花は少女の幸福を願う   作:カフェラテ

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話の切り所が見つからなくて過去最長になってしまった。


第43話 休日と親愛

「なあ千景」

 

「何?」

 

「タマはな、初めて香川のうどんを食べた時、感動したんだ。これが本物のうどんなんだと」

 

「私も初めて食べた時はそうだったわ」

 

 放課後、また私の部屋に皆が集まっている。そしてふと球子が私に話しかけてきたのだ。

 

「しかし、聞けば香川には骨付鳥なるものがあるらしいじゃないか」

 

「そうね」

 

「タマはそれを食べてみたい!だから皆で食べに行こう!」

 

 球子の提案を聞いて、皆こちらに意識を向ける。

 

「構わないけど、そもそも営業しているの?」

 

「おう、調べてみたら今週営業を再開したらしい」

 

「なら、次の土曜日の昼にでも食べに行く?」

 

 球子だけでなく全員に提案すると、皆賛成のようだ。

 

「骨付鳥か、最近食べていないな」

 

「そうですねぇ」

 

「実は私も気になっていました」

 

「私は今知った!食べてみたい!」

 

「よっしゃ、皆乗り気だな!」

 

 そういえば、土曜日はれんちゃんが泊まりに来てくれる日だ。どうせなら、昼前に来てもらって一緒に骨付鳥を食べに行こう。

 

「じゃあ、行くわよ」

 

「え、どこに?」

 

「職員室」

 

 携帯ゲーム機を置いて立ち上がり、言い出しっぺの球子も立たせ、寮を出るため扉に向かう。

 

「なんで職員室に行くんだ?」

 

「外出許可を貰いに行くのよ」

 

「誰に許可を貰うんだ?」

 

「久美子さん」

 

「身内かよ」

 

 

 

 

 

 職員室の扉を開くと、久美子さんを含む複数人の職員が仕事をしている。

 久美子さんは時折刺激を求めて奇行に走るが、基本的にはやる事はきちんとやる人なのだ。

 

 傍まで歩いていくと、久美子さんもこちらに気がつく。

 

「……ん?どうした?」

 

「外出許可を貰いに来たの」

 

「どこか出かけるのか?」

 

「今からじゃないけれど、次の土曜日に皆で骨付鳥を食べに行きたいの」

 

 簡潔に、いつどこに行くのかを伝える。

 

「全員でか?」

 

「ええ。れんちゃんも誘ってみるけど」

 

「あいつが一緒なら問題無いな。わかった、許可する」

 

「よっしゃあ!!ありがとな烏丸先生!!」

 

 無事に許可が降りてテンションが上がる球子。ここは職員室で他にも仕事をしている人達がいるため、あまり騒がないでほしい。

 

「にしても骨付鳥か。……次の土曜日は休みだな。よし、私も行く」

 

「え?あ、はい」

 

 ────────

 

『ってことなんだけど』

 

「わかった。じゃあ昼前に丸亀城に行くよ」

 

 茉莉、琴音さんと夕食の準備をしていると、いつもより早く千景から電話がかかってきた。そして、土曜日に皆と一緒に骨付鳥を食べに行くことになった。

 

「あ、そうだ。茉莉と琴音さんも、土曜日に皆で骨付鳥を食べに行く?」

 

「行きます。ひなたにも会いたいですし」

 

「ボクも行く。ゆうちゃんに会いたい」

 

「わかった。そういうわけで千景、茉莉達も一緒に連れていくね」

 

『ええ、わかった。皆にも言っておくわ』

 

 琴音さんと茉莉がポテトサラダを作っているのを眺めながら、僕は唐揚げを揚げている。

 

『あ、そういえば久美子さんも行くらしいわ』

 

「そうなんだ。……全員で十人か。予約しておいたほうがいいな、後でしておこう」

 

