目を覚ますと、目の前には千景がいた。千景はまだ眠っている。
視線を動かすと、そこは寮の千景の部屋。
少しずつ覚めてきた頭で思い出す。昨日は土曜日で、千景の部屋に泊まったのだ。
「……寒い」
12月ともなれば、部屋は冷気に包まれている。掛け布団を掛け直し、眠る千景を見つめる。とても安らかな寝顔だ。
「……んん……」
柔らかい頬に触れると、眠ってはいるが反応は示した。いつ見てもきめ細やかで絹のような肌だ。
皆でいる時は少し大人びているが、この子もまだ11歳の子供なのだ。難しいことは考えず、毎日を楽しく過ごしてほしい。
千景を抱き締めると、その温かさにまた眠くなる。
今日は日曜日だ。このまま二度寝しても大丈夫だろう。
愛する人を抱き締めながら二度寝をする、という至高の幸福を享受しながら、僕は再び眠りについた。
「……退屈だ」
「どうした急に」
球子達の実家から送られてきたみかんの皮を剥いていると、久美子がボソッとそう言った。
ここに久美子達がいるのは、昼前に起きて、千景の部屋で昼食を作るから、ということで呼んだからだ。
とりあえずみかんを一つ久美子に向けると、久美子は口を開けたのでそこに放り込む。そして隣を見ると、千景も口を開けて待っていたのでみかんを入れる。
「……今の生活は他人から見れば特殊かもしれないが、毎日同じように過ごしていると慣れてきてしまった」
「ふーん」
久美子の話を聞きながら、友奈、茉莉、ひなた、球子、杏、若葉と順にみかんを口に入れていく。ちょうどみかんが無くなったので、次のみかんの皮を剥き始める。
「何か非日常を感じられることをしたいってこと?」
「そうだな」
「ねぇ茉莉さん。久美子さんって家ではどういう生活をしているの?」
「えっと……朝は蓮花さんに起こされて、夕方に帰ってきて、晩ご飯を食べてお風呂に入って……のんびり過ごして寝る」
「普通だな」
千景の問いに対する茉莉の返答は、ごく普通の社会人の生活だった。久美子はこれといった趣味も無いような気がする。
「あ、金曜日の夜は遅くまでお酒を飲んでるよ。蓮花さんを巻き込んで」
「巻き込んでとは何だ。一緒に飲んでいるだけだ」
「そうなの?」
「まぁ…そうかな……」
「話を戻すが、何か面白いことはないか?」
皆はみかんを食べながら、一応考え始める。おそらく、若葉と千景は考えるふりをしているだけで何も考えていない。とても興味の無さそうな顔をしている。
「ふむ……デートでもす」
「駄目」
「はい」
おそろしく早い却下。僕でなきゃ聞き逃しちゃうね。
「楽しませてくれるなら構わないが」
「却下されたのでこの案は無しです」
再び真面目に考える。久美子の『楽しい事』は一般人とはズレているため、なかなか難しい。
「イベント的なことなら何でもいいんですか?」
「まあ、そうだな。案によるが」
「では、もうすぐクリスマスですし、クリスマスパーティーをしませんか?」
「「やる!!」」
提案されたのは久美子のはずだが、ひなたの提案に反応したのは友奈と球子だった。
「いいだろう」
「てかクリスマスって今週末じゃん。今から買い物行く?」
「そうね」
唐突に決定したクリスマスパーティーの準備のため、僕達は動き出した。
昼過ぎ、僕と久美子はイネスに来ていた。
同時刻、子供達は楓さん、琴音さんと共にホームセンターでパーティーグッズを買いに行っている。
「どうして私はイネスに?」
「久美子には重要な任務を与える」
「重要な任務?」
「僕は今から料理に使う食材とかチキンとか買って回るから、久美子は皆に配るプレゼントを買ってきてほしい。サプライズでパーティーで配りたい」
「なるほど」
久美子が納得したところで、財布から福沢さんと樋口さんを取り出して久美子に差し出す。
「というわけで資金の1万5000円を渡しておく。これで7人分お願いね」
「そんなに?一体何を買えばいいのやら」
「何でもいいよ、久美子に任せる」
平均して一人分が2000円ちょっと。それなりに色々買えるだろう。久美子のセンスを信じよう。
「それから、久美子は何か欲しいものはある?」
「私か?私はプレゼントを貰う側じゃないだろう」
「サンタじゃなくて、僕が家族として何かプレゼントするよ。何かない?何でもいいよ?」
「そうだな……」
頭を捻って考え込む久美子。
「……急に聞かれても思いつかないな。蓮花に任せる」
「任された」
その後一旦久美子と別れ、僕は久美子のプレゼントを考えながら、大量の食材を買って回るのだった。
──────────
ホームセンターに到着した私達は、季節のグッズが陳列されているコーナーでパーティーグッズを見ていた。大体こういうものは季節に合わせて纏めて置かれている。
