『今日の郡家』は絵本の物語のアイデアを見つけるために、茉莉が一言日記をつけ始めたようなものです。
「やっと皆の服買えたね。よかったよかった」
「久美子さん、これからはちゃんとブラ着けてよ?」
「わかったよ」
数日が経過し、私達はようやく営業を再開した近くの服屋を訪れ、それぞれの服を数着購入した。
これで私の服も帰ってくるだろう。
ついでに食料品の買い物も済ませマンションへ帰ってくると、マンションの前に一台の車が停まっていた。
そしてその横に、変な面を付けた人が立っていた。
その人はこちらに気がつくと、深くお辞儀をしてから言葉を発した。
「郡様方でございますか?」
「違います」
「違わないだろ、息をするように嘘をつくな」
ノータイムで否定したれんちゃんにツッコミを入れる久美子さん。
「私は大社から参った神官です。あなた方に大事なお話があり、こうしてお待ちしておりました」
「お茶をどうぞ」
「これはどうもありがとうございます」
大社の神官を名乗る男を家に入れ、話を聞くためにリビングに集まる。
気が利く琴音さんは神官にお茶を出している。
「それで、話とは?」
「はい。私は今日、勇者である乃木若葉様と高嶋友奈様、それに巫女である上里ひなた様に大社に所属していただきたく、お話に参りました」
それから神官は、様々なことを説明し始めた。
まず、あの化け物を大社は『バーテックス』と呼称していること。
そして、バーテックスを倒すことができる人間を『勇者』、神の声を聞くことができる人間を『巫女』と呼ぶこと。
若葉の刀は『生大刀』、ゆうちゃんの篭手は『天ノ逆手』という神器だということも教えてくれた。
「勇者とは、神器を扱える人のことを指します。勇者と言えど神器が無ければバーテックスを倒せませんので、バーテックスを倒せるということは神器を扱えることになります」
「え?でも、れんちゃんは素手でいっぱい倒してましたよ?」
「え?」
驚いて素の声が漏れる神官。
「……そうなんですか?」
「違います」
「違わないだろ、お前素手で無双していたじゃないか」
またノータイムで否定するれんちゃんにツッコミを入れる久美子さん。
「……この件は、一度他の神官と共有させていただきます。またお話を伺うことがあるかもしれません」
「ないと思いま…」
「お前は少し黙っていろ」
遂にれんちゃんは久美子さんに黙らされてしまった。
「……話を戻しますが、この度、高知のとある神社から発見、回収された神器『大葉刈』の勇者に、神樹様は神託で郡千景様を示されました」
「……え?私?」
急に私の名前を出されたことに驚く。皆も驚いている。
「私が、勇者?」
「はい。私が今日ここに参った理由の一つとして、貴女様に勇者になっていただきたくお願いに参りました」
「……それに、拒否権は無いんだろう?」
「え?」
重い声を発するれんちゃん。その表情はいつになく真剣だ。
「お願いとは言いつつも、人類の為に戦ってもらうことになったと、報告をしに来ただけだろう?」
「……否定はしません」
「そうなの……?」
私に、命をかけて戦う以外の選択肢はない?
