第二走者の元へ走っていく千景の後ろ姿を見送っていると、今度はひなたが僕の所にやってくる。
「れんちゃん、一緒に来てください!」
「え?わかった、行こう」
お題を聞く間もなく、ひなたに手を引かれて走り出す。後ろからはカメラを構えている烏丸先生も追ってくる。
やがて見えた中継地点。そこでは借り物競争の審判役として食堂のおばさんが待機している。
先に到着していた千景が審査を終え、杏に今襷を渡した。
『今、白組の襷が第二走者へ受け渡された!』
走りながらも実況は忘れない。広場で映像を見ている保護者達に、しっかり状況を伝えるのだ。
そして僕達も中継地点にたどり着き、ひなたが審判にお題の紙を見せる。角度的に僕からお題は見えない。
「あら……いいでしょう!」
おばさんが微笑んでそう言うと、ひなたが友奈に襷を渡した。
「……なるほどな」
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
久美子がひなたを見て呟いたが、誤魔化されてしまった。
引き続き、僕と烏丸先生は第二走者の杏と友奈の後を追う。
ボールをラケットから落とさないよう慎重に走る杏と、対照的にどんどん走っては落として拾ってを繰り返す友奈。
しかし、素の体幹や身体能力の差で、後からスタートした友奈がどんどん杏との距離を詰めていく。
「え、もう来たんですか!?」
「追いついたよアンちゃん!」
『ここで遂に赤組が白組を追い越した!』
丸亀城の坂道を走って登っているのだ。杏は既にバテてきている。
そしてここまで一緒に走っている烏丸先生も少し息が切れてきている。
そこそこの差をつけて、友奈が球子へ襷を繋いだ。
負けじと杏も最後に踏ん張り、若葉に襷を受け渡す。
『今第三走者へ襷が繋がれた!少し赤組がリードしている!』
杏と友奈は中継地点に座り込んだ。そして烏丸先生も膝に手をついた。
「カメラを貸してくれ。ここで休んでていいよ」
「ああ……助かる……」
烏丸先生からカメラを受け取り、若葉達を追って走る。
「うおおお!速ぇ!若葉速ぇ!」
怒涛の勢いで距離を詰めていく若葉と、必死で逃げる球子。
どちらも運動神経はとても良いが、身長差が響く。
『遂に二人が並んだ!そして若葉が追い抜いていく!そして今、ゴ──ル!!』
ゴール直前で順位は入れ替わり、白組の若葉が一着でゴールした。
休憩時間を挟み、皆は広場に戻って水分補給等をしている。
「若葉ちゃん、凄く走るの速かったね」
「若葉ちゃんは昔からずっと徒競走は一着なんです」
「徒競走『も』でしょ?個人競技は全部一位だったし」
「そうでしたね」
「わぁ、凄いね」
ひなたと千景の言葉に茉莉や杏は感心し、球子は顔を引き攣らせる。
「後ろから迫り来る若葉は、晩ご飯のつまみ食いがバレた時の母ちゃんより怖かった」
「微妙に例えがわかりにくいね」
「家庭によるだろうしな」
「うちは怖いんだよ」
今回、球子や杏の両親は、急遽開催が決定したことや平日であることもあり、さすがに来ることができなかった。後で写真を送ってあげよう。
「そういえば、ねぇひな。借り物競争のお題は何だったの?」
「えっ」
少し気になっていたことを思い出して尋ねると、ひなたは固まってしまった。
「私も気になるわ。れんちゃんを連れていったということは、『男の人』とか『料理上手な人』とか?」
「そっ、そうです!料理上手な人です!」
……なんだか嘘っぽい。
「まあいいや、そういうことにしておこう」
隠したがっているのなら、詮索はしないでおこう。
「蓮花」
「ん?」
久美子に呼ばれて振り向くと、こちらにカメラを差し出していた。
「次は最初から渡しておく」
「疲れたんだね」
久美子は多少鍛えているとはいえ、基本的に机に向かって仕事をしている時間が長い。十代の子達ほどの体力は無いのだろう。
そして休憩時間が終わると、次はリレーだ。これは特に特筆すべき事もなく、走った。
走順は障害物競走と同じで、第一走者は千景がひなたに差をつけて第二走者へ移った。
しかしその後、友奈と球子の奮闘により赤組は白組に食らいつき、ぎりぎりで勝利した。
そして最後の種目が始まる。