「……そういえば、どこでパーティーをするんでしょう?」
クリスマスツリーを見ていた杏が、ふとそんなことを呟いた。そういえば決めていなかった。
「場所がわからないと、ツリーの大きさを決めづらいです」
「ちょっとれんちゃんに電話してみるわ」
スマホでれんちゃんに電話をかけると、すぐに出てくれた。スマホを手に持っていたかのような早さだ。
『もしもし、どした?』
「れんちゃん、パーティーってどこでするの?」
『家でするつもりでいたけど』
「そうなのね」
確かに、自由に飾り付けをしたり、作った料理をすぐに運べたりと家なら都合がいい。寮の部屋でするには狭い。
『ついでに、そのまま泊まっていったらいいんじゃない?』
「そうね、そうするわ」
電話を切って話を皆に伝える。泊まるとなると、流石に全員では狭い。何人かは若葉達の家に泊まってもらうことになるだろう。
「大きいツリーは邪魔になりますね。小さめにしておきますか?」
「……いや、うちは確かツリーはあるわ。毎年クリスマスには部屋の隅にコンパクトなツリーを出していたから」
「じゃあツリーは買わなくていいな」
クリスマスツリーは買うのをやめ、他のグッズを見て回る。何が必要だろうか。
「……ホームセンターにこんなのあるんですねぇ。ちーちゃん、着てみませんか?れんちゃんが喜ぶと思いますよ?」
「え?」
ひなたが両手に持って掲げたそれは、レディースのサンタクロースコスチューム。ようはコスプレ衣装である。
「ええ……」
「あ、私も着たい!ちーちゃんも一緒に着ようよ!」
「……わかったわ。一緒に着ましょう」
ゆうちゃんに誘われては断れない。どうしてだろう。
ひなたが買い物カゴにサンタコスを四着追加した。……四着?
「せっかくなので、私と若葉ちゃんも着ようかと」
「ええ!?私もか!?」
「駄目ですか……?」
「……まぁいいだろう」
ひなたが小さくガッツポーズをしたのを、私は見逃さなかった。若葉がひなたの頼みを断れないのは、何年経っても変わらない。
「あんずは着ないのか?」
「私はいいよ、恥ずかしいから……。タマっち先輩こそいいの?」
「タマはこういうの似合わないだろ」
「あら、そんなことないんじゃない?」
「え」
「そうだよ、きっと可愛いよ!!」
「えぇ……」
どうせなら全員巻き込んでしまおうと思い、球子と杏も着るように仕向ける。杏が勢いに乗ると、球子はそれに敵わない。
「じゃあ、あんずも着ろよ?」
「え、私も?」
「当然だ、タマだけに着せようとするのはズルいぞ」
「諦めて全員着なさい」
「はい……これも可愛いタマっち先輩を拝むため……」
さらに二着のサンタコスが買い物カゴに追加された。
もう一つカゴを持ってきたほうがいいだろうか。
「ねぇちーちゃん、茉莉さんの分も買ったほうがいいかな?」
「……そうね、仲間外れは良くないわ。恥ずかしがるかもしれないけれど」
というわけでもう一着追加。いつの間にか若葉が次のカゴを持ってきている。
「こっちには大人用のサンタコスもありますね」
ひなたが言う方に振り向くと、同じコスチュームの大人用サイズがあった。
「……仲間外れは良くないわ」
「そうだな」
「ですね」
大人用のサンタコスを一着、買い物カゴに追加した。
後ろで楓さん達は苦笑していた。
──────────
「なっ、これを私も着るのか!?」
「せっかく買ったんだから着てよ」
完成した料理を順にリビングのテーブルに運んでいく。
今日はクリスマスイブ、今からクリスマスパーティーだ。
隣の和室は今襖を閉められており、着替えか何かをしているようだ。先程、久美子と茉莉も連れ込まれていた。
「何してるんだろう?」
「すぐにわかるから、楽しみに待っていろ」
皿や飲み物等の準備をする楓さんがそう言うので、楽しみに待つことにする。
この大きなチキンはテーブルの真ん中に置いておこう。
「これで合ってるかな?」
「ええ、ちゃんと着れているわ」
「きゃああタマっち先輩可愛い!!」
「うぉぉぉやめてくれぇ……!!」
何が起きているのかわからないが、皆とても楽しそうだ。球子は困っているようだが。
大体の料理を運び終えたところで、ようやく襖が開かれた。
「なっ!?!?」
そこから出てきたのは、ケープのついた赤と白のワンピース型の衣装を着たサンタクロース達だった。
「あ゙あ゙あ゙あ゙……可愛いぃ…………」
あまりの可愛さに思わず膝から崩れ落ちる。聖夜に天使達から最高のクリスマスプレゼントを貰ってしまった。
「えっと……大丈夫?鼻血が出てるけど……」
「大丈夫……」
楓さんからティッシュを受け取り、鼻に詰める。可愛いものを見て鼻血が出たのは初めてだ。
