ウマ娘に転生したけど影も踏めなそうな娘と同世代だった件   作:アザミマーン

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明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします…と言いたいところなのですが。

何と今回で考えていたことをほとんど吐き出しました。
これ以降はほぼノープロットとなります()
まぁ見切り発車でよくここまで持ったというべきなのか…

そんなわけで多分今回以降は本当に不定期更新になります。のんびり待ってやってください。
クラシックの終わりまでは書くと思いますので。

ではどうぞ。


日本ダービー(後編)

 

 

 

 

『スタートしました!』

 

「!」

 

 実況の言葉を待たず、ナリタブライアンは勢いよくゲートから飛び出した。

 スタートダッシュは上々。スタート前には形容し難い違和感を感じたナリタブライアンだったが、集中力を切らすには至らなかった。周囲に出遅れるウマ娘たちが出る中、比較的綺麗にスタートを切れていた。

 しかし、中でも一際良いスタートを切ったウマ娘が見える。

 

(ウルサメトゥス…!)

 

 ナリタブライアンが睨みつけるようにしてその位置を確認したのは、真っ先に飛び出したウマ娘。美しい青鹿毛の髪と背負った毛皮が風に靡く。

 追込ウマ娘でありながら初手は逃げよりも前に出て、ゆったり後ろに下がることで後続にプレッシャーをかける。これがウルサメトゥスのいつものやり方だということを、彼女の出たレースを穴が開くほど見たナリタブライアンは知っていた。

 ウルサメトゥスよりも外枠に位置するナリタブライアンは、外の位置をキープすることで下がってくるウルサメトゥスを自然に躱す。その姿を圧力を込めてじっと見るが、当のウルサメトゥスは極度の集中状態にあるのか、ナリタブライアンの睨みには気づかない。

 

(大した集中力だ…だが、少しはこっちを見ないか? 普通)

 

 少し、面白くないと思った。

 ウルサメトゥスはそのまま下がり、丁度ナリタブライアンの後ろ辺りに来た。ナリタブライアンが空いた内側にレーン移動する。

 ナリタブライアンが目の前の位置にいるというのに、ウルサメトゥスからのアクションは何もない。会見であれほど意識した発言をしていたにも関わらず、不気味なほど静かだ。

 

 このまま何事もなくレースが展開されるのか。ナリタブライアンがそう思った時だった。

 

 

ドゴォンッッッ!!!! 

 

 

「!!!! ぐぅっ…」

 

 ナリタブライアンの真後ろに雷が落ちたかのような、そう錯覚させるほどの轟音が鳴り響いた。ウマ耳でなくとも聞こえてしまうような音の暴力に、いやでも気が逸らされ、動揺する。ナリタブライアンの真後ろでそれが起こったのは偶然だったが、やられた本人は当然そう思わなかった。

 

(間を置くことで油断を誘ったか!)

 

 そしてそこから瞬き一つ、既に景色は切り替わっていた。

 

(『領域』だ!)

 

 快晴だったはずの周囲は暗闇に包まれ、ターフだけがはっきり見えるという異様な光景。尋常のウマ娘なら脚が竦んでしまうような暗い視界に、ナリタブライアンの口角は思わず吊り上がっていた。そしてその期待に答えるように、ナリタブライアンの後ろに恐ろしい存在が出現した。

 

 あまりの恐怖に心臓が激しく鼓動しだす。

 追い立てられる焦りでフォームが乱れる。

 そして何より、はっきりと分かるほどにスタミナが削られていく。

 

 まだレース開始直後、1ハロンも走っていない段階での発動だ。皐月のように1000mの中間地点ではなく、今回はここから終盤までこの真後ろの化け物にスタミナを削られ続けなければいけない。ナリタブライアンがスタミナを重点的に強化していたとはいえ、最後まで持つか分からない。

 

(ギリギリの勝負になるな)

 

 ナリタブライアンは闘志を漲らせ、そして額に流れた冷や汗を袖で乱暴に拭った。

 

 

 

 

 

(…あと、どれだけ走ればいい?!)

