短編同士は繋がっています。
球子と杏が死んだ。僕のいないところで。
真鈴は部屋に籠もって寝込んでしまっていると久美子から聞いた。
そして約1ヶ月後、千景が故郷の村に帰った際に一般人に刃を向けた。
しかし僕が間に合い止めたため、その刃が誰かを傷付けることはなかった。
だが、若葉に千景を連れて帰ってもらった後、僕がその村人達を傷付けた。個人的な怒りをぶつけたのだ。
千景の耳を切った奴の両耳を引きちぎり、千景の体に残る傷をつけた奴の体を切り刻んだ。
夕日に照らされたことも相まって、僕の格好は返り血で赤く染まっていた。
そして今、千景は謹慎となり丸亀市で両親と暮らしている。
僕は今、その家の前に立っている。
インターホンを鳴らすが、何も反応はない。誰も出てこない。
玄関の扉を引いてみると、鍵は開いていた。
普通なら良くないが、この際気にせず家に上がる。
まっすぐ2階へ上がり、千景の部屋をノックする。
「千景?」
すると、少し遅れてドア越しに千景の声が聞こえた。
「……どうしてここにいるの?」
「千景に会いに来たから。…開けてくれないか?」
ゆっくりと扉が開く。そこにいた千景は、少しだけやつれているように見えた。
千景の部屋に入り、床に座る。千景は自分のベッドに腰掛けた。
「ちゃんとご飯食べてるか?」
「…なんで会いに来たの」
「千景が心配で様子を見に来た」
千景はずっと俯きがちで、顔を上げてくれない。
部屋の中は荒れており、千景の心を表しているのではないかと感じる。
「千景。ここにいて心は休めているか?そうじゃないなら、丸亀城に連れ戻そうと思ってここに来た」
「…謹慎中だから」
「外出しなければいいなら、寮の部屋でもいいだろう。誰かが文句を言ってきたら僕が黙らせる」
少しだけ顔を上げ、こちらを見てくれる千景。やはりこの家では千景は休まっていないようだ。
「……ねえ千景。僕の我儘を言ってもいいかな」
「…どうぞ」
千景の紅い瞳をまっすぐに見つめる。
「寮の僕の部屋で、一緒に生活しないか?」
「……え?」
目を開いて驚きを見せる千景に、僕の思いを伝える。
「君を傍で支えたい。だから僕の傍にいてほしい」
「……なんでよ」
「え?」
「なんで私にそこまでしてくれるのよ……」
感情の揺れる潤んだ瞳を僕に向ける千景。何故傍で支えたいのか。その理由はきっと千景もわかっている。それでも僕の口から聞きたいのだろう。その方が安心できるのだろう。
「君が大切だから」
立ち上がり、千景の傍に寄ってその手をそっと握る。
「…僕と一緒に来てくれないか」
「……はい」
服が涙に濡れても構わず、僕はこの子を抱き締めた。
荷物を纏めた千景と共に部屋を出て、1階に降りる。
そこには、おそらく千景の父親と思われる男が立っていた。
「そいつをどこに連れていくつもりだ!」
「この子は丸亀城に連れ戻します」
「そんな役立たずが戻ったところで何になる!!」
握る千景の手が震える。怒りに揺れる心を押さえつけ、僕の思いを話す。
「この子を戦いに戻すつもりはない。丸亀城の寮で謹慎するだけだ」
「謹慎ならここでもいいだろう!!ここは家だし、こいつは俺の娘だぞ!!」
「この子はここでは休まらない。その理由もよくわかった気がする」
その手に持つ酒瓶を今にも振りかざしてきそうな勢いで話す男。
「とにかく、千景は連れて行く。きっとそれがこの子の為になる」
「行かせるかッ!!」
「危ない!!」
本当に酒瓶で殴りかかってくる男。千景と繋いでいた手を放し、酒瓶を割らないよう左手で掴みつつ、右手で男を殴り飛ばす。
「娘だと思っているなら、こんな時くらい支えてやれよ!!」
怒りをぶつけた後、男が立ち上がる前に僕達は家を出た。
「外出禁止ってことは、食堂も行っちゃ駄目なのかな?」
「そうじゃない?気分的にも行きづらいし」
丸亀城までの道を千景と2人で歩く。千景は周りに気づかれないようフードを被っている。
