花は少女の幸福を願う   作:カフェラテ

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最初の方を読み返すと温度差で風邪引きそう。可愛さのジェットストリームアタックとかめちゃくちゃ懐かしい。


第45話 頼る

「歌野……?れんちゃん、今歌野って…」

 

「ああ、言ったね」

 

 驚く私を余所に、れんちゃんは無線機に近づいて声をかけた。

 

「歌野、僕達のことは憶えてる?」

 

『あら?どこかで聞き覚えのある声……私のことを知っていて、香川にいる……もしかして、郡蓮花さん!?』

 

「正解。千景も一緒にいるよ」

 

 れんちゃんに手招きされ、私も無線機に近づく。

 

「えっと……歌野、元気?」

 

『え!?本当に千景さんの声だわ!!どうしてこの通信の先に千景さんがいるの!?もしかして千景さんも勇者!?』

 

「ええ、そうなの」

 

『アメイジングだわ!!』

 

 とても元気そうで安心した。ノイズが混ざるほどに大きな声で騒いでいるので、少し落ち着いてほしい。

 

『そうだわ、ねえ聞いて!?なんとみーちゃんは巫女なのよ!!』

 

「え、本当に!?」

 

『本当よ!今は畑の方にいるけれど、次の通信の時はみーちゃんも連れてくるわ!』

 

 歌野が勇者である事実だけでも驚いたのに、水都が巫女であるということにさらに驚く。

 気がつくと、他の皆は後方でポカンとしていた。

 

「なんだ、千景達は白鳥さんと知り合いなのか?」

 

「そうだよ。ほら、この写真のこの子が歌野でこっちが水都」

 

 れんちゃんが一年半ほど前に旅行先で撮った写真を皆に見せる。

 今度は無線機が放置される。

 

『どうかしたの?』

 

「今、れんちゃんが皆に歌野達の写真を見せているわ」

 

『え!?……まあいいわ』

 

 

 その後、少し私と歌野で話してから若葉が戻ってきた。

 

「……そろそろ話を戻そう」

 

『あ、そうですね…つい盛り上がってしまいました』

 

「もう素が見えたから、敬語がじゃなくて構わないぞ。白鳥さん」

 

『アハハハ……』

 

 最初の話し方から、しっかりしている人だと皆は思ったかもしれないが、その第一印象は既に消え失せた。

 

「えっと、烏丸先生。勇者通信は何を話せばいい?」

 

「お互いの状況を共有して、他はなんでもいい」

 

「アバウトなんだね」

 

 若葉が無線機に向き直り、会話を切り出す。

 

「白鳥さん。そちらは今、どんな状況だろうか」

 

『こっちは大変よ。生きることを諦めている人がたくさんいるわ。私は皆を元気づけながら、畑を耕す日々ね』

 

「畑?」

 

『自給自足しないとね』

 

「……凄いな」

 

 歌野の話を聞き、若葉は静かに感心する。

 

「私と同い年で、人々の先頭に立って生きようとしているのか」

 

『別に凄いことじゃないわ。でも、私は勇者だから。誰も見捨てない。皆で生きるの』

 

 歌野の言葉に感心しているのは若葉だけではなかった。私も皆も、久美子さんですら瞳に映る感情が動いていた。

 

『そちらは?』

 

「ああ、私達は丸亀城で共同生活をしていて、授業と訓練の毎日だ」

 

『丸亀城で授業?』

 

「中を一部改装して、教室として使っているんだ」

 

『丸亀城が学校なのね!私、丸亀城って行ったことないから、いつか行ってみたいわ』

 

 話を後ろで聞いていたれんちゃんが、その言葉を聞いて身を乗り出した。

 

「歌野。今こっちでは、君達を迎え入れる準備をしている」

 

「そうなの?」

『そうなの?』

 

「ああ。大社に頼んでる」

 

 問いが歌野と被ってしまった。

 

「それがいつ終わるかはわからないけれど、来年か、遅くても再来年には、僕が君達を迎えに行く。それまで、頑張ってくれ」

 

『わかったわ。蓮花さんが迎えに来てくれるまで、皆と一緒に頑張って生きるわ』

 

 無線機から聞こえる歌野の声には、安心感と決意が篭っているように感じた。

 それからまた十数分話して、その日の通信は終了した。

 

 ──────────

 

 九月に入り数日が経過した。

 

 久美子と共に珍しく朝から丸亀城に向かうと、城門付近でカメラを持った男が彷徨いていた。

 

「記者かな?」

 

「そうだろうな」

 

「…久美子はちょっとここにいて」

 

