花は少女の幸福を願う   作:カフェラテ

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ようやくここまで来ましたね。


第33話 絶望が降った日

「「行ってきます!」」

 

「「「「行ってらっしゃーい」」」」

 

 7月30日の朝、駅にて千景や楓さん達と共に若葉とひなたを見送る。2人はこれから修学旅行で島根県へ向かうのだ。

 平日ではあるが、僕はちょうど休日だったので見送りに来た。

 若葉達の後ろ姿が見えなくなった頃、僕達も帰ろうと千景の手を引く。

 

「千景、帰りにどこかで朝ご飯食べに行こうか。その後、スーパーで買い物をして帰ろう」

 

「そうね」

 

「そうか、ではまたな」

 

「またね」

 

 楓さん達と別れ、朝食を求めて歩く。普段は外で朝食を食べることはほとんど無い為、僕達は少しわくわくしていた。

 

 ──────────

 

 朝食を終え、スーパーで買い物カゴに食材を入れていく。しかしいつもの買い物と比べて、明らかに量が多い。

 

「今日はいつにも増してたくさん買うのね」

 

「外は暑いからね、買い物に出る回数を減らす為に1回で買い込むよ」

 

 数日分のメニューを2人で相談しながらスーパーを回る。朝食を食べる前にメニューを考えておけばよかったかもしれない。

 

「ああ、そうだ千景。今夜は僕ちょっと用事があって出かけるから、晩ご飯はちょっと早めに作るね」

 

「そうなの?わかった」

 

「もしかしたら明日の朝まで帰ってこないかもしれないから、明日の朝ご飯は自分の分だけ用意して食べてていいよ」

 

「そんなに遅くなるの?」

 

 どんな用事なのだろう。れんちゃんが朝帰りなんてしたことが無い。

 

「ごめんな。でも、行かないといけないから」

 

「…そう」

 

 その時のれんちゃんの表情は、どこか暗くて、しかし強い意志を感じるようだった。

 

 ──────────

 

 夕方には夕食を作り始め、僕は5時過ぎには食べ終えた。

 さすがに時間が早いので、千景は後で温め直して食べるらしい。

 

 上は丈夫で伸縮性のある黒のインナー、下は足首で締まる黒のミリタリーパンツに着替える。

 多めに炊いておいた米でおにぎりをいくつか作り、ラップで巻いていく。

 

「なんでおにぎり?」

 

「夜食…かな」

 

 小さなボディバッグに最低限の必要な物とおにぎり、水、絆創膏や消毒液等を入れて背負う。

 

「千景、今夜は絶対に外に出ちゃ駄目だよ。玄関と窓の鍵やカーテンも絶対に開けないこと。何があってもね」

 

「どうして?」

 

 不安そうな表情になる千景の頭に手を置き、安心させるように撫でる。

 

「ちょっと嫌な予感がするだけだ」

 

 膝立ちになり、千景を抱き締める。今夜、傍にいられないことが辛い。

 

「できるだけ早く帰ってくるから、いい子で待っててね」

 

「……うん」

 

 立ち上がり、玄関でいつものスニーカーではなく黒のタクティカルブーツを履く。上半身に対して下半身がゴツいが、たくさん走ることになるため足の怪我は避けたい。

 まるでサバイバルでもするような格好だが、あまり間違ってはいない。

 

「それじゃあ、行ってきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

 千景に見送られ玄関を出て、扉の鍵を閉める。

 

「さて、気合いを入れろ蓮花」

 

 扉の前で軽くストレッチをして身体を解しながら、自分に活を入れる。

 これから向かうのは、地獄だ。

 

 ──────────

 

 夜、私達は島根県にある神社に避難していた。

 修学旅行で香川から島根へ来ていたが、そこで強い地震に見まわれた。地震はその後も断続的に起こり、教師達は非常事態と判断し、地域の避難所である神社へ生徒達を移動させた。

 神社に避難した人の数は、近隣住人も合わせてかなり多い。

 

 しかし、私のクラスメイト達は修学旅行中に起こったこのイベントをむしろ楽しんでいるようだ。

 

「明日もここにいないといけないのかな?」

 

「えー、せっかく修学旅行なのに」

 

「誰かトランプとか持ってない?」

 

 私はおしゃべりをしていた3人組の女子グループに目を向ける。

 注意した方がいいか、むしろこうして話していることで不安は和らぐだろうかと、そんなことを考えていると。

 

