花は少女の幸福を願う   作:カフェラテ

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第47話 進化と褒美

 目を覚ます。洗面所で顔を洗い、キッチンに向かい朝食を作る。

 やがて久美子が気だるげな顔で起きてくる。最近は自分で起きてくれるようになった。

 

「おはよう。もうすぐできるから、茉莉起こしてきて」

 

「ん……」

 

 茉莉を起こすため、久美子はまた寝室に戻っていく。最初のうちは気だるげかつ低い声で「起きろー……」と言うだけで、なかなか茉莉は起きなかった。そのまま茉莉の隣に潜り込んで二度寝しかけたことも稀にあった。まったく自由奔放である。

 出来上がった朝食をリビングのテーブルに運んでいると、茉莉だけがリビングに起きてきた。

 

「おはよう。久美子は?」

 

「布団で横になって二度寝しかけてる」

 

 今日がその稀な日だったようだ。久美子を起こすために僕は寝室に向かった。

 

 

 

「行ってらっしゃい」

 

「行ってきます」

 

 出勤する久美子を玄関で見送る。この後僕は、家事を済ませたら昼までのんびりと過ごす。

 キッチンに戻り、朝食の食器を洗う。リビングでは茉莉がテーブルに教材を広げ始めている。

 食器を洗い終えてリビングに戻り、少しスマホを弄っていると、久美子からRINEが来た。

 

『杏が熱を出したらしく、今日は欠席している』

 

 なんと。そういえば杏は病弱だったか。

 

『教えてくれてありがとう。看病に行く』

 

 久美子に返信し、出かける準備をする。

 

「どこか行くの?」

 

「ああ、杏が熱を出したらしくて。ちょっと看病に行ってくるね。昼ご飯は後で戻ってきて作り置きするね」

 

「え!?わかった、行ってらっしゃい」

 

 玄関を出て家の鍵を閉め、階段を降りてマンションを出る。途中で色々買ってから丸亀城に行くとしよう。

 今は11月。既に冬の寒さに移り変わり始めている。

 

 

 

 

 寮に到着し、杏の部屋の扉をノックする。少しして扉が開き、パジャマ姿の杏が現れた。

 

「熱出したって聞いて、看病に来たよ」

 

「わざわざすみません。ありがとうございます……」

 

 杏に続いて部屋に入り、買い物袋をテーブルに置く。

 

「朝ご飯は食べた?」

 

「食べてないです……。部屋に食べ物無くて……」

 

 基本的にこの子達は食事は全て食堂でするため、部屋に食べ物を置いておく必要が無い。よってこういう時にも食べる物が無い。日常的に料理をする千景ならともかく。

 

「実家から送られてきたみかんも、ちょうど食べきっちゃったところで……」

 

「そうか。色々買ってきたから、何か作るよ。うどんは食べられる?茹でようか?」

 

「お願いします……」

 

 普段は使われている痕跡のないキッチンに立ち、湯を沸かしてうどんを茹でる。

 その間、することが無い杏はベッドに横になっている。

 

 お椀にうどんつゆを入れ、そこに茹で上がったうどんを入れてテーブルに運ぶ。

 

「お待たせ」

 

「ありがとうございます」

 

 起き上がってうどんを食べ始める杏。熱があるだけで、食欲が無いとかではないようだ。

 

「症状は熱が高いだけ?」

 

「はい、熱が高くて、体が怠くて。頭痛とか吐き気とかは無いです」

 

「病院に行ったりはしなくて大丈夫?」

 

「大丈夫です、寝てれば治ると思います」

 

 早々に食べ終えた杏は、またベッドに入り眠りについた。

 

 

 

 

 

 昼頃、杏は目を覚ました。途中で一度も目覚めることはなく、とてもぐっすり眠れていたようだ。

 

「おはよう、体調はどう?」

 

「ちょっとマシになった気がします」

 

「昼ご飯作るから、熱計っといて」

 

 杏に体温計を渡し、僕はキッチンに向かった。

 

 これを作るのは久しぶりだ。出来上がったおじやを二つのお椀によそい、テーブルに運ぶ。一つは杏、もう一つは僕の昼食だ。

 

