「千景、玉子焼きの味付けは醤油、だし、砂糖のどれがいい?」
「全部作ってみたら?多分皆食べるでしょ」
「そうだね」
朝から千景と2人でキッチンに立ち、弁当と朝食を作る。今日は皆で花見をするのだ。
「朝ご飯できたわ」
「ありがとう。一段落したら冷める前に食べるよ」
千景が朝食を作ってリビングのテーブルへ運んでいく。料理の腕は2年前と比較して随分と上達し、主婦レベルに到達しつつある。
料理以外にも家事全般を教えてきたので、既に家事万能と言っても差し支えない。
どこに出しても恥ずかしくない立派な子だ。
玉子焼きを巻きながら、そんなことを思った。
──────────
春が来て、千景は小学6年生、若葉とひなたは5年生になった。
丸亀城の桜は満開を迎えており、時折吹く風に花弁が舞う。
桜の下に1枚の大きなレジャーシートを広げ、その上に全員で座る。
今日はいつもの乃木親子、上里親子に加え、珍しくおばあちゃんも一緒である。
「あと何回、孫達と一緒に花見できるかねぇ」
「縁起でもないことを言うなよ、母さん」
丸亀城は有名な花見スポットで、周囲には同じように花見をしている人達がたくさんいる。
「弁当たくさん作ってきたから、皆も食べてね」
「ああ!」
「ありがとうございます!」
自分達の弁当そっちのけで僕達の弁当へ箸を伸ばす若葉達。お母さん達が作ってくれた弁当も食べてあげてね。
そんなことを一瞬思ったが、その楓さん達も一緒になって僕達の弁当をつつき始める。別に構わないが、それでいいのか。
「このポテトサラダは千景が作ったんだよ」
「何!?母さんが作るサラダより美味いな」
「確かに私のより美味いな」
「あはは…」
女性陣が談笑する中、誠司さんは持ってきた酒を開けて紙コップに注いでいた。
「伊織と蓮花はどうだ?」
「貰う」
「僕はいいかな」
速攻で紙コップを差し出す伊織さんと対照的に、僕は酒を遠慮する。
「酒は苦手か?」
「苦手っていうか、千景に酒臭いとか言われたら嫌だから」
だから僕は千景の前で酒を飲んだことはない。というか千景と暮らし始めてから一切飲んでいない。
「そんなこと言わないけど」
「思われるだけでも嫌なんだ」
「蓮花さんの代わりに私に入れておくれ」
「1杯だけですよ、お義母さん?」
おばあちゃんの紙コップを受け取り、酒を注ぐ誠司さん。
「ケチ臭いこと言わんでくれ」
「健康の為です。来年も若葉達と花見するんでしょう?」
「…ならしょうがないね」
今の飲酒欲より孫との未来を優先するおばあちゃん。乃木家の人間の意志の強さは、そう簡単に欲に負けることは無い。
「れんちゃん、ここ空いてますか?」
「空いてるよ」
「では失礼します」
確認を取って僕の足の間に座るひなた。2年半前、初めて運動会に行った時と比べると、ひなたも背が伸びていることがよくわかる。
ちなみに若葉は最近とても背が伸びている。成長期が来たのだろう。2年生の時はひなたと大差無かった身長は、今では千景を少し追い抜いている。
カシャッ。
突如カメラのシャッター音がした方へ目線を向けると、琴音さんがこちらにカメラを向けていた。
「いきなりだね」
「こっそり撮ったほうが自然体が撮れるので」
「なるほど」
おかずを箸でひなたの口に運びながら、撮れた写真を見せてもらう。
「確かに自然だ」
「自然体で甘えているひなたを写真に収めることができました」
「えっ!?」
すぐさま飲み込み、写真を覗き込むひなた。
「消してください!」
「消していいの?」
