「来週の金曜日は運動会を行う」
ある日の朝のホームルームで、烏丸先生が唐突にそう告げた。
「「運動会!!」」
「いきなりどうして?」
「運動会の季節だと思ったからだ」
テンションが上がる球子やゆうちゃんとは対照的に、インドア派の杏やひなたは微妙な表情をしている。私もどちらかといえばインドア派だ。
「道具とかが無いのでは?」
「大社の金で用意する」
この担任、クビになったりしないのだろうか。
「種目は何をするんですか?」
「後で考えてまた伝える。なんせさっき思いついたことだからな」
「もっと考えてから提案してよ……」
「種目は募集もするとしよう。案があれば後で言ってくれ」
「はーい」
運動が得意というわけではないが、楽しそうなゆうちゃん達を見ていると、まあいいかという気持ちになってくる。
「詳細はまた後日。じゃあホームルームは終わりだ、授業を始めるぞ」
そしていつものように授業が始まった。
──────────
「来週の金曜日、運動会をすることにした」
「え、そうなの?」
夕食時、僕は久美子からそう報告された。
「することにしたって、久美子の独断?」
「職員に話は通したから大丈夫だ」
「じゃあいいか」
「あ、久美子さんが豆腐崩した」
「すまん」
久美子が箸で豆腐を取ろうとしてうっかり崩してしまった。今夜はすき焼きなのだ。
「お玉持ってきますね」
「ありがとう」
すぐに立ち上がり、キッチンにお玉を取りに行ってくれる琴音さん。その気配りに僕達はいつも助けられている。
「それで、運動会は丸亀城でやるの?」
「ああ、その予定だ」
「保護者は見に行ってもいいの?」
「問題無いだろう」
「やったね。皆の分の弁当作って持っていこう」
弁当にレジャーシートに、三脚は必要だろうか。一応持っていこう。
「私も一緒にお弁当作りますね」
「うん。茉莉も行く?」
「行く」
全員で応援に行くことが決定した。一応球子や杏の両親にも後で連絡してみよう。
──────────
「えー、では今日は種目を発表する。人数が少ないため、全ての種目に全員が出ることになるだろう」
「結構忙しいのね」
「その分種目の間に長めの休憩時間を設ける」
運動会を行うと発表されてから三日後の朝のホームルームで、烏丸先生がその話を始めた。
「まず種目の前に、お前達を赤組白組に分ける。ちょうど偶数人だしな、三対三だ。分け方は私がもう決めた」
「え」
「赤組は若葉、千景、杏。白組は友奈、ひなた、球子だ」
「「「ええ!?」」」
何人かの声が共鳴して教室内に響き渡る。
「若葉ちゃんと、ちーちゃんが……敵……」
「ひなた、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないです……」
「ちなみにこの分け方をした理由は?」
烏丸先生なら、単に親友同士が争う光景が見たいからという可能性もある。一応私が理由を尋ねると。
「戦力差を考えて決めた。若葉、球子、友奈が固まったら偏りすぎだろう?それでは結果が見えてしまって面白くない」
「確かに」
どうやらちゃんと考えたらしい。
烏丸先生はチョークを手に取り、黒板に白線を走らせる。
「次。種目はラジオ体操、リレー、障害物競走、玉入れ、宝探しの五つだ」
「宝探し?」
「私が丸亀城の敷地内に六個の宝を隠す。それを先に三人が見つけてゴールしたチームの勝ちだ」
「なるほど」
「これはあまり身体能力に左右されなさそうですね」
杏やひなたの顔が少し上がる。玉入れや宝探しは、皆等しく貢献できるだろう。
「質問!」
「どうした友奈」
「一人で三個見つけたら、それをチームメンバーに配ってゴールするのはアリですか?」
「アリだ」
「いいのか」
「ちなみに、最初は相手チームが持っている宝を奪うのもアリだと考えていたが、それは駄目だと蓮花に却下された」
「そりゃそうよ」
奪うのがアリなら、結局体が強い子が有利になってしまう。
「他の種目は説明しなくてもわかるな?では種目についてはこれで終わりだ。当日は蓮花達が弁当を持って見に来るらしい」