「じゃあご飯は部屋で作って一緒に食べるか」
「私はインスタントラーメンとかでいいから」
「駄目。ちゃんと僕が作った栄養満点の料理を食べてもらいます」
家ではそんな食生活をしていたのだろうか。そういえば、千景の部屋のゴミ箱にはカップ麺の容器が沢山入っていた気がする。
「…わかったわ」
「とりあえず、1回帰ったら買い出し行ってくるね。今日の夜は何食べたい?」
「……何でも」
千景の返答に少し困りながら、遠くに見えてきた丸亀城へ足を進めた。
「あら、蓮花さん。こんばんは」
「買い物か?」
日が沈みかける頃、買い出しを終えて丸亀城に戻ってくると、夕食のため食堂に向かう途中の若葉達と遭遇した。
「ああ。今日から僕は部屋で食べるっておばちゃんに言っておいてくれ」
「構いませんけど、どうして?」
「千景と一緒に食べるんだ」
僕は千景を連れ戻した事等を話す。当然2人は驚いた。
「じゃあ千景は今蓮花さんの部屋にいるのか!?」
「いるよ。まあしばらくはそっとしておいてあげて」
「わかりました」
「まあ2、3日経ったら、ゲームでもしに来てくれ」
そして食堂へ向かう2人の後ろ姿を見送り、僕は千景の待つ自室へ戻った。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
部屋に入ると、千景はベッドの縁に背を預け、携帯ゲームをしていた。
「今夜はハンバーグ作るね」
「うん。……私も手伝うわ」
「ありがとう」
キッチンへ向かいエプロンをつけ、玉ねぎをみじん切りにしてフライパンに入れる。
「これ炒めて。その間にタネ作るから」
「はい」
2人で並んで調理していく。千景は玉ねぎが目に染みているようだ。
「そういえば、テレビにゲーム繋いだり好きにしていいからね」
「わかったわ」
その後も何気ない会話をしながらハンバーグを作る。
こんな風に千景と一緒に料理をするのは初めてか。
そして焼き上がったハンバーグはとても良い出来だった。
箸で切ったところから溢れ出す肉汁に目を輝かせる千景。
「はふっ……凄く美味しい」
「そうだね」
僕はハンバーグの美味しさよりも、千景が様々な表情を見せてくれることに満足していた。
風呂から上がると、千景はテレビにケーブルを接続していた。ゲームを繋いでいる真っ最中である。
「これでよし」
「せっかくだし一緒にやりたいな」
「じゃああれね」
そう言って千景が起動したのは、初めて僕が千景と一緒にした落ち物パズルゲーム。
「結構上手くなったわね」
「でもまだ千景には勝ってない」
あれからも時々一緒にしていたが、僕が勝ったことはない。少しずつ成長して、たまに惜しいところまで行ったりはする。
「年内に私に勝つって言っていたけど」
「まだ半年ある。多分いける」
「あら、楽しみね」
そう言いながら連鎖を起こす千景。あっという間に僕の敗北が決まった。
「そろそろ寝るかぁ」
「そうね」
日付が変わった辺りでゲームを終わる。結局僕が勝つことはなかった。何度か惜しかったが。僕が連鎖の準備ができる頃には千景が連鎖を起こしているのだ。
「千景はベッド使ってくれ。僕は床でいいから」
「え、でも…」
「いいからいいから」
僕の部屋に余っている布団はない。今度買うべきだろうか。
せめてタオルくらいは掛けて寝ようと思い、タオルを取りに行こうとすると千景に止められる。
「ベッドで…一緒に寝ればいいじゃない」
「いいの?」
「私は構わないわ。前にもベッドで一緒に寝たし」
「そういえばそうだった」
春にバーベキューをした前日に、千景の部屋に止まって一緒に寝たのだった。
「じゃあ千景、奥に入って」
「いいけどなんで?」
「僕が先に起きて朝ごはん作るだろうから」
「確かに」
納得した千景がベッドに入っていき、僕も部屋の明かりを消してベッドに入る。
「…狭いわね」
「やっぱり僕出ようか?」