「喜んでもらえたようで何よりです」
「そうみたいね」
「最高だ……ありがとう……」
詰めた鼻栓がすぐ真っ赤に染まっていく。絞れそうなほどに血を含んだティッシュを抜き、次のティッシュを詰める。可愛さに殺されるかもしれない。
「てか、久美子も着たんだね。似合ってないけど可愛いよ」
「貶すか褒めるかはっきりしろ」
「れんちゃん駄目ですよ、久美子ちゃんも女の子なんだから、『可愛いよ』だけでいいんです」
琴音さんに指摘されてしまった。しかし、さすがに普段の雰囲気と合わなすぎる。可愛いが。
「なあなあ、もう食べていいのか!?」
球子は既にテーブルの前に座り、箸を持っていた。今日の球子は髪を降ろしていて、見た目の雰囲気が少し違う。杏の球子を見る目も少し違う。
「ちょっと待ってね。写真撮りたいから皆寄ってほしい。後で杏と球子のご両親にも送ってあげよう」
そして僕は、大量の写真をスマホに保存した。これもプリントしてアルバムに加えよう。
食事も一段落してきた頃、僕は押し入れから大きな袋を取り出し、リビングに運んだ。
「何その大きな袋」
「今から皆にプレゼントを配ります!」
「プレゼント!?」
身を乗り出す友奈や球子を手で制し、落ち着かせる。
「今から皆には目隠しをして袋に手を入れて、一人一つ取ってもらいます。ちなみにこのプレゼントは久美子に選んでもらったから、僕は中身を知りません」
「え、怖い」
「……それでも、タマは貰えるもんは貰う!」
「順番はじゃんけんでもして決めてね」
そして一人目、まずは球子がアイマスクをつけて袋に手を入れる。そして取り出し、アイマスクを外す。
「お、腕時計だ!ちょうどアウトドアの時に使う腕時計が欲しかったんだ!しかも気温とかも分かるやつじゃん!」
「それはよかった」
「久美子さん、一応ちゃんと選んだんだね」
「蓮花の金で買ったからな」
二人目に茉莉が袋に手を入れる。
「……何これ?薄くて大きい」
そう言いながら取り出したそれは、色鉛筆の72色セットだった。
「お、ちょうどいいのを引いたな」
「……ありがとう、久美子さん」
「お前が私に礼を言うとは、明日は吹雪か?」
「それはそれでホワイトクリスマス」
茉莉は色鉛筆のケースを抱え、嬉しそうに微笑んだ。
そして次は若葉の番だ。若葉が袋から取り出したそれは、ショルダーバッグだった。シンプルなデザインが若葉に似合っている。
「ショルダーバッグか、これは使いやすいな」
「誰が引いても困らないプレゼントだね」
「今のところ、変な物は入ってないわね」
「さすがに大丈夫じゃないでしょうか」
その後もプレゼントを引いていき、千景は音楽プレーヤー、ひなたはマフラー、杏はニット、友奈はスニーカーだった。
「最後まで変な物は特に無かったね」
「……袋の底を見てみろ」
「え?」
言われた通りに見てみると、何か紙が底にあった。取り出してみると、そこには『烏丸先生の肩を揉む券』と書かれていた。
「えぇ……」
「誰か引かないかと思っていたが、誰も引かなかったな」
「後で僕が揉んであげるよ」
「ああ、頼む」
年末ということもあり、どうやら烏丸先生はお疲れのようだった。
パーティーも終わり、若葉達は自分の家に帰った。球子と杏も、今夜は若葉達の家に泊まることになった。
現在、千景と友奈、茉莉は三人一緒に風呂に入っている。その間に僕は久美子の肩を揉んでいた。
「そういえば久美子さん。あのプレゼント、絶対1万5000円じゃ足りなかったよね?」
「ああ、足りない分は私が出した」
「いくら?僕が返すよ」
「構わない、気にするな」
そう言う久美子の表情は僕からは見えない。
「あ、そうだ」
「ん?」
肩揉みを中断し、押し入れの中に入れていたもう一つの袋を持ってリビングに戻る。
「はい久美子、クリスマスプレゼント。いつも出勤する時の格好が寒そうだったから」
久美子が袋から取り出したそれは、ベージュのチェスターコートだ。スタイルのいい久美子はロングコートがよく似合うと思った。
「……ありがとう」
「どういたしまして。君からの礼は珍しいな」
「私は別に礼儀知らずではないぞ」
「そっか」
また久美子の後ろに座り、肩揉みを再開する。しかし久美子が段々と僕にもたれかかってくる。
やがて、肩を揉むのは諦め、久美子を後ろから抱き締める形となった。
「クリスマスパーティーは楽しめた?」
「……ああ、悪くなかった」
やはりその表情は後ろからでは見えないが、今は微笑んでいる気がした。
今日の郡家
今日は久しぶりにゆうちゃんと千景ちゃんと一緒にお風呂に入った。千景ちゃんの発育を見て、ボクは敗北を感じた。
次の日から、久美子さんは白衣ではなくロングコートを着て仕事に行くようになった。