花は少女の幸福を願う   作:カフェラテ

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 基本的に深夜に書いてるので時々深夜テンションで変な事書いてるかもしれません。


第54話 心の変化

 ひなたの付き添いで大社を訪れ、ひなたの用が終わるまで待っている間に大社内をうろうろしていると、白衣を着た女性とすれ違った。

 あまり神官らしくない雰囲気の人だなと思っていると、彼女もこちらに気がつき目が合った。

 

「あんたが上里の付き添いか」

 

「どちら様?」

 

「烏丸久美子。神官兼巫女達の教師をしている」

 

「ああ、あなたが烏丸先生か」

 

 神官らしい格好はせず基本的に白衣を着ている、歳上の女性。

 最初は、大社に行った際に偶然会ったら少し立ち話をする程度の仲だった。

 その後も何度か顔を合わせ半年程経った頃には、大社に行く時はついでに久美子に差し入れを持っていくようになった。酒だったり、菓子だったり。それを久美子の自室に持っていくと、久美子は一度仕事の手を止めて休憩する。そして差し入れを食べながら雑談をする。友奈の様子を聞かれることも多かった。

 

 良い友人だったと思う。時々、久美子が退勤した後に一緒に焼き肉を食べに行って奢らされて、酒を飲んで酔い潰れた久美子に肩を貸して大社の職員寮の久美子の部屋まで連れて帰り、そのまま泊まったこともあった。

 これが、烏丸久美子という女性との出会いだった。

 

 

 ──────────

 

 

 夏が来て、私達は夏休みに入った。私が香川に来てから四年が経過した。

 夏休み中、午前中は訓練があり午後は自由に過ごしている。一応、量は少ないが夏休みの宿題も出ているため、毎日コツコツと進めていく。

 すると部屋の扉がノックされ、返事をする前に扉が開かれた。

 

「誰かいるかー?なんだ、千景だけか」

 

「ノックしたなら返事を待ってから開けなさい」

 

「あ、ごめん」

 

「何か用?今宿題をしていたんだけど」

 

「誰かと遊ぼうと思って、千景の部屋に来たら誰かいるだろってな」

 

「私の部屋は談話室でも集会所でもないわよ」

 

 球子は夏でも元気いっぱいだ。正直暑苦しいので大人しくしてもらいたい。

 

「しょうがない、あんずの部屋に行くか」

 

「今は杏も多分宿題中よ。一緒に宿題したらどう?」

 

「うーん……そうだな、邪魔するくらいなら一緒に宿題やるか」

 

 そして球子は私の部屋から出ていった。素直なのはあの子の良いところだろう。

 机に向き直ると、またも部屋の扉がノックされた。

 

「今度は誰かしら?」

 

「ちーちゃん、私だよ」

 

「ゆうちゃん?」

 

 扉を開けると、ゆうちゃんが宿題のドリルと筆箱を持って立っていた。

 

「どうしたの?」

 

「宿題のわからないところがあって、教えてほしくて」

 

「わかったわ、入って」

 

 こんな風に、私の部屋はよく誰かが訪ねてくる。おそらく後で球子が杏を連れて戻ってくるだろう。そしてパーティーゲームをしていたら若葉とひなたも来るのだ。それがここ数日の日常である。

 

 皆でゲームをしていたら時間が過ぎるのはあっという間で、17時を過ぎた頃、また扉がノックされた。

 

「え、誰?皆いるのに……はい?」

 

「私だ」

 

「先生?」

 

「今日の仕事は終わったから、今の私は烏丸先生ではなく久美子さんだ」

 

「あらそう。どうかした?」

 

「とりあえず入れてくれ」

 

 扉を開けて久美子さんを部屋に入れる。珍しいという程では無いが、よくあることでもない。

 

「お、全員いるな」

 

「どうかしたんですか?」

 

「なに、帰る前に少し様子を見に寄っただけだ。すぐ帰るさ」

 

「お帰りはあちらです」

 

「帰らせようとするな、まだ早い」

 

 用も無いのに来てこれ以上部屋を圧迫しないでほしい。

 久美子さんは私のベッドの縁に腰を下ろした。

 

「お前達、ちゃんと宿題は進んでいるか?」

 

「ええ」

 

「問題ない」

 

「今日もあんずと一緒にやったぞ」

 

「そうか、ならいい。……この部屋はクーラーが効いていて最高だな……」

 

 そう言って久美子さんは背中から私のベッドに倒れ込んだ。やめてほしい。

 

「職員室もエアコンはありましたよね?」

 

「節電で温度が高めに設定されているんだ。できることならここか家で仕事をしたい」

 

「ご遠慮願うわ」

 

 私のプライベートな空間を職場にしてほしくはない。

 

「私がここで仕事をしていれば、いつでも質問に答えてやれるぞ」

 

「なら球子の部屋で仕事をしたらどう?」

 

「烏丸先生!質問があります!」

 

「ん、なんだ?」

 

 唐突に杏が挙手をして声を上げる。勉強の質問をするテンションではない。

 

「最近蓮花さんとの距離が近いように思いますが、蓮花さんとはどういう関係ですか!?」

 

