花は少女の幸福を願う   作:カフェラテ

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第50話 成長と節目

 朝食後、僕と茉莉がポケーっと眺める中、久美子はスーツに身を包む。スカートではなくパンツスタイルだ。

 

「……はぁぁぁ……久美子にスーツ似合う……かっこいい……」

 

「久美子さん、どうしてスーツを着てるの?」

 

「私の初めての教え子の卒業だからな。思い出にも、写真にも残るだろうし」

 

 久美子は千景達生徒のことを、かなり気に入っているようだ。

 普段はラフな格好をしているクール系美女が正装をすると、こんなに威力があるのかと、僕は膝から崩れ落ちる。

 

「えっと、蓮花さん大丈夫?」

 

「大丈夫……。久美子、家を出る前に写真を何枚か撮ってもいいだろうか?」

 

「は?写真?……まあ構わないが」

 

「ありがとう」

 

 すぐに自分のスマホを手に取り、カメラアプリを開く。カメラを久美子に向けてピントを合わせ、シャッターボタンを長押しする。そして鳴り続けるシャッター音。

 

「ん、連写か?」

 

「後で何枚かに厳選する」

 

「そうか」

 

 僕のスマホのシャッター音が止むと、久美子はスーツの上にコートを着る。久美子は通勤する際、クリスマスにプレゼントしたチェスターコートを毎日着てくれている。プレゼントした甲斐があったというものだ。

 ちなみに白衣を着なくなったわけではなく、持って行って屋内では白衣を着ているらしい。時折洗濯に出されている。

 荷物を持ち玄関に向かう久美子を見送る為、僕も一緒に玄関に行く。

 

「行ってらっしゃい。また後でね」

 

「ああ、行ってきます」

 

 扉を開いた瞬間、部屋の中に吹き込む風に長い黒髪を揺られながら久美子は家を出た。

 僕はキッチンに戻って朝食の食器をササッと洗い、乾燥機に入れる。

 

「さて、僕等も家を出る準備をしようか」

 

「はい」

 

 服は既に着替えてあるので、三脚等を準備する。

 今日は、千景の小学生の卒業式だ。どれだけ泣いてもいいように、ハンカチは五枚ほど持っておこう。

 

 

 ──────────

 

 

 いつものように制服を着て、食堂に向かい皆と共に朝食をとる。そして食べ終わると、揃って教室に移動する。

 今日は荷物は必要ないと言われているので手ぶらだ。また烏丸先生の思いつきで何かやらされるのだろうか。

 

「今日はなんなんでしょうね」

 

「ちょっとわくわくするな!」

 

 教室に入り、それぞれの席に着く。教室の窓から見える桜の木は蕾が膨らんでおり、もうすぐ咲きそうだ。

 

 

 

 

「烏丸先生遅いね」

 

「珍しいわね」

 

 いつものホームルームの時間になっても、教室に烏丸先生は現れない。

 不思議に思っていると、教室の前ではなく後ろの扉が開かれた。そしてそこから、れんちゃん、茉莉さん、楓さん、琴音さんが入ってきた。

 

「おはよう皆」

 

「え?どういうこと?」

 

「今日は授業参観とかか?」

 

「違うよ」

 

 若葉の問いに返答しながら、れんちゃんは三脚を組み立て、そこにスマホを設置する。

 呆気にとられていると、今度は教室の前の扉が開かれ、今度こそ烏丸先生が姿を現した。

 

「え?なんでスーツ?」

 

「似合いますね」

 

「れんちゃんが好きそうね」

 

 スーツ姿で教室に現れた烏丸先生は、教壇に立ち教室を見回した。

 

「静かに。今から、千景の卒業式を挙行する」

 

「……え?私の卒業式?」

 

「わぁ!」

 

 改めて教室を見回すと、普段よりも明らかに花瓶が多い。教室を簡易的に卒業式の会場にしているのか。

 

「とは言っても、式辞とかは読まん。私も面倒だし、それを聞くお前達もつまらないだろう」

 

「それな」

 

「だから、卒業証書の授与だけやろうと思う」

 

 そう言って、烏丸先生は一枚の紙を取り出した。

 

「郡千景!」

 

「は、はい!」

 

「前へ」

 

