夕食を終え、千景はいつものように携帯ゲーム機を握っていた。僕は食べ終えた食器をキッチンで洗っている。
「もうすぐ風呂が沸くから、先に入っていいよ」
「うん……」
少し考えるような仕草をしながら返事をする千景。何か気になることでもあるのだろうか。
「どうかした?」
「えっと……」
何かあるようだ。食器を洗う手を止めて、少し照れた様子を見せる千景の言葉を待つ。
「……おふろ……一緒に入る?」
………………ふむ、なるほど。一応理由を聞いてみよう。
「いいけど、どうして?」
「普通の家族って、一緒におふろ入ったりするのかなって…」
…………そうか。この子は家族になろうとしてくれているのか。
少しずつ信頼してきてくれているのだろうか。なんだかとても嬉しくなってくる。
きっと今の僕はちょっとにやついているだろう。
しかし、世の中の父親は何歳くらいまで娘と風呂に入るのだろうか。こういうことは家庭によるんじゃないだろうか。
まあ、千景が誘ってくれたことを断ろうとは思わないが。
「わかった。普通の家族がどうかはわからないけど、一緒に入ろうか」
「…うん!」
きっと僕は、千景のことなら何でも肯定してしまう人間になるだろう。もうなっているかもしれない。
湯舟に浸かり体を伸ばす。
風呂は良い。布団の次にリラックスできる場所だ。静かに考え事をするのにも良い。
水滴の滴る音を聞きながら、ざっくりと頭の中でこれからの予定を立てる。千景の転校先の学校に挨拶に行かなければならないし、仕事も探さなければ。
すぐには落ち着けないかもしれないが、千景と暮らしていく為なら頑張れる。
ふと隣を向いて、綺麗な長い黒髪を洗う千景を見る。色白く綺麗な肌にはどこにも傷は見当たらない。
よかった。僕は間に合ったのだと、懸念していたことの一つを確認できて安心する。
「……そんなにじっと見られるのははずかしい」
千景と目が合う。千景の体を見つめたまま考える人になっていたので気がつかなかった。確かに女の子の体をじっと見つめるのはよろしくない。
「ごめんね。綺麗な肌だと思って」
「そう…」
少し顔を赤くする千景。可愛い。
静かな風呂場。誰も声を発さなければ、千景が体を洗う音だけが響く。
しばらくして、洗い終えた千景が湯舟に入り、僕の正面に体育座りした。
無言。シャワーヘッドから滴り落ちる水滴の音だけが小さく響く。
せっかく一緒に入っているのだから何か話したほうがいいかと思い、今一番聞きたかったことをそのまま聞いてみることにした。
「…僕のことは、少しは信頼してもらえたかな?」
「…信頼してなかったら一緒におふろ入ったりしない」
……確かに。しかし、千景の口から言葉で聞くことができて、とても安心した。
「最初は誘拐かと思ったりしたけど、れんかさんがわるい人じゃないのはわかったから」
「…そっか」
小さく微笑む千景。やはり可愛い。こんなに可愛い笑顔がこれから毎日傍で見ていられるという幸せに嬉しくなる。
その為には、千景にはいつも笑っていてほしい。
「…僕には目標があってね」
「目標?」
「君に幸せになってほしいんだ。これからの生活を、君が『幸せ』って言ってくれるような日常にしたい」
千景に幸せになってほしい。ただそれだけである。その為に金を貯め、色々なことを勉強してきた。
少し俯き、驚いたような、照れたような。それでもどこか嬉しそうな千景が口を開く。
「……ありがとう」
僕は、堪らなく愛おしいこの子の為に生きようと思った。
──────────
風呂からあがった私と蓮花さんは、リビング横の和室に二枚の布団を引いていた。寝るには少し早い時間だが、今日は沢山歩いて疲れている。
特にすることも無く布団に横になり、隣に座る蓮花さんをボーっと見つめる。
「どうした?」
「…なんでもない」
「もう電気消す?」
「うん」
疲れているからか、今からゲームをする気にもなれず。
早く寝るのはいいことだし、もう寝よう。
立ち上がった蓮花さんが灯りを消し、隣の布団に横になる。
蓮花さんについてきてはや数日。今更どうにもならないけれど、本当についてきてよかったのか、心のどこかで不安はあった。
しかし、今日までの触れ合いで、この選択は間違っていなかったのだと、確かにそう思えた気がする。
暗闇の中、蓮花さんが口を開く。
「おやすみ、千景」
「…おやすみなさい」
明日からの日常を楽しみに思いながら、私は目を閉じた。今夜は良い夢が見られそうだ。
次回予告
おはよう千景
えいっ!ファイヤー!アイスストーム!
もう一回
これからよろしくね、千景ちゃん
お願いします、授業参観の時に重要なので
めずらしいですね、わかばちゃんが宿題を学校にわすれるなんて
第四話 新しい日常