「これは?」

 

「おじやだよ。千景が体調を崩した時によく作った」

 

 おじや。たまご雑炊とも呼ばれる。もしかしたらこちらが正式名称で、おじやは方言かもしれない。

 

「いただきます」

 

 杏がおじやをスプーンで掬い、息を吹きかけて少し冷まして口に入れる。

 

「……凄く美味しいです。体調不良の時しか作らないのはもったいないです」

 

「ありがとう。塩をかけたらもっと美味しいよ」

 

「え?……本当だ、美味しい!」

 

 スプーンが止まらない杏。どうやらお気に召したようだ。僕も自分の分を食べ進める。美味しい。

 

「おかわりありますか?」

 

「あるよ。入れてくる」

 

 杏のお椀を受け取って立ち上がる。この様子なら、全然心配ないだろう。

 心底安心しながら、おじやのおかわりをお椀によそった。

 

 

 

 

 夕方、僕が林檎の皮を剥き杏が食べていると、外が騒がしくなり、やがて杏の部屋の扉がノックされ、扉を開けると皆がいた。

 

「え、どうして蓮花さんが?」

 

「久美子から杏が熱出して休んでるって聞いて、看病に来てたんだ」

 

「そうだったのか」

 

 ぞろぞろと杏の部屋に入っていく。当の杏は兎林檎を食べている。

 

「あんず、大丈夫か?」

 

「うん。もう熱も下がってきて、微熱って程度かな」

 

「なら、明日は登校できそうですね」

 

「なんで林檎はわざわざ兎にしたの?」

 

「なんとなく」

 

 杏も元気になってきたし、皆も帰ってきたし、もう大丈夫だろう。

 

「じゃあ、僕はそろそろ帰るね」

 

「もう帰るの?」

 

「うん、晩ごはんの買い物も行かないと。また明日ね」

 

「今日はありがとうございました」

 

 寂しげな顔をする千景の頭を撫でてから、僕は丸亀城を後にした。

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえり。もうすぐ晩ご飯できるから」

 

 夜。キッチンで夕食を作っていると、久美子が帰宅した。

 

「今日の夕飯はなんだ?」

 

「うどんだよ。肉うどんでよかった?」

 

「ああ」

 

 キッチンでは今、うどんを茹でている横で茉莉が肉を煮ている。鍋の中の煮汁からとても食欲をそそる香りがする。

 

「……そろそろいいね。火を止めよう」

 

「はい」

 

 三つのどんぶりにうどんを入れ、その上に肉を載せてリビングのテーブルに運ぶ。

 久美子は白衣を脱いでハンガーに掛け、既にテーブルの前に座っている。

 

「お待たせ、食べよう」

 

「「いただきます」」

 

 二人が食べ始めたのを見て、僕も肉うどんを食べ始める。ふむ、良い出来だ。

 

「やっぱり肉うどんは美……」

 

 

 ──、──────────。

 

「……タイミングが悪いな。うどんが伸びちゃうよ……」

 

 唐突な神樹の呼びかけにボソッと愚痴を零す。

 

「ん?どうかしたか?」

 

「ちょっと用事ができた。すぐに戻る」

 

 玄関に向かい、いつもの黒のタクティカルブーツを履いて家を出る。そして屋根伝いに夜闇の中を駆け、僕は瀬戸大橋に向かった。

 

 

 

 大橋を渡り、四国を囲う壁のところまで来ると、その上へ登る。

 そして神樹の結界を出ると、遠くの空に大きな丸い物体が見えた。

 

「あれは……何だったっけ……カルマートだっけ……?」

 

 爆弾のような小さいバーテックスを生み出す、空母のような大型バーテックス。前に見たものよりも二回りほど小さい気がするが、どうしてここにあんなものが。

 

「……もしかして、僕のせいで急速に進化してる?」

 

 前から思っていたが、出会ったバーテックスは全て殲滅しているのに、どうして初めて会った個体まで情報を持っているかのように進化するのだろうか。

 バーテックスの集合知のようなものがあるのか、そもそも天の神が指示して進化させているのか。

 

