あの瓦礫と化しているのは乃木家なのか……?
隣に見覚えのある上里家があるから、そうなのだろう。上里家は少し崩れているが全壊はしていない。
乃木家前に人だかりができている。それは皆知っている顔、商店街の人達だ。
建物の上から乃木家前に降りると、そこにいた琴音さんがすぐこちらに気づいた。
「れんちゃん!?よかった、無事なんですね!?」
「ああ。どうして商店街の人達が?」
「楓ちゃん達が家の下敷きになってしまって、助けを呼んできたんです!!」
「下敷き!?」
皆が瓦礫を動かそうとしているのはそのためか。
「全員、ちょっと離れてて」
「蓮花さん、どうするつもりだ?」
「瓦礫を片付けるんでしょ?」
大きな瓦礫を片っ端から隅へ移動させていく。
「すげえ力持ちだ……!」
やがて、瓦礫を動かした下からガタイのいい男性が見つかった。誠司さんだ。
さらに誠司さんの下には楓さんがいた。
「楓ちゃん!!誠司さん!!」
皆が駆け寄り容態を確認する。
「……私は大丈夫だ。誠司が庇ってくれたから……」
「でも楓ちゃん、足が折れてますよ!病院に連れていきますね!」
楓さんは足を骨折しているが、命に別状は無さそうだ。
しかし、誠司さんは違った。
「誠司さん!!おい、誠司さん!!」
「救急車を呼べ!!」
「……」
沢山の瓦礫から楓さんを守った背中は、背骨が折れており内臓は破裂している。横腹には柱が刺さっており、辺りは血で染まっている。
「もう……息が無いよ……」
「……ぇ」
「じ、人工呼吸とかは!」
「肺が破れているから無意味だ……血も流しすぎている……」
誠司さんは既に死んでいる。おそらくもっと前から。
それでもなお、楓さんに覆いかぶさり、楓さんを瓦礫から守ったのだろう。助け出されるまで。
「……せ、誠司…?目を…開けてくれ……若葉を泣かせる気か……?」
足を引き摺って誠司さんの元へ這う楓さん。しかし、遺体は目を開けず何も話さない。
遠くから、救急車のサイレンが聞こえる。こちらに向かってきている。
「……誠司さんは、最後まで愛する妻を守り抜いた。だから、楓さんは生きてくれ。誠司さんと若葉の為にも」
「…ああぁ……うあ゙ぁああ゙ぁあぁ゙ああぁぁあ゙ぁあ゙ぁぁ──!!」
その後、おばあちゃんの自室辺りの瓦礫を動かしたところ、おばあちゃんの遺体が発見された。
若葉と楓さんは、遺されてしまった。
この被害が化け物によるものであれば、結局若葉は復讐に囚われたかもしれない。
しかし、人が喰われていないところを見るに、地震による被害であったようだ。
楓さんの運ばれた病院にやって来ると、同じように怪我をした人々で溢れかえっていた。
今は楓さんの病室にいる。先程手術を終えたばかりだ。
「……そういえば、千景はどうした…?」
「家にいるよ。多分寝てる」
「離れていて大丈夫なんですか?」
「ああ。一緒にいてくれている人達がいるから」
久美子以外は信頼できる子達だ。大丈夫だろう。
「……琴音さん、伊織さんはどうしたの?」
ふと気がついて、隣に座る琴音さんに問いかける。
「……昨日の夜は残業していて、帰ってきていないんです」
「連絡は?」
「取れません……」
嫌な予感がする。大抵こういう時、僕の嫌な予感は当たるのだ。
「会社の場所を教えて。直接行って見てくるよ」
「はい…」
そして僕は病院を出て、教えてもらった場所へ移動した。
その場所の周辺は、食い荒らされたように人の肉片が散乱していた。
そして伊織さんが勤めていたらしい会社も、外と同じく肉片と血が飛び散っていた。
「……まさかまだこの辺りにいるのか?」
その思った瞬間、天井を崩して化け物が現れた。数は一体。
「本当に僕が見に来てよかった」
速攻で消滅させ、社内を探索する。
オフィスらしき部屋に入ると、かなり濃い血の臭いがした。人が集まっていたところを襲われたのか。
「……ん?」
その部屋を見て回っていると、床に落ちていた腕に目が止まった。
腕しか無いが、それが伊織さんであると僕には瞬時にわかってしまった。
見覚えのある腕時計をしていたから。
腕時計を外して裏を見ると、幼児向けアニメのシールが貼られていた。
ひなたが小さい頃に貼ってしまったが、可愛いからそのままにしている、と伊織さんは笑いながら言っていた。
その時に見せてもらったのと同じシールだ。
「伊織さん……」
この腕時計は持って帰ろう。伊織さんの形見だ。
琴音さんとひなたには、伊織さんは地震で会社が崩れて下敷きになって死んだと伝えよう。
ひなたにも、復讐に囚われてほしくはない。
愛する人が自分のいない所で死んでいた、と伝えるのか。伝える側も辛いな。