 少し離れたところに久美子を残し、僕はその記者らしき男に近づく。

 

「すいません。何をしているんですか?」

 

「え?ああ、私は新聞記者でして。最近ネットで、この関係者以外立ち入り禁止になった丸亀城に出入りする子供がいると目にしまして、少し話を聞けないかと、こうして出てくるのを待っているんです」

 

「……なるほど」

 

 完全に頭から抜けていた。大社が子供達の情報を公開しなくても、今の丸亀城に出入りする子供を見かけたら不審に思う人はいるだろう。

 ……後で神樹に頼んで、人々の意識から丸亀城に関する認識を阻害してもらうとしよう。

 

「とりあえず、今日は帰ることをお勧めします。このまま居座るなら、不審者がいると警備を呼びますよ」

 

「な、私は別に悪いことをしようとしているわけではなく、ただ話を聞いて、場合によっては記事に……」

 

「知らないほうがいい事も、あると思いますよ。自分の命は大切に、ね?」

 

「ヒッ」

 

 少し脅すような目を男に向けると、男はそそくさとその場を去っていった。そんな覚悟なら、最初から来なければいいのに。

 

 男がいなくなったのを確認して、久美子がこちらに近づいてくる。

 

「何を言ったんだ?」

 

「ちょっと脅しただけさ」

 

「……まあいい」

 

 深く気にすることはなく、僕達は丸亀城に入っていった。

 

 僕が寮の前で立っていると、最初に寮から出てきたのは千景だった。

 

「ん?朝からどうしたの?」

 

「今日はひなの付き添いで大社に行ってくるんだ」

 

「なるほど。そういえばひなたが大社に行くって言っていたわね」

 

 丸亀城での生活が始まってから約一ヶ月経過し、勇者達の生活を報告するということでひなたが大社に呼ばれた。

 僕はそれに付き添うだけである。

 

「久美子さんは?」

 

「一緒に来たよ。今は職員室にいるんじゃないかな」

 

 話していると、寮から続々と皆が姿を現す。

 

「おはよう皆」

 

「おはよう」

 

「おはよーれんちゃん!」

 

「おはようございます」

 

 友奈達と挨拶を交わしたが、杏と球子はまだ出てこない。

 

「杏達は?」

 

「そのうち出てくるわ。食堂に行きましょう」

 

 食堂に行き、ひなたが朝食を食べ終わるのを待っていると、案外すぐに杏達もやってきた。

 

 

 

 

 

 丸亀城前に来ていた迎えの車に乗り込み、大社に運ばれる。着いてしばらく歩くと、ちらほらと巫女の子達が視界に入るようになる。

 

「では滝垢離に行ってきますね。この先は男子禁制なので、ついてきてはダメですよ?」

 

「わかった。この辺で待ってるよ」

 

 ひなたが滝垢離の場へ向かっていく。この辺りに巫女が多いのは、この時間は皆滝垢離をするからだろうか。

 

 

 

 十数分待つと、ひなたが二人の巫女と一緒に出てきた。

 

「お待たせしました」

 

「この人が蓮花さん?」

 

「はい」

 

 少し背の高い、そばかすのある少女が僕をジロジロと見る。

 

「僕がどうかした?」

 

「あ、いや」

 

「こちらは安芸真鈴さん、ちーちゃんと同い年です。そしてこちらの花本美佳さんは私と同い年です」

 

 ひなたの紹介の後、美佳は僕に深く頭を下げた。

 

「本当に申し訳ございません!!」

 

「え、どうした急に」

 

 僕が困惑していると、ひなたが声をかける。

 

「実は、ちーちゃんの大葉刈を発見したのは花本さんだそうです」

 

「……そうか、君が……」

 

「私が大葉刈を見つけなければ、あなたの御家族が勇者になることも、危険に身を晒す可能性もなかったのに……!!」

 

「顔を上げて、美佳ちゃん」

 

 もはや土下座しそうな勢いの美佳の顔を上げさせる。自分が神器を見つけたことで、千景が戦わなければいけなくなったのだと罪悪感を感じているのだろう。

 

「千景は、自分で勇者になることを選んだんだ。だから気にしなくていい。謝らないで」

 

「でも……」

 

「それに、君が見つけなくても、他の巫女が神託を受けて見つけたと思うよ」

 

「……はい」

 

 一番近くにいた巫女が、たまたま美佳だった。それだけだ。

 

 

 

 その後、ひなたに付き添い神官達の会議に参加した。

 そして昼食の時間になり、僕達は食堂に集まっていた。

 

「巫女も神官も、皆ここで食事するんだね」

 

