ドラえもん外伝~もう一つの音叉~   作:越後屋大輔

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THE ALFEE、高見澤俊彦さんの小説家デビュー作「音叉」の主人公と、ドラえもんが未来に帰還した後、大学生になったのび太達を出会わせてみました。原作では実際の社会的事件も扱われていますが、こちらではその辺一切なしです。あと基本の時間軸は1993年(原作より20年後)ぐらいと思って下さい


困惑

「バンド名を変えてくれ。それがデビューの条件だ」いきなり飛び出したディレクター瀬川修造(せがわしゅうぞう)の発言に、こいつ何言ってやがんだ?ぐらいの気持ちで俺は聞き流していた。

 

 フジコレコード第三会議室と聞こえは良いが、駅のホームにある待合室のような狭さだ。壁にはよくありがちなヨーロッパの風景画がかかっている。瀬川とテーブルを挟んで、テーブルの側面にはギターで紅一点の源静香。まさに顔面蒼白。色白な人間が白を通り越して紫色になるほど動転している。俺の右隣にいる大柄でお調子もんのドラム剛田武もお坊っちゃん育ちのキーボード骨川スネ夫も、その隣の無口なベース野比のび太もほぼ似たような反応だ。

 

 えっ?俺だけ冷静に受け止めている?いやいや俺だって焦ってはいる。すでに十一月でかなり寒いハズだが、しだいに体中が妙に汗ばんできた。

 あり得ない!ナゼ今まで慣れ親しんで来たバンド名を変えなきゃいけないんだ。目の前のテーブルをボコボコに叩き壊したい衝動を抑えて瀬川に聞いた。

??(俺)

「えっと……なんでバンド名を変えないといけないんですか?俺達のバンド名が放送禁止用語とか?」

瀬川

「いや、そうじゃない。君らのバンド名では弱いんだ」

「バンド名に強い弱いってあるんですか?」

瀬川

「屁理屈はやめにして、とにかく一週間以内に新しいバンド名を考えてくれないか」そう吐き捨てると問答無用という態度で、冷静に俺達を凝視している。

 誰も瀬川と対等に目を合わせるヤツなど居ない……釈然としないモヤモヤした不快感が胃の底から逆流して来た。

 メンバーに目を向けたが、誰も口を開こうとしない。いつもこうだ!こいつらは責任を取りたくないから、いつだっておし黙ったままなんだ。

 今までも俺が矢面に立って交渉ごとをやってきたが、やりたくてやってたんじゃない。誰もやらないから俺がやるしかなかったんだ。

 俺達はこの春、同じ大学に進学した。というより俺とスネ夫は系列高校からそのまま、エスカレーター式に上がっただけなのだが。そんな俺達は高校三年だった去年の夏、どういうわけかアマチュアロックコンテストで認められ、大学に入った時点で、プロデビューへの道が約束されていた。今日はそのためのミーティングに呼び出されたのだった。

 それにしても、今この会議室に充満している重苦しい空気の伝染力は凄まじい。隣の武を含め、俺以外は全員歌だけではなく言葉をも忘れたカナリヤ状態だ。何とか言え!心で叫んでもそれが誰にも届かないもどかしさ。バカバカしくなってタバコに手をやるが、次の瞬間、武がとんでもないことを口走った。

「じゃあ……やめますよ」

 ──頭の中で歪んだAの弦が共鳴する──

「えっ?」

瀬川

「えっ?」俺と瀬川が同時に声を発する。

「だから、バンド名を変えるぐらいならデビューはやめます」

瀬川

「本気じゃないよな?」瀬川は眉間に皺を寄せた。まさか武がここまで言うとは思わなかったのか、(俺もだが)一瞬焦った顔を見せたが、すぐに冷静な顔になりゆっくり話し出した。

瀬川

「いやいや、そう早まるな。バンド名を変えるだけでいいんだ……君達の音は気に入ってるから」俺はチャンスとばかりに瀬川との交渉を再開する。

「気に入っているなら、別にバンド名は変えなくてもいいじゃないですか」間をおいて瀬川は、更にゆっくり、子供を諭すように言葉を重ねる。つまり、プロになる以上自分達の思い通りにやることは難しいとか、この世界は外から見るのと内情は全く違うとか、要するに学生の分際である俺達が考えているほどエンターテイメントの世界は甘くないなど、ありきたりの事を訥々(とつとつ)と語り出したのだ。聞いている内にどうもバンド名変更とあまり関係ないように思えたので、瀬川にさりげなく聞いてみた。