「大丈夫だ、千景。選択肢なら僕が作る」
「どういうこと?」
「お前が嫌なら、勇者にならなくていい。僕が全部どうにかするから。とりあえず大社は潰す」
「いきなり潰すのはやめてやれよ」
……私が勇者になって戦えば、若葉やゆうちゃんを守って、れんちゃんの負担を減らせるのだろうか。
「……私、勇者になるわ」
「……本当にいいのか?」
「ええ」
「……そうか」
「ありがとうございます。そして、本当に申し訳ございません……」
頭を床につけて、消え入りそうな声で感謝と謝罪をする神官。この人はおそらく、子供を戦わせることに罪悪感を感じているのだろう。
「そして次に、勇者様巫女様方には大社に所属していただきたいのです」
「戦争の為に戦力を集めていると?」
「……それも、否定はできません」
とても辛そうに声を出す神官。この人はきっと、本当にいい人なのだろう。立場上、どうしようもないだけで。
「……実は、私の娘も巫女として大社に所属することになりました。人類の為だと言われ、拒否することもできず……」
「なるほど……娘さんの名前は?」
「花本美佳と言います。どうか皆様、娘と仲良くしていただけると幸いです……」
「覚えておきますね」
そう言って微笑むのは、いつもの優しいひなただった。
「……それから、乃木様にとっての上里様のように、高嶋様の傍にも巫女の方がおられるはずなのですが」
「それは私だ」
「貴女様のお名前は…?」
「烏丸久美子だ」
神官の言葉に名乗り出る久美子さん。ゆうちゃんの巫女は茉莉さんのはずでは……。
当の茉莉さんは、俯き口を開かない。ただ、手を握りしめている。
「だが、私はここに来てすぐに能力を失った。こいつらのような歳ではないからな」
「なるほど、そうでしたか。では、事情を知る身として、皆様とご一緒に大社に所属されてはいかがですか?巫女ではなく神官の立場になるかと思いますが」
「……いいだろう」
「ありがとうございます」
かなりあっさりと話に乗る久美子さん。もしかして大社に入りたかったのだろうか。
「では、最後に。3日後、皆様には大社にお越しいただきます。こちらから迎えの車をご用意いたします。そこで、他の勇者様方と共に今後について説明をさせていただきます。烏丸様の入社手続き等もその時に行いましょう」
その日の夜。私は寝室ではなく、リビングに布団を敷いていた。
今日は、久々にれんちゃんと一緒に寝たい。
──────────
「電気消すよ?」
「うん」
部屋の明かりを消し、千景の入っている布団に潜り込む。
こうして一緒に寝るのは、なんだか久々な気がする。
「……これでよかったのかな」
「大丈夫。何があっても僕が守るから」
千景の背中に腕を回して抱き寄せる。もう慣れたものだ。
しかし昔と違い、今の千景には女性の柔らかさが備わってきている。
「それに、歳の近い子と友達になれるかもしれないよ」
「そうね。他の勇者の子もいるもんね」
千景を抱いていると、どうしてこんなにも安心するのだろう。
「……ねぇ」
「ん?」
「最近私が、よく久美子さんに嫉妬していたの、気づいてた?」
そう言って僕の胸に顔を埋める千景。
「ああ。嫉妬して怒った千景は怖かったな」
「しょうがないじゃない。れんちゃんが久美子さんとイチャイチャするんだもの」
「ごめんね」
千景の頬に手を添えて、少し顔を上げた千景の額に、僕の額をくっつける。
「……じゃあ、寝ようか。おやすみ、千景。……好きだよ」
「……その『好き』は、どういう『好き』なのかしら……おやすみなさい、れんちゃん」
千景の額にキスをして、僕は瞼を閉じた。
この『好き』は、正直僕にもはっきりとはわからない。
ただ、千景が愛おしいんだ。
3日後。僕達は大社の用意した車で大社へやってきた。
この前、家で神官から聞いた話は、既に楓さんには見舞いに行った際に伝えてある。ただ『若葉に任せる』とだけ言われた。
「大っきいね!!」
「こんな建物、急造なんてできないし、前からあっただろうか……」
各々が様々な感想を抱きながら、車を降りて大社の中へ入っていく。
しばらく歩き、案内された大部屋に入ると、知っている顔があった。
「お、もしかして他の勇者の人達か!?……あれ?」