「はい。なので食事時には、このように大勢の人が集まります」

 

 美佳と真鈴に先導してもらいながら昼食を注文して席につく。周囲を見回すと、いつか家に来た神官と目が合った。美佳の父親だったか。

 美佳父は既に食べ終えたらしく、こちらに軽く頭を下げた後、食堂を出ていった。

 

 

「……味が濃いものが食べたい」

 

「今度ハンバーガーでも持ってきてあげようか?」

 

「本当に!?蓮花さんめちゃくちゃいい人!」

 

「餌付けされてどうするんですか安芸先輩」

 

 真鈴と美佳のやり取りを微笑ましく思いながら昼食を食べ進める。

 隣を見ればひなたも微笑んでいた。

 

「あの、蓮花さん」

 

「何?」

 

「郡千景様は、どういう方なんでしょうか。私は資料でしか知らないので…」

 

 美佳にそう聞かれ、少し考える。どんな子か。

 

「というか資料って?」

 

「巫女は自分が見出した勇者の資料を見せてもらえるの。アタシは球子と杏ちゃんの資料を見せてもらった」

 

「なるほど。そうだなぁ……千景は綺麗で、家事万能で、素直でいい子で優しくて長い黒髪がサラサラで綺麗でスタイル良くて笑顔も泣き顔も可愛くてゲームが上手で友達想いでちょっと寂しがり屋なところも可愛くて──」

 

「れんちゃんストップです」

 

「あ、ああ。すまない、ヒートアップしてしまった」

 

 ひなたに止められ落ち着く。真鈴と美佳は目を丸くしてしまっている。

 

「大好きだね」

 

「大好きだよ」

 

「素敵な方だということはよくわかりました!写真を見た時もとてもお綺麗な方だと思いましたが、良い所がたくさんあるんですね!」

 

「そうなんだよ!」

 

「二人共落ち着いてください」

 

 またひなたに止められる。いかんいかん、熱烈に千景が褒められて嬉しくなってしまった。

 

「またそのうち、二人共丸亀城に遊びに来てよ。皆でバーベキューでもしよう」

 

「行く!」

 

「ぜひ」

 

「球子さんがノリノリで準備しそうですね」

 

 美佳を千景と会わせてみたいと思った。それぞれどんな反応をするのだろう。

 

 

 昼食を終え、午後のひなたは他の巫女達と一緒に神事の勉強等をするらしい。

 その間、僕は暇なのでお偉いさんがいそうな部屋を探した。

 

 扉をノックして開くと、そこにはいつぞやの初老の神官達がいた。

 

「郡蓮花様!?一体何事でしょうか!?」

 

「神樹と話がしたいから、案内してください。数分だけでいい」

 

 

 

 

「この先に神樹様がおられます」

 

「我々はここでお待ちしておりますので」

 

「ありがとう」

 

 案内された場所をさらに進む。舗装されていない道を歩いていく。

 

 少し進むと、正面に巨木が見えた。神樹だ。

 近づき、直接その幹に触れる。

 

 

 

 

 こんにちは。ひなたが誘拐された時は場所を教えてくれてありがとう。

 

 

 ───。

 

 

 今日はお願いがあってね。一般人の意識から丸亀城に関する認識を阻害してもらいたい。記憶を消したりできるんだから可能だろう?

 

 

 ……──?

 

 

 子供達の為だ。僕のエゴかもしれないが。

 

 

 ……─────。

 

 

 それから、もしも敵が攻めてきた時は、僕も樹海に入れてくれ。皆を守るついでに守ってあげるから。

 

 

 ────。

 

 

 ありがとう。お願いね。

 

 

 

 

 手を離し、振り返って来た道を戻る。話は済んだ。

 

「もうよろしいのですか?」

 

「ええ。必要なことは伝えた。もう戻っていいよ」

 

「では、失礼致します」

 

 初老の神官達が部屋に帰っていくのを見送りながら、今からどうするか考える。まだまだ時間が余っている。

 

 ……コンビニに行って、真鈴達にチキンでも買ってきてあげよう。

 

 

 

 

 

 神事の授業を終えた巫女達が大部屋からぞろぞろと出てくる。

 その後ろの方にひなた達を見つけた。

 

「お疲れ様。コンビニチキン買ってきたよ」

 

「やったありがとう!!大事に食べます」

 

「私にも?わざわざすみません、ありがとうございます」

 

 真鈴と美佳にそれぞれ手渡す。

 

「ひなの分もあるけど、今食べる?」

 

「うーん…そうですね、食べます。後は帰るだけですし」

 

「わかった」

 

