花は少女の幸福を願う   作:カフェラテ

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第49話 甘い感謝と妖艶な苦味

 夕食を終え、久美子はリビングで茉莉のテストの採点をしている。

 茉莉は定期的に、久美子が作ったテスト問題を解いている。成績がつくわけではないが、どの程度理解できているかわかるため、やった方がいいらしい。

 

「……」

 

「……黙って真面目にやってる久美子の顔良過ぎ……」

 

 長い睫毛に女性らしさを感じるが、その横顔はかっこいい。美しいというか、絵になるというか。

 暫くして、赤ペンを置いて伸びをする久美子。どうやら採点が終わったらしい。

 

「お疲れ、どうだった?」

 

「5教科平均78点。これなら次はもう少し難しくしてもいいな」

 

 久美子はマグカップに入ったホットコーヒーを飲み干して立ち上がった。そして隣の和室にあるタンスに着替えを取りに行く。

 

「やることやったから風呂に入ってくる」

 

「今は茉莉が入ってるよ?」

 

「いきなり突入して驚かせてやる」

 

「ええ……」

 

 久美子は嬉々とした表情で脱衣場に向かった。そしてすぐに、茉莉の悲鳴が聞こえた。本気で嫌がられていないだろうか。

 

 

 

 

 

「そういえば、もうすぐバレンタインだな」

 

 ホットコーヒーを入れ直し、ソファに座る僕の隣に座りスマホを見ていた久美子が唐突にそう言った。おそらく、季節柄そういう広告でも流れてきたのだろう。

 

「久美子の口から出るとは思わない言葉ランキング上位だよ」

 

「ちょっとわかる」

 

「何だそのランキング」

 

 読書をしていた茉莉も同意する。美形な久美子だが、どうしてかそういう事には縁が無さそうに感じるのだ。変人だからか。

 

「お前は千景から毎年貰うのか?」

 

「うん。若葉とひなたもくれるよ」

 

「お返しはどうしたんだ?」

 

「チョコのスイーツを人数分作った」

 

「ほう……」

 

 おそらく今年も、千景達はチョコをくれるだろう。そう信じたい。貰えなかったら夜に一人で泣くかもしれない。

 

「茉莉と久美子は誰かにチョコをあげたことあるの?」

 

「ボクは無いよ」

 

「あるわけないだろ」

 

「……そっか」

 

 あるわけないと来たか。僕は何と返せばいいかわからなくなった。

 いつものように久美子が僕の肩に頭を乗せると、少し湿り気を感じた。

 

「久美子、まだ髪が乾ききってないよ。ドライヤー持ってくる」

 

「すまん」

 

 立ち上がって脱衣場に置いているドライヤーと櫛を取りに行き、リビングのコンセントにプラグを差し込む。

 久美子の後ろに座り、櫛で髪を梳かしながら乾かす。茉莉の髪もとても長いので、よく僕か久美子がこうして乾かしている。

 

「いつも思うが、髪を乾かすの上手いな」

 

「しょっちゅう千景の髪を乾かしていたからね」

 

 千景の綺麗な髪質は僕が丁寧に乾かしてきたからできたものだ、と言うのはさすがに過言。

 僕の周りには綺麗な長い髪の子が多いなと、ふと思った。

 

 

 ──────────

 

 

「皆、ちょっといいかしら」

 

 朝のホームルーム前、私は皆に呼びかける。各々でそれぞれの話題が盛り上がっていた教室が、一旦静まりかえり、皆の視線が私に向く。

 

「どうかしましたか?」

 

「もうすぐ、バレンタインよ」

 

「そうだな」

 

「それで、皆にれんちゃんにチョコを渡すのか聞いておきたいのよ。事前に相談しておけば、渡すチョコが被るのを避けられるでしょう?」

 

 全員が渡すのかはわからないが、教室には六人、茉莉さんと久美子さんも合わせると八人になる。これだけいると、先に相談しておかないと同じようなものを渡すことになりかねない。

 

「私と若葉ちゃんは例年通り渡すつもりです」

 

「うむ」

 

「そうだと思ったわ」

 

 そして私達三人の視線は、残りの三人に向く。

 

「あんずはどうするんだ?」

 

「私は体調を崩した時に看病してもらったし、感謝も兼ねて渡そうかな」

 

「なるほど、感謝か。確かにタマ達、しょっちゅう蓮花さんの世話になってるもんな。タマチョコも進呈しよう」

 

 球子と杏は渡すらしい。そして最後、五人の視線がゆうちゃんに向けられる。

 

「ゆうちゃんは?」

 

「私は渡すよ!こういう機会でもないと、日頃の感謝を伝えることってあまり無いもんね」

 

