花は少女の幸福を願う   作:カフェラテ

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第41話 サプライズ

「久美子さんが担任の先生!?」

 

「なんと……」

 

 それぞれの反応を示す私達とは対照的に、球子と杏はポカンとしている。

 

「話をするからとりあえず1回黙れ。質問は後で纏めて受け付ける」

 

 その声に、一旦教室内は静寂に包まれる。

 

「今日からお前達の担任となる烏丸久美子だ。以上。質問は?」

 

「はい!」

 

「友奈」

 

 即行で話を終えて質問を受け付けた久美子さんに対して、ゆうちゃんが勢いよく手を挙げる。挙手制なのか。

 

「なんでここにいるんですか?」

 

「受け取り方によってはかなり失礼だぞ。お前らの担任になったと言っただろう」

 

「はい」

 

「若葉」

 

 次は若葉が手を挙げ、久美子さんが指名する。

 

「どうして久美子さんが私達の担任なんだ?」

 

「蓮花の要望だ。知らない奴に家族を任せるより、私のほうがよっぽどマシだからだそうだ」

 

「なんでそんなれんちゃんの個人的な要望が通ったの……」

 

「知らん」

 

 どうやらこの状況はれんちゃんが仕組んだものらしい。確かに、知らない人より久美子さんが担任であるほうがマシではある……が。

 

「はい」

 

「今度は千景か」

 

「久美子さんは教員免許を持っているの?」

 

「持っている。大学時代に取った」

 

「え、意外」

 

「ちなみに、私が選ばれた理由の1つとして蓮花の要望もあったが、私が教員免許を持っていることと武術の経験者であることも選ばれた要因だ」

 

 久美子さんは武術の経験があるのか。初耳である。

 

「お前達はこれから普通の勉強もしていきながら、戦闘の訓練も行っていく。私は全科目と対人格闘を指導する」

 

 一応ちゃんと選ばれた理由があるらしい。それならば納得だ。しかし対人格闘とは。

 

「はい」

 

「お前は、伊予島杏だな」

 

「はい。なぜバーテックスと戦う私達が、対人格闘をするんですか?」

 

「それはだな、一応お前達は国家レベルの最重要人物だから、何かあっては困るんだ」

 

「タマ達、そんなすごいことになってるのか……!!」

 

 久美子さんの言葉に球子が感激している。私も少し動揺しているが。

 普通の子供として過ごしていたはずなのに、いきなり国家レベルの最重要人物とは。

 

「今は色々あって治安が悪くなっているから、外出した時に何か事件に巻き込まれる可能性だってある。そういう時に自分の身を自分で守れるように、対人を訓練するんだ」

 

「なるほど」

 

「護身術は学んでおいて損は無いと蓮花も言っていた」

 

「そうですね」

 

「ちなみに対人格闘はひなたもやるからな」

 

「わかりました」

 

 ひなたも巫女であるが故に、とても重要な立場にあるのだろう。

 

「質問はもう無いか?なら次は教材を配る」

 

 そして全員の手元に教科書やノート、問題集等が渡る。

 そこには、国語や算数などの5教科だけでなく、家庭科等の実技教科の教科書もあった。

 

「ん?実技教科もやるのか?」

 

「ああ。私の気が向いた時に気分転換としてやる」

 

「何その不定期授業」

 

「やるだけマシだと思え」

 

「えぇ…」

 

 杏が軽く引いている。早く慣れてくれることを願おう。

 

「授業についてなんだが、3学年がいるから授業をするのが難しい。よって、大抵は教科書を読んで問題を解き、自習してもらう。わからないことがあれば私が説明する」

 

「なるほど。こればかりはしょうがないわね」

 

「ただ、これでは各々で進むスピードに差が生まれるだろう。だから、毎時間進める範囲を決める。終わらなければ、その残った範囲が宿題だ。あまりにも進んでいない場合は補習をする」

 

「うへぇ……」

 

 球子が目に見えて嫌そうな顔をする。

 

「そんな顔をするな。授業時間中に終わらせてしまえば、毎日宿題無しだぞ」

 

「そう考えるとかなり優しいな」

 

「久美子さんが宿題を出してチェックするのが面倒なだけなんじゃないの?」

 

「……テストについては、小学生の間は単元毎にする。中学からは1学期に2回だ」

 

 宿題については図星らしい。別に構わないが。

 

「それから、私はお前達の担任だから、先生と呼べ」

 

 先生と呼ばれることに憧れでもあるのだろうか。

 

「今日は基本的に説明だけで、明日から本格的に授業を始めていく。今日はこの後訓練設備を見に行って午前中で終わりだ」

 

 ──────────

 