「タマっち、もうちょっと大人しくしてて……って、あれ?」
そこにいたのは、愛媛で出会った、みかんをあげた子と本屋で迷子になっていた子だった。
「もしかして、杏ちゃんと……みかんをあげた子?」
「おお!やっぱりあの時の親子だ!!」
「蓮花さんと千景さん!!タマっちも知ってるの?」
「ああ、みかんを買ってたから後ろをついて行ったら1個くれた人」
「球子……何してるんだ……」
球子の父親らしき人が今の話を聞いて落胆している。
「実はね、僕らが2人と出会ったのは同じ日なんだよ」
「え、そうなんですか!?」
「そうだったわね。イネス2階の本屋で杏ちゃんと出会った後、1階で球子と出会ったのよ」
「え、まじか。あの日、タマとあんずはめちゃくちゃ近くにいたのか」
懐かしい顔に再会し、思い出話に花を咲かせる。
若葉達は空気と化していた。
その後、数人の神官がやってきて、まずは動画を見せられた。自衛隊とバーテックスの戦闘だ。
現存する兵器ではバーテックスに傷をつけることができないという説明だ。
それから、今後の生活についての説明がされた。
勇者達は皆が丸亀城で共同生活をすること。そこでは普通の授業を受けながら、戦闘の訓練も行っていくこと。巫女達は基本的に大社の寮で生活すること。
勇者の保護者は毎月大社から手当金が給付されること等。
「丸亀城なら、家からすぐじゃないか」
「僕入り浸るよ」
「流石に駄目でしょ」
「以上で説明は終了となります。ここからは、手続き等をしていただきます。烏丸様はこちらへ」
そうして入社手続きのために別の部屋へ移動する久美子。
「すみませんが、郡蓮花様はこちらへお願いします」
「え?ああ」
皆の方を振り返ると、琴音さんが微笑んで送り出してくれた。
「皆のことは心配なさらず、私に任せてください」
「わかった。ありがとう」
そして僕は神官に案内され、久美子とはまた別の部屋へ移動した。
「お連れしました」
ここは応接室、だろうか。
中心のテーブルを挟み、高価そうなソファが設置されている。
そして正面には、厳かな雰囲気を漂わせる初老辺りの男達。
「……なるほど、お偉いさんかな」
「郡蓮花様でお間違いありませんか?」
1人の男が口を開き、よく通る低い声で話し出す。
「はい」
「……この間、貴方のお宅へ訪ねた神官から、貴方は素手でバーテックスを倒したらしいと聞きました。それは本当ですか?」
「ええ、本当です」
周囲がざわめく。しかしまた別の男が話し出した瞬間、室内は静まり返った。
「ならば、貴方がどうやってバーテックスを倒したのか、説明していただけますか?少女ではなく勇者でもない貴方がなぜ、バーテックスを倒せたのか」
「そうだな……」
全て話してしまってもいいものだろうか。しかしこちらから答えのみを渡してしまってもつまらない。
「まずそもそも、勇者の扱う神器は、神性があるからバーテックスを倒せるわけですよね?」
「…そうですね。なぜ貴方がその事を……?」
「まあ、それは置いといて。要するに、バーテックスを倒すのに必要なのは武器とかではなく、神性です」
あまり表情がパッとしない男達。周りに立っている神官達も同様のようだ。
「……神性を宿していれば、それが何であれバーテックスに傷をつけられる、ということですか?」
「そうです」
「しかし貴方は、何も使わず素手で倒したと言いましたね?」
「うーん……難しく考える必要は無いんだけど」
そう言うと、何人かは理解したのか、驚きの声をあげる者、僕に頭や膝をつく者が現れた。
しかし初老の男達はまだ理解できないようだ。歳のせいで頭が回っていないのだろうか。
「簡単な話だ。僕はこの『手』や『足』でバーテックスを倒した」
「……つまり、貴方の体が神性を帯びている……と?」
「し、しかし…それでは……まさか……!!」
流石に初老の男達も理解し始める。僕が何なのか。
「理解したのなら、とりあえずいくつか頼みを聞いてもらおうか」
「は、はい!!何なりとお申し付けください……!!」
この場にいる全ての人間が、僕の前に頭を垂れた。
今日の郡家
夜、リビングに布団を敷く千景ちゃんは、とても嬉しそうだった。本当に蓮花さんが大好きなんだと思った。