 正直、僕を超えるためにこの調子で進化していけば、最終的にどうなるのか、興味はある。天津神は、自らの尖兵を己自身よりも強い存在にするのだろうか。

 

「まあ、今はどうでもいいや。早く帰らないとうどんが伸びるし、イレギュラーは潰しておこう」

 

 地を蹴って飛び出す。誰もいない夜空に、大小沢山の花火が咲いた。

 

 

 

 

 

 帰宅し、玄関の扉を開けると、脱衣場から出てきた久美子と目が合った。

 

「ただいま」

 

「おかえ……その服はどうした?」

 

 久美子の視線が向く僕の服は、ボロボロである。いつものように素手で敵を潰したせいで、間近で爆発を受けてしまった。

 

「えっと……ちょっとうっかりしてて……」

 

「……リビングに行かず、このまま風呂に入れ。着替えは用意しておく。茉莉には見せるな」

 

「わかった」

 

 聡明な久美子は、僕の用事が何だったのか察したようだ。

 言われた通り脱衣場に向かい、ボロボロになった服を脱いで浴室に入る。この服は捨てるしかないか。

 久美子は狂っているところもあるが、やはり優しい人だ。

 茉莉は段々と『普通』の日常に戻りつつあるが、そこにボロボロの服を着た僕が現れては、自分の近くに危険な非日常が存在することを感じさせてしまう。

 

「着替えはここに置いておくぞ」

 

「ああ、ありがとう」

 

 扉越しの久美子の声に礼を言う。

 うどんは既に伸びているだろうが、一応早めに風呂を上がった。

 

 案の定、うどんはしっかりと伸びていた。

 

 

 

 

 寝室。茉莉の寝息は聞こえているが、僕は考え事をしていてなかなか眠れずにいる。

 敵の進化の事や、神樹の呼びかけのタイミングをもう少しどうにかしてほしいとか、杏の事等。

 神樹は危険だと判断した時にしか僕に呼びかけないため、これに文句は言えない。

 杏はよく入退院を繰り返していたため、出席日数が足りずに留年したと聞いた。これはどうにかできないだろうか。

 

 仰向けで天井を見ながら悩んでいると、久美子に僕の手を握られた。

 

「まだ起きてたの?」

 

「お前もな」

 

「僕は考え事をしていたら眠れなくてね」

 

 体の向きを仰向けから横に移すと、こちらを見る久美子の紅い瞳があった。千景と久美子は瞳の色が似ていることを知る。

 

「どうしたの?」

 

「……大丈夫だとは思うが、ここからいなくなるなよ?」

 

 戦闘後の姿を見て、心配させてしまったのだろうか。

 

「お前がいなくなったら、あいつらが困る。茉莉も、私も」

 

「……大丈夫。いなくなったりしないよ」

 

 握られた手を放して、久美子を抱き締める。こうすれば、安心してくれるだろうか。

 

「ちなみに、なんで久美子も困るの?」

 

「お前がいなくなったら、誰が料理をするんだ」

 

「そういうことか」

 

 確かに僕がいなくなったら、久美子が料理をしなければならない。それに加えて、朝は自分で早起きする必要が出てくる。

 

「お前は何を考えていたんだ?」

 

「色々。……ねえ久美子」

 

「ん?」

 

「杏を、皆と一緒に卒業させてあげたいんだけど、できる?」

 

「……友奈達が小学校を卒業するまでの約一年半の間に、杏が二年半分の勉強を進めれば、可能ではある」

 

 普通の学校ではないからこそ、多少融通も利く。杏は賢い子だから、勉強面では全然問題ないだろう。

 

「杏がそれを望んで、杏の両親が許可をくれたら、お願いしてもいい?」

 

「……わかった。いいだろう」

 

 久美子が僕の背中に腕を回し、僕を強く抱き締め返す。締められる背中とは対照的に、前はとても柔らかい。

 

「私の仕事量も増えるからな。何かご褒美を貰おうか」

 

「いいよ。何でもあげる」

 

 皆で一緒に卒業できるのなら、僕達大人は精一杯できることをしよう。




今日の郡家
 久美子さんが二度寝してしまうのは、蓮花さんが起こしてくれると信頼しているからなのかと思った。
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