 土曜日まであと二日。皆で一緒に出かけられるのが、とても待ち遠しく思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の夜、入浴を終えた久美子は冷蔵庫から取り出した酒の缶をテーブルに置いた。

 

「飲むの?」

 

「明日は休みだから遅くまで飲む。付き合え」

 

「えぇ…まあいいけど。何かおつまみ作ろうか?」

 

「頼む」

 

 キッチンに向かい、どんなものを作ろうかと考える。酒のつまみを作ったことはあまりない。

 

「……ベーコンとかウインナーにチーズ絡めて焼いてみるか」

 

 冷蔵庫からベーコンとウインナー、スライスチーズを取り出し、適当な大きさに切って火をつけて油を引いたフライパンに放り込む。そして溶けたチーズを絡めながらベーコンとウインナーを焼いていく。

 

「どうしよう、酒のつまみじゃなくても美味しそう」

 

 焼きあがったそれを皿に移し、リビングのテーブルに運ぶ。

 

「できたよ。味見はしてない」

 

「……美味しそう」

 

「茉莉も食べていいよ」

 

「いただきます……美味しい」

 

 満足気な表情をする茉莉。やはり普通におかずとして美味しいらしい。

 

 

 

 

 少し時間が経過し、既に琴音さんと茉莉は就寝したが、まだ久美子は飲んでいた。

 時々飲んでは、ソファの縁にもたれてスマホを弄りのんびりとしている。

 僕も同じようにソファにもたれかかり、ボーッと過ごしている。

 

「そういえば、お前は飲まないのか?今は千景達もいないし、茉莉は寝ているぞ」

 

「……じゃあ、ちょっとだけ貰おうかな」

 

 久美子が飲んでいた酒を少し貰い飲んでみる。酒を飲むのは何年ぶりだろうか。

 

「久美子はお酒好きなの?」

 

「少しな。毎日飲みたいほどではないが、時々飲みたくなる」

 

「へー」

 

「興味無い相槌だな」

 

「そんなことはない。僕は君に興味がある」

 

「……なぜ?」

 

「変人だから」

 

「馬鹿にしているのか?それはブーメランだぞ」

 

「馬鹿になんてしてないよ」

 

 普通の人間とは少し違うが故に、面白い。

 なんだろう、頭がふわふわする。

 そういえば、僕は酔うのも覚めるのも早いんだったか。

 

「……茉莉のことなんだけどさ」

 

「急に話題が変わったな。茉莉がどうかしたか?」

 

「……そのうち、普通の学校にまた通わせてあげたいんだ」

 

 今は、体育館が避難所として使われている学校が多く授業どころではないため無理だが。

 

「いいんじゃないか?」

 

「うん……普通に幸せになってほしい。そうなれるように、できることはしてあげたい」

 

「……そうか」

 

 既に冷めたおつまみに箸を伸ばす。……美味しい。

 その手軽さと美味しさに少し感動していると、僕の右肩に久美子の頭が載せられる。

 

「……また話は変わるが、私はお前に感謝している」

 

「どうした急に」

 

「私がここで暮らせているのも、丸亀城であいつらの担任をしているのも、お前のおかげだからな」

 

「……僕がそうしてほしかっただけだよ」

 

「それでも、私は今の生活が少し楽しい。丸亀城を学校として使い、生徒に授業だけでなく訓練もするという生活は、普通の人間ではできないから。奈良から避難する時は楽しいバスツアーを邪魔されたが」

 

「それはそうだよ。友奈と茉莉の安全のほうが優先だ」

 

「だろうな」

 

「久美子にももう少し自分を大事にしてほしいけど」

 

「していると思うが。私は自分の欲求に素直だぞ」

 

 そう言いながら、また酒とつまみに手を伸ばす久美子。確かに自分の心は大事にしているようだが。

 

「自分の気持ちを大事にした結果、自分の体を危険に晒すことが多くないか?」

 

「私はそういう感性だからな」

 

