花は少女の幸福を願う   作:カフェラテ

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乃木家は地元で有名そうなイメージがある。


第10話 看病と心配

 いつものように起きて、いつものように朝食を作る。

 しかし、朝食を作り終えた頃に起きてきた千景の様子はいつもとは少し違っていた。

 

「おはよう、朝ご飯できたよ」

 

「おはよう…」

 

 なんだか少しフラフラしている気がする。

 顔色も少しよくないように見える。

 

「大丈夫?熱計ろうか」

 

「ん…」

 

 リビングにある二人掛けのソファに腰掛け、体温計を腋に挟む。額や首筋を触ってみると、少し熱いようにも感じる。

 

 計り終えた体温計を見る。

 

「38度2分…高いな。病院行こうか」

 

「お仕事は…?」

 

「今日は休むよ。熱出してる千景を放っておけない」

 

 こんな弱々しい表情をした千景を置いていくなんて僕にはできない。

 

「食欲はある?小さいおにぎりとか作ろうか?」

 

「うん…」

 

 すぐに一口サイズのおにぎりをいくつか握る。どれだけ食べられるかはわからないが、残った分は後で食べるなり僕が食べるなりすればいい。

 

 千景がおにぎりをゆっくり食べている間に楓さんに連絡する。近くのいい病院を聞くのだ。

 

 ──────────

 

 診察を終えて薬を受け取り、千景をおんぶして病院を出る。

 喜ぶべきか、おばあちゃんのお医者さんが言うにはただの風邪らしい。

 

「帰ったら薬飲んで寝ようね」

 

「うん」

 

 背中で千景が小さく返事をする。

 早く元気になってほしい。たとえただの風邪であっても、やはりとても心配してしまう。子を持つ親は皆、子供が体調を崩すたびにこんな気持ちになるのだろうか。

 

 

 

 家に着き、千景が薬を飲んで布団に入る。

 スマホを見ると、いつの間にか楓さんからRINEが着ていた。

 

『何か買っていこうか?』

 

 ありがたい、わざわざ買い物に行って届けてくれるのか。今はご厚意に甘えよう。今度お礼をしよう。

 

「おやすみ、千景」

 

 楓さんに返信し、そっと千景の頭を撫でる。すると、千景に僕の左手を掴まれた。

 

「…手、にぎってて」

 

「わかったよ。起きるまでずっと握っててあげるから、安心しておやすみ」

 

「うん…」

 

 千景は少し安心したように、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 千景の寝息が聞こえ始めてしばらく経ち、僕もウトウトし始めた頃、スマホが震えて少し目が冴えた。

 

『着いたぞ』

 

『ごめん、今手が離せない。鍵は開いてるから入ってきて』

 

 返信してすぐ、玄関から扉が開く音が聞こえた。

 静かにリビングまで歩いてくる楓さん。右手には買い物袋を持っている。

 

「買ってきたぞ。……手が離せないとは?」

 

「千景に手を握っててって言われたから離せない」

 

 

 楓さんが何とも言えない表情になる。しかしすぐに微笑んでくれた。

 

「…そうか。千景はどうだ?」

 

「ちょっと前に寝たところ。熱は高いけど風邪だって」

 

「そうか、なら少し安心だな」

 

「うん」

 

 眠る千景の表情は安らかで、天使のように可愛らしい。

 

「…あ、忘れてた」

 

「何だ?」

 

「まだ朝ご飯食べてない」

 

 作ったまま食べずに放置していた。千景の寝顔を見て安心したら今思い出した。空腹である。

 

「何か作ろうか?」

 

「もう作ってはあるんだ、キッチンにある」

 

「わかった、温めなおして持ってこよう」

 

 楓さんが立ち上がり、キッチンから温めなおした朝食を運んできてくれる。

 

「食べさせてやろうか?」

 

「いいよ、利き手は空いてるし」

 

 左手は千景の手を握ったまま、右手で朝食を口に運び腹に入れていく。

 