『…ってことがあったわ』

 

「そっか、驚いた?」

 

『それはもう』

 

「サプライズ成功だな」

 

 夕食の準備をしながら、千景から電話で今日の話を聞いている。久美子が担任になったことは、やはり皆とても驚いたらしい。

 

『……凄く油が跳ねる音がするけど』

 

「ああ、今ハンバーグを焼いてるから」

 

 フライパンの上のハンバーグをフライ返しで裏返す。この肉が焼ける香ばしさは電話では伝わらないのが残念だ。

 

『いいなぁ』

 

「また今度、皆で帰っておいで。その時にまたハンバーグを作ろう」

 

『わかった。……ねぇ』

 

「ん?」

 

『……次、いつ会える?』

 

 そう言う千景の声はどこか寂しげで、今すぐにでも会いに行きたくなる。

 

「……次の土曜日、そっちに行くよ。そのまま千景の部屋に泊まろうかな」

 

『……!! わかった、待ってるわ』

 

 明らかに嬉しそうな声に変わる千景。声だけでもなんて可愛いのだろう。

 そう思いながら焼けたハンバーグを皿に盛り付けていると、玄関の扉が開いた音に気がついた。帰ってきたのだろう。

 

「ただいま」

 

「おかえり、久美子。もうすぐ晩ご飯できるから」

 

「ああ」

 

 リビングに入ってきた久美子は、羽織っていた白衣を脱いでハンガーにかけ、ソファに腰を下ろした。

 

『え?久美子さん、家に戻ってきたの?』

 

「ああ、昨日戻ってきたんだ」

 

 勤務地が丸亀城になり、大社から通うとは遠いということで、久美子は家に戻ってきた。毎日ここから丸亀城に通うらしい。

 

『……聞いてない』

 

「ごめん、サプライズに勘づかれるかと思って言わなかった」

 

「ボクも昨日、久美子さんが帰ってきた時は凄くびっくりしたよ」

 

「お前を驚かせたいから教えるなと、蓮花に言っておいたからな」

 

「え、そうなの?」

 

「うん」

 

 おかげで昨日は茉莉のとても驚いた顔を見ることができた。写真にも残してある。

 

「じゃあ晩ご飯食べるから、そろそろ切るね」

 

『ええ、またね』

 

「ああ」

 

 電話を切り、ハンバーグをリビングのテーブルに運ぶ。

 琴音さんがサラダを作ってそれぞれの取り皿に盛り付けてくれているので、その皿にハンバーグを乗せていった。

 

 

 

 

 

「えっと、これは何?」

 

「……怪獣?」

 

「うさぎだ」

 

「フフッ」

 

 夕食を終え、リビングでは茉莉と久美子が絵しりとりをしている。

 今回、見ているほうが面白そうなので僕は観客に回った。琴音さんも一緒になって勝負を見守っている。

 そして、久美子の番が来る度に何を描いたのか当てる遊びをしている。

 

「これ、うさぎなんだ……」

 

「……次は『ぎ』だぞ」

 

「うん…」

 

 茉莉の『アンコウ』に対する久美子の返答は『うさぎ』らしいが、とてもそうは見えない。

 

「……烏丸先生、こんなんで美術の授業できるの?」

 

「……美術の時は茉莉を連れていく」

 

「なるほど、アリだな」

 

 絵に関しては久美子より茉莉のほうがよっぽど上手だ。茉莉を講師に招いたほうがいいだろう。

 久美子と話している間にも、茉莉のペンは止まらない。

 

「できた」

 

「これは、ルアーか?いや……なるほど、『疑似餌』か」

 

「うん」

 

 茉莉の描いた絵は一見魚のようだが、ちゃんと腹と尻尾のところに針がついている。

 しかし、ルアーを疑似餌に言い換えるとは。茉莉は普通にしりとりをしても強そうだ。

 これを久美子が描くとフックが付いた細長い怪物になりそうだ。

 

 

 

 数分後、久美子の画力が尽きて勝負は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても」

 

「……ん?」

 

 入浴を終えてリビングに戻ると、茉莉が久美子を見つめて険しい顔をしていた。

 

「久美子さん、その服がこの前買った部屋着?」

 

「ああ。着心地がいいぞ」

 

「その布面積で着心地を語らないでよ」

 

 久美子が今着ている部屋着は、上は黒のノースリーブに、下はよくある丈がとても短いショートパンツだ。

 要するに腕も生足も丸出しである。

 

「お前も着てみるか?」

 

「嫌だよ」

 

「即答か。ラフで過ごしやすいんだがなぁ」

 

 とてもラフな格好ではあるから、部屋着としてはとても良いのだろう。

 