「……さて、帰るか」

 

 ベッドから立ち上がり扉へ向かおうとする久美子さんの前に、私は立ち塞がる。

 

「答えるまでは帰さないわ」

 

「……帰れと言ったり帰さないと言ったり、どっちなんだ」

 

「……」

 

 真面目な表情で久美子さんの目を見る。すると久美子さんは、私の頭にポンポンと軽く左手を置いた。

 

「心配するな、お前が想像するような関係じゃないさ。今のところ、ただの私の片想いだ」

 

「……え?」

 

「そろそろ私は帰る。じゃあな」

 

 私を軽く押し退け、久美子さんは部屋から出ていった。そして少しの間、室内には沈黙が漂った。

 

 

 

「……さっき、何て言いました?」

 

「片想いだと聞こえた気がするが」

 

「私も。聞き間違いじゃないのね」

 

「軽い気持ちで質問したのに……」

 

 段々と騒ぎ始める中、私のスマホにRINEの通知が着た。久美子さんからだ。

 

『蓮花には言うなよ?』

 

 皆もスマホの画面を覗き込み、息を飲んで顔を見合わせた。

 

「……マジなのね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の夕方、私と茉莉さんはゆうちゃんの部屋にいた。今夜は三人でお泊まり会である。

 昼間に皆でコンビニに行き、それぞれ食べたいお菓子やスイーツ、ジュース等を買っている。

 

「今夜はちょっとくらい夜更かししてもいいよね」

 

「そうね。明日は土曜日で訓練も無いから、早起きしなくていいわ」

 

「でもボク、普段10時くらいには寝ているから、自然と眠くなっちゃいそう」

 

「無理して夜更かしする必要はないよ、私達も普段そんな感じだし」

 

 それぞれで買ったお菓子をテーブルに広げ、シェアして食べてみたり。数年前の私なら想像できなかったようなことをして過ごす。

 せっかくなので、今夜は沢山ある私のボードゲームを三人で色々やってみるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し時間が経ち、一度遊びの手を止めて夕食の準備に取り掛かる。今夜はゆうちゃんの部屋のキッチンで、三人で夕食を作るのだ。メニューはハンバーグとマカロニサラダだ。

 

「とりあえず、たまねぎを切るわ」

 

「私マカロニ茹でるね」

 

「じゃあ、ボクは肉の準備をするね。ボウルはどこかな」

 

「そこだよ」

 

 各々作業を始めていく。たまねぎが目に染みる。

 みじん切りにしたたまねぎを炒め、冷ましてから茉莉さんが肉を入れたボウルに入れる。そこに溶き卵を入れて混ぜる。そして形を作り、ハンバーグを焼き始める。

 茉莉さんに焼き加減を見てもらいながら、私はゆうちゃんの手伝いに回る。

 

「あ、そういえば茉莉さん」

 

「なに?」

 

「久美子さんが、れんちゃんに片想いしているらしいんだけど」

 

「え!?……ああ、そうなんだ」

 

 一瞬驚いた茉莉さんは、少し納得したような表情を見せる。

 

「どうかした?」

 

「ボクはてっきり、単純に仲が良くてよく甘えてるんだと思ってたよ」

 

「よく甘えてるの?」

 

「蓮花さんの肩に頭を乗せて寄り添ってたり、耳かきしてあげたり、夜中に二人でお酒飲んだりしてるよ」

 

「凄くイチャイチャしてるね」

 

 私がいないところでそんなことになっていたなんて……。

 

「ていうか久美子さんにそんな感情あったのね」

 

「久美子さんもちゃんと人の子だったんだね」

 

 茉莉さんのくらいに対する物言いはいつも遠慮がなく、もはや長年の腐れ縁のようだ。久美子さんは茉莉さんを気に入っているようだし、なんだかんだ長い付き合いになるのだろう。

 

「……夏休みの間に、ちょっと家に泊まろうかしら」

 

「私も一緒に泊まりたいな」

 

「ええ」

 

 いつもはれんちゃんが部屋に泊まりに来てくれるから、たまには私から行こう。

 ひとまずは、焼き上がったハンバーグを美味しく食べることにした。

 

 

 ──────────

 

 

 キッチンで夕食の準備をしていると、玄関の方から扉が開いた音が聞こえた。僕はリビングの扉を開いて顔を出す。

 

「ただいま」

 

「おかえりー。晩ご飯はもうちょっと待っててね」

 

「ん」

 

 リビングに入ってきた久美子は、部屋中を見回して首を傾げる。

 

「……茉莉は?」

 

「丸亀城。千景と一緒に友奈の部屋に泊まるんだってさ」

 

「そうか。……お前は留守番か?」

 

「子供達の女子会に成人男性が行っても、場がしらけるでしょ」

 

「蓮花なら大丈夫じゃないか?」

 

「親の前では話せないこともあるじゃない?」

 

「まぁ確かに」

 

 久美子は白衣を脱いでハンガーに掛けると、キッチンに入ってきた。そしてフライパンに顔を近づけ匂いを嗅ぐ。

 

「今夜は生姜焼きか。……いい匂いだ、腹が減る」

 

