というか千景も蓮花の影響を受けて下の名前で呼んでいるので、主に蓮花が原因です。
「よっと……」
瀬戸大橋から四国を覆う壁に近づき、その上に登る。
そこから周囲を見渡せば、瀬戸内海と遠くに壊れた街が広がる。
しかし少し前に踏み出し、神樹が作った結界を出ると、先程見えていた景色にバーテックスが現れる。
周囲に見える数は少ないが、一体でも人類からすれば脅威となる。見つけたからには殲滅しておこう。
「さて、頑張るぞー」
今日は日が暮れるまでに、四国を一周して周囲に確認したバーテックスを片付けるのだ。
久美子の定時退勤とどちらが早いだろう。
──────────
「えー、昨日言っておいた通り、気が向いたので今日は家庭科の授業をする。教科書は持ってきているな?」
『はーい』
丸亀城での授業が始まってから一週間と少し経過し、今日は初めての実技科目の授業である。烏丸先生の気が向いたらしい。
「では今から食堂に向かう。調理実習だ」
「おお、やった!食べられる!」
「ちゃんと作れたら、な」
「食べられ……るものができたらいいな……」
調理実習と聞いて上がった球子のテンションが、烏丸先生の一言で一気に落ちていく。
「おっと、忘れるところだった」
教室の戸に向かおうとしていた足を方向転換した烏丸先生が、教室の隅に置かれたダンボールを持って教卓に戻る。
「順番に取りに来い。エプロンだ」
「エプロン!」
それぞれが立ち上がり、教卓の前に並んでエプロンを受け取っていく。それぞれが違う色のようだ。
「これ、どうしたんですか?」
「蓮花が大社の金で全員分選んで買った」
「えっ」
「正確には、蓮花が買って代金を大社に請求した。授業で使うから経費になるだろ」
「なるほど」
れんちゃんはそれぞれのイメージカラーで選んだのだろうか。若葉は青、ひなたは紫、ゆうちゃんはピンク、球子が赤で杏は黄色だ。
「お前にはこれだ」
「あ、これ…」
私に渡されたのは、家に置きっぱなしだった私の黒のエプロン。3年前のクリスマスで貰ったれんちゃんのエプロンだ。
「じゃあ、それと教科書を持って食堂に行くぞ。事前に話して使わせてもらえることになっている」
それぞれのエプロンと教科書を手に持ち、私達は食堂に向かった。
「始める前に説明するぞ。まず、作った料理が今日の昼食だ」
「え、うまく作れなかったら?」
「昼抜き。もしくは分けてもらえ」
私は大丈夫だが、ゆうちゃんや球子は大丈夫だろうか。多めに作ったほうがいいだろうか。
「で、今回は二人組で作ってもら」
「ちーちゃん!!」
「千景!!」
「千景さん!!」
「……最後まで話を聞け」
「「「はい……」」」
烏丸先生が言い終わる前にゆうちゃん、球子、杏が私に押しかける。若葉とひなたは時々一緒に料理をしていたし、何とかなるだろう。
「そうだな……ペアはくじで決めよう」
「なっ!?」
途端に若葉が衝撃を受ける。ひなたがいれば大丈夫だと油断していたか。
適当な紙にあみだくじを書き出す烏丸先生。
くじの結果、私とひなた、若葉と球子、ゆうちゃんと杏という組み合わせになった。
「マジかよ…終わった。さようなら…タマの昼ごはん……」
「失礼だな、少なくとも球子よりは料理できるぞ。刃物の扱いにも慣れている」
「が、頑張ろうねアンちゃん!」
「は、はい!頑張ります!」
「……私達で、少し多めに作りましょうか」
「そうね」
「偏ったな。まあ面白いからいいか」
久美子さんはすぐこういうことする。
「それで、何を作るんだ?」
「お好み焼きだ」
「初調理実習でお好み焼き」
米を炊くとか、ゆで卵を作るとかではなく、お好み焼きらしい。なぜ。
「理由は?」
「私が好きだからだ」
「個人的な好みかよ!!」
球子のツッコミに同調する。おそらく他の皆も同じ思いだろう。
「簡単な作り方はこのホワイトボードに書いておくが、詳しいことは教科書を見て作れ。以上」
「家庭科の教科書にお好み焼きのレシピなんて載っているのかしら……あった」
パラパラと料理について書いているページを捲っていくと、確かにお好み焼きのレシピが載っていた。
「お好み焼きの作り方が載っている教科書を選んだからな」
「職権乱用かよ!?」
「これくらい別にいいだろ」
球子がツッコんでいる横で、私達は調理を始める。
「私は生地を作りますね」
「なら私はキャベツを切るわ」
ひなたがボウルに小麦粉や卵、水等を入れて混ぜる横で、私はキャベツをみじん切りにしていく。
周囲を見ると、少しハラハラしそうになることもあるが、ゆうちゃんと杏は少しずつだが順調に進んでいるようだ。
