花は少女の幸福を願う   作:カフェラテ

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第37話 束の間の平穏

 目を覚ます。

 隣の布団に若葉とひなたはいない。既に起きているのだろう。

 時計を見ると、正午を回った頃だった。ほぼ丸一日眠っていたらしい。

 

 立ち上がり、襖を開けてリビングへ出る。

 

「れんちゃん!おはようございます、全然起きないから少し心配し始めてたんですよ」

 

「おはよう、ひなた。寝すぎて頭が重い……」

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫大丈夫」

 

 リビングでは、皆テーブルを囲んで昼食中だ。

 

「顔を洗って来て。ご飯の用意はしておくから」

 

「ありがとう千景」

 

 洗面所で顔を洗い、リビングに戻り昼食をとる。

 8人で囲むにはこのテーブルは狭すぎる。もっと大きなテーブルを買いに行くべきか。

 

「にしても、千景は凄いな。家事は何でもできるし、料理は美味い。小学生とは思えないな」

 

「でしょ?」

 

「どうしてお前が誇らしげなんだ」

 

「千景が褒められると嬉しい」

 

 先に昼食を終えた久美子がソファに移動し、スペースが少し広くなる。

 

「……ふと思ったんだけど、久美子さんは下着はどうしてるの?」

 

「蓮花のを履いてるが」

 

 茉莉の疑問に、それがどうかしたかと言わんばかりに答える久美子。

 僕は別に構わないが、男物の下着は違和感は無いのだろうか。

 

「……ブラジャーは?」

 

「してないが」

 

「……ノーブラ?」

 

「ああ」

 

 早く、服を買いに行かないと。

 

「むしろ、お前はどうしてるんだ?」

 

「千景ちゃんのを借りてるけど」

 

「2歳下のやつのブラのサイズが合うのか?」

 

「……そんな哀しいことを聞かないでよ」

 

 久美子の言葉に茉莉が傷付いている。フォローしなければ。

 

「千景は大きいから、しょうがないよ」

 

「確かにちーちゃんは大きいほうですね」

 

 毎日栄養バランスの良い食事を続けてきた結果、千景はとても発育の良い子になった。良い事だ。

 

「なるほど、ならしょうがないな。茉莉が小さいわけではないのか」

 

「……久美子さんって羞恥心だけじゃなくてデリカシーも無いんだね」

 

 茉莉が傷付いている間に、皆続々と昼食を終えていく。

 

「これから皆で出かけようと思ってたけど、ノーブラの久美子は連れ出せないな……」

 

「最初に着ていたのがあるから問題ない。洗濯も済んでいるしな」

 

「あ、確かに。じゃあ着てきてよ、もうすぐ出るから」

 

「わかった」

 

 隣の和室に入り襖を閉める久美子。

 

「あ、そうだ久美子。ついでに僕の服じゃなくて君の服に着替えたら……」

 

 久美子が着ていた他の服も洗濯が済んでいるのではないか。ふとそう思い提案しようと襖を開けると、久美子は既にシャツを脱いでいた。

 視界に入ったのは、美しい双丘と頂点の紅。

 

 

 

 僕はそっと襖を閉めた。そして襖の前で土下座を敢行した。

 

「れんちゃんどうしたの?」

 

「なんでもないよ、千景。僕は何も見ていない」

 

「無理のある嘘はやめろ」

 

 着替えを終えた久美子が襖を開ける。その頬は赤く染まっている。

 ……恥じらい、あるじゃないか。

 

「久美子さん、顔真っ赤だけどどうしたの?」

 

「……なんでもない」

 

 照れた久美子の破壊力は凄いということを知った。

 

 

 

 

 

 家を出て、まずは楓さんが入院している病院へ向かう。楓さんは若葉が帰ってきたことをまだ知らないからだ。

 

 病室に入ると、楓さんは退屈そうに天井を見上げていた。

 

「お、いらっしゃ……」

 

「母さん!!」

 

 楓さんの元へ駆け寄る若葉。楓さんは驚いて一瞬言葉を失っていたが、すぐに若葉を抱き締めた。

 

「……若葉……よく…帰ってきたな……」

 

 娘の無事を確認して涙を流す。

 ひとまず楓さんが泣き止むまでは、誰も話さずそっとしておいた。

 

 

 

 

「そうか、昨日帰ってきたのか」

 

「ああ、そのまま朝まで寝ていたんだ」

 

 昨日のことを母に話す若葉。楓さんの隣では、琴音さんが林檎の皮を剥き始めた。

 