 

 レースが始まってから、そして『領域』に取り込まれてから一体どれほどの時間走っているのか。濃密な殺気に晒され気勢を削がれ続けたナリタブライアンは、既に距離感も時間感覚も失っていた。

 皐月賞でナリタブライアンが『領域』の効果を受けていたのは、レースの半ばから終盤までの500mほどだ。その後に首を刎ねられる幻覚を見たとはいえ、そこまで長い時間スタミナを削られていたわけではない。

 しかし、この日本ダービーでは、ウルサメトゥスは最初から『領域』を仕掛けている。最初の100mほどは『領域』を使っていなかったと考えても、半分である1200mまでで既に前回『領域』を使われていた距離を超えている。また、もし皐月賞と同様に終盤で『領域』が解除されるとしても、一般的に終盤と言われる残り800mまでは1500mある。つまり、皐月賞の3倍の距離、スタミナを削る『領域』に晒され続けるのだ。

 

(ここまでとはな!)

 

 残り1000m。ナリタブライアンは分からなくなっているが、終盤までは残り200mほどだった。しかし、例え分かったとしても、ナリタブライアンには何の慰めにもならなかっただろう。

 

(私は、本当にここから出られるのか…?)

 

 身体的、そして心的疲労から、普段では考えられないほどナリタブライアンは弱気になっていた。判断力は低下し、曇った目に打開策は見えない。

 途中からウルサメトゥスがナリタブライアンの後ろに陣取ったことも、『領域』の効果を上げていた。極限状態にさせられたナリタブライアンには、1秒が10秒に、100mが1000mに感じられる。そんな状態で残り距離が分かっても、絶望感が増すだけである。

 

 迫り来る足音に追われ、時折影の化け物に並ばれて生臭い息を吹きかけられ、恐怖に思考を汚染されながら走る。

 永遠に続くかに思われた拷問に、突如変化が訪れた。

 

(なっ!)

 

 ナリタブライアンの横を、ウルサメトゥスが抜いていったのだ。

 最高速ではない、しかし確かに加速しながらナリタブライアンとの距離を離していく。

 

(私も加速を…?!)

 

 当然追い抜かれたままではいられないナリタブライアンは、姿勢を低くして加速しようとする。しかし。

 

(脚が)

 

 脚が重い。スタミナを食い尽くされたナリタブライアンは、思うような加速が出来なかった。いつものような爆発的な加速は無く、ナリタブライアン自身じれったく思う様な緩やかな加速。ウルサメトゥスとの距離は縮まらず、むしろ離れていく。

 

 

 

 

(このまま、影に飲み込まれるのか)

 

 相変わらず真っ暗な視界の中、絶望からナリタブライアンは心までもが暗く染まっていくように感じていた。足元が揺らぎ、真っ直ぐ走ることすら困難になり始める。

 

(負けるのか)

 

 周囲が暗闇で侵食される。見えていたはずのターフすら、影で覆われていく。

 

(何もできず、影の化け物を恐れ)

 

(沈んでいくのか…?)

 

 一緒に走っていたウマ娘たちや先にいたウルサメトゥスの姿すら闇の中に消えてしまう。

 

 

 ナリタブライアンは、気づけば暗い荒野にたった一人、ぽつんと佇んでいた。

 

 

「ここは…」

 

 周囲を見渡す。

 草木は枯れ、地面は乾いて亀裂が入り、吹き荒ぶ風は乾燥して埃っぽい。

 見覚えのない景色。先ほどまでいたターフでも、ウルサメトゥスの『領域』でもない。

 しかし何故だか、ナリタブライアンはここが何なのか分かっていた。

 

「私の、心の中」

 

 いつからだったか。

 ナリタブライアンの心は、常に渇いていた。

 潤わず、満たされず、飢えていた。

 レースという水が一時的に大地に降り注いでも、渇き切った地面はすぐに水を吸収し、また渇いてしまう。

 

 干上がる。

 堪らなく渇く。

 また欲して、またすぐに乾く。

 薬物中毒者の様だった。

 

 その渇望は、苦しみは、姉の背を追い抜かすまではきっと終わることがないのだろうと、ナリタブライアン自身諦めていたものだ。自身を襲う飢え、それを象徴する風景に、ナリタブライアンは顔を顰める。

 しかし、その景色に変化が起こった。

 

「あれは…」

 

 果てない地平線の向こうから、真っ暗な何かがこの渇いた世界を覆っていく。

 

 影だ。

 

 影は空を覆い、草木を飲み込み、大地を埋め尽くしていく。

 渇いた亀裂に染み込む様に、隙間なく。

 

「ああ、そうか」

 