「そうだね……」

 

 何とも生きづらい精神構造をしている。これが茉莉と真逆なのだ。

 普通の人間は、危険なことには関わりたくないという気持ちを大事にすることで、自分の身の安全を確保し、結果的に自分の身も心も大切にする。

 

「僕は君の体も大事にしてほしいんだけどなぁ」

 

「多少の危険には首を突っ込んだほうが楽しいから無理だな」

 

「えぇ……」

 

「そんなに言うなら……お前が私の体を大事にしてくれ」

 

 体を起こし、四つん這いで僕の表情を覗き込む久美子。その体勢は谷間が見通せるので本当に良くない。

 

「大事にしているつもりだよ。久美子も他の子と同じように」

 

「そうだな、わかっているよ。大切にされていることはよく伝わっている」

 

 今度は脚を伸ばして座る僕の太腿に座る久美子。僕は自然と久美子の腰に手を回し、少し抱き寄せる。

 

「いきなりだが、今から四国の外にデートに行かないか?」

 

「いきなりだね。四国内なら行ってあげたけど、行き先が地獄だよ」

 

「だから楽しいんじゃないか」

 

「これは、酔ってなくても素でそうなんだろうな……」

 

 茉莉が、久美子は悪意が無くても周りの人達にとっては有害だと言っていたことがあるが、確かに巻き込まれる側からすれば有害だ。

 

「久美子、僕以外の人をそういうことに巻き込むなよ?危ないから」

 

「……お前がいると私の安全が確保されてしまうな。サファリパークで肉食獣の群れの中を走るバスみたいだ。……それはそれで少し面白そうではある」

 

「……なるほど」

 

 上手い例えに感心していると、久美子が僕の両肩に置いていた手を僕の首に回し、全身でもたれかかってくる。いい香りと柔らかさ、そしてやはり少し酒臭い。

 

「眠いのか?もう寝ようか」

 

「もう少し残っているから、飲み終えてから寝る」

 

「じゃあ飲みなよ」

 

「……飲み終えるまでは寝ない」

 

 だいぶ酔ってきたのだろうか。顔は見えないが、声は眠たげだ。そして酔うと甘え出す。

 

「僕がいないところで酒は飲むなよ?」

 

「ああ……。わかっている……」

 

「ならいいけど」

 

 クーラーをつけているため密着していても暑いとは感じないが、人肌のほどよい温かさはより眠気を誘う。

 

「……久美子?」

 

 

「……スゥ…………」

 

「寝たのか。……しょうがない」

 

 久美子を起こさないように抱きかかえて寝室に運び、布団に寝かせ、少し髪を撫でる。

 

「おやすみ、久美子」

 

 僕はリビングに戻り、残っていた少しの酒を飲み干した。

 

 ──────────

 

 土曜日。出かける準備をして丸亀城の門の前に向かうと、既にれんちゃん達は来ていた。

 

「茉莉さーん!」

 

「ゆうちゃん!元気だった?」

 

「うん!」

 

 駆け出したゆうちゃんを茉莉さんが受け止める。声は電話で聞いていたが、会うのは一週間と少しぶりか。

 

「おはよう」

 

「おはよう千景。もうすぐ昼だけど」

 

「まあいいじゃない」

 

 私はれんちゃんの元へ歩いていくが、れんちゃんの目は少しだけ眠たげだった。そして久美子さんも。

 

「夜更かししたの?」

 

「ちょっと遅くまで酒飲んでたんだ」

 

「あら珍しい。久美子さんも?」

 

「ああ。布団に行った記憶は無いが、起きたら布団にいた」

 

「僕が運んだんだよ」

 

「またですか……」

 

 久美子さんはまたリビングで寝たのだろう。呆れるひなたに私も同感だ。

 

「あ、初めまして……横手茉莉…です」

 

「土居球子だ!よろしくな茉莉!」

 

「伊予島杏です」

 