しかし、いつまでも帰ってくる可能性を信じて待ち続けるのは、もっと可哀想だ。
病院に戻ると、まだ楓さんの病室に琴音さんはいた。
伊織さんの死を伝え腕時計を渡すと、琴音さんは膝から崩れ落ち、腕時計を抱えて泣き続けた。
琴音さんが泣き止んだ頃、僕は今後のことについて話し始める。
「2人は、これからどうするの?」
上里家も、乃木家ほどではないが崩れている。そのうちさらに崩れない保証は無く危険なため、あの家では暮らせない。
「……どうするかな」
「家も無くなりましたし……」
「……とりあえず、うちに来てくれないか?そうしてくれたら、千景を安心して任せられる」
「お前は千景の傍にいてやらないのか?」
不思議そうな目でこちらを見る楓さん。
僕はスマホでSNSを開き、その画面を2人に見せる。
「今、四国の外ではこんな化け物が大量に出現してて、沢山の人が喰われて死んでいる」
「……え?」
「四国はこれらがあまり出現してなくて、外から沢山の人達が避難してきているんだ」
日本の現状を簡単に説明する。2人は驚いて声を発さない。
「でも四国も全くいないわけじゃなくて、少ないけど出現している。だから僕はこれから、四国中を回ってこれを狩りに行く」
「……だから家にはいられないと?」
「ああ。これ一体いるだけで、人が数十人、数百人と殺される。同じように家族を失う人が沢山出てくる」
「それでお前が死んだら、千景はきっと立ち直れないぞ」
「大丈夫。僕は四国の外で既に沢山こいつらを倒してきた」
「……どういうことですか?」
「僕は昨日の夜、若葉達が心配になって島根まで行ってきたんだ」
そしてそこであった事を簡単に話す。僕と若葉は化け物を倒せること、若葉達が他の人達と共に香川へ向かっていることも。
「……そんなことが」
「だから、若葉とひなたは大丈夫。あの子達は神に愛されている。話を戻すけど、この後琴音さんを家まで送ったら、僕はそのまま四国を回るね」
「……わかりました。ちーちゃんは任せてください」
先程夫が死んだと聞いたばかりなのに、もう前を向いている。本当に強い人だ。
ひなたの芯の強さは母親譲りか。
「多分、中では奈良から避難してきた子達と千景が寝てると思う。琴音さんも昨日の夜から寝てないでしょ?」
「大丈夫。こんな状況ですから、誰かが起きていたほうが安心です。もし急に電話がかかってきても、皆寝ていたら困りますから」
「……ありがとう。でも、ちゃんと時間を見つけて寝てね」
玄関の前で琴音さんと別れ、暗い世界へ飛び出していく。もうすぐ夜明けの時間だが、全く朝日は見えない。時間確認のためにスマホの充電には気をつけよう。
──────────
「ん……」
目を覚ます。時計を見ると9時だが、外は未だに暗い。太陽が登っていないのか。
襖を開けてリビングに出ると、既に起きていた久美子さんと、琴音さんがいた。
「ん、起きたか」
「おはよう、ちーちゃん」
「おはよう……どうして琴音さんがここに?」
私の朝食を準備してくれようとする琴音さんに問いかける。
「れんちゃんから、ちーちゃんのことを頼まれまして。私の家は潰れちゃいましたし」
「え?」
話す琴音さんの横顔はとても悲しそうで、何かあったのだと私にもわかった。
顔を洗ってリビングに戻ると、既にうどんが準備されていた。
「いただきます」
うどんを啜る私の横で、久美子さんがスマホとテレビを一緒に見ている。目が忙しそうだ。
「何をしているの?」
「情報収集だ。私が寝ている間に何か状況が変わったりしていないか調べている」
テレビでは、相変わらずどこの番組も悲惨な光景を映している。世界はどうなってしまったのだろう。
「私もさっき起きたんだが、起きたら知らない人がいて少し焦った。災害発生時は泥棒がよく出ると聞いたことがあるから」
「驚かせてすみません」
テレビは今生中継をしている番組が多く、リアルタイムで情報が届けられている。
「あ、四国」
今は多くの人が避難してきた徳島を映している。その避難所はどこも人で溢れている。
『あ、あちらをご覧ください!何やら黒い人影が建物の上を高速で移動しています!あ、早すぎてもう見えなくなりました。あれも化け物なんでしょうか…?』
「……」
「今の…れんちゃんですか?」
「あいつ化け物か疑われてるぞ」
れんちゃんは今、徳島にいるらしい。本当に寝ずに四国中を回っているようだ。こんな形で生存確認をするとは。
「…心配か?」
「……大丈夫。れんちゃんが大丈夫って言ったから」
私はれんちゃんを信じている。今は、信じて待つしかできない。
そして日が登らぬまま一日が終わる。