 いつしか、影はナリタブライアンの足元まで迫ってきた。

 しかし、その表情に焦りは無い。

 

「お前が、私を満たしてくれたのか」

 

 塗りつぶされる。

 渇いた世界が、心が、体が。

 もたらされた影で潤っていく。

 

「ならば、もはやこの心象(かわき)に苦しむことはない」

 

 ナリタブライアンが体に、脚に、拳に力を込める。

 ギリギリと音が出るほどに引き絞られたそれは────

 

「待たせてしまってすまないな。今行くぞ、ウルサメトゥス!!!」

 

 ────世界そのものに叩きつけられた。

 

 拳から伝播するように、暗闇に真っ白なヒビが入り、そのまま砕け散る。

 

「【Shadow Break】」

 

『領域』の発現。

 闇を砕き割った先、光の中にナリタブライアンは駆け出した。

 

 

 

 

 

(体が軽い!)

 

 目の前のウマ娘を抜き去り、圧倒的な速度で前を走るウルサメトゥスに迫る。

 ウルサメトゥスの『領域』は完全に破壊され、暗闇の景色はない。恐れさせてくる影の化け物の気配もない。それはつまり、ナリタブライアンを止められるものがどこにも無いことを意味していた。

 

『ここでくるかナリタブライアン!! 皐月賞を制したウマ娘が、今年未だ無敗の怪物が!!! 自身を抜き去ったウルサメトゥスに迫る!! あっという間に距離を詰めた!!!』

 

『先ほどまでのじわじわとした加速が何だったのかと思うような加速ですね。急に速度が上がった様に見えましたが…』

 

 ウルサメトゥスに並ぶ。

 その顔は下を向き、長いもみあげに邪魔されて見えなかったが、走り方がまともではなく、少しふらついている様に見えた。

 

(『領域』を壊された影響か? …悪いとは思わない。だが次は、最後まで万全なお前と勝負できることを期待している)

 

『領域』を破壊されて走りが覚束ないウルサメトゥスとは対照的に、ナリタブライアンの体は不思議なほどに軽かった。まるで鳥になったかのよう。先ほどまでスタミナを削られて苦しんでいたとは思えない軽快な走りだった。

 

 もはや決着はついた。

 

 自身の今の調子と、最大の敵であるウルサメトゥスの様子。それらの要素からナリタブライアンは確信し、最後にチラリと後ろを確認した。

 ナリタブライアンは、目を疑った。

 そして自分が壊してしまったのが何だったのかを知ることとなる。

 

 ナリタブライアンの『領域』を受けたことで、暗闇の世界が、影が壊される。

 それは同時に、影のヴェールに包まれていた『化け物』も、その正体を隠していたものが剥がされることを意味していた。

 

 ウルサメトゥスの後ろ。四つ足にも関わらず顔の位置がウルサメトゥスの上にある。

 茶色の毛皮に、巨大な体躯。

 半透明の大熊が、ウルサメトゥスに纏わりついていた。

 

 下を向いていたウルサメトゥスが前を見る。

 その鋭い眼光は、どう見ても勝負を諦めた顔ではなかった。

 

(そうでなくてはな!!)

 

 小柄なウマ娘とは思えない重音を響かせながら追いかけてくるウルサメトゥスを、ナリタブライアンは全身全霊で迎え撃った。

 

 

 ──────────────────────

 

 何十枚ものガラスが一度に割れたような音、衝撃。

 俺の作り出した暗い『領域』が砕け、真っ白な光が溢れ出した。

 

「ぐっ…?!」

 

 視界が明滅する。

 意識が飛びそうになる。

 それでも何とか前へ走ろうと、光の中に駆け出して────

 

「…あ?」

 

 その白い空間から出られていないことに気づいた。

 

「どこだよ、ここ」

 

『領域』が砕けたとして、普通はそのままターフに帰ってくるんじゃないんかね? 

 それがどうして、こんな訳の分からない空間にいる? 