 そういえば茉莉さんと愛媛の二人は初対面だったか。自己紹介を交わしている。茉莉さんは相変わらず少し人見知りだ。

 

「球子、茉莉さんはあなたの三つ上よ」

 

「え!?じゃあ茉莉さん!」

 

「茉莉でいいよ、球子ちゃん」

 

「じゃあ茉莉姉ちゃん!」

 

 球子と並んで微笑む茉莉さんは、本当にお姉さんのようだ。

 

「じゃあ、そろそろ行こうか」

 

「ええ」

 

「待ってろ骨付鳥!!」

 

 れんちゃんと手を繋ぎ、私達は少し久々に丸亀城を出た。

 

 

 

 

 

 店に着くと、意外と店内は空いていた。

 予約してあることを伝え、案内された席に座り、それぞれがメニューを眺め始める。

 

「親と雛ってどう違うんだ?」

 

「親は歯ごたえがあり、雛は柔らかくて食べやすいんだ。私は親派だ」

 

「ちーちゃんは?」

 

「私はどちらかと言えば親派だけど、いつもれんちゃんと両方注文して半分こしているわ」

 

 どちらも美味しいことに変わりはないのだ。

 

「じゃああんず、タマ達も両方頼んで半分こしよう!」

 

「いいよ」

 

「久美子はどうするの?」

 

「……久々だから両方食べたい。友奈、半分こしよう」

 

「うん、私も両方食べてみる!」

 

 半分こ、良い文化である。

 

 

 注文した骨付鳥が運ばれてくると、球子はすぐにかぶりついた。

 

「……美味い!!」

 

「タマっち先輩声が大きすぎるよ。他のお客さんもいるんだから」

 

「だって美味いんだよ!あんずも食べてみろ!」

 

 球子に促され、杏も骨付鳥を食べ始める。球子とは違い上品な食べ方である。

 

「ほんとだ、凄く美味しい……!」

 

「だろ!?」

 

 とても良いリアクションをする二人を、れんちゃんは写真に収めていた。

 

 

 

 

 

 

「……あら?」

 

「どうした?」

 

 骨付鳥を頬張りながら周囲を見ていると、今入ってきた客に目が止まった。

 その客もすぐにこちらに気がついたようで、自分達の席に向かわずにこちらへ歩いてきた。

 

「やっぱり千景達だ!」

 

「美琴と凜じゃない!無事だったのね!」

 

「うん、うちと凜の家は家具が倒れたりしたけど怪我とかはしなかったの」

 

 そこに現れたのは美琴と凜、そしてその両親達だった。夏休みに入ってから一度も会っていなかったから心配していたのだ。

 

「それにしても、随分と大所帯になったね。若葉ちゃんとひなたちゃんは覚えてるけど」

 

「お久しぶりです」

 

 美琴達に挨拶をするひなたと、タイミング悪く骨付鳥にかぶりついていたためペコッと頭を下げる若葉。

 

「何?蓮花さん遂に結婚したの?」

 

「まだ未婚だよ」

 

「そうよ。この人はただの居候だから」

 

 久美子さんを見てれんちゃんが結婚したのかと思ったらしい美琴の言葉を否定する。

 

「二人とも、お父さん達が待ってるからとりあえず席についてきたら?」

 

「あ、確かに。また後でね」

 

「ええ」

 

 家族の元へ戻っていく二人の後ろ姿を見ながら、一緒に注文したとりめしを食べ進める。

 この店で美味しいのは骨付鳥だけではないのだ。

 

「千景の友達か?」

 

「そう。小3からずっと同じクラスだった子達」

 

「なるほど」

 

 

 

 

 

 注文した料理を食べ終え、少し美琴達と話してから店を出た。無事を確認できただけでも良かった。

 

「この後はハンバーグの材料を買いに行って、楓さんのお見舞いにも行こうか」

 

 

 