「わかったわ。じゃあ全員渡すのね」

 

 渡すことは確認できた。後はどんなものを渡すかだが、いつ相談しようか。もうすぐホームルームのため、今は時間が無い。

 

「では、明日は土曜日ですし、明日の夜にお泊まり会をしませんか?その時に色々相談しましょう?」

 

「そうね」

 

「お泊まり会いいな!」

 

「お菓子とジュース持っていくね!」

 

 そんなわけでひとまず話を終えたところで、ちょうど烏丸先生が教室に入ってきた。

 

「……烏丸先生はどうするんだろうか」

 

「聞いてみたらいいんじゃないですか?烏丸先生」

 

「何だ?」

 

「烏丸先生はれんちゃんにチョコを渡すんですか?」

 

 ひなたの問いを聞いた烏丸先生は、顎に手を当てて少し考える様子を見せた。

 

「……まだ渡すかどうかは決めていない」

 

「久美子さん、感謝を伝えるって大事だよ」

 

「感謝か……」

 

 ゆうちゃんの言葉で揺れているようだ。別に私はどちらでも構わない。

 

「……まあ後で考えるとしよう。ホームルームを始めるぞ」

 

 話を区切り、烏丸先生はいくつかの連絡事項を簡潔に話す。時間割表ではホームルームの時間は十分あるが、いつも五分もかからない。それは今日も例外ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 夜、風呂上がりにスマホの通知を確認すると、珍しく茉莉さんからメッセージが届いていた。

 

『千景ちゃん、蓮花さんってチョコの甘さの好みとかある?』

 

 内容からして、どうやら茉莉さんもれんちゃんにチョコを渡すようだ。せっかくなら、明日のお泊まり会に茉莉さんも誘ってみるとしよう。

 

『チョコの好みはあまりわからないわ、れんちゃんは何を渡しても美味しいって言ってくれるから』

 

 返信すると、すぐに既読がついた。画面を開いたままにしているようだ。

 

『明日、丸亀城でお泊まり会をするのだけれど、茉莉さんも来てくれない?』

 

『ボクも行っていいの?』

 

『もちろん。というか、バレンタインの相談とかをするから、来てくれるほうが助かるわ。バレンタインの相談の事はれんちゃんには内緒ね』

 

『わかった。お泊まり会に行くってだけ蓮花さんに伝えておくね』

 

 そこで会話は終わった。そして髪をまだ乾かしていないことを思い出し、洗面所に戻った。

 おそらくお泊まり会は私の部屋ですることになるだろう。明日は昼間にクッキーでも焼いておこうかと、髪をドライヤーで乾かしながらぼんやりと考えた。

 

 

 ──────────

 

 

 翌日。丸亀城でお泊まり会をするということで、今日は家に茉莉はいない。

 

「……今何してるかなぁ」

 

「お前は行かなくてよかったのか?」

 

「行きたかったけど、女子会だからダメって言われたよ……」

 

「それはそうだ」

 

 鍋から豆腐を取りながら呆れた顔をする楓さん。今は楓さんと琴音さんも一緒に、四人で夕食を食べている。とても寒いので今夜は鍋だ。

 

「久美子は行かなくてよかったの?」

 

「私は呼ばれていない」

 

「……そっか。今夜は僕が傍にいるよ」

 

「いつもいるだろ」

 

 久美子にツッコまれながら箸でマ○ニーを取ろうとするが、茹ですぎたマ○ニーは取ろうとすると次々とちぎれていく。

 

「……お玉を使え」

 

「そうする」

 

 もう少し早く回収するべきだった。ボロボロになったマ○ニーをお玉で掬い、自分の取り皿に入れる。

 

「そういえば、久美子ちゃんはいくつなんですか?」

 

「24だ」

 

「私達が結婚した歳だな」

 

 ということは、若葉達がいつ生まれたのかは知らないが、楓さんと琴音さんは34か35辺りだろうか。そう考えると、久美子とは10歳程離れているのか。

 

「結婚早いね」

 

「確かに早いかもしれないな。だがお前はそろそろ結婚を考えたりしないのか?」

 

「え?僕が?」

 

「お前今26歳だろう?」

 

 僕が、26歳。ここに来てもうそんなに経ったのか。千景が小3から小6になったのだ、僕だって歳はとる。

 

「でも、僕は別にいいかな。少なくとも千景や友奈、茉莉がいつか誰かと結婚して家を出ていくまでは」

 

「最後まで一人で子供達が大人になるまで育てるのか?」

 

「そのつもり。今は久美子もいてくれるから色々助かってるけど、いつかは久美子も出ていくだろうし。そもそも僕には相手もいないしね」

 