 

 

 何が起きたのかは、大体分かっている。

 おそらくブライアンの『領域』で俺の領域が壊されてしまったのだろう。

 

 前世情報になってしまうが、奴の固有スキルは【Shadow Break】。なんかもう、名前からして俺の『領域』に特攻を持っていそうである。その性能が全く同じかまでは分からないけどな。

 タイシン先輩が『領域』で俺の『領域』に対抗した時から、この可能性は考えていた。

 前世の死の心象という半分チートの様なものがあるとはいえ、元一般男性の魂が入ってるウマ娘()の俺ですら『領域』を使えるのだ。怪物と称されるに相応しい才能を持ったネームドウマ娘のブライアンが使えないわけがない。

 だから、皐月からダービーまでの間に『領域』が発現することも、最悪レース中に覚醒されることも覚悟していた。されないに越したことはないんだけどな。

 まぁレースの最中にそんな都合よく覚醒するなんて普通ありえない…のだが、相手はあのナリタブライアンだ。何が起きてもおかしくない。

 

 で、俺は今ブライアンに『領域』を破られたとして、一体何がどうしてこんな謎の場所にいるんだ。早くレースに戻らなきゃいけないんだが…

 

「周りは真っ白で何もないし…て、は?」

 

 今更気づく。

 

「体が男に戻ってる」

 

 見間違うはずもない。華奢で小柄なウマ娘の体じゃない。

 これは、前世の俺の体だ。

 

「てことは、ここは…」

 

「其方の想像通り、ここは其方の心の中である」

 

 真後ろから威厳のある低い声がして、振り返る。

 

 そこには、クマがいた。

 そしてソレは、四足歩行のままでも明確に俺を見下ろせるほどの大きさだった。

 

「ひっ…」

 

 俺を殺した化け物クマでもここまで大きくはなかった。

 あまりに大きすぎて全体像は分からないが、顔だけで俺の体よりも大きい。

 さっき辺りを見回したときはこんなのいなかったはずだ。それが気配もなく、一体いつ俺の後ろに? 

 

「おお、すまぬな。驚かせてしまったか」

 

 巨大熊がそんなことを言うと、ボンッと煙を立ててその姿が見えなくなる。

 煙が晴れた時には、俺の膝下ほどの体高もない子熊が鎮座していた。

 

「…??」

 

「自己紹介が遅れたな」

 

 声も少年のようなそれに変わっている。

 

「我が名はキムンカムイ。しがない山の神だ。まぁ、キムとでも呼ぶといい」

 

 困惑する俺に、自称山神はそう告げたのだった。

 

 

 

 

「…というわけだ」

 

「…」

 

「許して、貰えないだろうか。彼奴も反省しているのだ」

 

「……」

 

「それに、彼奴を受け入れれば其方にもメリットがある。どうだ?」

 

「………」

 

 俺が落ち着いた後、キムンカムイから、あの例のクマについての説明を受けた。

 とりあえず、誤情報を俺に植え付けたカフェは後でしばくとして。

 アイツはどうやら俺を殺したことを申し訳なく思っていて、今は力を貸してくれている…らしい。

 

「キムさん…でいいか?」

 

「ああ」

 

「とりあえず、アイツを呼んでくれないか? 多分俺が怖がらないように見えなくしてくれてるんだと思うんだが…近くにいるんだろ」

 

「其方が大丈夫だというなら呼び出すが…おい」

 

 キムさんが呼び掛けると、その小さな体の隣に大きなクマが現れた。

 

「っ…」

 

 相変わらず、怖い。

 体はデカいし、牙は鋭いし、手足は太いし、爪なんてまだ俺の血で染まってるんじゃないかと思うくらいだ。

 その表情から何かを読み取ることはできないが、一応反省しているらしい。頭を下げている。

 

「なぁ、クマ公」

 

「…?」

 

 名前が分からんからクマ公と呼んでしまったが、どうやら通じたようだ。首を傾げている。通じた、のか? キムさんの方を確認すると頷いているので言葉は通じているようだ。まぁ最悪キムさんが伝えてくれるだろう。

 

「正直なところ、力を貸してくれているからといって、それで全部チャラにできるほど俺は人間ができていない。一回殺されてんだ、そこは理解してくれると助かる」

 

「…グルル」

 

 返事? があった。それが理解なのか反論なのかは分からない。だが襲ってこないところから、話を聞く気はあるのだろう。

 

「全部は許せない。…でも」

 

「?」

 

「少しは、歩み寄ろうと思う」

 