「……ところで、今日はどうしてこんなに大所帯なんだ?」

 

「これから関わることもあると思うから、一応紹介しておこうと思って連れてきた」

 

 友奈達の紹介と、どういう経緯で一緒にいるのかをさっと説明する。

 

「なるほど、それで大所帯なんだな。若葉も預かってくれているのか」

 

「ああ、若葉のことは僕達に任せてくれ。楓さんはどれくらいで退院するの?」

 

「1ヶ月もかからないだろう」

 

「そっか」

 

 琴音さんが剥いた林檎を皆で食べ始める。人数が多いだけにあっという間に無くなる。

 

「……すまないが、少しだけ若葉と2人きりにしてくれないか?」

 

「……わかった。ちょっと出てるね」

 

「私もひなたとここにいていいですか?」

 

「ああ」

 

 不思議そうな顔をする千景達を連れて病室を出る。

 

「……売店にでも行こうか。好きなの買っていいよ」

 

「やった!」

 

 売店に移動し、友奈達がそれぞれ商品を選んでいる間に、千景が僕の隣に寄ってくる。

 

「何かあったの?」

 

 そういえば、この子にも教えていなかったか。どうせそのうちわかるだろうし、今教えておこう。

 

「……伊織さんと誠司さんとおばあちゃんがさ、死んだんだ」

 

「……え?」

 

「伊織さんは会社、誠司さんとおばあちゃんは家で、地震で潰れた建物の下敷きになった」

 

 唐突で現実味が無いのだろう。もう二度と会えないと言われても、最初のうちは実感が湧かず、時間が経つほどわかってくるものだ。

 

「……若葉の家、潰れちゃったの?」

 

「ああ。瓦礫の下から、なんとか楓さんだけ助け出せたんだ。誠司さんが楓さんを庇っていたから」

 

「……そう」

 

 皆、とても優しい人だった。千景の誕生日には、毎年僕達の家に祝いに来てくれた。

 

「……僕は、絶対に千景の傍からいなくならないよ」

 

「うん……信じてる」

 

 千景と話している間に、友奈達は買う物を決めて集まっていた。なぜか久美子は酒とつまみを持っている。

 

「……え、久美子の分も?」

 

「着替えを覗いたことはこれで許してやる」

 

「え?どういうことれんちゃん?もしかして、着替えを覗いたから土下座していたの……?」

 

 千景の目から光が消えていく、ような気がする。久美子はその様子を見ながらニヤニヤしている。

 

「……違うんだ。千景と2人での生活に慣れてるから、うっかりいつもの感じで開けちゃったんだ」

 

「……気をつけてよ?」

 

「はい……」

 

 その後、千景と友奈の選んだ菓子、茉莉の色鉛筆とノート、久美子の酒とつまみを持ってレジに行き、会計を済ませた。

 

 

 

 楓さんの病室に戻ると、室内はとても静かで、4人の啜り泣く声だけが聞こえていた。

 

「……もう少し、廊下で待とうか」

 

 

 

 

 

 

「すまない、だいぶ待たせたな」

 

「構わないよ」

 

 数分後、琴音さんが病室の扉を開けたので中に入ると、ようやく若葉達も落ち着いていた。たくさん泣いたのだろう、目の下が赤くなっていた。

 

「この後はどうするんだ?」

 

「皆の服を買いに行くよ。着替えが無いからね」

 

「今営業している店はあるのか?」

 

「色々回って探すよ」

 

 地震で店内がぐちゃぐちゃになっている店は多いかもしれないが。

 

「じゃあ、そろそろ行くね。日が暮れる前に見つけないと」

 

「ああ、またな」

 

 

 各々が挨拶して病院を後にする。

 僕はスマホでマップを開き、服屋を探した。

 

 

 

 

 

 

「イネスに着いたけど、これは望み薄かなぁ…」

 

 数件の店を回ったが、店が崩れているところや、仕事をしている場合ではないと休業している店ばかりだった。

 

 最後の望みを託してイネスへ足を運んだが、1階の広間は避難民が集まって避難所のようになっている。

 

「営業している店、ほとんど無いわね」

 

「食料品を扱う店以外は、今営業しても客が来ないんだろうな」

 

「確かに」

 

 久美子の推測に納得しながら、服屋がある階へ登る。

 しかし、案の定服屋は営業していなかった。

 

「まじかぁ…」

 

「久美子さんのノーブラ生活が続くわね」

 