「え?」

 

 琴音さんは目を丸くして、僕と久美子を交互に見る。

 

「あー……なるほど、これはそっとしておきましょう」

 

「ん?何だ?」

 

「いえいえ、何でもありません」

 

 琴音さんは有無を言わさぬ微笑みを久美子に向ける。どうやらこの話はここで終わりのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バレンタイン当日。訓練の時間が終了した後、僕は千景に呼び止められていた。

 

「れんちゃん、今から一緒に私の部屋に来て?」

 

「わかった」

 

 千景と共に寮の千景の部屋に入ると、千景は着替えを持って脱衣場に向かった。

 

「先にシャワーを浴びるから、ちょっと待ってて」

 

 スマホで茉莉に今夜の夕食は何がいいかと聞いてみたり、テレビを眺めたりしながら少し待つ。

 しばらくして脱衣場から出てきた千景は、体操服から部屋着に着替えていた。

 そして千景は冷蔵庫から何かを取り出し、それを僕に向けて差し出した。

 

「バレンタインのチョコ、どうぞ」

 

「ありがとう!」

 

 箱を受け取り、開ける前に千景を抱き締める。わざわざ毎年手作りのチョコをくれるこの子が愛おしい。千景からチョコを貰うのも今年で四度目。毎年少しずつ凝ったものになっていくが、今年は何だろう。

 

「開けていい?」

 

「ええ」

 

 箱を開けると、一つの大きなガトーショコラが入っていた。表面に粉砂糖が振りかけてあり、雪が降ったようだ。

 

「ガトーショコラか。今食べてもいい?」

 

「ええ。あ、ナイフで切り分けるわね」

 

 千景がキッチンにナイフとフォークを取りに行き、フォークを僕に渡してくれた。そしてナイフでガトーショコラを扇形に切り分ける。

 

「いただきます」

 

 切り分けられた一つにフォークを刺し、口に運ぶ。そのガトーショコラはとてもしっとり濃厚な味わいで、とても美味しかった。

 

「美味しい。どんどん上達するね」

 

「ここでも、時々料理はしているから」

 

「でも食事は食堂でできるでしょ?」

 

「お菓子を作ってあげると、ゆうちゃん達が喜んで食べてくれるの」

 

「そっか」

 

 一歳下の少女達に菓子を作ってあげているらしい。とても優しいお姉さんなようで、僕も嬉しい。

 ガトーショコラが美味しいせいでフォークが止まらず食べ進めていると、千景の部屋の扉がノックされた。そして入ってきたのは若葉達。

 

「あ、千景はもう渡したのか」

 

「れんちゃん、今年もどうぞ」

 

「ありがとう」

 

 ひなたと若葉から小包を受け取る。これはクッキーやチョコブラウニーだろうか。

 

「タマチョコも進呈しよう!」

 

「わ、私からもどうぞ。前は看病ありがとうございました」

 

「れんちゃん、いつもありがとう!」

 

 球子、杏、友奈からもそれぞれのチョコを受け取る。まさか皆がくれるとは思わなかった。

 

「皆ありがとう……嬉しい……泣きそう……泣く」

 

「泣きそうから泣くって断定しちゃいましたね」

 

「ほらほら、泣かないの」

 

 泣きそうになっていたところを千景に抱き締められ、頭を撫でられる。いつの間にこんなに大人びていたのだろう。歳下の子達と毎日一緒に生活しているからだろうか。

 

「来月、楽しみにしててね。お返し、頑張って作るから。パティシエ顔負けの美味しいスイーツ」

 

「子供の手作りチョコのお返しが凄すぎる」

 

 その後、少女達は自分達で作ったチョコや買ってきたお菓子、ジュース等でお茶会を始めた。僕もそこで、皆から貰ったチョコを全て食べて帰ることにした。

 

 そして日が傾き始めた頃、帰り支度を始める。

 

「もう帰るの?」

 

「ああ。スーパーに行って買い物して、晩ご飯の準備しないといけないから」

 

「そう」

 

 膝の上に乗っている友奈を降ろして立ち上がる。本当は降ろしたくないが、帰らないといけないので仕方ない。寂しげな表情を見せる千景を抱き締め、頬にキスをする。

 

「じゃあ皆、また明日ね」

 

 丸亀城を出て、スーパーに向かう道を歩く。茉莉にリクエストされた料理に必要な食材を含む、数日分の食料品を買う為に。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「おかえりなさい、蓮花さん」

 