 急に名前を呼ばれて返事をし、立ち上がって教室の前に進む。

 烏丸先生が横に向いたので、私は教壇に上がり烏丸先生と向かい合う。

 

 

 

「卒業証書。郡千景。平成16年2月3日生」

 

 手に持った卒業証書を読み上げていく烏丸先生。普段の気だるげな様子は一切無く、真剣に読んでいる。

 その声に、教室内も静まり返り厳かな雰囲気を作り出す。

 

「小学校の全課程を修了したことを証する。平成28年3月18日。烏丸久美子」

 

 読み終え、差し出された卒業証書を両手で受け取る。

 

「卒業おめでとう、千景」

 

「……ありがとうございます」

 

「中学生になると勉強も難しくなるが、お前なら大丈夫だろう。頑張れよ」

 

「はい」

 

 烏丸先生に渡された筒を受け取り、卒業証書を細く丸めて入れる。

 後ろを見ると、れんちゃんはぼろぼろに泣いていた。目元をハンカチで押さえ続けている。

 

「行ってやれ」

 

 烏丸先生に促され、教壇を降りてれんちゃんの元へ歩く。涙が止まらないれんちゃんは、次のハンカチを鞄から取り出す。

 

 

 

「小学校、卒業したよ。れんちゃん」

 

「ゔん……ゔん……卒業おめでとう、千景……」

 

 涙声のれんちゃんを抱き締めると、れんちゃんはハンカチを手放して両手で私を抱き締めてくれた。

 

「大きくなったね……凄く嬉しい……」

 

「うん……あなたのおかげよ、いつもありがとう」

 

「こちらこそ……元気に育ってくれて、ありがとう……」

 

 強く抱き締めてくれるれんちゃんを、私も力いっぱい抱き締める。

 卒業したといっても、学校やクラスメイトが変わるわけではないけれど。それでも、節目というのは大切だと思うのだ。こんな風に、思い出になるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一度解散し、各自着替えてから再び集まり、今は焼肉店に来ている。

 さすがに全員で一席は狭いので、私の家族で一席、若葉達と杏、球子で一席で案内された。隣同士なので不便はない。

 

「肉を焼くのはタマに任せタマえ」

 

「お願いします、球子さん」

 

 向こうでは球子が肉を焼き、こちらはれんちゃんが焼いてくれている。時々久美子さんが食べたいものを勝手に網に乗せている。

 

「泣きすぎて水分が足りない……」

 

「ほら、水」

 

「ありがとう。てか久美子はビールを飲んでいるのか」

 

 れんちゃんが冷水を飲んでいる中、久美子さんはいい飲みっぷりを見せる。どうやら今日は羽目を外すようだ。

 

「そういえばれんちゃん、目の下が凄く赤くなっていたけど、もう治ったの?」

 

「いや、そんなすぐには治らないよ。琴音さんにファンデーションを貸してもらって隠してる」

 

「なるほどね」

 

「あんなに泣いた蓮花さんは初めて見たよ。家に帰ってから、ハンカチを四枚くらい洗濯機に入れてたし」

 

「え、そんなに使ったの?」

 

「ああ。どんどん涙でびしょびしょになっちゃってね」

 

 れんちゃんは今日だけで数年分の涙を流したんじゃないだろうか。

 

「お前枯れるんじゃないか?」

 

「ブフッ……すみません若葉さん、すぐ拭きます」

「ああ」

 

「だから今いっぱい水を飲んでる」

 

 酔い始めた久美子さんのツッコミで、杏が飲んでいたものを吹き出し、それを若葉が受けたようだ。似たような状況を私は知っている気がする。

 

「どうする千景、中学の入学式もやってもう一回泣かせるか?」

 

「本当に枯れかねないからやめておきましょう」

 

「大丈夫だ、こいつが枯れるのは数十年後だろう」

 

「ブフォッ……本当にごめんなさい若葉さん、すぐに新しい拭くもの貰ってきます」

「あ、ああ」

 

 また杏が吹き出して若葉が受けたようだ。『ブフォッ』て。女の子の口から出していい音ではない。

 何がそんなに面白いのだろうか。今度杏に聞いてみよう。

 

「千景、この肉そろそろいけるよ」

 