 俺はクマ公の頭に触れ、目を合わせる。

 完全に許すことはできない。あんなに恐ろしい目に遭って、死んで、何なら今でも夢に見るしな。

 でも、伝わってくるのだ。こいつは、本当に反省していて、凹んでて、俺に申し訳なく思ってるんだと。俺の心の中だから感情が伝わりやすくなっているのかもしれない。まぁ、気持ちが伝わってくるのは確かだ。

 それに、山の神で保護者だというキムさんがこんなに低頭でお願いしてくるのだ。本当なら、俺に力を貸す必要なんてないはずだし、その神としての力で無理矢理俺を従わせることもできるはずだ。何というか、多分出来るんだろうなって雰囲気を醸し出している。

 

 俺は出来た人間じゃない。でも、人間なんだ。獣じゃない。言葉で歩み寄られたなら、少しは対応を改める。

 

「それに、今の俺はウマ娘だ。そんで、レースに勝ちたい。勝って今世の両親に楽をさせてやりたいし、何より、俺自身がブライアンに勝ちたいと思ってる。そのためには、まだお前の力が必要だ」

 

「ガゥ」

 

 そう、今更だが俺はもうウマ娘になってしまったんだ。口に出すと、はっきり分かる。ああ、そうか。俺はもう、前世に戻ることは、出来ないんだ。知っていながら、本心では自覚していなかったのかもしれない。だから、心の中の俺の姿が男のままなのかもな。

 そう思っていたら、俺の体に変化が起きた。

 目線が低くなり、クマ公に乗せていた手が小さくなる。

 

「あれ…」

 

 もう見慣れてしまった、女の子の手。

 尻尾の感覚。頭の上にある耳。

 

「どうやら、自分の現状が認識できた様だな」

 

「…俺は、まだウマ娘になれてなかったってことなのかな」

 

「だから、今なったということでいいのではないか?」

 

「そっか」

 

 キムさんは俺の歪さに気づいていたようだ。流石に神といったところなのか? 

 キムさんがクマ公の頭に飛び乗る。

 

「それでは■■改め、ウルサメトゥスよ。今の其方なら、此奴、小山神(メトトゥシカムイ)を受け入れられるか?」

 

「まぁ、少しなら」

 

「今はそれで良い。では、その気持ちを込めて、此奴に祈れ。本当に少しでも受け入れられる気持ちがあるなら、それを呼び水として此奴ももう少し力を貸せるだろう」

 

「…分かった」

 

 もう一度小山神、長いからやっぱクマ公でいいわ。クマ公と目を合わせる。

 

(俺に、力を貸してくれ。頼む──)

 

 心の中で祈る。

 すると、クマ公はキムさんを頭に乗せたまま、後ろ足で立ち上がった。

 

「グオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

「おお、嬉しそうに吠えおって。…契約は完了した。ではウルサメトゥスよ、現世へと帰るといい。またそのうち話そうではないか」

 

 視界が白く染まっていく。

 感覚が現実に近づいていく。

 

「【小山神への祈り(メトゥシカムイノミー)】だ。使いこなせるよう、励めよ」

 

 最後にそんな言葉が聞こえた。

 

 ────────────────────ー

 

『さぁ勝負は最終直線へ!! 先頭はナリタブライアン、既に2番手との差は5バ身はあります! このままブッちぎるのか!?』

 

 ナリタブライアンが先頭で最終直線へと入る。東京レース場の直線は525.9m、数あるレース場の中でもかなり長い。だからこそ、終盤まで脚を残せているウマ娘が有利になる。しかし。

 

『足が残っていないのか?! どのウマ娘も前に出られません!!!』

 

 ウルサメトゥスの『領域』により、ウマ娘たちは疲労困憊だった。懸命に足を回して加速しようとするが、気持ちに体が追いつかない。

 

『ナリタブライアン独走、これは決まったか────』

 

 実況が叫ぶ。大歓声が上がる。このまま圧倒的な力でナリタブライアンが勝つ、殆どがそう思っていた。

 思っていなかったのは、当のナリタブライアンだった。

 

『いやまだだっ!! まだ終わっていない!!!』

 

『どこにそんな足が残っていたのでしょうねぇ、彼女は』

 

『ウルサメトゥス、集団から滲み出るように、ナリタブライアンの影に迫ってきたあああ!!!』

 

(そうだ、まだ終わらんよな!!)