「……あ、乃木さんがこっち睨んでるよ」

 

「あたしたち、ちょっと騒ぎすぎ?」

 

「怒られるから、静かにしてよう」

 

 すっかり静まり返ってしまうクラスメイト達。

 怒るつもりはなかったのだが、私の顔はそんなに怖く見えるのだろうか…。

 

「わーかーば、ちゃん」

 

 後ろから声をかけられて振り返ると、パシャリとカメラのフラッシュが光った。ひなたがスマホを構えていたのだ。

 

 誘拐事件の後、今後もし何かがあった時に現在地がわかるように、連絡できるようにと、ひなたはスマホを買ってもらったのだ。

 

 しかし、何故修学旅行にまで持ってきているのだろう。担任はそれを許可したのか。

 

「物憂げな表情の若葉ちゃん……んー、絵になりますね。背景が社殿の中というのも良いです。私の若葉ちゃん秘蔵画像コレクションがまた一枚増えました」

 

「ひ〜な〜た〜……私の写真など集めるな、消せ!」

 

「嫌です! この画像コレクションは私のライフワークですから!帰ったられんちゃんとちーちゃんにも見せてあげるんです!」

 

 わけの分からないことを堂々と宣言するひなた。

 スマホを持たされて以来、いちいち写真を撮るためにおばさんからカメラを借りる必要が無くなったため、ひなたが写真を撮る頻度は加速していた。

 

「そんな怖い顔をしないでください。眉間にしわが寄っちゃいますよ。ぐりぐり」

 

「……人の眉間を指で押すのはやめてくれ」

 

「ちょっと解してあげようかと思いまして。そんな風に厳しい顔をしているから、さっきみたいにクラスメイトに怖がられちゃうんです」

 

「み……見ていたのか」

 

 恥ずかしさで顔が熱くなる。

 

「まぁ若葉ちゃんは生真面目すぎますからね。ずっと学級委員長で超優等生。クラスの人たちから『鉄の女』ってイメージで見られてますし」

 

「うぐ……」

 

 自分でも自覚していたが、改めて言われるとショックである。

 

「でも……そんなイメージ、壊しちゃえばいいですよね!」

 

 ひなたはにっこりと笑って私の手を取り、さっきの女子達の方へ歩き出した。

 

「お、おい、待て!?」

 

「こんばんはー」

 

 戸惑う私を無視し、ひなたは彼女たちに声をかけてしまった。彼女たちは何事かとキョトンとしている。

 

「すみません、実は若葉ちゃんが皆さんに混じっておしゃべりしたいと」

 

「ひ、ひなた、何を!?」

 

「何を恥ずかしがってるんですか。さっきもですね、皆を注意しようと思ってたんじゃなく、どうやって話しかけようかなーなんて可愛らしい悩みを抱えていただけなんです」

 

「な、そ、そんなことは──」

 

 女子達三人組は少しの間キョトンとして、やがて吹き出すようにして笑った。

 

「へー、なんか乃木さんのイメージ変わった」

 

「いつもきちんとしてるし、すごく優等生だし」

 

「そうそう、もっと厳しくて怖い人かと思ってたー」

 

「そうなんですよねー。あと、若葉ちゃんは無愛想だから損をしていると思うんです」

 

 妙な成り行きだが、私とひなたは女子グループに混ざっておしゃべりをし始めた。

 

「でも、中身はすっごく可愛い女の子なんですよ。だから、仲良くしてあげてくださいね」

 

「か、かか、かわいい……? 何を言ってる!?」

 

「大丈夫だよ。私たち、もう乃木さんと友達だし」

 

 彼女たちは私とひなたのやり取りを見て、笑いながらそう言った。

 

 

 しばらく話した後、私は神楽殿の外に出た。夜と言えど7月の暑さは相当のもので、少し夜風に当たりたかった。

 空を見上げると、無数の星が輝いている。

 

「若葉ちゃん、こんなところにいたんですね。もうだいぶ遅い時間ですよ。寝ないんですか?」

 

 ひなたも外に出てきて、私の隣に立つ。

 

「寝ている間に何か問題が起こるかもしれないからな。念のために起きておこうと思う」

 

「先生方が起きててくださいますよ」

 

「私は学級委員長だから、責任がある」

 

「はぁ〜……本当に若葉ちゃんは。真面目すぎるというかなんというか」

 

