「………暑い…」
「アイス買ってあるけど食べる?」
「食べる」
冷凍室からカップのバニラアイスを取り出し、固い表面をスプーンで削り口に入れる千景。
「…美味しい」
「僕にも一口ちょーだい」
「はい、あーん」
「ん…美味しい」
熱い体に染み渡る冷たいアイス。
時間が経つのは早いもので、今年も夏がやってきた。
7月末、既に千景は夏休みに入っている。
気温は高く、扇風機をつけても吹いてくる風はもはや熱風。
「さすがにそろそろクーラーつけようか」
──────────
「じゃあお願いします」
「ああ、行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃい、れんちゃん」
「行ってきます」
去年の夏と同じように、れんちゃんが仕事の時間は私は乃木家か上里家に預けられる。今日は乃木家である。
れんちゃんを見送り居間に入ると、朝食を食べている若葉と目が合った。今日の朝食はざるうどんらしい。
「おはよう、若葉」
「おはよう千景。少し待っていてくれ、すぐ食べる」
「急がなくていいから」
「ん、わかった。ゆっくり食べる」
若葉が食べ終わるまで、私は鞄からゲームを取り出して時間を潰す。若葉が食べ終わりひなたが来たら、ここで3人で宿題をする予定である。
「ふむ、ビミョーだな…もう1枚!」
「はい」
「あ」
「超えたのね」
昼食を終えた私達は、トランプでブラック・ジャックをしていた。
簡単に言うと、カードの合計を21以内に収め、一番21に近い人が勝ちとなるゲームである。21を超えると強制的に負けとなる。21を超えないようにギリギリを攻めるチキンレースである。
ちなみに、JからKは10として数え、Aは1か11の都合のいい方で数える。
今回は5回勝負とし、一番勝ちが多かった人は乃木家の冷凍室に残っていた棒アイスが進呈される。
現在3回戦を終え、それぞれ1勝ずつしていた。
「じゃあ次ね」
それぞれがまず2枚、山札からカードを引く。本来はディーラーが配るものだが、そこまで気にしなくてもいいだろう。
「ふむ…」
それぞれが何を引いたのかは最後に一斉に見せるまでわからない。
相手がいい感じにギリギリなのか、合計が低いのか、はたまた超えたのかは、表情を見て推測するしかない。
若葉はとても自信ありげな表情をしている。20とかだろうか。
私は18であり、もし推測が正しければ若葉に負けるかもしれないが、ここでもう1枚引くと超える可能性が高い。
「もう1枚」
ひなたが山札に手を伸ばす。
「あ!」
超えたのだろうか。
「いい?」
「ああ」
「はい」
全員の確認を取り、一斉に手札を見せる。
「え、21!?」
「なんだって!?」
「わたしの勝ちですね」
超えたかと思われたひなただったが、21ピッタリになったことに驚いていたのか。
ちなみに若葉は19であった。勝つ可能性は十分にあったので自信ありげだったのだろう。
「これでわたしは2勝ですね」
「次でラストか。2勝が2人になったらどうする?」
「勝った方はひなたと2人で勝負して、優勝を決めましょう」
そして。
「21ですっ!!」
「え、また!?」
連続でひなたが21となり、計3勝で優勝となった。
「では、このアイスはひなたに。味わって食べてくれ」
「ありがとうございます!」
若葉の手からひなたへ、冷たい棒アイスが差し出される。
「…やっぱり、3人で分けませんか?」
「いいのか?」
「ひなたの優勝商品よ?」
「わたしのものになったから、このアイスはわたしの好きにします。これは3人で食べます」
「なるほど。ありがとうひなた」
そしてどうやって分けるか考えていると、買い物に行っていた楓さんが帰宅した。
「アイス買ってきたぞー」
「え?」
楓さんが手に持つ袋には、全く同じアイスの箱が入っていた。
「そういえば、今年の花火大会は行くのか?」
「あ、そうだ。まるがめ婆娑羅まつりだっけ。行きたいな」
仕事を終えて私を迎えに来たれんちゃんに、楓さんがそんな話を始めた。