「若葉は体調を崩した時は何食べるの?」

 

「うどんだな」

 

 やはりそうなのか。生粋のうどん県民である。まあうどん県民でなくとも、うどんは消化にいい食べ物だから体調が悪い時に食べる人は多いだろう。

 

「若葉は今日どうしてるの?」

 

「家にいるか琴音の家にいるかだな」

 

「もう第2の実家じゃん」

 

「そうだな、赤ん坊の頃からよく出入りしているからな」

 

 昔を懐かしむように楓さんが話す。

 

「子供の成長って早いね」

 

「そうだな。少し前までオムツを穿いていたはずなのに、いつの間にか小学生だ」

 

「気がついたら大人になって、楓さんに孫ができるよ」

 

 千景もいつかは大人になって、誰かと結ばれ子をなして、一人の母親になるのだろうか。

 その頃には、僕の元を離れていくのだろうか。

 

「…子供が大きくなるって、嬉しいけど、ちょっと寂しいね」

 

「…そうだな、若葉ももう少し小さい頃はよく甘えてくれたんだが」

 

 たとえ千景が親離れしたとしても、僕が子離れできないかもしれない。

 

 ──────────

 

 目を覚ます。ゆっくりと瞼を開けると、寝る前と変わらずれんちゃんが手を握ってくれていた。

 そしてリビングにはなぜか楓さんがいた。

 

「おはよう千景」

 

「ん、起きたか」

 

「おはよう。…おなかすいた」

 

 時計を見れば、もう昼過ぎになっていた。

 

「食欲あるね、じゃあおじや作るよ。体温計ってて」

 

「うん」

 

 握っていた手を離し、立ち上がりキッチンへ向かうれんちゃん。その横顔はどこか安心したようだった。

 枕元に置いてある体温計を腋に挟む。

 

「熱はどうだ?…37度5分か、下がってきているな」

 

 楓さんが体温計を確認しに来る。そしてキッチンにいるれんちゃんに伝えに行った。

 昼食を食べて薬を飲んで寝ていれば、今日中にでも熱は下がりきるだろう。

 

「できたよ」

 

 れんちゃんに呼ばれてリビングに行く。立ち上がり歩くのも朝よりは楽になっていた。

 テーブルに置かれたお椀には出来立てで湯気を立てるおじや。

 

「冷まそうか?」

 

「ううん、大丈夫。いただきます」

 

 スプーンですくったおじやに息を吹きかけて冷まし、口に入れる。

 

 驚いた。溶き卵がトロトロで凄く美味しいうえ、落ち着いた味でとても食べやすい。

 正直、体調が悪い時でなくても食べたい。

 

「すごくおいしい…」

 

「それはよかった」

 

「……私も食べていいか?」

 

「まだまだあるから別にいいけど」

 

 楓さんが自分の分をよそいにキッチンに行く。

 れんちゃんは隣でフレンチトーストを食べている。

 

「なんでフレンチトースト?」

 

「千景の分の朝ご飯も作っちゃってたから」

 

 そういえばそうだった。私が起きたのは朝食ができた後だった。

 戻ってきた楓さんがおじやを食べ始める。

 

「うまっ!何だこれは!?」

 

「おじや」

 

「いやそれはわかっている」

 

「じゃあなんで聞いたの」

 

 二人のやり取りに思わず笑いが零れる。それを見たれんちゃんが微笑んでくれた。

 れんちゃんの料理は難しいものから簡単なものまで、なんでも凄く美味しい。毎日高級レストランの料理を食べているみたいだ。おまけに栄養満点である。

 私はあっという間におじやを食べきっていた。

 

「僕が子供の頃、体調を崩した時は母親がよくこれを作ってくれてね。そのおじやは父親が子供の頃に体調を崩した時、おばあちゃんが作ってたらしいけど。

 

「じゃあ千景が大人になって子供ができたら、子供が体調を崩したらこのおじやを作るのかもな」

 

 このおじやは代々受け継がれてきたものらしい。

 薬を飲みながら、未来の自分を少し想像してみるのだった。

 

 

 

 

「寝汗かいてないか?」

 

「え?あ、かいてる」

 

 言われて気づいたが、結構な寝汗をかいていた。

 

「濡らしたタオルで体を拭こうか」

 

「ん?お前が拭くのか?」

 

「え?そうだけど」

 

「え?」

 

 れんちゃんに体を拭いてもらうの?自分で拭くんじゃなくて?

