夢を見た。
厳かで悲しみに満ちた葬儀のような場で、前には棺の中に穏やかに眠る少女が二人。
棺の前で泣き崩れる少女が一人。
入口には、押し寄せる大波の如き虚無感や無力感に苛まれ、立ち尽くす青年が一人。
場面は変わり、雨が降る暗い空の下、丸亀城の天守前。
少女の亡骸を抱きかかえ、赤く染まりながら悲しみに涙を流す青年と少女。
青年は少女達の運命を嘆き絶望する。
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目を覚ますと外はまだ薄暗く、時計の針は5時前を指していた。
目の前には千景の安らかな寝顔。どんな夢を見ているのだろう。幸せな夢だといいな。
ここに来た時、千景はまだ8歳だったが、次の誕生日で11歳になる。
時間の流れはとても早い。僕はあとどれくらいこの子の傍にいられるのだろう。
2度寝をしようにも、辛い夢を見たせいか目が冴えて眠れない。仕方ないので、マフィンでも焼いておこう。ちょうど今日は乃木家に遊びに行く予定だ。
立ち上がり、布団に千景を残してキッチンへと向かう。千景を起こさないよう静かに作業しよう。
何年経っても夢に見る度、僕は少し安心する。あの辛い過去を忘れていないことを確かめられるから。
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「最近悩みがあってさ」
「どうした、千景のことか?」
「うん」
乃木家の居間にて、楓さんと琴音さんにちょっとした悩みを話す。ちなみに子供達はすぐそこでマフィンを食べている。
「最近、千景が一緒に風呂に入ってくれなくなった…」
「…………当たり前だ。小5だぞ」
「そうですよ、もう胸も膨らみ始めてますし」
「そうだよね…」
予想通りの回答をされて気が沈む僕を他所に、若葉とひなたは何故か驚いていた。
「千景、胸が膨らんできているのか!?」
「え、ええ」
生理が始まった辺りから、千景の胸は膨らみ始めた。僕がそれに気がついた辺りから、千景は一緒に風呂に入るのを少し恥ずかしがり始め、最近は一緒に入ってくれなくなった。
「むしろ最近まで一緒に風呂に入っていたことに驚きだ」
「仲良しだから」
「いいことですね」
千景に向かって両手を広げていると、大抵寄ってきて抱き締めさせてくれる。なんて可愛い生き物なのだろう。
「そういえば、若葉とひなは誠司さんや伊織さんと一緒に風呂に入らないの?」
「入らないな。小学校に上がった辺りで入らなくなった」
「ひなたもそんな感じです」
「まじか、早いな」
誠司さんと伊織さんはもう4年以上娘と一緒に風呂に入っていないのか。可哀想に。
「ねえ、普通の親子ってそんなに早く一緒にお風呂に入らなくなるの?」
「人によると思うが、そういう人は多いんじゃないか?」
「え、そうなの?」
若葉の回答に少し驚く千景。まあ確かに、若葉とひなたは特に早いほうかもしれないが、大体の子は小学校低学年の間くらいに異性の親とは一緒に入らなくなるのだろう。
「でもちーちゃんはれんちゃんのことが大好きですし、いいんじゃないですか?」
「ちょっ……そうかしら」
「そうですよ」
話が一段落し、マフィンを食べ終えた子供達が遊びに戻るのを眺めながら、みかんの皮を向いていく。今は正月、ここにはこたつもみかんもある。
「話は変わるが、今回の休みはどこにも旅行しないのか?」
「予定は無いよ」
「珍しいですね」
たまには家でゆっくり過ごす休みもいいだろう。
「千景、どこか行きたかったりする?」
「特には無いかしら。今まで長期休みの度に旅行していたし、たまには家でゆっくり過ごすのもいいんじゃない?」
「凄いね、僕の考えと丸かぶりだよ」
長く一緒に過ごしてきて考え方が似てきたのだろうか。
「ねえ若葉、ひな」
「何ですか?」
「僕と千景って似てる?」
「似てるな」
「似てますね」
「え、そう?」
2人共に似ていると言われるとは思わなかった。
「具体的にどの辺が似てる?」
「具体的にか……雰囲気とか?」
「嘘のつき方も似てますね」
「嘘のつき方が似てるとか生まれて初めて言われたよ」
僕は千景に悪影響を与えていないだろうか。大丈夫だろうか。
「微笑みながらサラッと嘘をつくのはそっくり」
「僕そんな千景見たことないよ」
「れんちゃんに嘘をついたことは無いから」
「そうか」
千景は僕に対してはいつも素直でいてくれているのか。思い返しても確かに嘘をつかれた記憶はない。
「いい子だねぇ〜」
「ん…」
髪型を崩さない程度にわしゃわしゃと千景の頭を撫でる。千景の髪はいつもサラサラで触り心地が良い。
「みかん食べる?」
「食べる」
先程剥いたみかんを千景の口に入れる。
「若葉とひなも食べる?」
「ああ」
「食べます」
寄ってきた2人の口にもみかんを入れる。前にもこんなことがあったような気がする。
そんな事を思っていると、どこかに出かけていた誠司さんが帰ってきた。手に買い物袋を1つ持っている。
「ただいま」
「おかえり。何しに行ってきたんだ?」
「アイスとみかんを買ってきた」
テーブルの上に袋を置き、みかんの入ったネットとバニラやチョコのアイスが複数入っている箱アイスを取り出す誠司さん。
「どっちもこたつと相性抜群だ!」
「皆も食べていいよ」
「ありがとうございます!」
子供達と共に僕も餌付けされるのだった。
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「今日は色々食べていたけど、晩ご飯何にする?」
「温かいものが食べたいわ」
夕日の差す冬空の下、乃木家から帰宅する前にスーパーへ向かう。
ほんの少し雪が降っている程度には寒く、温かいれんちゃんの手を握る。
「鍋焼きうどんでもしようか」
「いいわね」
温かい夕食を想像し、気分も少し温かくなる。
「冬休みの宿題は進んでる?」
「ほとんど終わったわ」
「さすが」
スーパーに辿り着くまで、私達はどうでもいいような日常会話を繰り返す。
内容は本当にどうでもいいような事。それでも会話を続けるのは、互いの声を聞いていたいから。
大切な人の声を聞いていると、心がとても温まるから。
買い物を終えてスーパーを出る頃には、既に雪は止んでいた。