「……まじかぁ」

 

「今の間はなんだ?本当は嬉しいのか?」

 

 口角を少し上げて僕を揶揄う久美子。

 

「嬉しいけど…じゃなくて、僕も男だよ」

 

「……なるほど、私に欲情するのか」

 

「それは駄目よ。久美子さんは乳首に絆創膏でも貼っててちょうだい」

 

「千景、はしたないからやめなさい」

 

 他の子達が苦笑いしている。外でする話ではないな。

 

「……スーパーは営業してるみたいだし、食料品だけ買い物して帰ろうか」

 

「そうね」

 

 イネスのスーパーで買い物を済ませた後、若葉の希望で乃木家へ向かった。

 

「……別れは、一瞬なんだな。私が最後に父さんを見たのは、修学旅行の朝、仕事に行く父さんを見送った時だ」

 

「私もです……。あれが最後になるなんて、思いませんでした……」

 

「行ってらっしゃいと言って見送ったのに、……おかえりなさいって……言えなくなってしまったな……」

 

 また涙を流す若葉とひなたを、琴音さんが優しく抱き締める。

 千景が強く、僕の手を握っていた。

 

 いつの間にか、茉莉もぽろぽろと涙を零していた。

 

「大丈夫…?」

 

「ごめんなさい、家族のこと…思い出しちゃって……」

 

 茉莉の片手を友奈が、もう片方の手を僕の空いている手で握った。

 この子達はまだ子供なのだ。親との別れを経験するには早すぎる。

 

 

 崩れかけの上里家から琴音さんとひなたの服を回収し、家に着く頃には日が落ちかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 夕食を終え、ソファでくつろぎながら風呂の順番待ちをしていると、やけに久美子の視線を感じた。

 

「……どうしたの?そんなに僕を見つめて」

 

「私はお前に興味がある」

 

「ブッッ」

 

 目の前で千景が飲んでいた麦茶を噴き出した。千景の正面にいた若葉も被害を受けている。

 久美子が来てから千景が賑やかだ。様々な千景が見られて僕は嬉しい。

 

「久美子さんはれんちゃんのことが好きなんですか?」

 

「いや、恋愛感情ではない」

 

 千景がタオルを持ってきて無言で床に飛び散った麦茶を拭いている。床より先に若葉の顔を拭いてあげてほしい。

 

「蓮花の人間離れした強さに興味があるが、普通の食事、日常的にトレーニングをしている様子も無い。不思議だ」

 

「なるほど。確かに不思議ですけど、れんちゃんってそういう生き物なんじゃないですか?」

 

 千景、床を拭いたタオルで若葉の顔を拭こうとするのはやめてあげてほしい。行動が面白くて久美子とひなたの会話が頭に入ってこないじゃないか。

 

「まあそういうわけで、これからも観察は続ける」

 

「そのうち愛情が芽生えるやつじゃないですか。そういう漫画を読んだことありますよ」

 

「お前は恋愛脳か?頭の中に花畑でも咲いているのか?もし本当に私がこいつに惚れたら、土下座でも何でもしてやる」

 

「言いましたね?そういうのをフラグって言うんですよ?ちーちゃんに教えてもらいました」

 

 千景、ひなたに何を教えているんだ。

 

 

「……楽しいな」

 

「そうですね」

 

 琴音さんも微笑みながら見守っている。こういうわちゃわちゃしている感じは好きだ。

 

「お風呂空いたよ……若葉ちゃん、顔がビチャビチャだけどどうしたの?」

 

「ちょっとな…洗ってくる」

 

「そのまま風呂に入っておいで」

 

 風呂から戻ってきた友奈、茉莉と入れ替わりで若葉が洗面所へ行く。

 

「私も入ってきますね」

 

「ああ」

 

 自分と若葉の着替えを持って脱衣場に行くひなた。

 

「面白い奴らだな」

 

「何かあったの?」

 

 隣でくつろぐ久美子の呟きに反応する茉莉。動画を撮っておけばよかったか。

 

「久美子とひなたが話してて、千景が麦茶を噴き出して若葉が受けた」

 

「どんな話をしたら千景ちゃんが噴き出すの……?」

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、お前は千景との生活に慣れてるから襖を開けてしまったと言っていたな」

 

「え?ああ、言ったね」

 

 全員の入浴が終わり、子供達がリビングのテレビでゲームをしている中、久美子は昼間に買った酒を飲んでいる。

 

「それはもしかして……」

 

「……ん?何?」

 