「このままで、いいから」
出ていきかけた僕の服を掴んで放さない千景。その顔は暗闇でもわかるほど赤く染まっている。
「あ。今気づいたけど枕も1つしかないから、使っていいよ」
「……枕は蓮花さんが使って」
「いいの?」
「ええ。そのかわり…腕を貸して?」
「これでいい?」
千景の方を向いて右腕を伸ばすと、二の腕辺りに千景の頭が乗せられる。さらさらな髪が少しくすぐったい。
「ん…これでいい」
「明日、布団と枕買ってこようか」
「高いでしょ?もうずっと、これでいいから」
「…わかった」
すぐ傍からとても良い香りがする。互いの心音が伝わる距離で向かい合う。
空いていた左腕を千景の背中に回すと、千景の両手が僕の背中に回される。
「…安心して寝られる?」
「……ええ」
より体温を感じられるよう、自ら2人の隙間を埋めて密着してくる千景。
「おやすみ、千景」
「…おやすみなさい」
千景は僕の理性を削りながら、静かに眠りについた。
朝千景が起きる前に起きて朝食を作り、千景と一緒に食べ、千景に見送られながら出発し、昼には1度戻ってきて千景と一緒に昼食を食べ、夕方帰ってきてから一緒に夕食を作って食べ、順番に風呂に入ってから少し遅い時間まで遊び、一緒にベッドに入って寝る。
時々、若葉とひなたが僕の部屋に遊びに来てくれたりもした。
友奈の見舞いの為病院に行き、友奈と部屋にいる千景を通話させたりもした。
そうして束の間の平穏な日々は過ぎていき、千景と一緒の生活を始めて数日が経過した。
「…さっき大社から連絡が来たわ」
「何て?」
「私の精神の安定が確認できたから、明日で謹慎を終了して勇者システムを返還するって」
「……そうか」
夕食を食べながらそんな話を聞き、千景が戦いに戻ることを知る。ちなみに今日は若葉の鍛錬に長時間付き合い汗をかいたため、先に風呂は済ませている。
「……私が戦うのは嫌?」
「ああ。皆そうだが、傷ついてほしくない。ずっと思っていたけど」
大切な人が傷ついて、時には命を落とすかもしれないのが嫌じゃない人はいないだろう。
どうしても気分は落ちていく。
「でも仕方ないわ。私は勇者だから」
「…わかってる」
友奈は未だ入院中。千景が戦わなければ、その分若葉が危険を引き受けることになる。
「千景、まだ勇者であることに価値を感じているか?」
「いいえ」
「そうなの?」
「ええ」
出会った頃は勇者だから愛されると、勇者であることに価値を見い出していた千景が。変わったものだ。
「だって、貴方は私が勇者だから傍にいてくれるわけじゃないでしょう?」
「うん」
「だから、もうどうでもいいの。私が勇者じゃなくなっても、貴方は傍にいてくれるって思えるから」
「…そうか」
不特定多数の人間よりも僕1人からの愛を望んでいるということだろうか。
「……謹慎が終わるから、私は自分の部屋に戻らないといけないわね」
「え、どうして?僕は謹慎中だけとは言ってないよ?」
箸を持つ手を止めてこちらを見る千景。
「…まだここにいていいの?」
「もちろん。僕はそのつもりだったんだけど」
「……蓮花さんがそうしてほしいなら」
「うん。そうしてほしい」
「…わかった」
それ以降、千景は言葉を発さず夕食を終え、そそくさと風呂に向かった。その顔はどこか嬉しそうで、安心した様子だった。
「……蓮花さん」
ベッドの縁に背を預けスマホをいじっていると、千景の声で名前を呼ばれる。風呂から上がったらしい。
「ん?どうし…!?」
呼ばれた方を向くと、そこにはバスタオルを体に巻いた千景が立っていた。いつもは脱衣場で服を着て出てくるが、今はバスタオルのみである。
「……着替えを忘れた?」
僕の思いついた可能性に首を振る千景。うっかりではないのか。
「あの……お願いが、あって」
「え、この状況で?…どうしたの?」
湯冷めしない為にも先に服を着たほうがいいように思ったが、真剣な目をこちらに向ける千景を見て、そのまま続きを促す。
