「そういえば、もうすぐバレンタインですね」
「……そうだったわね」
放課後、若葉達と帰っている時にふとそんな話題が出てきた。
私は今まで縁がなかったから、すっかり忘れていた。
「ちーちゃんはれんちゃんにチョコあげるんですか?」
「そうね。できれば手作りしたいけど、作れるかな」
「店で買うのはだめなのか?」
「せっかくれんちゃんに料理を教えてもらってるし、成長を見せる意味でも手作りしたい」
市販のチョコより味は落ちてしまうかもしれないが、料理は気持ちが大事なのだ。手作りで日頃の感謝を伝えたい。
「あ、でも…」
「どうした?」
「家のキッチンで作って冷蔵庫に入れていたら、れんちゃんにバレる」
「たしかに」
作れるかどうか以前に、作れる場所が必要であることに気づいた。できればサプライズにしたいのだ。
乃木家に着いた後、その事を楓さんに言ってみると。
「なら、放課後にうちの台所で作るか?」
「いいの?」
「ああ、いいよ。何を作るのか教えてくれたら、こっちで材料も用意しておこう」
「ありがとう」
場所の問題はあっさりと解決するのだった。
「わたしもれんかさんにあげるチョコ作ろうかな。ついでに父さんにも」
「若葉、ついでとか言ったら父さんショック受けるぞ」
「ひなたはれんちゃんにチョコあげるの?」
「そのつもりです!」
「そうなのね」
若葉とひなたもれんちゃんにチョコをあげるのか。作るものが被らないように相談しておこう。
──────────
数日後の放課後。
「ちーちゃんは何作るんですか?」
「わたしはチョコマフィンを作ってみる」
「1人で作れるか?」
「レシピを見ながら作るから、多分なんとかなる」
心配してくれる楓さんに、レシピ本のページを開いて見せる。作り方はたいして難しくはなく、ざっくり言えば材料を混ぜて型に流し入れて焼くだけである。
既に15時半なので、れんちゃんが帰ってくるまで約2時間程度、あまり時間がないので早速作り始める。
耐熱ボウルにマーガリンと割った板チョコを入れ、溶けるまで温めて混ぜる。
そこへ砂糖、ココアパウダーを加えて泡立て器でよく混ぜ、卵を入れて滑らかになるまで混ぜる。
その後、薄力粉とベーキングパウダーを加え、またひたすら混ぜる。
私が混ぜている隣では、ひなたと若葉がそれぞれ母に手伝ってもらいながら調理している。
「お母さん、これでいいですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
その姿は、私がれんちゃんに料理を教わっている時を思い出す。優しく分かりやすく教えてくれる、れんちゃんと触れ合う時間は私の楽しみの1つだ。
そうこうしているうちにいい感じになってきたので、生地を型に流し入れ、20分弱焼き始める。
「ちかげのほうからいい匂いがしてきたな。もしかしてもうすぐ完成するのか?」
「ええ、焼き終わったら完成」
「ちーちゃんすごいですね!」
真っ直ぐ褒めてくるひなたの言葉に照れるが、自分が成長していることを実感する。
少しして、焼き上がったチョコマフィンを1つ食べてみると、ちゃんと美味しくできていた。これなられんちゃんに渡しても恥ずかしくない味だ。
「よかった、ちゃんとできた」
「1つ食べていいか?」
「うん、多めに作ったからどうぞ」
若葉が調理の手を止めて、私のマフィンを1つ口に運ぶ。
「おお、うまい!」
「わたしもいいですか?」
「うん」
「いただきます、はむ…おいしいです!」
若葉とひなたの反応から、他人からしてもちゃんと美味しくできているとわかる。他人の評価は安心材料の1つになる。
「これを今日はここに置いておいて、明日の放課後に取りに来るのか?」
「うん、そのつもり」
今日はバレンタイン前日、今日持って帰って冷蔵庫に入れているとバレてしまう。それでは意味が無い。
「じゃあ、暗くなる前に帰るね」
「はい、また明日!」
「またな」
乃木家を出て家に向かう。真冬の夕方、既に夕日は落ちかけていた。
──────────
「ただいまー」
玄関の扉を開いて家に入る。玄関にはいつも見ている千景の靴。
「おかえりなさい」
リビングの扉からひょこっと顔を出した千景が迎えてくれる。顔の出し方が可愛らしい。
「すぐ晩ご飯作るね」
「うん、手伝う」
荷物を置いて上着を脱ぎ、キッチンへ向かいエプロンをつける。
「今日は生姜焼きにしようかな」
「あの、れんちゃん」
「ん?」
後ろ手に何かを持ち、モジモジとしながら近づいてくる千景。そんな姿もまた可愛い。
「……これ、どうぞ。…いつもありがとう」
差し出されたのは、可愛らしくラッピングされた袋。その中に入っていたのはチョコマフィン。
「もしかして、バレンタインのチョコ?」
僕の問いに千景は小さく頷く。なんということでしょう。
「ありがとう千景。凄く嬉しい…」
「…よかった……」
安堵したように笑顔を見せる千景をとても愛おしく思い、少ししゃがんで抱き締める。
「じゃあ、これは晩ご飯の後に食べるね」
「うん」
一旦マフィンを冷蔵庫に入れ、今度こそ夕食を作ろうとした瞬間、インターホンが鳴った。
「ん、誰だろう……はい?」
『こんばんは〜』
「ひなた?」
『はい!』
インターホンに出てみれば、帰ってきたのはひなたの声だった。こんな時間にどうしたのだろうかと思いながら玄関の扉を開く。
「「こんばんは!」」
「こんばんは、どうしたの?」
扉の前には、ひなただけでなく若葉と、おそらく付き添いで楓さんもいた。
「バレンタインチョコのおとどけです!」
「わたしからもどうぞ」
そういって包みを渡してくるひなたと若葉。おそらく今の僕は顔のにやけを隠せていないだろう。
「ありがとうひなた、若葉」
可愛らしい2人の少女達の髪を撫でると、くすぐったそうにしながらも嬉しそうにしてくれる。
「今度おいしかったか教えてくださいね」
「ああ、わかった」
「それじゃあ帰ろう、晩ご飯が待っている」
「ああ」
「またね」
3人の後ろ姿を見送り、キッチンに戻った僕は今度こそ夕食を作り始めた。
夕食を終えて風呂にも入った後、僕は3つのチョコをテーブルの上に置いた。
「もしかして1人で作ったの?」
「うん。若葉とひなたもおいしいって言ってくれたから、多分味は大丈夫」
「じゃあ、いただきます」
チョコマフィンを口に運び咀嚼する。
「おお、美味しい!焼き加減もちょうどいいね、中がフワフワだ」
「喜んでもらえてよかった…」
「成長してて凄いよ千景!」
「うん…」
髪をわしゃわしゃと撫でると、照れて少し俯く千景。
続いて若葉とひなたのチョコも食べながら、ホワイトデーのお返しは気合いを入れようと決意するのだった。
明かりを消し、千景と一緒に布団に入る。千景の誕生日以降、千景が僕の布団に潜り込んでくるようになっので、1枚の布団で一緒に寝るようになった。
「ありがとね、千景」
「え?何が?」
「チョコもだけど、僕は毎日千景に癒されてるから」
「…そう」
千景の笑顔の為ならば、僕はどんなことでも頑張れる。今までも、これからも。
チョコと共に日頃の感謝を伝えてくれた千景に、何度目かわからないが僕も想いを伝える。
「千景。大好きだよ」
「……ん」
胸板に顔を擦り寄せてくる千景を抱き締め、幸せに浸りながら眠りに落ちていった。