 スーパーに行って買い物を済ませ、楓さんの入院している病院に向かう。

 少し前は病院の周りは怪我人等で溢れかえっていたが、少し落ち着いたようだ。

 楓さんの病室にたどり着き、戸を開く。

 

「来たよ」

 

「おお、皆で来たのか」

 

 楓さんはベッドに座り本を読んでいた。

 ぞろぞろと病室に入っていくが、当然椅子は足りない。

 私はゆうちゃんを膝の上に載せておこう。

 

「さっき買ってきた林檎食べますか?」

 

「ああ」

 

 先程スーパーで買ってきた林檎の皮を琴音さんが剥き始める。

 その横で、球子と杏は目を丸くしていた。

 

「もしかしなくても若葉の母ちゃんか?」

 

「ああ、そうだ」

 

「凄くそっくりですね」

 

「よく言われる」

 

 誰が見ても血縁者だとわかるだろう。楓さんは美人で若く見えるため、たまに姉妹だと思われることもあるらしいが。

 

「若葉、最近はどういう生活をしているんだ?」

 

「丸亀城で授業を受けながら訓練している。久美子さんが担任の先生なんだ」

 

「なんと、そうなのか。それで、この子達が同じ『勇者』として一緒に生活しているクラスメイトか?」

 

「ああ」

 

 楓さんは初対面の球子と杏と少し話した後、思い出したように話を変えた。

 

「そういえば、私の退院は来月辺りになりそうだ」

 

「そうなんですね」

 

「出してもらっておいてなんだが、病院食は味が薄くてな……早く退院したい」

 

「しょうがないよ。ゆっくりちゃんと治してね」

 

「ああ。今日は来てくれてありがとう」

 

「またそのうち来るよ」

 

 

 

 あまり長居はせずに病院を出たが、丸亀城に帰ってきたのは夕方前だった。

 

 ──────────

 

「……いつにも増して狭いわね」

 

 現在、千景の部屋には十人集まっている。狭くて当然だ。

 

 そのうち僕と千景はキッチンでハンバーグを作っている。上里親子はテーブルでサラダを作ってくれている。

 今夜僕は千景の部屋に、茉莉は友奈の部屋に泊まるが、琴音さんと久美子は一緒に夕食を食べてから帰るらしい。

 

 全員同時には食べる場所が無いので、ハンバーグが焼けるとどんどんテーブルに運び、次のハンバーグを焼いている間に数人ずつ食べてもらう。

 

「……美味い!!千景はこんな料理を食べて育ってきたのか。ならそのたゆんたゆんも納得だ」

 

「セクハラかしら?」

 

「タマは今日、美味いものがたくさん食べられて大満足だ!」

 

「それはよかった」

 

 

 

 最後に僕と千景のハンバーグを焼いてテーブルに運び、食べ始める。

 

「美味しい?」

 

「ええ、美味しい」

 

 ハンバーグを箸で切り、口に運んで微笑む千景。

 自分のを食べることも忘れ、食べる千景を見ていたくなる。

 ずっと見つめていると、すぐに千景と目が合った。

 

「どうしたの?食べないの?」

 

「食べるよ。千景の笑顔を見ていると幸せでね」

 

「そんなに笑ってた?」

 

「ああ」

 

 千景の笑顔を写真に収めればよかったと一瞬後悔しかけたが、まあいいかと悔いを流す。

 これからいくらでも、千景の笑顔は見られるはずだ。

 

「そういえば、この前蓮花さんを可愛がるって言っていたのは結局どうなりましたか!?」

 

 僕達が食べている横で皆が談笑している中、唐突に飛び出した杏の発言に千景がむせる。

 

「まだ覚えていたのか……」

 

「茉莉さん、火曜日辺りに久美子さんは家で蓮花さんに何かしてましたか?」

 

 久美子は答えないと理解した杏は、その場にいた茉莉に尋ねる。

 