「…この傷のある体でよければ……抱いて…くれませんか……?」
顔を真っ赤に染め、緊張して震える声で、彼女は確かにそう言った。
立ち上がり、千景を真っ直ぐに見つめて問う。
「……どうして急にそんなことを?」
「…明日からまた私は戦いに戻るから、もしかしたら、死ぬかもしれない。伊予島さんと土居さんがそうだったように、唐突にその時は訪れるかもしれない」
千景は可能性を話し出す。普通の子供ならほとんど無いようで、この子達には普通に有り得てしまう可能性。
「そう思ったら、伝えたい事は伝えられる内に伝えたほうがいいと思ったの。最後に後悔しないように…きゃっ!!」
そんな千景の言葉を聞いて、僕は千景を抱き締める。いきなりで驚かせたかもしれない。その体は震えている。
「そんな悲しいことを言わないでくれ……」
「……ごめんなさい」
どれだけ否定したくても、その可能性を消し去ることはできない。
伝えたい事は伝えられる内に伝える。それはとても大切なことかもしれない。千景にとっても、僕にとっても。
心を決めて、いつか伝えようと思っていた事を、今伝えよう。
「──僕は、千景が好きだよ」
顔を上げて僕の目を見る千景。驚きや喜び等、様々な感情が籠った瞳。
「…君を抱くのが、僕でいいのか?」
最初に求められておきながら、今一度その是非を問う。
顔は赤いまま、しかし千景は微笑んで答えてくれた。
「…貴方がいいの。私も……貴方が好きだから」
その夜、僕達はベッドの上でひたすらに互いを求め合った。伝えたかった事を沢山伝えた。
千景の破瓜の痛みに歪めた表情も、達した時の恍惚とした表情も、その唇の柔らかさも一生忘れることはないだろう。
何もかもが愛おしいその時間は、心の底から幸せだと思えた。
そしてその翌日、バーテックスの侵攻が起きた。
樹海に立っているのは、僕と千景、若葉の3人。正面には白い群勢。
必ず2人を守り抜くと身構える。しかし次の瞬間、僕だけが樹海から弾き出された。
それは神樹の意思なのだろうか。お前がいては2人とも生き残ってしまう、少女はここで命を落とす運命なのだと言わんばかりに。
気がつけば僕は丸亀城にいた。そしてその時には既に、戦闘は終わっていた。
僕は急いで若葉達がいるはずの天守前へ登った。
恐怖が胸を締め付けた。とても近い距離なのに、とても長く感じた。
天守前には、全身から血を流し右腕はちぎれかけている千景と、それを抱える若葉がいた。
「千景!!!」
「ぁ……蓮花…さん…」
千景に駆け寄り、若葉に変わり千景を抱きかかえる。
「千景!すぐ病院に連れて行く!!」
「もう…無理よ……。わかっているでしょう…?」
「でも!!」
恐怖や焦りが頭を埋めつくしていく。
「ああ…結局、後悔するじゃない……」
「え?」
「貴方を遺して……死ぬことが…辛い……」
千景を抱き締める僕の服もどんどんと赤く染まっていく。千景の血が止まらない。
「死なないで…僕を置いて逝かないでくれ……ずっと僕の傍にいてくれよ……」
「…ごめんなさい……」
雨が降る暗い空の下、僕の頬を濡らすのは雨か涙かわからない。
「…蓮…花…さん……」
「何……?」
振り絞るように言葉を紡ぐ千景の声に耳を澄ませる。
「……愛…し…てる………」
「僕も…君を愛してるよ……」
僕の言葉を聞いた千景は安心したように微笑み、静かに瞼を閉じた。
「…ぁぁあ゙あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
遺体となった千景を抱き締め、僕は声と涙が枯れるほど泣き続けた。込み上げる感情を吐き出さないと、心が壊れてしまいそうで。
もっと沢山、笑顔の千景を見ていたかった。誰よりも近くで。
千景を愛したから、こんなにも辛く悲しいのだろう。
──それでも僕は、千景を愛したことを後悔はしない。