「それとバンド名の変更と、どう繋がるんですか?」

瀬川

「申し訳ないが、これはもう会社の制作会議で決まった決定事項なんだ」会社の決定事項?先に言えよ……事務的な口調の瀬川に苛立ちを覚えたが、それよりも早く、武の心の動揺が彼のクセでもある貧乏ゆすりからも伝わって来た。ライブで叩く時はいつもリズムが走るくせに、今日はかなり正確でリズミックな貧乏ゆすりになっているのが無性にイラつく。部屋の空気が、また少し重くなった気がした。

 

 バンドの創始者でもあるドラムの剛田武(俺と静香以外はジャイアンと呼んでいる)は、率先してバンドを引っ張るタイプではない。何でも人任せにしながらも、自分がこのバンドを作ったというプライドだけは捨てられないでいる。性格は明るく、ガキ大将気質だが実際は臆病。バンド随一のムードメーカーでもあるが、今日の武にその快活さは微塵もない。他の三人に至っては、貝のように口を閉じたまま、ため息すらも漏らさないフリーズ状態だ。

 デビューはやめた!バンド名は変えない!さっき武が吐いた言葉を、俺自身心で反芻(はんすう)しつつ、椅子を蹴って立ち去るイメージを思い描いたが、ここまで動揺している連中を引き連れても帰るのは、何だか急に面倒で滑稽な行動に思えてきた。フーッと息を吐いて軽く目を閉じる。

 その瞬間、不意に目の前にいる瀬川のかなり頼りない頭髪が、両目に飛び込んで来た。この人もまだ三十代なのに何だか随分くたびれているよなぁ。

 「フジコレコード邦楽本部第二制作室 チーフ・ディレクター」という、なんとも長ったらしく、大げさな肩書きを持つ瀬川修造。これまでバンドを中心に、いくつものアーティストを手がけてきたが、これといったメガヒットには結びついてないらしい。グレーの上下のスーツも大分くたびれて見える。グレーというより、ネズミ色の背広と表現した方がいいかも知れない。ヒット曲を出していない分、色々なプレッシャーがあるんだろうなとも思う。全体的には物静かで優しい雰囲気を持っている瀬川だが、売れる、売れないでその人間性まで判断する業界では、優しさは一種の罪とも言えるのだ。おそらく薄毛はそのストレスのせいなのだろう。逆流したムカつきが不思議なくらい(しず)まった。

「わかりました。瀬川さんがそこまで言うなら、一度メンバーと話し合ってみます」三秒余りの沈黙のあと……

瀬川

「そうしてくれ。会社もだが、僕も君らには期待してるからな」そう言うと瀬川は時計を見つつ、次の予定があるとかで足早に会議室を後にした。

 

 フジコレコードは千駄ケ谷駅駅の程近く、明治公園のちょうど目の前にある。スタジオを兼ね備えた要塞みたいなビルだけに、威圧感は半端ではない。何度来ても慣れないなぁ……と武が呟くのも分かる気がする。確かにスネかじりの甘ちゃん大学生にとって、気後れせずに堂々とエントランスに入ることは容易ではない。でもこの先デビューしてヒットでも出せたら……もしかしたらそんな気持ちも変わるかも知れない……ふと、根拠のないポジティブな思考が頭をよぎったが、あっという間に冷たい風に吹き飛ばされていった。

 そのまま他のメンバーとはフジコレコードのエントランスで別れた。スネ夫は自分のバイクで来ていたし、武は青山に用事があるらしく、そこまでスネ夫のバイクに乗っけてもらうそうだ。しかし、武はノーヘルで大丈夫なのか?

 二人と別れて駅までの道すがら、珍しくのび太が冷静に話を切り出して来た。

のび太

「なぁやっぱり、瀬川さんがああ言うんだからバンド名は変えるしかないよなぁ」

「お前それでいいのかよ。自分がつけたバンド名だぜ」バンドの創設者は武だが、バンド名をつけたのはこいつ、野比のび太だ。

静香

「でも、そうしないとデビュー出来ないみたいだし……それに雅彦さんだって、史上最低なバンド名だって、ずっと言っていたじゃない」静香ものび太と同じ意見らしい。

 

 バンド名は「ブルー・キャット」。俺には最初、全く持って意味不明だったが、他の四人はナゼかこの言葉に愛着があるらしくとりあえずのバンド名として暫定的につけたのだが、それがいつのまにか正式なバンド名になってしまった。だがそれだけならまだ良かった。ブルー・キャットのバンド名がようやく俺の中でも浸透してきた頃。あろうことか、某有名化粧品メーカーから全く同じ名前の体臭ケアスプレーが発売されたのだ。そのせいで俺達のバンド名はいい笑い者になった。

 