 急に顔を寄せてきた久美子が、吐息が耳にかかる距離で囁く。良い声で囁くのはドキッとするのでやめてほしい。

 

「……普段から千景の着替えを覗いていたのか?」

 

「いや、覗くとかじゃなくて。和室にタンスがあるから一緒に着替えてただけだよ」

 

「……お前達はそういう間柄なのか?」

 

「一緒に暮らし始めて4年目の家族だよ」

 

「……不思議な関係だな」

 

 言っていて思ったが、もう3年も過ぎて4年目に突入したのか。

 かなり距離が近いため、視線を下げると谷がよく見える。

 

「……誘ってる?」

 

「何がだ?」

 

「酔っ払ってるだけかな」

 

 背中に視線を感じる。久美子を引き離したほうがいいだろうか。

 

 一応振り向くと、その視線の主は千景だった。

 

「……仲がいいのね」

 

「……そうなのかな。酔っ払いに絡まれてるだけの気もするけど」

 

「失礼だな。まあ千景が嫉妬しているようだし、ほどほどにしておこう」

 

 僕から離れた久美子は、反対側の隣にいた茉莉にもたれかかる。

 

「なんか酒臭いから離れて久美子さん」

 

「なっ……」

 

 押しのけられた久美子はこちらに帰ってきた。

 

「地味にショック受けてる?おーよしよし」

 

「茉莉さんって久美子さんには遠慮が無いわね」

 

「久美子さんに遠慮はいらないと思うよ」

 

「このクソガキめ……」

 

 また僕にもたれかかる久美子は、確かに少し酒臭い。しかし同時に女性の甘い香りもする。

 

「なんか、残念な美女だなぁ」

 

「そうね」

 

「しっくりくるね」

 

「残念言うな」

 

 文句を言いながらもつまみに手を伸ばす久美子。手と口は止めないらしい。

 

「どうでもいいけど、久美子は彼氏いないの?」

 

「いない。どうでもいいなら聞くな。お前だって独り身だろうが」

 

「僕は別にいいんだよ」

 

 なぜか久美子は僕の口につまみを入れようとしてくる。なんだ?これで僕を黙らせようとしているのか?

 

「お前は酒は飲まないのか?」

 

「飲まない」

 

「なぜ?」

 

「子供達に酒臭いって言われたくないから」

 

「……なるほど……」

 

 先程茉莉に酒臭いと言われたばかりだから、実感しているのだろうか。

 次第に大人しくなっていく久美子。

 

「……ふあぁぁ……」

 

「眠くなってきただけか」

 

 目を擦りながら、横になり僕の腿に頭を載せる久美子。

 なんとなくその髪を撫でてみると、メッシュを入れているにも関わらず、髪はさらさらであまり傷んでいない。

 

「……綺麗な髪だね」

 

「ん……」

 

 大人しい久美子はただただ可愛い。

 気がつけば、友奈達もゲームの手を止めて久美子を眺めている。

 

「どうした?」

 

「こんな一面もあるんだなーって」

 

「久美子さんは酔うと人に甘えるんですね」

 

「そうだね。……酒臭さを除けば最高」

 

 しかし、素でこんなことはしないだろう。

 静かにカメラを構えるひなた。後で写真を送ってもらおう。

 

「久美子、寝るなら布団に行こう?」

 

「んん……運んでくれ……」

 

「えぇ……しょうがない子だな」

 

 久美子を抱きかかえて寝室へ運ぶ。

 優しく布団に降ろし、掛け布団をかける。

 

「おやすみ、久美子」

 

 寝息が聞こえてくるまで、そう時間はかからなかった。

 きっと明日、今日のことを思い出して赤面する久美子が見られるだろう。

 

 

 時計を見ると、時間は既に10時過ぎ。良い子は寝る時間だ。

 

「皆もそろそろ寝ようか」

 

「はーい」

 

「続きはまた明日しよう」

 

 続々と寝室に移動していく。しかし8人で並んで寝るのは流石に狭い。

 

「僕はリビングで寝ようかな」

 

「え、じゃあ私も…」

 

「ソファで寝るから2人では無理だよ」

 

 一緒に寝ようとする千景を寝室に戻す。嬉しいが仕方ないのだ。正直布団も足りていないので、寝室から持ってくるわけにもいかない。

 

「おやすみ、皆」

 

 

 1人リビングに戻り、明かりを消してソファに横になる。

 外は大変なことになっているが、今だけは平穏を享受するのだった。

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