翌日の昼、れんちゃんが帰宅した。若葉とひなたを連れて。
「四国を回った後、若葉達を迎えに行ってきたんだ」
「お母さん、ただいま帰りました!!」
「ひなた!!おかえりなさい!!無事でよかったぁ……」
玄関で琴音さんがひなたを抱き締める。
「若葉ちゃんもおかえりなさい!お母さんは今──」
「入院していると蓮花さんから聞きました。後で会いに行きます」
若葉は所々擦り傷等があるが、大きな怪我はしていないようだ。2人共無事で帰ってきてくれたことに私も安堵する。
「若葉、ひなた。ご飯作っておくから風呂に入ってきなさい」
「「はい」」
「れんちゃんもよ。ご飯は私が作るから」
「…わかった。ありがとう千景。でも先に若葉達が入ってね」
若葉達が風呂入っている間に、2人の着替えを用意する。
……私の服は足りるだろうか。
「おかえりなさい蓮花さん!」
「おかえりなさい」
「ただいま。いい子にしてた?」
「うん!」
リビングに入ると、ちょうど昼食を食べていた友奈ちゃん達がれんちゃんを迎える。
「そういえば、お前徳島でテレビの生中継に映っていたぞ」
「え、そうなの?」
「そうよ。あれも化け物なんでしょうか!?って言われていたわ」
「えぇ…」
相変わらずれんちゃんの服を着てソファに座る久美子さん。その隣にれんちゃんも腰を下ろした。
「…………疲れた……」
「お疲れ様」
何日か寝ずに動き回っていたのだ。流石のれんちゃんでも疲れて当然だ。
うどんが茹で上がる頃、若葉とひなたが風呂から上がってきた。若葉に私の服は少し小さいかもしれない。昔は私のほうが背が高かったのに。
「れんちゃん、お次どうぞ」
「ああ」
風呂に向かったれんちゃんと入れ替わり、若葉達がテーブルに着く。
「……疲れた」
「そうですね……」
「食べたら寝なさい。ずっと寝てないんでしょう?」
2人共、目の下に薄くクマができている。その疲れた目で周囲を見回す若葉。
「……今更だが、知らない人達がいるな」
「あ、私は高嶋友奈って言います!」
「横手茉莉、です」
「烏丸久美子だ。お前達のことは千景から聞いている」
若葉の問いに怒涛のジェットストリーム自己紹介をする友奈ちゃん達。この3人には、既に私から若葉達のことを話している。
「お前が若葉か……なぜ日本刀を持っている?銃刀法違反だぞ?」
「ん?ああ、これは私の大事な物だ。これで化け物を倒してここまで帰ってきた」
「……なるほどな。お前も友奈と同じか」
「同じ?」
「私もこれでお化けを倒すの!」
そう言って篭手を若葉達に見せる友奈ちゃん。
「なんと、この刀以外にもあれを倒せる武器があるのか!」
「若葉ちゃん、うどん伸びちゃいますよ?」
「あ、ああ」
刀を置き、ひとまずうどんを食べることに専念する若葉。
その間に友奈ちゃんと茉莉さんが、若葉達に対して自分達の経緯を話す。
久美子さんは友奈ちゃんの抽象的な説明を聞いて笑っていた。友奈ちゃんの説明だけでは伝わらないかもしれない。
2人の説明が終わる頃、れんちゃんが風呂から上がってきた。
既にテーブルの上にうどんは準備している。
「ありがとう千景。いただきます」
「どうぞ」
うどんを啜るれんちゃんに、久美子さんが尋ねる。
「今後どうするんだ?」
「……とりあえず明日、皆の服を買いに行こう。千景の服が足りなくなるし、いつまでも久美子に僕の服を着させるわけにもいかない」
「大きくて着心地が良いから私は構わないが」
そう言って立ち上がり、シャツの裾を持って揺らす久美子さん。
「ふとした時に僕の理性が削られるから駄目」
「……れんちゃん、久美子さんをそんな目で見ていたのね」
「違うんだ千景」
「冗談よ。確かに久美子さんは無防備だから、しょうがないわ」
「私が無防備…?」
「女性の恥じらいが少し欠けてると思う」
茉莉さんは久美子さんに対してはあまり遠慮が無い。
「話を戻すが、服を買いに行った後はどうする?」
「……しばらく社会の動きを見るかな。人の動きもそうだけど、食料とか資源の扱いも。またすぐにスーパーとかで買い物ができるようになるかはわからないし」
「確かにこの人数だから、食材の確保は優先すべきですね」
「むしろ服よりもそっちを優先すべきだろう」
「そんな格好で久美子を外で歩かせられない」
「そうね」
「そうですね」
これに関しては久美子さん以外満場一致らしい。
昼食を終え、れんちゃん達は布団で眠りにつく。
おそらく、れんちゃんや若葉達はこれから忙しくなる。他の人にできないことができるから。
せめて今はしっかり休んでほしい。
そう思った私は、れんちゃんの隣で添い寝をすることにした。良い夢が見られるように。