早めた。僅かな差だからこそ、後ろを付いてくる先行のウマ娘たちは気づかない。気づかないからこそ、同じスピードで走るビワハヤヒデよりも多くスタミナが奪われていく。知らずのうちにペースを乱され、勝ち筋が消えていく。

 逃げウマ娘も、余程正確な体内時計を持っていない限りは後ろとの差でペースを概ね把握する。ほんの少し差が縮まっているとなれば、反射的に同様に速度を上げる。そうして、逃げウマ娘たちもまた知らずのうちにスタミナが奪われていく。

 

(そして後方のウマ娘は、少し離れたところから見ている分、逆に変化がわかりやすい、はずだが。タイシン、キミが追い立てている、焦らせられているウマ娘たちが、それを把握できるほどの余裕があるかな?)

 

 軽く後ろを確認すると、やはりその余裕はなさそうだった。追い立てられているのに逆に差が広がるという違和感に気がついているのはナリタタイシン、それに直感的に気づいているウイニングチケットくらいのものだ。

 ナリタタイシンはこのままでは差が縮まらないことを察したのか丁度加速している(・・・・・・・・)ところで、ウイニングチケットもその気配に気づいたのか速度を上げ始める。

 他のウマ娘たちは気づくこともできずにペースを上げ、いたずらにスタミナを消費する。自分の行動の効果を確認したビワハヤヒデはほくそ笑み、ペースを元に戻した。なぜならば、現在地はスタートから1300m地点。そう、京都レース場名物、淀の坂だ。100mに及ぶ坂道で、高低差は驚異の4.3m。普通に走るのも一苦労だ。

 

 そこで、前と広げられてしまった差を巻き返そうと速度を上げたら? 

 

(差が縮まらないだろう? 速度を上げているはずなのに。精神的にも肉体的にも苦しくなる)

 

 いくら長距離レースが得意なウマ娘たちでもそんな暴挙をしてしまえばスタミナ消費は加速する一方だ。坂道で速度が出ないことに気づいたところで、既に加速体勢にはなってしまっていて、使った力は無駄になる。更にしばらくの間差が縮まらないことに気づき、焦りが生まれる。どう転んでもビワハヤヒデには得しかなかった。

 

(序盤で体力を使わせてしまえば、差を返す力は残らない。指を咥えて見ているだけなら、そのまま私がリードを維持する)

 

 坂を登り終える。消費した体力は想定の範囲内。

 

(全て予定通りだ。このレース、私が貰うぞ)

 

 

 

 

 レースも終盤になり、残り1000mを切った。

 ビワハヤヒデの想定よりも少しだけ後方集団との距離が近いが、予想の範囲内ではある。何より近いということはその分だけ速度を上げ、スタミナを消費したということ。ビワハヤヒデには歓迎すべき状況だった。

 

(方程式に陰りなし。…今だ!)

 

 最終コーナーに差し掛かる。それと同時、ビワハヤヒデは加速して目の前の逃げウマ娘を抜かした。

 

 その瞬間、ビワハヤヒデを中心として世界が塗り替えられる。

 

 周囲のウマ娘、そして自分をレース場に駒として置き、導き出した数式から完全な勝利を得る。

 

 それこそがビワハヤヒデの『領域』、【∴win Q.E.D】である。

 ビワハヤヒデの走りの理想にして、完成形の具現。

 

(さぁ、勝利を掴むぞ──)

 

『領域』の発現により少し萎縮したウマ娘たちを、速度を上げたその恵体で追い抜こうとした。

 その瞬間だった。

 

「ッ?!」

 

 周囲が暗い森へと移り変わる。

 

(これは…まさか!)

 

 木々の隙間から、浮かび始めた太陽が顔をのぞかせる。

 そしてその木々を縫うように走る、小柄な体躯。

 

 その身に纏う蒼き炎は、内に秘めた闘争心の現れ。

 

「誰よりも速く」

 

(キミもここに至っていたか)

 

 炎は集まり、一点へ。

 

「甘く見て、あとで吠え面かかないでよね」

 

 暗闇を照らすように、ナリタタイシンの両目に宿る。

 

「アタシが本気だってこと、教えてあげる!」

 

 ビワハヤヒデに、後方からの刺客が迫ってきていた。

 

「タイシンを甘く見たことなど一度もないが…そう簡単に抜かさせるわけにも行かないな!」

 

「逃がさない!!」

 

 前を走っていた逃げウマ娘などとうに抜かし、最終直線へと突入する。

 他のウマ娘たちも仕掛け始めてはいるが、序盤からナリタタイシンとビワハヤヒデに削られたスタミナでは、どうしてもスパートが遅れてしまう。

 結果として、ビワハヤヒデとナリタタイシンが抜け出していた。

 

(残り300m! だが、タイシンとて相応にスタミナを消費しているはず…?!)

