なのでほぼ蓮花と久美子しか出てきません。
「……寒」
2月の夜は、おそらく一年で一番寒い時だろう。早々に洗濯物を取り入れてリビングに戻る。
久美子はソファに座り、退屈そうにテレビを眺めている。
隣に座って洗濯物を畳み出すと、久美子も自然と手伝ってくれる。
「暇?」
「暇」
「今日は茉莉もいないし、これを畳み終えたら一緒に酒飲む?」
「そうだな」
心做しか久美子の畳むスピードが上がった気がした。
風呂に湯をはる準備をしてから、一つの缶を開け、二つのグラスに注ぐ。しっかりと飲酒をすることはあまり無いが、今夜はいいだろう。
「ねぇ、久美子」
「ん?」
「君は、小さい頃に将来の夢とかあった?」
グラスを傾けながら、久美子は過去を思い出しているようだ。どんな子供だったのだろう。親によく迷惑をかけていそうだ。
「無かったな。なんとなくそれなりに勉強して、学力にあった高校に進学して、周りが進学したから私も大学に進学して。途中に色々あったが、よくいる一般人の人生だ」
「多分、途中にあった色々が一般的じゃないんだろうね」
大事なところを『色々』で片付けたような気がする。
「お前はあったのか?」
「昔は無かった。今は、皆が幸せになってくれることが僕の夢、かな」
「世界平和か?」
「そういうのじゃないよ。僕の大切な人が幸せになってくれればそれでいい。千景達や、茉莉に、久美子。見ず知らずの他人の幸福を願えるほど聖人じゃないさ」
こういう考え方は茉莉に近いだろうか。大多数の『普通』の人間の感性だろう。そして勇者達は、知らない人の幸福も願える子達だ。
「久美子の思う幸せはちょっと難しいのかもしれないけど、自分と他人を傷つけない形で幸せになってほしいな」
「自分と他人を傷つけない、か」
久美子はもう慣れたように、僕の左肩に頭を乗せる。左手で髪を撫でると、少し甘えるように身を寄せてくる。酔っている場合を除いて、こんな仕草は二人きりの時にしか見せてくれない。
「今の生活はどう?幸せ?」
「……まあ、そこそこだな。もう少し刺激が欲しいところではあるが、悪くはない」
「そっか。……刺激かぁ……」
僕の体質は酔いやすく、醒めやすい。既に酒が回り理性の緩んだ頭で考える。
「……今夜は二人きりだし、刺激的な夜を過ごしてみるか?なんてね」
「……」
右手に持っていたグラスをテーブルに置き、空いた右手を久美子の頬に添えながらそう言うと、久美子は赤くなった顔を逸らした。
愛らしく思いながらも、頬に添えた手を離す。
「まあそれはさておき、来月で千景が小学校卒業だね」
「さておくのか……そうだな、教室で卒業式をやるつもりだ。式辞とか面倒なことは省いて、卒業証書を授与するだけだが」
「それでいいよ、ありがとう」
久美子が千景の卒業について考えていてくれたことに嬉しく思う。そして久美子の刺激になるかわからないが、前から考えていたことを話す。
「皆が春休みに入ったら、千景の卒業旅行と称して皆で旅行をしようと思うんだ。久美子はどう?」
「行こう。担任教師が一緒だと、修学旅行みたいだが。行き先は?」
「まだ決めてないけど、四国内に限定されるな。今度皆で相談しようと思う」
どこに行こうかぼんやりと考えていると、風呂が沸いた音が聞こえた。
「久美子、一番風呂どうぞ」
「ん」
グラスを置き、着替えを持って脱衣場に向かう久美子を見送る。
千景達は今、何をしているだろうか。一人で待つのはやはり退屈だ。千景の声も聞きたいし、久美子が風呂から上がってくるまで、千景に電話して聞いてみよう。
スマホを開き、発信ボタンをタップする。するとすぐに電話は繋がり、千景の声が聞こえた。
『もしもし、どうしたの?』
「千景、そっちは今何してる?」
入浴を終え、酒を飲みながらなんとなく時間を過ごして就寝の準備をして布団に入る。
寝ている時に暖房をつけていると起きた時に喉を痛めるため、暖房は消したが、真冬の夜はやはり寒い。
「……寒いな」
「大丈夫?こっち来る?」
少し横に寄って場所を開け、久美子に向かって掛け布団を腕で上げると、ゆったりと僕の布団に入ってくる。
普段は茉莉がいるため、茉莉の前でこういうことはあまりしないが、今夜はいいだろう。寒いし。身を寄せ合って暖まるのだ。
少し冷たい久美子の手を握る。
「どう?暖かい?」
「ああ。だが……足も冷たいな」
そう言って久美子は自分の脚を僕の脚に絡ませる。確かに久美子の足先は冷たく、僕の足先も冷えている。