「……やっぱり消さなくていいです」
上里母娘が微笑ましいやり取りをしている横で、乃木母娘は弁当を食べながら千景に作り方を聞いている。
人に教えられるほどに成長したのだと、千景の成長を1人静かに喜んでいると、背後から見知った声が聞こえた。
「あ、やっぱり郡親子だ!」
「こんにちは〜」
振り返ると、そこには美琴ちゃんと凜ちゃんがいた。その手には屋台で買ったらしき唐揚げを持っている。
「久しぶりだね。2人も花見?」
「はい、凜と一緒に遊びに来ました」
確かこの2人は家が隣同士で、小さい頃から仲がいいのだったか。若葉とひなたのような関係だろうか。
「千景、唐揚げ1個いる?」
「いる」
紙皿に唐揚げを1つ貰う千景。屋台の唐揚げは大抵大きい。
「ありがとう、お返しにお弁当のおかずをちょっとあげる」
「ありがとう!」
「あ、私もベビーカステラちょっとあげる」
千景の紙皿に凜ちゃんのベビーカステラが追加される。その代わりに紙皿におかずを乗せ、割り箸と共に2人に渡す千景。
「何このふわふわの玉子焼き!?凄く美味しい!」
「それはれんちゃんが作ったの」
「この生姜焼きも美味しい!」
「そっちは千景が作ったんだ」
箸が止まらない様子の2人。素直な反応を見せてくれて嬉しくなる。
「こんなの毎日食べてるとか、もう私郡さんちの子になる!!」
「それは駄目よ」
「駄目か」
とてもエネルギッシュな美琴ちゃんを前に、若葉とひなたはポカンとしていた。無理もない。
「そっちの2人は、もしかしてよく千景と一緒に帰ってる子?」
「ええ」
「乃木若葉です」
「上里ひなたです」
「わぁ、礼儀正しくていい子達」
「見習ってちょっと落ち着いてね、美琴」
凜ちゃんに宥められる美琴ちゃん。なるほど、凜ちゃんが美琴ちゃんを制御するのか。
「私は弥勒美琴、こっちは橋本凜。千景のクラスメイトだよ」
「今年も同じクラスになれるといいね」
「そうね」
凜ちゃんの言葉に同意する千景。今のところ3年連続同じクラスである。
「若葉ちゃん達は千景とどういう関係?」
「香川に来て、最初にできた友達よ」
「そうだったんだ」
その後、美琴ちゃんの人柄もあってか子供達はすぐに仲良くなり、和気藹々と過ごしていた。そして僕達保護者はそれを微笑ましく見守り、琴音さんは時折写真を撮っていた。
そして日が傾き始める頃、僕達は帰り支度を始めた。
「じゃあ私達も帰るね、また学校で」
「またね」
「さようなら」
美琴ちゃん達を見送り、弁当箱を片付ける。だいぶ多めに作っておいた弁当もとっくに空になっている。
「ほら伊織さん、そろそろ帰りますよ」
「ん……ああ」
少し前に酔って寝ていた伊織さんを起こす琴音さん。あの騒がしさの中、よく眠れたものだ。
荷物を片付け、レジャーシートを畳む誠司さん。
周りを見渡せば、屋台も少しずつ店仕舞いを始めている。
今日の夕食はどうしようかと思い千景の方へ振り向くと、千景は夕風に靡く桜を見上げていた。
長く綺麗な黒髪に桜の花弁が少し付いていることに気がつき、千景の髪から花弁を取る。
「髪に花弁付いてたよ」
「あら、いつの間に。ありがとう」
まだ付いていないかと髪を揺らす千景。
桜の下、夕陽に照らされて煌めく髪はとても綺麗で、僕は写真に収めることも忘れ、その美しさを目に焼き付けた。
「また来年も、ここで花見をしよう」
「ええ、約束よ」
桜下で交わした約束を、二度と破らないと心に誓った。
季節は移り変わり、あっという間に夏が来る。
そして、運命の日がやってくる。