 少し呆れたようにひなたは微笑む。

 

「だったら、私も起きてますよ」

 

「……付き合う必要はないぞ」

 

「いいえ、私は若葉ちゃんの幼馴染ですから。ずっと一緒にいます」

 

 はっきりとした口調でひなたがそう答えると、私としてもそれ以上強く言えなかった。

 

「……ひなた」

 

「なんですか?」

 

「さっきはありがとう。ひなたがいてくれなかったら、さっきもまたクラスメイト達から距離を置かれてしまうところだった」

 

「いえいえ、私は若葉ちゃんが誤解されてるのが嫌だっただけですよ」

 

 当然のことのようにひなたはそう言った。しかし、それでは私の気が済まない。

 

「何事にも報いを。それが乃木の生き様だ」

 

 それは私の祖母がよく口にする戒めの一つ。祖母を慕っている私は、その言葉をとても大事にしている。

 

「だから私は、ひなたの友情に報いたい。してほしいことがあったら、なんでも言ってくれ」

 

「そこまで言うなら……う〜ん。まぁ、何をしてもらうかは後でじっくり決めます。とにかく、若葉ちゃんはもっと気楽にクラスの人たちに話しかけたらいいんですよ。そしたら、みんなも若葉ちゃんのことを分かってくれて、もっと仲良くなれると思います」

 

 私はクラスで少し浮いているが、私自身も無意識に他のクラスメイトから距離を置いてしまっているのだろうか。さっきも実際に話してみたら、簡単に仲良くなれたのだから。

 

「ああ、ですが、そうして若葉ちゃんがクラスで人気者になってしまったら、もう私に構ってくれなくなるかもしれません。私は過去の女として捨てられてしまうんですね……よよよ」

 

「な、何を言っているんだ!? そんなわけがないだろう! ひなたと千景は何があっても私の一番の友達だ!」

 

 慌てて言う若葉に、ひなたはおかしそうに笑う。

 

「冗談ですよ。それにしても一番が二人だなんて、若葉ちゃんったら──」

 

 突如、地面が激しく揺れ始めた。

 

 立っているのさえ困難なほどの、今までの地震とは段違いに大きな揺れ。

 隣にいたひなたは、小さな悲鳴をあげて地面に尻餅をついた。

 

「凄い揺れだったな……ひなた、大丈夫か?」

 

 私はひなたに手を差し出したが、彼女はその手を取ることなく、真っ青な顔をして呟いた。

 

「怖い……」

 

「え?」

 

 ひなたの体が小刻みに震えている。

 

「わ、若葉ちゃん……な…何か、凄く、怖いことが……」

 

 そう言ってひなたは空を見上げた。

 何かあるのかと思い私も顔を上げるが、それは一見、何の変哲もない星空のようだった。

 

 だが、違う。

 

 無数の星々は、まるで水面を漂うように蠢いていた。

 そして星々の幾つかが次第に大きくなっていき──

 

 絶望が、空から降ってきた。

 

 星のように見えたものの1つが、神楽殿の屋根に落下した。

 それは全身が不自然なほど白く、人間よりも遥かに巨大で、不気味な口のような器官を持つモノ。

 それは明らかに人間が知るあらゆる生物と異なっていて、ゆえに最も単純にして適切な名称をつけるなら、こう呼ぶべきだろう──『化け物』と。

 

 それは1匹ではなく、2匹、3匹…と次々に落ちてきて、神楽殿の屋根や壁を食い破り、中に侵入していく。

 

「なんだ、あれは……?」

 

 異常な光景に私は呆然と立ち尽くす。

 ゆらり──と、ひなたが立ち上がった。彼女の目にはどこか異様な光が宿り、口からは呪詛のような言葉が漏れる。

 

 どうしたんだと問おうとした瞬間、神楽殿の中から、悲鳴と共に弾かれたように人々が逃げ出てきた。

 

「きゃあああああああああああ!!」

 

「な、な、なんだあの化け物は!?」

 

 咄嗟に私が神楽殿へ駆け出すと、その手をひなたが掴んだ。

 

「私も行きます」

 

 ひなたの目からはさっきの異様な光が消え、代わりに強い意志が感じられた。

 

 私とひなたは神楽殿に駆け込む。

 そこで見たものは──今にもクラスメイト達を襲わんとする白い化け物と、それを右腕で貫く蓮花さんの姿だった。

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