「なあ若葉、この豚肉そのまま焼いたほうが確実に昼ごはんを確保できるんじゃないか?」
「確かに……だが、これは家庭科の授業だ。成績に響くぞ。私がキャベツを切っている間に、大人しく生地を作ってくれ」
失敗を見越して昼食を確保しようとする球子と、一瞬流されそうになるがちゃんとお好み焼きを作ろうとしている若葉がいた。
「そうだぞ、ちゃんと作れ。後で全班私が味見するからな」
そう言いながら、烏丸先生も一人でお好み焼きを作っていた。
「烏丸先生、料理できるの?」
「私は大学時代、一人暮らしだったからな。ある程度はできる。お好み焼きは好きだからよく作っていた」
自分が上手く作れるから教えやすい、というのもお好み焼きを選んだ理由の一つかもしれない。あまり教えず放置しているが。
そんなことを考えている間にキャベツを切り終え、ひなたの生地ももうすぐできそうなのでフライパンに火をつけ、油を引いておく。
「できました」
「じゃあキャベツを入れて混ぜましょう」
みじん切りにしたキャベツをボウルに入れ、また混ぜる。そして熱したフライパンに投入し、丸く広げて豚肉を載せる。
「いい感じだな。流石だ」
「ちーちゃんがいると料理の安心感が違います」
「ひなたも随分できるようになったじゃない」
「一緒に料理を練習しましたから」
生地の焼き加減を見ながら他の班を見てみると、杏達はキャベツの大きさにバラつきはあれどなんとかできそうだった。
若葉は既にキャベツを切り終え、球子は大人しく生地を作っている。
「そういえば、どうして烏丸先生も作っているんですか?量も多い気が」
ひなたの疑問を聞いて烏丸先生のボウルを見ると、確かに量が多かった。明らかに一人分ではない。
「調理実習をすると言ったら、蓮花も食べたいと言ってな。昼は来れないらしいから夜に持って帰る。あとは私と、失敗した奴の昼食になる」
「そうなんですか。私達が多めに作る必要は無いんですね」
れんちゃんの分も入っていたのか。
それにしても、誰かが失敗した時の為に作っているとは、一応教師だからなのか、それとも優しさなのかわからないが、少し見直した。
「できたわ」
「味見する」
他の班より一足先にできた私達のお好み焼きを、烏丸先生が少し箸で切り分けて食べる。
「……美味いな。よくできている」
「ありがとうございます」
「先に片付けて食べていいぞ」
「はい」
使った調理器具を洗い、お好み焼きを食堂のテーブルに運ぶ。
「「いただきます」」
美味しくできたお好み焼きを食べながら他の班を見守っていると、球子がこちらに羨望の眼差しを向けていた。
私は黙って目を逸らし、お好み焼きを食べ進めた。
「千景」
格闘術の訓練を終え個別訓練の前の休憩時間、水を飲んでいると唐突に烏丸先生に声をかけられた。
「何?」
「今日は蓮花が用事で来れなくてな。今日やることのメモを預かっている」
烏丸先生から渡されたメモを見ると、確かにれんちゃんの字で書かれていた。
内容は主に筋トレとその回数等が書かれていたが、明らかに時間が余りそうだった。
「途中で休憩を挟んでもいいからその回数をこなして、余った時間は他の奴の訓練を見学するようにと聞いている」
「自分のペースでやればいいのね」
「ああ、それでいい」
れんちゃんに会えないのは残念だが、ゆうちゃん以外の訓練を見ることは無かったため、いい機会かもしれない。
メモに書かれていた回数の筋トレを終え、ひとまず軽く休憩しながら、隣で訓練しているゆうちゃんの様子を見る。
最初はパンチだけを訓練していたが、今はキックだけを訓練している。
両方を織り交ぜた動きを訓練するのはもう少し先なのだろう。
「ふっ!!」
烏丸先生が構えるミットにゆうちゃんが回し蹴りを叩き込む。重く響く音がその威力を表している。
「流石だ友奈。少し休憩にしよう、腕が痛い」
「はい!」
ゆうちゃんは休憩するというので、私は道場を出て他の子の訓練を見学しに向かった。
道場を出てすぐの広場で、若葉が居合をしていた。
幼少から鍛錬を続けているため、その動きは洗練されている。切った巻藁の断面はとても綺麗なものだ。
「千景か、どうした?」
「ちょっと見学して回ってるのよ。流石の動きね」
「ありがとう。だが、私が目指すのは蓮花さんのように、離れたものすら切ってしまうあの太刀筋だ」
「それは諦めなさい」
三年前に乃木家の道場でれんちゃんが練習刀を振った時のことを思い出す。あれがもう三年前なのか。
「……やはり、流石にあれは無理だろうか」
「無理よ。他の子はどこにいるか知ってる?」
「ああ、球子はあっちだ」
若葉が指をさす方向に歩いていくと、球子が大きなヨーヨーのようなものを振り回していた。