 ひなたは広い通路の端に設置されているベンチに腰を下ろし、チキンを食べ始める。

 その匂いに食欲を刺激された真鈴達も、一緒に座って食べだした。

 

 

「じゃあ、バーベキューする日が決まったら連絡しますね」

 

「うん。またね、上里ちゃん」

 

「さようなら」

 

 大社を出て、来た時と同じ車に乗って丸亀城に送られる。

 

「あ、そうだ。れんちゃん、今日私の部屋に泊まっていきませんか?」

 

「唐突だね」

 

「明日はお休みですし。この前、わかったって言ってくれましたよね?」

 

「ああ、構わないよ。丸亀城に着いたら、一旦着替えを取りに帰るね」

 

 丸亀城に到着する頃には、空は赤く染まっていた。

 

 

 

 

 夜、丸亀城の食堂。

 

「あら?どうしてれんちゃんが?」

 

「今日はひなの部屋に泊まるんだ」

 

「そうなのか?」

 

「はい」

 

 僕が泊まることの確認をする若葉に、笑顔で答えるひなた。

 

「どうして?」

 

「ひなたに泊まってほしいって言われたから」

 

「ああ、なるほど」

 

「フンスッ」

 

 何故か納得している若葉と、鼻息を荒くしている杏。可愛い。

 

「明日の昼ご飯は僕が部屋で作るから皆で食べようか」

 

「「やったー!!」」

 

 明日の午前中に買い物に行ってこよう。

 

 

 

 

 

 夕食を終え、各自それぞれの部屋で過ごしている。

 僕は脚の間に座るひなたと共に、ぽけーっとテレビを眺めている。

 

「ひなって、ここ好きだね」

 

「はい、落ち着くんです」

 

「そうなんだ」

 

 テレビに映るバラエティ番組では、芸人が続々と漫才をしている。今の時代、こういうのが生きる支えになったりもするだろうか。

 そんな事を思っていると、ひなたが口を開く。

 

「ねぇ、れんちゃん」

 

「ん?」

 

「趣味はありますか?」

 

 僕を見上げてそう言うひなた。

 

「えっと…みかん食べる?」

 

「どうしてみかん?食べますけど」

 

 部屋に置かれている、球子と杏の実家から送られてきたみかんを一つ手に取り、皮を剥いていく。

 一つひなたの口に入れると、甘いみかんに微笑むひなたが可愛らしい。

 

「趣味か」

 

「趣味です。一人の時は何して過ごしますか?」

 

「そうだなぁ……」

 

 少し自分の生活を思い返してみる。最近は一人でいることがないため、少し前を思い出す。

 

「……家に帰ったら千景がいたから、一人の時間はほとんど無かったな」

 

「あ、確かに」

 

「一緒にゲームとかはするけど、一人の時はあまりしないし……」

 

「お料理は?」

 

「趣味って程じゃないと思うけど、それが一番近いような気もする」

 

 まあそれも、千景達の為にお菓子を作ったりする以外は一日三食分しか作らないが。

 

「では、明日の午後は一緒にお菓子作りでもしませんか?」

 

「いいよ。何作る?」

 

「そうですねぇ……れんちゃんは案はないですか?」

 

「うーん……クレープでもする?色々材料用意して、皆それぞれ好きなものを選んで巻く?」

 

「いいですね!皆で楽しめそうです」

 

 明日の午前中に買ってくる食材を追加だ。ひなたの笑顔を見ていると、とても癒される。

 

「そういえば。ねぇひな、何で若葉達じゃなくて僕に泊まってほしいの?」

 

「若葉ちゃんやちーちゃんもよく泊まりに行ったり来たりしていますよ?」

 

「そうなんだ。じゃあ何で今日は僕?」

 

「……駄目でしたか?」

 

「駄目じゃないけど、気になって」

 

 みかんを食べながら、ひなたは少し黙ってしまう。聞かないほうがよかっただろうか。

 

「……たまには、甘えたくなるんです」

 

「そうか。わかった、いくらでも甘えてくれ」

 

 ひなたを抱き締めて、わしゃわしゃと髪を撫でる。もうすぐ風呂に入るし、髪型が崩れても問題無いだろう。

 普通の子なら、まだ親に甘えていられる歳だろうに。

 この歳で父親を亡くし、母親と離れて暮らしている。

 僕に、その穴を埋められるだろうか。

 

 

 

 

 僕が風呂から上がると、ひなたはベッドを整えていた。

 

「これは、僕もベッドで一緒に寝る流れ?」

 

「はい」

 