「千景も花火大会行くよね?」
「行きたい」
昨年のこの時期は、まだこの土地に来たばかりで知らなかったから、知ってから楽しみにしていた。
「わたしたちと一緒に行きませんか?」
「ひなた達も行くの?」
「ああ」
「じゃあ一緒に行こうか」
初めての花火大会を友達と一緒に行けることになり、さらに楽しみが増す。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
「またね」
太陽は沈みかけているが、それでも暑い夏の空気を感じながら家路を辿る。
「そういえば、うちの学校は5年生の7月に修学旅行があるんだって」
「へえ、5年生なんだ。じゃあ千景は来年修学旅行に行くんだね」
来年となると、またクラス変えを1回挟むことになる。また美琴や凜と同じクラスになれるだろうか。
「千景がいない夜か…」
「寂しい?」
「寂しい」
私も、ここに来てかられんちゃんが傍にいない夜は無かったから、きっと少し寂しく思うだろう。
「まあ、友達と一緒に過ごす修学旅行の夜は楽しいからさ。楽しんでおいで、まだ早いけど」
「うん」
れんちゃんからは、夏の嫌な暑さとは違う、安心する温かさを感じるのだ。
──────────
花火大会当日の夕方、僕は千景の浴衣の着付けを手伝っていた。
「これでいいかな」
「ありがとうれんちゃん。浴衣を着るの初めて」
嬉しそうに袖をフリフリと揺らす千景は大変可愛い。
髪もいつもとは違い後頭部の高い位置に纏めている。
「凄く似合ってる…可愛い……写真撮っていい?」
「うん」
満足のいくまで写真を撮った後、僕達は若葉達と合流するため乃木家へ向かった。
「お、来た来た」
「こんばんはー」
「こんばんは!」
乃木家の前には、上里夫妻と浴衣を着たひなた、誠二さんが集まっていた。
それにしても、やはりひなたは和服が似合う。普段と違い髪も纏めており、とても可愛らしい。
「浴衣のひなたも可愛いな」
「ありがとうございます」
髪を崩さないように優しく撫でると、嬉しそうに笑ってくれるひなた。永遠に撫でていたくなる。
「ちーちゃんの浴衣も似合っていてかわいいです!」
「あ、ありがとう」
ひなたがいつの間にか手に持っていたカメラを、千景に向かって構える。
「写真とっていいですか?」
「まあ、いいけど」
「今回は許可がもらえました!」
ひなたが様々な角度から千景の写真を撮っていると、着替えを終えたのか、楓さんと浴衣姿の若葉が玄関から姿を現した。
「お、もう来ていたのか」
「こんばんは。若葉も和服似合うなぁ…可愛いよ」
「ありがとうれんかさん」
後で3人並んだ写真を撮らせてもらおうと心に決めた。
「じゃあ行くか」
「そうだな」
「屋台がいっぱい」
「何食べたい?」
「え、えっと…色々」
「そうだね、色々食べて回ろうか」
会場に着くと、立ち並ぶ屋台と人混み。はぐれないように千景の手を握る。
「うどんの屋台がある」
「初めて見た」
香川だからなのか、僕があまり知らないだけでどこでもあるのかはわからない。
「わたしはからあげが食べたいな」
「フランクフルトも食べたいです!」
はしゃぐ子供達を微笑ましく思いながら、片っ端から屋台を回っていく。
一周する頃には、夕食には充分な量の食べ物を抱えていた。
「もうすぐ花火が上がるから、そろそろ移動しよう」
「はーい」
時間を確認した伊織さんに促され、全員で花火を見られる場所へ移動し始める。
「足痛くない?」
「大丈夫」
慣れない下駄を履いているから、足を痛めていないかとふと思ったが、問題ないようだ。
移動を終えてすぐ、大きな音と共に空が明るくなる。
「お、上がったね」
「間に合った!」
「お母さん、カメラかしてください!」
「はいはい」
花火を写真に収めようと、空にカメラを向けるひなた。
隣の千景を見ると、目を輝かせて花火を見上げていた。
「……きれい」
「…そうだね」
夜空に咲く花は、夜闇の中でも千景を明るく照らしてくれた。
私はブラック・ジャックをカイジのアプリで知りました。