 玄関に出迎えに来てくれた茉莉が、僕の両手に持つ買い物袋を一つ持ってキッチンに運んでくれる。良い子だ。

 靴を脱いでキッチンに向かうと、茉莉がラップがかけられた皿を持っていた。その皿に乗っているのはどう見ても生チョコだ。

 

「蓮花さん、えっと、バレンタインのチョコ、どうぞ。生チョコを作ってみました」

 

「ありがとう。もしかして一人で作ったの?」

 

「はい。何回か失敗して作り直したけど……」

 

 半年弱前はおにぎりくらいなら作れると言っていた子が、一人で生チョコを作ったのか。成長を感じて嬉しくなる。思わず抱き締めて頭を撫でる。

 

「わっ……えっと、食後のおやつにでも、どうぞ」

 

「ああ、そうするよ」

 

 一旦生チョコを冷蔵庫に入れ、買ってきた食材も冷蔵庫に入れていく。

 

「それじゃ、今日の晩ご飯作ろうか」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえり。今日は遅かったね」

 

「ちょっとな」

 

 今日は久美子の帰りが遅く、既に夕食を食べ始めている。今夜はすき焼きだ。

 久美子がコートを脱いでハンガーに掛けている間に、久美子の茶碗に白米をよそい、湯呑みに温かい緑茶を入れる。

 

「寒かったでしょ。あったかいお茶どうぞ」

 

「ん、ありがとう」

 

 席につき、緑茶を飲む久美子。僕は鍋に白菜や肉を足していく。

 

「で、茉莉からはどんなチョコを貰ったんだ?」

 

「え!?なんでボクがチョコをあげたの知ってるの!?」

 

「この前丸亀城のお泊まり会に行ったのはそういうことだろ?」

 

「そうだったのか……久美子は何でもお見通しだな」

 

「むしろ気づかなかったのか?」

 

「普通に仲良く女子会してるだけだと思ってた」

 

 しかし言われてみれば確かに。なぜ気づかなかったのだろう。

 

「茉莉からは生チョコを貰ったよ。一人で作ったんだって」

 

「ほう、成長したな」

 

 身近な子供の成長はとても嬉しいものであると、改めて実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「茉莉はもう寝たけど、久美子はまだ寝ないの?」

 

「ああ」

 

 寝室で茉莉が眠ったことを確認してリビングに戻ると、久美子はまだテーブルに向かって作業をしている。

 

「何してるの?」

 

「テストの問題を作っている。そろそろ学年末の総復習テストをやって、成績をつける必要があるから」

 

「なるほど」

 

 烏丸先生はちょっと変わったところはあるが、生徒の為を思って頑張る良い人だ。

 

「……あ、そうだ。意地の悪い問題を考えるのに熱中して忘れていた」

 

「普通の問題にしてあげて……」

 

 思わず一瞬で考えを否定しそうになる。

 久美子は立ち上がると冷蔵庫に向かい、何かを取り出して戻ってきた。

 

「ほら、ハッピーバレンタイン」

 

「ん?これは……」

 

 差し出されたものを受け取ると、それはブランドチョコの箱だった。箱から既にちょっと高そうなのがわかる。

 

「手作りする時間はなかったから、買ってきた」

 

「もしかして今日の帰りが遅かったのは、これを買いに行ってきたから?」

 

「ああ。お前はコーヒーを飲む時にあまり砂糖を入れないから、苦いほうが好きなのかと思ってビターチョコにしたが、合っているか?」

 

「……ありがとう。僕のことをよく見てくれているんだね」

 

 箱を開けてチョコを一つ口に入れる。今日は甘いチョコをたくさん食べたのもあり、ビターチョコがさらに美味しく感じる。

 

「美味しい。お返しは楽しみにしててね」

 

「ああ。来月が楽しみだ」

 

「久美子も一つ食べてみる?あーん」

 

「あ、あー……ん、美味いな」

 

 チョコを一つつまんで久美子に差し出すと、指ごと口に含まれる。指を抜こうにも放してくれず、チョコと共に指も少し舐められる。

 ようやく指を抜くと、指に付いていたチョコが久美子の唇に付いてしまった。それを舐め取る久美子はどこか妖艶で、僕の理性を刺激する。これが大人の女性の魅力か。

 ビターチョコの深い味わいを二人で感じながら、夜は更けていった。




今日の郡家
 久美子さんが帰ってきた後、こっそり冷蔵庫に何かを入れたのをボクは見逃さなかった。きっとあれはチョコレートだ。
 しかし、何時になっても久美子さんは蓮花さんにチョコレートを渡す気配が無い。仕方ないので、二人きりにしてあげるためにボクは早めに寝ることにした。
 久美子さんにも色々お世話になっているから、そのお返しだ。
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