『プログラム五番、宝探し!皆はルールを聞いていると思うけど、保護者の為に一応説明します。烏丸先生が丸亀城内に隠した宝を三人共一つずつ持った状態で先にゴールした方が勝ちです。ゴールの場所はリレーと同じく天守閣、僕と烏丸先生はそこから見渡して皆の位置を把握します。ちなみに見つけた宝は持って帰ってよし……って書いてます』
烏丸先生がルールを書いた紙を読み上げていく。
「持って帰ってよし?」
「適当な物を宝として扱うんじゃなくて、本当に宝を隠したの?」
『見つけてからのお楽しみだ。きっとお前達にとっては宝だろう』
それを聞いた球子と友奈は目を輝かせてソワソワし始める。一体何を隠したのだろう。
烏丸先生と一緒に天守閣に上り下を見下ろすと、広場にいる皆が見える。皆もこちらを見上げている。
『それでは、始めます。よーい』
本日七回目のピストルの音が響き渡ると、皆が動き出すのが見えた。
──────────
ピストルの音が聞こえ、とりあえず私達は動き出す。
「どうしますか?手分けします?」
「そうだな、集まって行動してもメリットは無いだろうし、手分けして探そう」
「そうね」
それぞれ違う方向を向いて走り出す。
宝というのは、一目見てそれだとわかるモノなのだろうか。
宝は烏丸先生が丸亀城内に隠したと言っていた。あの人のことだから、屋内に隠してある可能性もあるだろう。
若葉と杏は屋外を探しているようだから、私は屋内を探してみることにした。
まずは馴染みのある教室の扉を開けて中に入る。
そして教室内を見渡してみると、それはすぐに視界に止まった。
「……あれかしら」
教卓の上には、細長い箱が置かれている。
その蓋を開けてみると、そこに入っていたのはそこそこ高級なうどんの乾麺束だった。食べたらレベルが上がりそうだ、なんて一瞬頭に浮かぶ。
「これは……確かに宝ね」
これは、勝たなければ。
その後、教室を出て屋内を探して回ったが、これ以外に宝は見つからなかった。
外に出て一旦広場に戻ってみたが、誰もいない。
『お、千景は既に一つ見つけたようだ!』
『早いな』
スピーカーから声が聞こえたので天守閣を見上げてみると、れんちゃん達が双眼鏡でこちらを見ていた。
……もしかして、れんちゃん達が向いている方向を見れば、他の子の位置がわかるのでは?
そう思った矢先、またスピーカーかられんちゃんの声が聞こえた。
『今度は友奈が見つけたようだね』
れんちゃんの向いている方向にあるのは寮だ。そちらへ行くと、寮の裏側から出てきたゆうちゃんに遭遇した。
「あ、ちーちゃん!」
「寮の裏にあったの?」
「うん、うどんの束があったの」
どうやら宝は全て高級うどん束のようだ。
「ちーちゃんも一緒?」
「ええ、うどんの束だったわ」
「今日の晩ご飯だね!」
そう言ってゆうちゃんは満面の笑みを浮かべた。この子の笑顔は周りも笑顔にしてくれる。
「じゃあ、私は次のを探しに行くわね」
「あ、そっか。いっぱい見つけたら皆に渡してゴールしてもいいんだよね」
ゆうちゃんと別れて宝を探しに行く。他の子の状況はわからないが、放送が無いということは見つけていないのだろう。
しばらく探したが見つからず、一旦広場に戻る。先程杏とひなたが見つけたとれんちゃんが言っていたため、あと必要なのは若葉の分だ。
広場に戻ると、杏と若葉も別々の方向から広場に戻ってきた。
杏はその手に私の持っているものと同じ箱を持っている。
「見つかりませんね…」
「残っているのはあと二つですね」
「というかそれは何だ?」
若葉が私達の持っている箱を指さす。
「高級うどん束」
「何!?」
やはり香川県民にとってこれは宝らしい。
「千景さんは見つけるの早かったですよね」
「烏丸先生なら屋内に隠したりするかもって思って教室に行ったら、隠れることなく教卓に置かれていたのよ」
「なるほど、烏丸先生が隠しそうな場所を想像したんですね」
そうだ、私は烏丸先生の考えを想像して見つけたのだ。ならばもう一度想像してみよう。
「……ゴールの前にあったりしないかしら」
「え、ゴールの前?」
「あの人のことだから、頑張って三つ探してゴールに向かったところ、ゴール前であっさりと四つ目を見つけて落胆する私達を見ようとしていたりしないかしら」