 はいって。そう断言しながらも、ひなたは少し照れていた。可愛い。

 僕はスマホのメモアプリを開く。明日の買い物リストを作るのだ。

 

「明日の昼ご飯の分と、クレープの具……何入れる?」

 

「バナナとか生クリームとかですか?」

 

 そして片っ端から思いつく具を書き出していった結果、流石に多すぎるということで少し減らした。

 

 

 

 夜十時過ぎには、僕達は就寝準備をしていた。とても健康的だ。

 部屋の明かりを消し、ベッドに二人で横になる。

 

「この枕は使ってください。私は腕枕でいいので」

 

「わかった」

 

 一つしかない枕を貰う代わりに、右腕を差し出す。

 二の腕辺りにひなたの頭が載せられる。

 

「なんだか久しぶりですね、れんちゃんに腕枕をしてもらうの」

 

「そうだね。昔はよく、乃木家の居間に大の字に寝て、左右の腕で若葉とひなに腕枕して、体の上に千景が載って、皆で昼寝したね」

 

「今更ですけど重くなかったですか?」

 

「全然。皆軽いよ」

 

 あの広い居間はもう無いのか。あそこで過ごした時間の記憶はたくさんあるのに。

 空いている左手でひなたの髪を撫でる。相変わらず艶々だ。

 

「……ひな」

 

「はい」

 

「辛い時は、僕に頼ってほしい」

 

「え……?」

 

 ひなたの紅い瞳を真っ直ぐ見据えて、風呂で考えていた伝えておきたいことを話す。

 

「お前は勇者の皆を支える立場にあるから、精神的支柱になろうとしているのか?」

 

「……皆は勇者だから、これから先、私より辛い経験をするかもしれないから、そんな時に頼ってもらえるようになりたくて」

 

 頼れる存在になる為に、弱い所はあまり見せようとはしない。しかしそれでは、自分が辛い時や悲しい時に、一人で抱え込んで耐えようとしてしまうかもしれない。

 

「僕はそれを止めないよ。でも、ひなは優しい子だから、心配をかけないようにお母さんにすら弱音を吐かないだろう?だから、僕の前では気丈に振る舞わないでほしい」

 

「…え?」

 

「皆の前で気丈に振る舞うのはいい。でも、辛い時は僕に頼るようにしてほしい。僕には全てを吐き出してほしい。感情を我慢しないでくれ。僕が全部受け止めて、お前を支えるから」

 

 いつか、君が僕にそうしてくれたように。

 

「……ありがとうございます」

 

 ひなたが僕の胸に顔を埋める。髪を撫でていた左手をひなたの背に添える。

 

「……お父さんと最後に会ってから、もう一ヶ月半経つんですね」

 

「……そうだね」

 

 ひなたは少しずつ、言葉を続ける。

 

「毎日一緒にいたのに、あの日の朝に見送ってから、一度も会ってません……」

 

「うん……」

 

「修学旅行から帰ったら、たくさん旅行中のお話をしたり、お土産を渡したりするんだって……当たり前のように思いながら…見送ったのに……」

 

 だんだんと涙声になっていく。こんなに弱々しいひなたは見たことがない。

 帰ってきてすぐに泣いて以来、ずっと耐えてきたのだろう。生活環境の変化もあって、いつまでも悲しんでいられなかったのだろう。

 

「時間が経つほど……お父さんはもういないんだって…実感して…っ……」

 

 遂に涙を流すひなた。それでいい。僕の前では我慢しなくていい。

 僕は伊織さんの代わりにはなれないけれど、出来る限りこの子を支える。

 父親の死による悲しみだけでなく、これから先にあるかもしれない辛い事も、悲しい事も。

 

 その夜、僕はひなたを抱き締めたまま眠った。ひなたが安心できるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。目を覚ますと、僕の腕の中には安らかに眠るひなたがいた。

 たくさん泣いたことで、目の下は赤く腫れてしまっている。

 

 少しして、ひなたが目を覚ました。そして僕の顔を見上げると、また僕の胸に顔を埋めた。

 

「おはよう、ひな。朝だよ」

 

「……おはようございます。昨夜は、ごめんなさい」

 

「謝らないで、あれでいいんだ。吐き出してくれたほうが、僕も安心できる」

 

「……ありがとうございます。……また、泊まりに来てくれますか?」

 

「ああ。いつでも」

 

 ひなたが少し顔を上げると、少し照れていたが、そこにはいつもの柔らかい笑顔があった。




今日の郡家
 蓮花さんがひなたちゃんにお願いされて部屋に泊まると聞いた琴音さんは、どこか安心したように微笑んでいた。
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