「バーベキューやろう!!」
3月のとある休日。千景の部屋で杏と3人で恋愛ゲームをしていたところ、急にやってきた球子がそう言い放った。
「……え?今から?」
「いえす!!」
『…これ、あげる。義理だけど』
会話の間にゲームの音声が挟まる。ヒロインからバレンタインデーにチョコレートを貰った。
「やりました!ようやく義理という名の本命チョコを貰いました!」
「ここまで長かったわね」
チョコを貰ったことにテンション高く喜ぶ杏と、対照的にぽかんと口をあける球子。
「……何してるんだ?」
「恋愛ゲームだよ」
「……バーベキューやろう!!」
「ゴリ押したな」
そんなに今からバーベキューをしたいのか。別に構わないが。
「機材はあるの?」
「今から買いに行く!」
「そこからか」
一旦ゲームの手を止めて、杏と千景もこちらに気を向ける。
「食材は?」
「それも一緒に買いに行く」
「なるほど」
何も無いけれど急にやりたくなったらしい。良く言えば、気の向くままに生きる姿は実に球子らしい。悪く言えば、無計画。
「わかった、買いに行こうか。杏と千景も行かない?」
「そうね…休憩も兼ねて行くわ」
「じゃあ私も行きます」
ゲームをセーブして電源を切り、千景の部屋を出る。
「なんなら皆連れて行って、各自焼きたいものを選ぶか」
「高嶋さん呼んでくるわ」
「じゃあ私はひなたさんと若葉さんを呼んできます」
そしてすぐに寮の前に集合し、僕達はまずスーパーへと向かった。
「じゃあ皆、焼きたいもの持ってきてこのカゴに入れてね」
『はーい』
スーパーに着き、一旦散開する。僕は肉を見ようか。
「ふむ…せっかくだから高い肉を焼きたいな。……後で大社に請求できるかな」
そんなことを考えながら黒毛和牛のステーキを手に取りカゴに入れる。
「凄いの入れたな」
「おかえり、早いね」
振り返ると、戻ってきた球子がカゴに焼きおにぎりを入れた。
「なるほど」
「バーベキューに米は欲しい」
その後も球子と一緒に肉を選んでいく。7人で食べるのだ、それなりの量を買っておかねば。
「なんで急にバーベキューやろうと思ったの?」
「最近暖かくなってきたから、アウトドアがしたくなったんだ。冬の間は外が寒くてあまりできなかったからな」
「そうだねぇ」
冬の間はしょっちゅう誰かが僕の部屋のこたつに入っていたものだ。猫はこたつで丸くなる。
「あ、いた。お肉を見てたんですね」
選び終えた様子の杏が戻ってきた。その手に持っているのは、かぼちゃ。
「かぼちゃ?」
「うん。焼いたかぼちゃ美味しいよね」
「わかる」
かぼちゃは煮ても焼いても揚げても美味い。凄いなかぼちゃ。
そのまままっすぐ歩いていると、友奈と千景が正面から歩いてきた。
「ただいま、野菜持ってきたよ!」
「ありがとう。皆もお高い肉食べたい?」
「私は別に何でもいいけど」
「じゃあ高いの買っちゃおう、千景はもっとしっかり食べないと」
相変わらず千景はあまり食に興味が薄い。美味しいものを食べた時は笑顔になるが、自分から美味しいものを食べたいとは言わない。
「…普通に食べてるけど?」
「そう?でもこの前抱き締めた時、ちょっと細いなって思ったんだけど」
「ちょっ!?」
「えっ!?」
顔を赤くして睨んでくる千景と、驚きテンションが上がる杏。睨み顔も可愛いな。
「何があったら抱き締めることになるんですかっ!?」
「何でもないから!…貴方もにやけてないで何か言ってよ!」
僕はただ静かに、慌てる千景を見て微笑むのだった。
「何を騒いでるんだ?」
「あ、若葉ちゃんとヒナちゃんおかえり」
「ただいま戻りました」
「何持ってきたの?」
「これです!」
そう言ってひなたがカゴに入れたのは、見慣れたうどん玉だった。
「焼きうどんするの?」
「ああ」
「おお、いいな!」
バーベキューで焼きうどんをしたことはないので、どんな出来になるのか少し楽しみである。
「どれどれ」
皆が覗き込んだカゴの中は、食材ばかりで飲み物がなかった。
「ジュースが足りない!」
「見に行きましょう!」
また皆が飲み物を求めて散開するなか、千景は僕の横に残っていた。
「どうしたの?」
「…ねぇ」
「ん?」
「…蓮花さんは、太り気味なのと痩せ気味なのはどっちの方が好き?」
さっき細いと言ったことの続きだろうか。顔は赤くしたままだが、真剣な声色で聞かれたので真面目に答える。
「どっちでもいいんだけど、多少はともかく痩せ過ぎていたらちょっと心配になるね」