 

 左斜め、2バ身後ろ。

 ビワハヤヒデに迫ろうとするナリタタイシンは、欠片ほどの疲労も見せていなかった。

 

(バカな?! そんなはずは…少なくとも私はこの目で坂前で加速したのを確認して…)

 

 そこまで思い至り、ビワハヤヒデはハッとする。

 

(ブラフか! あの加速は私がコーナーで後ろを確認すると踏んで、作戦にかかったと誤認させるための!?)

 

(そう、アンタが考えてる通りだよハヤヒデ! それだけじゃない。ここ最近はギリギリまでスタミナを削られる機会が多かったもんでね!)

 

 ナリタタイシンが更に加速する。ビワハヤヒデとの差は1バ身。

 しかし、そんなものあってないようなものだと、ビワハヤヒデはよく知っていた。

 何故なら、ナリタタイシンの爆発力は現役ウマ娘の中でも最高峰。

 

 今まで何度も追込をかけられてきたからこそ、ここから返せる手がないことを察してしまっていた。

 

「それでもっ…!」

 

「ああ、簡単に勝たせてもらえるなんて思ってないよ!!」

 

 ついにナリタタイシンはビワハヤヒデに並び、そのままジリジリとリードを広げていく。しかし、広がり方は微々たるもので、いつ先頭が入れ替わってもおかしくないような差だった。

 

「「おおおおおおおお!!!!」」

 

 最後に勝敗を分けたのは、根性。

 この2週間、得体の知れない化け物に追われ続けて鍛えられた精神力がリードを保ち、勝利へと繋げた。

 

『ゴォォォォォル!!!! 1着は15番ナリタタイシン!! 1番人気ビワハヤヒデを、半バ身差で制したぁぁぁぁァァ!!!!』

 

『その爆発力に偽りなし! 春シニア2冠目、天皇賞を獲ったのはナリタタイシンだぁぁぁ!!!』

 

 爆発的な歓声が鳴り響き、ナリタタイシンを祝福する。

 それに応えるようにナリタタイシンは手を振り、応援に対する礼を返す。

 

 ナリタタイシンは観客席を見回し、目的の人物たちを見つけた。

 

 木原トレーナー、ウルサメトゥスだ。

 

 まず自身のトレーナーにピースして勝利を喜ぶ。

 そして、口の形だけで後輩に一言。

 

 “ウル、次はアンタの番だ”

 

 ウルサメトゥスは、それに対しはっきりと頷いた。

 ナリタタイシンは満足そうに笑い、向かってくる足音の方へ体を向けた。

 

「タイシン、今日は完敗だったよ。まさかキミも『領域』へ至っているとはね、想定外だった」

 

「ハヤヒデに負けっぱなしでいられないから」

 

「いい勝負だった、次は宝塚記念で勝負といこう」

 

「こっちだって、望むところ」

 

 両者は握手し、それを見た観客から一際大きな歓声が上がる。

 ナリタタイシンは注目されていたことに気づき顔を赤くして手を離そうとするが、にこやかな笑顔のビワハヤヒデが強引に手を掴んだまま地下バ道へと連れていく。

 

 こうして、春の天皇賞はナリタタイシンの勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「アタシは…また、2人に勝ちたい…!」

 

 それを遠くから見つめる者が、ひとり。

 

 

 




今回のイベントのストーリーを今更見たんですが、ついにサクラローレルが出てきましたね。
お、ブライアンのライバルポジになるのか!これはマンガが楽しみだな…ん?

うちの子と役割被ってね???

う、うちの子はクラシックからのライバルだから…ローレルはシニアからだから…

劣化じゃないから…クレッフィとザシアン並に役割違うから…
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