「というわけで、来週千景の誕生日なんだけど」
「どういうわけで?」
日曜日、僕達は乃木家に遊びに来ていた。当然上里母娘も一緒である。
子供達が若葉の自室で遊んでいる間に、僕は楓さんと琴音さん、ついでにそこにいる誠司さんにも、来週の日曜日が千景の誕生日であることを伝えた。
「サプライズでパーティーしたいんだけどさ、僕がパーティーの準備をしている間、千景をここに連れてきていい?」
「別に構わないが、千景を連れてきてお前だけ帰ったらバレないか?」
「隙を見て抜け出すよ。例えば、大人だけで昼食を作りにキッチンに行く時とか」
「私達もお祝いに行っていいですか?」
「パーティーに来てくれるの?」
「是非とも」
「ありがとう」
誕生日パーティーで、僕だけでなく慣れ親しんだ乃木家と上里家の皆からも祝ってもらえたら、千景も喜んでくれるだろうか。
「それで、具体的にはどうするんだ?手伝えるなら手伝うが」
「晩ご飯を豪勢にして、食べ終わる頃にケーキを出そうかと。あとリビングを飾り付ける」
「なら蓮花が抜け出す時に俺も一緒に行こう、飾り付けなら手伝える」
黙って新聞を読んでいた誠司さんが急に声を発した。
「ありがとう誠司さん。じゃあ僕はその間に料理を作ろう」
「昼に抜け出して晩ご飯を作るのは早くないか?」
「…確かに」
冷めても大丈夫な料理はともかく、だいたいの料理は駄目だ。
「普通に夕方頃、男3人でちょっと出かけてくるって言えばいいんじゃないですか?」
「なるほど」
さらっと伊織さんも手伝いに行かせようとする琴音さん。
「そういえば今日伊織さんは?」
「家にいますよ。呼びましょうか」
そう言って電話をかける琴音さん。30秒ほどで伊織さんはやってきた。行動が早い。
「私達は子供達を見ていればいいか?」
「そうだね…。準備が終わった後、どうしようか」
楓さん達に千景を家まで連れてきてもらうと、途中で勘づかれる可能性がある。
「僕が一旦ここに帰ってきて、千景と買い物して帰る間に皆に家に行ってもらうか」
「なるほど、わかった」
「じゃあ、来週はお願いします」
廊下を歩く子供達の足音を合図に話を終えた。今回は完全サプライズ、バレるわけにはいかないのだ。
──────────
2月3日、今日も先週と同じく、乃木家に遊びに来ていた。
「ここはいけそう…よし、いけました」
「次はわたしだな。ここはどうだ…あ、やってしまった」
「若葉の負けね」
若葉の指によって崩れる木のブロック。私達は今ジェンガをやっている。
「若葉って不器用?」
「そうなんです、わかばちゃん昔からちょっと不器用なんです」
「え、わたしって不器用だったのか」
本人に自覚は無かったらしい。若葉は既に3連敗していた。
「…もう1回しよう」
「勝つまでやるとか言わないでよ?」
「これで負けたら別のことをしよう」
「そうですね、ジェンガだとわかばちゃんは不利ですもんね」
そして3分後、またも若葉の手によってジェンガは崩れ去るのだった。
「じゃあ僕らちょっと出かけてくるね」
昼過ぎ、ふとれんちゃんがそんなことを言って、伊織さんと誠司さんと共に出かけた。
「お父さんたち、どこに行ったんでしょう?」
「男だけでお酒飲みに行ったのよ」
そういえば、れんちゃんが家で酒を飲んでいるところを見たことがない。どうしてだろう。
そんなことを考える私の横で、こたつに入った若葉がバニラアイスを食べ始めた。おやつの時間ではあるが、なぜ真冬にアイスなのか。
「やはりこたつに入って食べるアイスはうまいな。市民プールで食べるカップヌードルがうまいのと同じだろうか」
「その話、市民プールに行った時もしてなかった?」
「そうだったか?」
した気がする。カップヌードルを食べながら、暖かい部屋で食べるアイスと一緒だとか言っていた気がする。
「まあちかげも食べてみるといい、ほら」
若葉に差し出されたアイスが乗ったスプーンを口で迎える。
「…おいしい」
夕方、太陽がだいぶ沈んだ頃にれんちゃんは帰ってきた。
「あれ、父さんたちは?」
「千景と買い物して帰ろうと思って、僕だけ先に帰ってきたんだ」
「そうなんですね」
さすがにそろそろ帰る時間らしいので、帰り支度を始める。そんなに散らかしていたわけでもないので、片付けはすぐに済んだ。
「じゃあ帰ろうか」
「うん、またね」
「またな」
「さようならー」
皆に挨拶して乃木家を出る。そしてスーパーに向かって歩き出す。
「明日の晩ご飯は何がいい?」
「明日?今日じゃなくて?」
「今日はもう決まってるんだ」
「そうなんだ。…じゃあすき焼き」
「わかった、あったまるね」
そんな話をしながら10分程歩けばスーパーに到着する。この辺りは徒歩圏内で色々あるので助かっている。
数日分の食材を買って出ると、すっかり陽は落ちて暗くなっていた。
「じゃあ帰ろうか」
「うん」
手を繋ぎ、今度は家へ向かって歩を進める。この道も結構近く、数分歩けば家に着く。
「ただい…ま?」
玄関の扉を開けると、見覚えのある靴が並んでいた。ついさっき見たものである。
不思議に思いながらリビングの扉を開けると、乃木家と上里家の皆がいた。
「「「お誕生日おめでとう!!」」」
「…ぇ」
部屋を見渡せば、『Happy birthday』の文字の形をした風船などで飾り付けられ、テーブルの上にはたくさんの料理が並んでいた。
「サプライズ成功かな」
振り向けば、れんちゃんが満足気な表情をしていた。
「なんで、みんなここに…?」
「誕生日パーティーするって言ったら、一緒にお祝いするって言ってくれてさ、飾り付けとか手伝ってくれたんだ」
伊織さんと誠司さんはれんちゃんと酒を飲みに行ったわけじゃなく、この準備をしていたのか。
「千景、誕生日プレゼントだ」
「え?これ…」
「最近欲しがってたゲームと、子供用の包丁。これのほうが使いやすいかと思って」
「…ありがとう」
「わたしからもプレゼントです!」
「わたしも持ってきたぞ!」
そして皆からもプレゼントを受け取る。プレゼントも嬉しいが、それ以上に誕生日を祝ってくれる気持ちに嬉しく感じる。
私は今まで、誰にも誕生日を祝ってもらったことは無い。私が生きていることを喜んでくれる人が周りにいなかったから。
しかし、今はこんなにも祝ってくれる人がいる。私が生きていることを喜んでくれる人がいる。
一度その事を理解すると、押し寄せる感情の波と涙を堪えることはできなくなった。
「…誕生日おめでとう、千景。生まれてきてくれて、ありがとう」
泣きじゃくる私を、れんちゃんはいつかのように優しく抱き締めてくれた。