「私、心配になるほど痩せてる?」
どうだったかと、少し前の記憶を遡る。
抱き締めた時、痩せているとは感じたが、心配になるほどではなかったように思う。
「そこまでではないか。千景はそのままでいいよ、多少太っても良いくらいだけど」
「…そう」
少し困ったような表情をしつつも、安心した様子の千景の手を引いて皆の元へ向かった。
──────────
「よし、火がついたぞ」
「さすがタマちゃん!」
丸亀城へと帰ってきた僕達は、寮の前でバーベキューの準備を始めた。
機材や火の準備は球子達に任せ、僕とひなたは部屋のキッチンで食材の下ごしらえをする。
「ステーキは人数分で切り分けるか。他の肉はそのままでいいか」
「かぼちゃ、硬いです」
「任せて」
野菜の調理をしていたひなたに変わり、かぼちゃを細く切り分ける。
「野菜はボウルにまとめて入れればいいですか?」
「そうだね」
ひなたが野菜をボウルに入れる隣で、僕は切り分けたステーキを皿に乗せる。
「これくらいでいいか、戻ろう」
「はい」
「お、こっちの準備はできてるぞ!」
「よし、焼き始めよう」
順に肉を焼き始め、野菜も少しずつ焼いていく。すぐに良い匂いが鼻腔をくすぐり、食欲を掻き立てる。
「よし杏、これもういけるぞ!」
「ありがとう、いただきます……美味しい!」
続いて他の皆も焼きあがった肉を食べ始める。肉が美味しいのもあるが、バーベキューという状況も相まってさらに美味しく感じる。
「うどんはいつ投入するの?」
「後の方でいいですよ」
少しした頃、網の上が空いたので皿を掲げる。
「ステーキ焼くぞ!!」
「「おお!!」」
切り分けたステーキを全て網の上に乗せる。そしてすぐに焼き上がり、それぞれの皿に乗せていく。
「千景、皿!」
「ええ」
最後に千景の皿を受け取り、黒毛和牛のステーキを乗せる。
「美味い!」
「凄く美味しいです!」
「ぐんちゃんも食べてみて!」
友奈に促され、ステーキを口へ運ぶ千景。咀嚼した瞬間驚いた表情になり、そしてふわっと微笑みを見せた。
「…凄く美味しいわ、これ」
「だよね!」
「お高いからね。金の味だよ」
「嫌な表現だな」
「フフッ」
横から若葉に突っ込まれる。ごもっともだ。
しかし、このやり取りに笑ってくれた千景を見て、僕は少し嬉しくなるのだった。
大体肉を焼き終え少し落ち着き、ジュースの入った紙コップを片手に近くのベンチに座る。
「いやー食べた食べた」
「タマっち先輩ほんとによく食べたね。その体のどこにそんなに入るの?」
「胃だな」
「そうだね」
球子と杏も満足したのか、箸を置いて紙コップを持っている。
「そういえば、なんで蓮花さんも千景と杏と一緒に恋愛ゲームしてたんだ?」
「千景さんの部屋に行ったら、なぜか蓮花さんも一緒にいたから、そのまま一緒にやってたの。…なんで蓮花さんも千景さんの部屋にいたんですか?」
「僕は昨日の夜、千景の部屋に泊まってたから」
「えぇっ!?」
視界の隅で千景がむせた気がする。
「お泊まりしたんですか!?でも床に布団をひいた形跡は無かった…ということは、1つのベッドで一緒に寝たんですか!?」
「うん。千景の部屋、余ってる布団は無かったから」
僕は床で寝ようとしたが、千景が一緒で構わないと言ってベッドに入れてくれた。人肌の温もりはとても安心感を得る。
「昨晩はお楽しみだったんですね!」
「そうだね」
2人で夜更かししてゲームをするのは楽しかった。
「もしかしてお赤飯炊いたほうがいいですか?」
「…え?赤飯?」
「炊かなくていいから!」
頬を真っ赤に染め、声を張って否定する千景。今日は千景の色んな表情が見られてとても嬉しい。
「もう春ですねぇ」
「来月の今頃は桜が咲いているんだろうな」
肌寒さを感じない風に春の訪れを実感する。すると球子が何かを閃いたような、バーベキューをすると言い放った時と同じ目をした。
「来月は花見をしよう!」
「いいね。お弁当作るよ」
「蓮花さんのお弁当でお花見、最高ですね」
「私もお手伝いしますね」
次の楽しみを想像し、またそれぞれのテンションが上がっていく。事前にわかっていれば準備もしっかりできる。皆で過ごす良い思い出になるように、色々と準備をしておこう。
開花前の桜の下、暖かい日差しに冬の終わりを感じながら、紙コップの中を飲み干した。
「楽しみだね、お花見」
西暦2019年3月のとある休日。
もうすぐ、別れの季節がやってくる。
皆で過ごした、忘れたくない遠い思い出。