「僕はいいと思うけど、その格好で外に出ないでね」

 

「わかっている。さすがに外に出る時は何か羽織る」

 

「それもだけど、まずは足を隠そうよ……」

 

 鍛えているから引き締まっているが、同時に女性らしい丸みも備わっている美脚。これを晒して外に出すわけにはいかない。

 

「お前は年頃の娘の派手な格好を注意する中年の親父か」

 

「君と3つしか変わらないよ。あとたまにチラチラお腹も出てるから気をつけて」

 

「そういうところが親父なんだよ」

 

 ……子供の頃の久美子はどんな子供だったのだろう。ご両親は苦労したのだろうか。

 

「まあ、家の中ではどんな格好でも別にいいけどさ。外に出る時だけ気をつけてくれれば」

 

「そういうことだ茉莉。これ以上口出しするな」

 

「えぇ……久美子さんがどんな格好をしようとボクには関係ないけど、蓮花さんの目の毒にならないか心配だよ」

 

「なかなか失礼だな。目の毒どころか目の保養だろう」

 

「そうだね」

 

「認めちゃうんですね……」

 

 琴音さんが苦笑いしている。しかしこれは否定できないのだ。

 

 

 

 

 

 寝るにはいい時間になり、皆で寝室に移動して布団に横になる。

 

「……ねえ」

 

「どうしたんですか?」

 

「よく今までここで7人で寝てたね」

 

 布団は3枚。今僕達は3枚の布団を4人で使っているが、正直狭い。少し前までここで7人で寝ていたのか。久美子や千景が布団をリビングに持ってきた時は2枚の布団で6人だったのか。

 

「仕方ないですよ。布団を売っているお店も休業していましたし」

 

「そうなんだけど、これならリビングのソファで寝ていた僕のほうが広かったんじゃないか?」

 

「そうだな」

 

 ……けれど、もし僕が布団で寝ようとしていたら、大人が増えてもっと狭くなっていたか。

 

「お前と寝た時は少し広かった」

 

「そうだったのか」

 

 しかし、前よりマシとはいえ今も少し狭いことに変わりはない。

 僕は一番端にいるが、少し動けば布団から落ちるか、もしくは隣の久美子に当たる。

 ちなみに久美子の向こう側に茉莉、その隣に琴音さんがいる。

 

 掛け布団を掛け直そうと腕を布団の外に出そうとすると、何かに触れてしまった。

 

 いや、何かではなく、この柔らかさは久美子のふとももだ。

 僕が触れてしまった途端、そっと顔を寄せてきて小声で話す久美子。

 

「……何だ、触りたかったのか?」

 

「違うよ、布団を掛け直そうとしただけだよ」

 

「触れた感想は?」

 

「……柔らかくてスベスベでした」

 

「そうか」

 

 吐息がかかる距離にある久美子の顔は、やはり綺麗だ。初めて会った時から美人だとは思っていたが、間近で見ると凄い。

 こういう雰囲気の時に時折見せる妖しい笑みは、こちらをそそらせる。

 

 久美子の髪に手を置き、少し撫でてみる。

 

「……大人しく寝なさい。明日も仕事でしょ?」

 

「……そういえば、お前は仕事どうするんだ?」

 

「え?」

 

「今、無職だろう?」

 

 久美子の髪を撫でていた手が止まる。

 そうだ、僕は今無職だった。一応、職場が無事か確認をしに行ったが、瓦礫と化していた。

 

「……久美子は綺麗だね」

 

「……いやそうじゃない。話を逸らすな」

 

「そうだなぁ……大社からの給付金もあるし、貯金もあるし、しばらくはこのままかなぁ。やる事もあるし」

 

「やる事?」

 

「四国の周りに集まってるバーテックスを定期的に片付けようと思うんだ。そうすれば、皆が戦わなくて済むし、敵が来たとしても少数で済むだろう」

 

「なるほどな。……それ、大社に言って給料を出してもらったらどうだ?」

 

「……なるほど」

 

 後日、大社に行ってお偉いさん達にこの話をすると、月々の給付金を増額してもらえることになった。

 

「じゃあ僕の職の話は終わり。ほら、茉莉も琴音さんももう寝てるし、寝るよ?」

 

「ああ」

 

 久美子の髪を撫でていた手を下ろして瞼を閉じる。

 視覚を閉じると、聴覚が少し敏感になる。

 次第に規則正しい呼吸になっていく久美子の寝息を聞きながら、僕も眠気に誘われた。




今日の郡家
 久美子さんは凄く絵が苦手だとわかった。あれをうさぎだと言い張る図太さは、ボクも見習いたい。
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