「そうなのか」
「タマ達の弁当もあるのか?」
「全員分作ると言っていた」
「よっしゃあ!!」
球子はとっくにれんちゃんに胃袋を掴まれているらしい。
そして、運動会当日。
今日は朝から体操服でいいと言われているので体操服を着て、食堂で朝食を終えた私達が屋外の広場に出ると、前方に朝礼台とモニター、テントが設置されていた。学校でよくある、長方形で脚が長いテントだ。
テントの下には机と、その上に何やら機械が置かれている。あの様子だとおそらく放送機器だろう。
「あんなの、いつの間に用意したんでしょうか?」
「昨日の夜には無かったはずだし、今朝なのかしら?」
「その通りだ」
「うわっ!?」
唐突に機器の後ろから姿を現した烏丸先生。もう来ていたのか。烏丸先生はいつもの白衣ではなく、訓練の時の動きやすい格好で髪を纏めている。
ゆうちゃんと若葉が機器をジロジロと見回す。
「これ何の機械?」
「放送するやつだ。このマイクに向かって話すと、城内各地に設置されたスピーカーから放送できる」
「わざわざスピーカーも設置したのね……」
この人のやる気スイッチはよくわからない。
「もうすぐ始まるから、そこに並んでいろ」
指示に従って私達は広場の中心辺りで並び、開会の時を待つことにした。
少しして広場に現れたれんちゃんは、なぜかテント下の放送機器前に座った。
すると、烏丸先生が朝礼台に上り、スタンドマイクの前に立った。
「では、今から運動会を開会する。お前達、楽しめ」
それだけ言って朝礼台を下り、テント下のれんちゃんの隣に座ると、今度はれんちゃんがマイクに向かって話し出す。
『プログラム一番、ラジオ体操第一!皆広がって』
「え、れんちゃんが司会なの?」
「そうみたいだな」
話しながらも、両手を広げても周りに当たらないよう広がる。
そしてスピーカーから流れ出す聞き慣れた音声に従い、私達はラジオ体操をこなした。
『プログラム二番、玉入れ!』
れんちゃんがそう言うと、どこからともなく丸亀城でよく会う大人達がやってきて、玉と籠を設置して戻っていった。あの人達がテント等も設置したのだろうか。お疲れ様です。
『烏丸先生がピストルを鳴らしたらスタート、もう一度鳴らしたら終了です。その間に入れた玉の数がそのままそれぞれの組の点数になります』
「なるほど、多かった方しか点数が入らないというわけではないのか」
『この運動会、勝ったチームには賞品として一人一つずつハーゲ○ダッツを買ってやる』
「何!?」
唐突な賞品宣言に球子が目を輝かせる。
『それ、久美子の自腹?』
『ああ。お前に買わせたら全員分買ってやろうとするだろう?』
『僕のことをよくわかってるね』
そしてピストルの音と同時に、私達は動き始める。
「私はとにかく玉を集めますね!」
「ああ、頼む!」
私達白組は、杏は玉集めに徹し、若葉が玉を投げ続けるという作戦で動き出す。私は基本的に玉を集め、玉が溜まっていたら投げ入れるのを手伝う。
流石の若葉は運動なら何をやらせても万能で、次々と玉を的確に籠に入れていく。
『これは凄い!頭脳プレイにより白組の籠にはどんどん玉が入っていく!』
「え、実況?」
『言い忘れていたけど、司会進行と実況は僕、解説は烏丸先生でお送りします』
『よろしく』
「なんで運動会に解説がいるんだ」
唐突な紹介に少し手が止まるが、赤組の方を見るとそれは同じだったようだ。
赤組は全員でひたすら玉を投げている。そこそこ入ってはいるが、問題なく勝てそうだ。
『赤組は皆で玉を投げているが、なかなか入らない!しかし頑張って投げる姿はとても可愛い!』
『それは実況なのか?』
しばらくして、烏丸先生のピストルが鳴り響いた。
最終的な個数は、私達白組は62個、赤組は41個であり、そのままの個数が点数となった。
少し休憩時間となり、改めて広場を見渡すと、いつの間にか琴音さん達がレジャーシートを広げて座っていた。
そして、そこには楓さんもいた。
「……え、母さん!?」