「ありがとう」

 

 焼けた肉をタレにつけて口に運ぶ。簡単に噛み切れるほど柔らかい肉を咀嚼すると、自然と白米も進む。

 

「そういえば子供の頃、焼肉のタレを米にかけて食べまくってたな」

 

「焼肉のタレってご飯が進むよね!」

 

 そう言いながら肉につけたタレをご飯に塗るゆうちゃんは、どんどんご飯を食べ進める。せっかくの焼肉なのに、米でお腹がいっぱいにならないのだろうか。

 

「美味しい?」

 

「うん!」

 

 そんな事を思ったが、口いっぱいにご飯を頬張るゆうちゃんの笑顔を見ていると、まぁいいかと思った。可愛い。

 

「食べたいものがあれば言ってね、いくらでも注文するから」

 

「ウインナー!」

 

「とうもろこしも食べたい」

 

「このステーキもいいわね」

 

「生をもう一杯」

 

「はいはい、注文するね」

 

 

 

 

 

 

 会計の際、大人達の目は笑っていなかった。

 

 

 ──────────

 

 

 翌日、ひなたの定期的な報告や会議の為に、僕とひなたは大社を訪れていた。

 

「じゃあひな、また後でね」

 

「はい」

 

 巫女達のいる区画でひなたを見送る。すぐに真鈴や美佳を見つけて駆け寄っていくのを見てから、僕も自分の用事を済ませるために歩き出す。

 向かう先は、いつものお偉方の神官達がいる部屋だ。

 

「失礼します」

 

 扉をノックし、開いて中に入ると、そこにいつもの初老の神官達はいた。

 僕を視認した瞬間、神官達は驚き動きも表情も固くなる。

 

「こ、郡様!?」

 

「すぐにお茶を御用意しろ!」

 

「あ、大丈夫です。そんなに長居はしないので」

 

 茶を出す指示を受けて動き出そうとした神官を止め、他の神官に促されるままソファに座る。

 

「本日は、どのようなご用件でしょうか」

 

「せっかく大社に来たから、工事の進捗を聞いておこうと思って」

 

 僕と向かい合って座る神官達に、今日の用件を伝える。僕は半年前に頼んでいた、四国外で生き残っている人々を避難させるための集合住宅の建設、その進捗を聞きに来たのだ。

 そもそもこの建設を頼んだ理由は、避難してきた人々のその後の生活を助けるためだ。避難してきたところで、住むところが無ければ避難所に行くしかない。しかし避難所も永遠にそのままというわけにはいかない。

 ただでさえ今も四国内には多くの避難所があり、そこで多くの避難民が生活している。それをまた増やしても、問題を先送りにするだけだ。

 

 一人の神官が書類の束を手元に用意し、それを読んで発言する。

 

「現状の進捗は、全体から見て三割を超えた辺りです。集合住宅の建設に加え、そこに避難してきた人々に配給する食料や生活物資の用意も含め、全て完遂するのは来年の春頃になると思われます」

 

「なるほど、来年の春か……ちょうどいい。なら、それが終わったらすぐに避難をさせる」

 

 夏や冬では、長距離の移動をするには人々の体調面で難しいが、春や秋なら気温も落ち着いているだろう。

 元々、工事がいつ終了しても春か秋に避難させる予定ではあった。

 

「じゃあ用は済んだので、僕は帰ります」

 

「お気を付けてお帰りくださいませ」

 

 僕がソファから立ち上がると、扉の近くに立っていた神官が扉を開けてくれた。

 僕はその部屋を出て、一度ひなたのところへ向かおうと思ったが、今は滝行中で、男はそこに入れないはずだ。

 

「……コンビニでも行って時間潰すか。ついでに何かおやつでも買ってきてあげよう」

 

 とりあえず大社を出て、僕はコンビニに向かうことにした。

 次の勇者通信の時に、迎えに行く時期を歌野に伝えておこう。




今日の郡家
 卒業式の日の夜、千景ちゃん達は家に帰ってきて皆で寝た。
 少し夜更かしして、皆でリビングでゲームをしたり。
 蓮花さんは千景ちゃんの卒業証書を額に入れて、本当に嬉しそうに眺めていた。

おまけ スーツ久美子さん

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