 毎日一緒にお風呂に入ってはいるけれど、全身を触られるのはさすがに恥ずかしい。

 

「お前…千景は女の子だぞ」

 

「自分で拭くから」

 

「それもそうか」

 

 あっさり納得したれんちゃんが濡らしたタオルと着替えを用意してくれた。

 体を拭いて着替えたら、もうひと眠りするとしよう。

 

 ──────────

 

 隣で眠る千景。僕の左手は午前中と同じように繋いでいる。

 

「この調子なら明日には治ってるな。明日はどっちに預ければいいんだっけ」

 

「明日はうちだな」

 

「そっか、お願いします」

 

「ああ」

 

 せっかく千景との仲が深まってきたのに、平日はあまり一緒に過ごせないのが少し残念だ。千景と生活していく為に働いているので仕方ないが。

 

「…親ってさ、子供が体調崩すたびに心配になるの?」

 

 朝に思ったことを、近くで茶を飲んでいる楓さんに聞いてみる。

 

「そうだな。お前も心配したんだろう?」

 

「うん…これって慣れる?」

 

「多少はな。だが、全く心配にならなくなることはないだろう」

 

 親が子を愛している以上、その子がどれだけ強い子であっても心配になってしまうのだろう。

 

 

 

「特に用が無ければそろそろ帰るが」

 

「うん、今日はありがとう」

 

「ではまた明日な」

 

 そう言って玄関へ向かう楓さん。しばらくして、静かに扉を開く音がした。千景を起こさないように気を使ってくれたのだろう。

 とても良い人だ。娘の若葉が良い子に育つのも納得できる。

 

 静かな空間に、千景の小さな寝息だけを耳が拾う。

 握る手は温かく、とても静かなのも相まって僕の眠気を誘う。

 他にすることも無いので、千景の隣で添い寝することにした。

 

 ──────────

 

「ん…」

 

 目を覚ますと、隣でれんちゃんが眠っている。

 辺りを見回すと外は既に暗く、時計の針は午後7時を指していた。

 体を起こし、近くに置いてある体温計を手に取り体温を計ると、もう平熱近くまで下がっていた。

 

「んぁ…起きたの千景」

 

 れんちゃんが目を覚ます。

 

「体調はどう?熱は下がった?」

 

「うん、もう大丈夫」

 

「そっか。よかった」

 

 立ち上がりながら時計を見るれんちゃん。

 

「もうこんな時間か、晩ご飯作らないと…。何がいい?」

 

「肉うどん」

 

「わかった、すっかりうどん県民になってきたね」

 

 そう言い笑いながらキッチンに歩いていく。

 …確かにうどんは美味しいけれど、うどんに限らずこの家で食べる料理は全て美味しいので、れんちゃんの料理でうどん県に染まるということはない気がする。

 今日一日、お仕事も休んで付きっきりで看病してくれたれんちゃんの為に、れんちゃんが体調を崩した時は私が頑張って看病しよう。いつかれんちゃんのおじやも作れるようになりたい。

 二人で、支え合って暮らしていきたいと思った。




次回予告

 「高知から来ました、郡千景です」
                     「来週の土よう日はさんかん日ですね」
「やっぱり早い?」

              「…空を飛んでって言ったら飛ぶのだろうか」

       「構わない、場所を取りに行くのは誠司だ」

第11話 『新学期の始まり』
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