「火曜日?えっと……あ、そうだ。マッサージと耳かきをしていたよ」

 

「あら〜そんなことをしてあげたんですね!」

 

「くっ……」

 

 ニヤニヤが止まらない目で久美子を見る杏。その久美子はあっさりと答えてしまった茉莉を横目で睨む。

 

「れんちゃん、そんなことをしてもらったの……?」

 

「あ、ああ」

 

 正面に視線を戻すと、千景が冷めた目で僕を見ていた。

 

 

 

 

 

 ひなたと共に久美子と琴音さんを見送り、寮に戻る。

 若葉、ひなた、千景と部屋が並んでおり、ひなたの部屋の前で別れる。

 

「おやすみ、ひな」

 

「おやすみなさい、れんちゃん。今度私の部屋にも泊まりに来てくださいね」

 

「え?ああ、わかった」

 

 ひなたが部屋に入ったのを確認し、僕は千景の部屋に入る。

 風呂の準備は既にされており、もうすぐ湯が沸くようだ。

 

「先に風呂入っていいよ」

 

「あ、うん……」

 

 千景は着替えを用意し、なぜか僕の方を向いて立ち止まった。

 

「どうかした?」

 

「えっと……一緒に入らない?」

 

 少し照れながらそう言う千景。こんなやり取りを数年前にもしたような気がする。

 

「いいの?」

 

「れんちゃんがじっくり見てこなければ、いい」

 

「わかった。じゃあ一緒に入ろう」

 

 すぐに僕も着替えを用意し、先に脱衣場に向かった千景を追った。

 

 

 

「痒いところはございませんか〜」

 

「大丈夫」

 

 千景の長く綺麗な黒髪をわしゃわしゃと洗う。なんだかとても久しぶりだ。

 シャンプーを流すと、今度は場所を交代して千景が僕の頭を洗い始める。

 髪を洗ってあげることは多かったが、洗ってもらったことはあまりない。

 白く細い指で頭皮に触れられる。

 人に髪を洗ってもらう気持ち良さを知った。

 

 体も洗い終えると、二人で湯船に浸かる。

 千景が僕の脚の間に座り、僕にもたれかかる、一緒に入っていた頃はいつもしていた体勢になる。

 しかし一年近く一緒に入っていなかったこともあり、千景の頭の高さに背が伸びたことを実感する。

 

「いつの間にか大きくなったね」

 

「どこが?」

 

「身長」

 

 身長以外も色々と大きくなっているが、言わないでおこう。健やかに成長していてくれて、とても嬉しい。

 千景の腹に腕を回し、少し抱き寄せる。

 

「……」

 

「黙っちゃってどうした?」

 

「なんでもない……」

 

 こちらからは千景の顔が見えないから、どんな表情をしているのかわからない。

 ただ、心臓の鼓動が速くなっていくのは伝わってくる。

 久しぶりで緊張でもしているのだろうか。可愛らしいな。

 

「……なんか硬くなってる」

 

「ごめん。気にしないでくれ……」

 

「わかったわ」

 

 千景が大きくなっていくほど、どうしても女を感じてしまうようになるのは、どうしようもないのだ。

 

 ──────────

 

「千景、久々に耳かきしてあげようか?」

 

 入浴後、そう言いながら耳かき棒を用意するれんちゃんの提案に乗り、ベッドに腰かけるれんちゃんの太腿に頭を載せる。

 

「入れてくよ」

 

「ん……」

 

 そっと私の耳に入ってくる耳かき棒。れんちゃんに耳かきをしてもらうのは、何ヶ月ぶりだろうか。

 優しい手つきで耳の壁をそっと掻かれると、風呂上がりで体が温まっているのも相まってとても眠くなる。

 

「気持ちいい?」

 

「うん……」

 

 しばらく掻いてもらうと、耳かき棒が抜かれて代わりに梵天が入れられる。そして小さな耳垢をとった後、そっと息を吹きかけられる。

 体を反対向きに動かし、もう片方の耳もしてもらう。

 