「……それは何?」
「お、千景じゃん。これはヨーヨーだ」
ヨーヨーだった。しかしかなり大きい。
「タマの旋刃盤はワイヤーを付けてもらったからこんな感じで振り回せるんだ。でも訓練でそれは危ないから、同じくらいの重さと大きさで特注のヨーヨーを用意してもらったんだ」
「そういうことなのね」
愛媛で戦った時、球子は神器でバーテックスを殴って無理やり倒していたと杏から聞いた。そこにワイヤーが付いたことで、中距離戦闘が可能になり扱いやすくなったのだろう。
「なんで千景がここにいるんだ?」
「見学して回っているのよ」
「へぇー。なら、タマの華麗なヨーヨー捌きを見せてやろう!」
そう言ってヨーヨーを広範囲に振り始める球子。しかし、段々と遠心力によってふらつき始め、線が絡まっていった。
「……まずは体幹を鍛えることをお勧めするわ」
「お、おう……」
「杏はどこにいるか知らない?」
「あんずなら、さっき道場のほうに行ったぞ」
「あら、入れ違いかしら」
線を解く球子を横目に、私は杏を探して道場へと戻った。
道場に入ると、確かに杏がいた。プランクをしている。
「どうしてプランク?」
「えっと、矢を射った時に反動でブレてしまうので、まずは体幹を鍛えようということになりました」
「なるほど」
よく入退院を繰り返していたらしい病弱な杏の体は、確かに細い。私より細いかもしれない。
「……私も体幹が重要だってれんちゃんが言っていたわね。私も一緒に体幹トレーニングするわ」
残りの訓練時間、私は杏と一緒に体幹トレーニングに励んだ。途中から球子も道場にやってきて、体幹トレーニングに参加した。
──────────
「今日行けなくてごめんね」
『大丈夫よ、皆で体幹トレーニングをしたわ』
「ああ、久美子から聞いたよ」
予定よりかなり帰りが遅くなり、家に着いたのは20時頃になってしまった。
今は夕食に久美子のお好み焼きを食べながら、千景と電話をしている。
「…お好み焼き美味しい」
「そうか」
「茉莉もちょっと食べてみる?」
「え?うん」
お好み焼きを少し橋で少し切り分け、寄ってきた茉莉の口に運ぶ。
「……美味しい。久美子さんって料理できたんだ」
「どうして皆、私は料理できないというイメージを持っているんだ」
「普段しないからじゃない?」
『そうよ』
スピーカーにしてビデオ通話をしているため、千景にも全ての会話が聞こえているのだろう。自然と話に混ざってきた。
「それで、若葉と球子の班はどうなったの?」
「なんとかできたが、時間ギリギリだったな。キャベツは綺麗に切れていたが、味は微妙だった」
『球子はソースで味を誤魔化して食べていたわ』
「見たかったな」
どうでもいいが、僕が小学生の時の調理実習で、苦手だったトマトに家庭科室にあった調味料を片っ端からかけて、味を誤魔化して無理やり食べたことを思い出した。
「れんちゃん、早めにお風呂に入ってくださいね。あまり遅くなるとご近所の迷惑になりますし」
「わかった。じゃあ千景、そろそろ切るね。おやすみ」
『おやすみなさい、れんちゃん』
電話を切り、残りのお好み焼きを食べ切る。
そしてキッチンの流し台に食器を運び、浴室に向かった。
──────────
数日後、長野県諏訪市で生き残っている人々と無線が繋がったと報告を受け、放課後に週一回、代表して若葉が諏訪と連絡をとることとなった。
「もうすぐ時間だね」
「ああ」
今から通信が始まるわけだが、初回ということで全員が放送室の無線機前に集まっている。
後方に置かれている椅子では、烏丸先生が足を組んで座っている。一応担任として見守るらしい。
そして訓練の直後ということもあり、ちょうど丸亀城にいたれんちゃんも一緒にいる。
『…………聞こえますか?』
「聞こえています」
遂に無線機から聞こえた声にどこか懐かしさを感じた。
若葉も少し緊張しながら返事をする。
『問題無さそうですね。では、勇者通信を始めます』
「よろしくお願いします」
向こうには見えていないのに、少し礼をする若葉。
「まずは自己紹介をしますね。私は乃木若葉、丸亀城で生活している勇者の一人です」
『乃木さんですね』
こんなに敬語で話している若葉を見るのは初めてである。
通信の向こうも、私達と同じくらいの年齢の少女なのだろうか。
『私は諏訪の勇者、白鳥歌野です』
「え?」
私は素で声が漏れた。
今日の郡家
今日は珍しく蓮花さんの帰りが遅く、お好み焼きを持って帰ってきた久美子さんがほんの少しだけそわそわしながら待っていた。
久美子さんの作ったお好み焼きは普通に美味しかった。