面倒臭い考え方かもしれないが、あの人は他人が悪い意味で驚いた顔を見るのが好きなのかもしれない。
「……有り得るな」
「可能性は否定できませんね。烏丸先生ですし……」
どうやらこの認識は共通のもののようで、若葉と杏も共感する。
その可能性に賭け、私達はゴールの天守閣に向かうことにした。
「本当にあったわね……」
「あったな」
「ありましたね」
天守前に設置されたゴールの前には、誰がどう見ても見つけられるように、堂々とうどん束の箱が設置されていた。もはや隠してすらいない。
「まさかこれを三つ目に見つけるとは思わなかったぞ」
「私は烏丸先生の考え方をそこそこ理解しているのかもしれないわ」
「そうか」
ゴールで待ち構えていた烏丸先生に感心される。あまり嬉しくはない。
三つ目の宝を若葉が手に取り、三人でゴールを切った。
『今、白組が三つの宝を持ってゴールしたー!!』
「なんだってぇぇえ──!!」
丸亀城のどこかから、球子の叫びが聞こえた。
運動会を終えて昼食に皆で弁当を食べた後、シャワーを浴びて着替えた私達はスーパーマーケットに来ていた。
「どうしてスーパーなの?コンビニのほうが近かったのに」
「コンビニでハーゲ○ダッツを買ったら高いだろうが。私の自腹だぞ」
アイスの売り場に向かい、私と若葉と杏はハーゲ○ダッツを選び始める。
「いいなぁ……」
「後で少し分けて貰ったら?」
「なるほど!杏、一口でいいから分けてくれ!」
「はいはい、わかったから」
球子が爆速で杏に頼み込む。良く言えば素直、なのだろうか。
ひなたとゆうちゃんはきっと、こんな風に欲しがったりしないだろう。しかし何も言わずとも、若葉はひなたと分けるだろう。それならば。
「ゆうちゃん、何味がいい?」
「え?」
振り返り、味をゆうちゃんに尋ねる。私は何でも構わないので、ゆうちゃんの好きなものにしよう。
「私が選んでいいの?」
「ええ。半分こにしましょう」
困り顔で是非を問うゆうちゃんの手を引き、冷凍ショーケースの前に並んで選ぶ。
後ろでれんちゃんと茉莉さんが微笑んでいる気がした。
──────────
「んっ……」
「もっと体の力を抜いて?そのほうが気持ちいいよ」
「んぁ……そこ……」
「ん?ここがいいの?」
「あぁ…あ…っん……」
「解れてきたかな」
「何だ?こいつらは家ではいつもこんな感じなのか?」
「いえいえ、そんなことないですよ?」
「茉莉が気まづそうにしているじゃないか」
楓さんの言葉を聞いて顔を上げると、無言でテレビを見ている茉莉は耳を赤くしていた。
「久美子が変な声を出すからだよ」
「お前がマッサージ上手いんだよ……」
布団にうつ伏せで寝る久美子の腰を指で押すと、久美子はまた弱々しい声を出す。
「そもそもどうしてマッサージを?」
「この一週間、普段の仕事に加えて運動会の準備とか色々頑張ってくれたから、労おうと思って」
「労うのはいい事だな」
「もう充分だぞ……」
「わかった」
布団から立ち上がり、リビングのソファに移動して腰を下ろす。
「そういえば茉莉が撮ってくれた写真をまだ確認してないな」
「いっぱい撮ったよ」
スマホのギャラリーアプリを開くと、確かに大量に写真が増えていた。
「おお、こんなに。ありがとう茉莉」
「どういたしまして」
皆の真面目な顔で頑張る姿や、楽しそうな笑顔等、眺めていると僕も笑顔になる。
「何枚かプリントして、アルバムに貼ろうかな」
数年前から作っている千景のアルバムは、そろそろ四冊目に入りそうだ。最近は友奈が一緒に写ることが多い気がする。
このアルバムには、ずっと一緒にいる若葉やひなただけでなく、旅行先で出会った歌野達が一緒に写った写真もある。
いつか少女達が大きくなったら、このアルバムを一緒に見返して懐かしみたい。
そして、小さい頃の皆はもういないことに寂しさを感じながら、皆が健やかに成長してくれたことに幸せを感じるのだ。
今日の郡家
千景ちゃんとゆうちゃんは、時々姉妹のように見えて、ボクはそれが微笑ましく思った。
蓮花さんはボクも含めて三姉妹みたいだって言ってくれて、少し嬉しかった。