「……れんちゃんも、こんな風に久美子さんにしてもらったの?」

 

「うん」

 

「気持ちよかった?」

 

「ああ。気持ちよくて途中で寝ちゃったよ」

 

「あの人、耳かきなんてできたのね」

 

「人にするのは初めてって言ってたよ」

 

 最近は減ったが、昔は私が眠れない夜等に、れんちゃんはよく耳かきをしてくれた。そうすると、いつも決まっていつの間にか眠りに落ちているのだ。

 しかし、今夜はまだまだ寝るわけにはいかない。私は必死に意識を落とさないように最後まで耐え抜いた。

 

 

 その後、久々にれんちゃんと一緒にゲームをしていると、あっという間に時間が過ぎていく。

 

「そろそろ終わって寝ようか」

 

 23時を回った辺りで、れんちゃんがそう提案した。

 明日になればれんちゃんは家に帰ってしまうから、本当はまだ寝たくない。しかし、れんちゃんに包まれて眠る心地良さも知っている。

 それにこれ以上の夜更かしはれんちゃんが許してくれないので、私は渋々ゲームの電源を切った。

 

 

 部屋の明かりを消し、れんちゃんと一緒にベッドに入る。この部屋に他の布団はない。

 

「布団を何枚か買っておけば、皆でお泊まり会とかできるね。大社に要望出しとく?」

 

「……布団があっても、れんちゃんは一緒にベッドで寝てくれる?」

 

「それはもちろん」

 

「なら、要望出すわ。久美子さんに言えばいいかしら」

 

「ああ。明日家に帰ったら僕が言っておくよ」

 

 私の両腕をれんちゃんの背中に回すと、れんちゃんは抱き寄せてくれる。

 枕は一つしか無いが、この距離なら一つでも問題無い。

 

「……ねえ、れんちゃん」

 

「ん?」

 

「久美子さんのこと、好きなの?」

 

 最近、少し不安に思っていたことを尋ねる。れんちゃんは大人だから、恋人がいてもおかしくないし、結婚してもいい年齢だ。歳が近い久美子さんと、そういう関係になる可能性が無い、とは言い切れないのが不安だった。

 れんちゃんは真っ直ぐに私の目を見て答えた。

 

「……好きだよ。でも、この気持ちは恋愛じゃなくて親愛かな」

 

「……そうなの?」

 

「うん。大切な人ではあるけど、それは皆にも感じていることだ。恋愛も親愛も、その人と一緒にいて嬉しいのは同じだけどね」

 

 私にはまだ、愛の違いがはっきりとはわからない。愛である以上、共通点もあるからだろうか。

 私が今抱いているこの感情は、何なのだろう。

 

 れんちゃんの胸に顔を埋めると、私の腰辺りにあったれんちゃんの手が、片方は私の背中辺りに上がってきて、私を抱き締める力も少し増す。

 私達の間に、隙間なんて要らない。

 

「……やっぱり僕は、千景の心音を感じている時が一番幸せだ」

 

 優しい声でれんちゃんは囁く。貴方の声を聞く度に、私の心は揺れ動く。

 

「私は……貴方の体温を感じている時が、幸せよ」

 

 その温かさに段々と眠気が増してくる。けれど、もう少しだけ起きていたい。まだ、貴方を感じていたい。

 

 

 

「私を離さないで」

 

「ああ」

 

 

「私の傍にいて…」

 

「いるよ」

 

 

「私を…好きでいてください……」

 

「ずっと大好きだよ」

 

 

 そう言ってくれる貴方の笑顔は、いつも私の心を満たしてくれた。




今日の郡家
 一週間ちょっとぶりに会ったゆうちゃん達が変わらず元気でよかった。今の生活環境でも毎日を楽しく過ごせているようで安心した。
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