「そういえば、久美子が風呂に入ってる時に千景に電話したんだけどさ。クッキーの最後の一枚を賭けてゲーム大会してるって言ってたよ」
電話の向こうでは、ゲーム音と少女達の騒ぐ声がよく聞こえていた。楽しそうでなによりだ。
「楽しそうだな」
「久美子も行きたかった?」
「……いや、別に構わない」
握っていた手を、久美子が指を交互に絡ませる。所謂恋人繋ぎというやつだ。
「お前と二人で静かに過ごすのも、悪くない」
茉莉がいても大人しくて静かだから、いつもと大して変わらないのでは。なんて思ったが、黙っておこう。
「……君達が一緒に暮らし始めて、もう半年も過ぎたんだね」
「もうそんなに経つのか。……お前は私をどう思っているんだ?」
「どうした急に」
「私の感性に、共感はできずとも理解は示してくれたのはお前が初めてだからな。どんな風に思われているのか気になったんだ」
なるほど。確かに、多くの人は茉莉のように、混沌を望む久美子の感性を否定したがるだろう。
久美子の瞳は真っ直ぐに僕を捉える。僕が久美子をどう思っているか。
「そうだなぁ。……僕は久美子が好きだよ」
「……は?突然の告白か?」
「家族に対して、大切に思っているよって伝えただけだよ」
「お前が好きなのは千景じゃないのか?」
「家族を一人しか愛しちゃいけない、なんてことはないだろう?皆大好きだよ」
「そういう意味か……」
そういえば、久美子に好きだと伝えるのは初めてか。千景にはよく言っているが。想いはちゃんと言葉にしたほうが伝わるし、他の子にも言ったほうがいいだろうか。
しかし、成人男性が子供達に好きだと言って回るのは、危ない光景かもしれない。やはりやめておこう。
「逆に、久美子は僕をどう思ってるの?」
「ん?……あー、そうだな……」
同じ問いを返すと、久美子は目を逸らして言い淀む。ならばどうやっても目が合う距離まで近づこうと、繋いでいた手を放して久美子を抱き寄せる。鼻が触れるほどに近づけば、久美子がどの方向に視線を向けても目が合う。
「僕はちゃんと答えたから、久美子にも答えてもらおうか。……抱き締めてるほうが全身が暖かいな」
「……私も、お前のことを大切に思っているよ」
二人の体の間にあった久美子の両腕が、僕の背中に回され、抱き返してくれる。
「……ありがとう。久美子の口からそんな言葉を聞ける日が来るとは」
「私の内面を知ってなお、私の幸せを願ってくれたのは、蓮花が初めてだから」
相手が言葉を発する度、その吐息を感じる。
少しでも動けば唇が触れてしまいそうな距離で見つめ合う。
久美子の背中に回した腕で、久美子の心臓の鼓動が速くなっていくのを感じる。
「……緊張してる?」
「当然だろう……」
それでも久美子は、僕の背中に回した腕を放さない。一夜の過ちを犯してしまいそうな雰囲気だ。
久美子は無言で僕の目を見つめ続け、やがて何かを待つように、その目を閉じた。
僕でいいのか、なんて聞くのは野暮だろう。こんな状況では僕でもさすがにわかってしまう。
久美子は、僕を求めている。
「……君がそれを望むなら」
もう少しだけ久美子を強く抱き寄せ、顔を近づける。そして重ねた唇は、とても柔らかかった。
互いの舌を絡ませ、唾液を交換する。キスは直前に口にしていたものの味がするとよく聞くが、久美子とのキスは先程まで二人で飲んでいた酒の味がした。
翌朝。目を覚ますと、久美子はまだ僕の腕の中で眠っていた。
起こさないように身を起こし、久美子の頬にキスをして立ち上がる。
洗面所で顔を洗い、いつものように朝食を作っていると、珍しいことに起こさずとも久美子が自分で起きてきた。
まだ半開きの寝惚け眼で僕を視認すると、久美子は顔を逸らした。
「おはよう。昨日はよく眠れた?」
「……眠れるわけがないだろ」
「そっか」
今は茉莉がいないので二人分の朝食を用意し、リビングのテーブルに運ぶ。既に久美子はテーブルの前に座っている。
「冗談のつもりで言ったけど、意図せず刺激的な夜になったね」
「……私はファーストキスだったんだが。しかも初めてがディープキスとは……」
「どうだった?」
「……悪くなかった」
「そうか」
向かい合って座ると久美子が顔を逸らすため、久美子の隣に座って朝食を食べ始める。昨夜のことで、久美子の退屈が少しでも満たされていたらいいなと、その横顔を見ながら思った。
今日の郡家
お泊まり会の翌日、家に帰ると、蓮花さんと久美子さんの距離感が普段よりも少し近いような気がした。