「元気か若葉?」
私達が楓さんの元へ駆け寄ると、楓さんはすぐに若葉を抱き締めた。
「実は昨日退院してな。驚かせようと思って、連絡せずにいたんだ」
「驚かせなくていいから、そういうことは連絡してくれ……でも、よかった」
心の底から安心したような表情を見せる若葉達。それを琴音さんが微笑んで写真に収めていた。
「茉莉さんも来てくれたんだ!」
「ゆうちゃん達に会いたくて。この後も楽しんでね」
「うん!」
そのまま少し談笑していると、休憩時間終了を知らせるホイッスルが鳴った。
『プログラム三番、障害物競走!』
「どんな障害物があるんでしょう?」
『説明しよう!まず、第一走者はこの広場からスタートし、借り物競争をします。そこにお題が書かれた紙があるのでそれを見て、物を持って第二走者の待つ地点まで走り、審査が通ったらバトンパスです』
れんちゃんの説明を聞きながら広場を見ると、確かに紙が置かれた台が二つ設置されていた。休憩時間中に設置したのだろうか。
『第二走者はテニスラケットの上にボールを乗せ、第三走者の所まで走ります。落としたら乗せ直して続行です。そして第三走者はゴールまでただ走ってください。ゴールは丸亀城天守閣です。……なんで第三走者は走るだけなの?』
『ネタが思いつかなかった』
『だそうです』
「えぇ……」
『三分後にスタートするので、その間に誰がどこをやるのか相談してください』
説明が終わると、私達はそれぞれの組に別れて相談を始めた。
その結果、第一走者は私、第二走者は杏、第三走者は若葉となった。
そして三分後、第二走者と第三走者はそれぞれの待機地点まで移動していった。どうやら赤組はひなた、ゆうちゃん、球子の順らしい。
「借り物競争なら、私でもちーちゃんに勝てるかもしれません」
「私だって負けないわ」
ひなたと共にスタート地点に並んでいると、れんちゃんと烏丸先生も立ち上がった。
「どうしたんでしょう?」
『ここからは僕達もカメラを持って走者を追います。それぞれの様子はそこのモニターに映し出されるから、他の子達の様子も見れるよ』
「なるほど。その為のモニターだったのね」
確かに、一番下にいる私達は第三走者が天守閣でゴールするところを見ることができず、結果がすぐにはわからない。しかしこのモニターに映し出されるなら、リアルタイムで様子を知ることができる。
『では位置について、よーい』
烏丸先生がピストルを鳴らし、私とひなたは走り出す。そして台に置いてあるお題が書かれた紙を手に取る。
┌───┐
│ 腕 │
│ 時 │
│ 計 │
└───┘
「腕時計ね」
腕時計なら、確か烏丸先生が毎日つけていたはずだ。そう思い烏丸先生の元へ走る。
「先生、腕時計を貸して!」
しかし、先生は笑みを浮かべた。これは悪いことを考えた時の顔だ。
そして掲げられたその手首に腕時計は無かった。
「え、どうして!?」
「ふふふ……ふははははは!!いい表情だ千景!!確かに私はいつも腕時計をつけているから、まっすぐ私のところへ来ることは予想していた。だがその表情を見る為に、今日は外してきたんだよ!!」
「なんですって!?」
悪い顔で高笑いをする久美子さんに少しイラッとしながら、どうするべきか考える。
すると、今度はれんちゃんがニヤッとした。
「フッ、甘いよ久美子」
「何?」
「君はそういうことをするだろうと思って、今日の僕は腕時計をつけてきた!」
そう言って掲げられたれんちゃんの手首には、確かに腕時計がついていた。見覚えのある、れんちゃんの腕時計だ。れんちゃんはそれを外し、私に手渡してくれた。
「これを持って行きなさい」
「ありがとう、れんちゃん」
れんちゃんの腕時計を受け取り、私は杏のいる地点まで走った。
「……お前も私の事をよくわかっているな」
「まあね」
今日の郡家
ボクは蓮花さんの代わりにカメラマンを頼まれたので、皆の写真をたくさん撮ってみた。
ゆうちゃんや球子ちゃんははじけるような笑顔で、千景ちゃん達もなんだかんだ楽しんでいる様子で安心した。