 

 最終コーナーを抜けるときに目に入ったウルサメトゥスの表情が焼き付いている。

 

 ────ここから追い上げる。

 

 燃えるような闘志が伝わってきていたのだ。来ないはずがない。

 ナリタブライアンは、過去最高に滾っていた。

 

『何という加速力!!! あっという間に差が詰まる!!! 高低差2.7mの坂を物ともせずナリタブライアンを追い詰めていくううう!!!』

 

「抜けるか! 私を!!」

 

 脚を回す。

 なけなしのスタミナを費やす。

 しかしそれでも、ウルサメトゥスは差を縮めてくる。

 

『残り100! 並んだ!!!!』

 

「抜く!! 今日こそは!!!」

 

 ついにウルサメトゥスがその体をナリタブライアンの横につけた。

 その体には、半透明の獣が纏わりついている様に見えた。

 

『残り30!!! 勝利を掴むのはどちらだ!!??』

 

 一歩も譲らないデッドヒート。

 

(負けない)

 

(勝つ)

 

((お前に勝つ!!!))

 

 永遠に続くかに思えたその競り合いに、ついに終わりが訪れた。

 

 ナリタブライアンの脚が限界を迎える。スタミナを使い果たしたのだ。

 

(しまっ、こんなところで──)

 

 それと同時だった。

 

『ゴォォォォル!!!!!! これは、どちらだ?! 勝ったのはどっちだぁぁぁ!!??』

 

『えー、写真判定となります。もうしばらくお待ちください』

 

 ナリタブライアンの体勢が崩れ、並んでゴールとなった。

 傍目からは同時にゴールした様にしか見えず、勝敗は写真判定に委ねられた。

 

 ナリタブライアンがターフに倒れ込む。それはウルサメトゥスも同様だった。

 二人並んで倒れたまま、結果を待つ。

 

「ブライアン」

 

「…なんだ」

 

 先に起き上がったのはウルサメトゥスだった。倒れたブライアンに手を差し伸べる。

 

「ほら、立ちなよ」

 

「ああ」

 

 震える脚を踏ん張り、手を借りたナリタブライアンが立ち上がる。

 荒い息のまま、ナリタブライアンが呟くように言った。

 

「…最高のレースだった」

 

 正直な感想だった。最後に体勢を崩してしまったが、いつ途切れるか分からない暗黒の『領域』、それを打ち破ったときの高揚、そしてひりつく様な最終直線での競り合い。そのどれもがナリタブライアンの心を満たしていた。

 最高の勝負が出来た。全力を出して戦い、途中で覚醒し、それでなお届かなかった。ナリタブライアンはそう思っていた。

 

「そう」

 

 そっけない返事に、ナリタブライアンがウルサメトゥスをジロリと見る。自分が最高だと思った勝負を淡白に返され、少し腹が立ったからだ。しかし、ナリタブライアンは直ぐに目を見開くことになった。

 

「次は負けないから」

 

 ウルサメトゥスが、大粒の涙を流していたからだ。

 

「私のハナがあと1cm高かったら、勝ってた。…次は、3000m走れる体力を付けてきてよね」

 

 ウルサメトゥスはそう言い、地下バ道へ降りて行った。

 それと同時に結果が出る。

 

『写真判定の結果が出ました! 一着は11番、ナリタブライアン!! 激戦をハナ差で制したああああああああああ!!!!!!!』

 

 ナリタブライアンは信じられなかった。

 最後に自分はスタミナを切らして体勢を崩した。しかし、勝ったのは自分だという。

 映像では、確かに最後体勢を崩した瞬間、ナリタブライアンの体の方がほんの僅かに前に出ていた。

 ナリタブライアンは呆然とし、観客席に手を振ることも忘れてターフから降りる。

 

(もし日本ダービーが2401mだったなら)

 

 ナリタブライアンはあり得ないと分かっていても考えてしまう。

 

(負けていたのは私だった)

 

 そして無意識の内に、口元が吊り上がっていく。

 

(お前はどれだけ私を滾らせれば気が済むんだ…?)

 

「次は負けない、か。それは私のセリフだ。次こそは完膚なきまでに勝つ」

 

 聞こえないとは分かっていても口に出してしまう。

 それは自身の(ライバル)への、最大の賛辞だった。

 

 

 




次回は掲示板回になると思います。

あ、正月ガチャは何とか里芋確保しました。

ちなみに日本ダービーどっちが勝つと思ってましたか?

  • ウルサメトゥス
  • ナリタブライアン
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