 よく名は体を表すというが、バンド名を聞いただけで音が想像出来るものだ。キング・クリムゾン(しか)り、ブラック・サバス然り、音がバンド名と一体となり立体的に五感に訴えかけてくる。そういう意味ではブルー・キャットはまったく音が聞こえてこない最低最悪のバンド名だ。いくら何でも体臭ケア用の商品名がバンド名ってことはないだろうと、本気でのび太に食ってかかったこともあった。今でも冗談かと思いたいくらいだ。尤も向こうの方が後から出てきたワケだから、俺がのび太を責めるのも筋違いではあるが。とはいえ大手企業相手にこちらの方が先にブルー・キャットを名乗ってるなどと訴える気にもならなかった。そもそもバンドに参加した当初、強弁に文句をつけた俺だったが、今やそのバンド名の変更を率先して阻止しようとしている。自分の無駄で無意味な正義感に苛立っているのも確かだ。俺の方こそ、こんなバンド名に愛着なんかない。いや、むしろまったくない。

 なんでこうもこじれてしまうのか、俺はいつもそうだ。自分でも納得しているハズなのに、人に指示されると逆の行動をとってしまう……今回もだ。突然のバンド名の変更を、デビューのバーターとして提案されたことへの反発にすぎない。所謂(いわゆる)大人の事情ってヤツだろうが、その一点がどうしても俺には納得出来ないのだ。自分の名前ですら親に勝手につけられないというのに。のび太や静香の呼びかけにも気づかず、俺はいつのまにか自分の過去を回想していた。

 

 幼い頃、自分の名前が嫌いだった。

 俺の名前は風間雅彦。嫌いになった理由。それはほんの些細なことだった。

 誰もが幼稚園の頃は、制服の胸に名札を付けるが、大抵は本名を平仮名で書く。その『かざままさひこ』という名前の最後の『こ』が女の子名の『○○子』と同じなのが無性に嫌だったのだ。入園したての頃、仲良くなった女の子が俺の名札を見て「あたしとおんなじだ、こがついてる!」 と言って笑いかけたのが発端なのだが、それから自分の名前が嫌で嫌でたまらなくなってしまった。

 しかもその女の子は『まさこ』という名前で、自分の『まさひこ』とは一文字違い。ただ、殆どの幼稚園児にとって、そんなことはどうでも良く、単にひとりよがりのコンプレックスにすぎなかった。

 当然のように、子供の名前は親がつける。不遜ながらそんな親の義務さえ、勝手な都合と思い上がっていた。とんでもなく性格の悪いガキだ。俺には反抗期はなかった。常に反抗期だったからだ。なんて可愛げのない子供だったんだろう。上二人の学力優秀な兄や姉に比べ劣る俺。親にかまってもらいたいがための、理由ある反抗とでも呼べばいいのか。ぼんやりそんな幼い頃を思い返していた俺の耳に、いつの間にか駅の喧騒の波が押し寄せてきていた。

 夕方の千駄ケ谷駅、学生の乗り降りも多い。プロデビューの道が控えているとはいえ、俺も大学に通う普通の学生と変わりはない。

 そんな時、突然ZARDの「負けないで」を口ずさみながら笑い合っている、男女四人組の学生達とすれ違った。その時だ。時間が止まったような錯覚に襲われ、俺はゆっくりとまるで映画のワンシーンにあるスローモーションのように、彼らを振り返った。デビューをあきらめれば、お気楽で先が見通せる学生生活。バンド名を変えれば、刺激的だが先の不透明なプロミュージシャン。遠ざかる彼らの背中をボンヤリ眺めながら、今後、彼らとは絶対に交わることのない人生に思いを巡らせていると、バンド名の変更ぐらいで腹を立てている自分が、かなりちっぽけな人間に見えてきた。人生なんてなるようにしかならん……別人格の雅彦が俺に囁きかけてきた……。数分後、自分も「負けないで」を自然に口ずさんでいたのが妙に笑えた。

 

 新宿で総武線から山手線に乗り換える時にのび太達と別れた。2人ともこれから中野線に乗り換えて、東中野にある自宅へ帰るらしい。

 俺が乗った池袋方面の車両は、この時間はかなり混んでいる。電車の吊革につかまりながら、今日の出来事をもう一度噛み砕いて考えてみた。一時間程前のことながら、遥か彼方の出来事のように思える。俺自身もバンド名は酷いと思っている。変える、変えない、振り子のように思考が揺れ動くが結論には達しない。やはりみんなで集まって、本気で決めるしか道はないのだろう。

 頭の中で高いE弦のクリーンな音が響き始めた。それが淡い眠気に導くように、山手線のリズミカルな震動に乗って、ゆっくりと体中に広がっていった。

 




Takamiy氏もまさか自分の小説が二次創作されているとは思ってもないでしょうね
(^_^;)
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