「もうできるから、ご飯をよそってテーブルに運んでおいてくれ」

 

「わかった」

 

 少しして、出来上がった生姜焼きとポテトサラダを皿に盛り付け、リビングのテーブルに運んだ。

 

 

 

 

 

 

 夕食を終え食器を洗い、洗濯物を畳み終え、風呂に湯を張り始め、リビングのソファに座ってのんびりとテレビを眺める。

 

「……久美子じゃないけど、なんか刺激が欲しいな」

 

「ん」

 

 唐突に、隣に座る久美子に唇を奪われる。刺激を与えてくれようとしたのだろうか。

 

「ありがとう。でもそういうことじゃなくて、ただ普段しないことをしたいなって思ったんだ」

 

「そうか」

 

 たまには何か日常に刺激が欲しくなる。何かないだろうかと、天井を見上げてぼーっと考える。

 

「……今度、皆を連れてイネスにでも行こうかな。何かあるでしょ。久美子も刺激を探しに一緒に行く?」

 

「ああ、行こう」

 

 イネスは便利だ。イネスに行けば大体の用事は片付く。

 皆といえば、千景達はどうしているだろうか。ちゃんと夕食は食べただろうか。

 

「千景達は今何してるかな。……ちょっとRINEで聞いてみるか」

 

 スマホでメッセージを入力して千景に送信する。何かをしている最中だった場合、電話では邪魔になるかもしれない。

 

「お前はあと何年経ったら子離れできるんだろうな」

 

「え?子離れできて……ない?」

 

「ほぼ毎晩電話しているくせに何を言っている」

 

「……確かに。声を聞きたくなるんだよね」

 

 そう考えると、僕はいつ子離れできるのだろう。千景が大人になってもできる気がしない。

 なんて思っていると、千景から返信が届いた。

 

「今から三人で一緒に風呂に入るんだってさ。楽しそうで何よりだ」

 

「絶対狭いだろ」

 

 風呂の話題に入った所で、風呂の湯張りが完了したお知らせ音声が鳴った。

 

「風呂が沸いたか。僕等も一緒に入る?背中流すよ」

 

「……そうだな、入るか」

 

「えっ……否定されるかと思って冗談のつもりで言ったのに」

 

「人は変わるぞ」

 

「そっか。……じゃあ、入るか」

 

 珍しいこともあるものだと思いながら、スマホを置いて立ち上がり、二人で脱衣場に向かった。

 脱衣場の扉を閉め、服を脱いで洗濯機に入れていく。

 

「人は変わるって言ったけど、久美子はこの一年で羞恥心を無くしたんだろうか……」

 

「さすがにあるわ。あまりジロジロ見るなよ?」

 

「ああ、わかってる」

 

 しかし全裸になれば、自然と色々視界に入ってしまう。

 心を鎮め、理性を強く持ち、僕は浴室に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

「あ゙あ゙ー……一番風呂は良いな……」

 

「そうだねぇ……」

 

 身体を洗い終え、二人で湯船に浸かる。千景と入る時と同じように、僕の脚の間に久美子は座り、僕の胸に背中を預けている。

 

「……お前達がこの家に来てからもう一年も経ったのか」

 

「時間が経つのは早いな。色々な事が起きて日常が変化した時はわくわくしていたが、今ではその変化した日常に慣れてしまった」

 

「その色々が僕は凄く大変だったから、落ち着いた日常の方がいいな……ていうかあまり動かないでくれ……」

 

「ん?……お前、大きいな……」

 

「意識しないようにしてるんだから、そういうこと言わないでくれ」

 

「すまない……」

 

 後ろからでは久美子の顔は見えないが、耳が真っ赤なのはわかる。

 どんな表情なのか気になるが、覗き込もうとすると双丘がよく見える。頂点の紅を見るのは一年ぶりだ。

 どこを見ればいいのかと目のやり場に困っていると、久美子の体の所々に傷があることに気がついた。

 

「……この傷は?」

 

「これか?私はよく路上の喧嘩等を見つけては首を突っ込んでいた時期があってな。その時に怪我をしたり刺されたりしてできた傷だ」

 

 過去を懐かしむように語る久美子の腹に、両腕を回して抱き締める。

 

「もう、危ない事はしないでくれよ……?」

 

「……わかったよ」

 

 少し黙り込んだ後、久美子はこちらに体ごと振り返った。スタイルの良い体を隠すこともせず、両手で僕の顔を挟み、顔を近づけ瞳を見つめる。

 

「お前が私の日常に刺激をくれるなら、危ない事に首を突っ込まなくて済むんだが」

 

「……それで済むなら、いくらでもあげるよ」

 

 僕がそう言うと久美子は体を寄せ、もう慣れたように唇を重ねた。そして入れてくる舌を受け入れ、互いの舌を絡ませるように触れ合う。

 

「んぁ……ん……」

 

 ディープキスは官能的で、理性は段々と情欲に侵蝕されていく。

 いつものような服の上からではなく、直接肌に触れて久美子を抱き寄せる。久美子の柔らかい胸が僕の胸板で潰れる程に強く。

 普段の口調は男勝りだが、その体に触れる度、女性なのだと思い知らされる。

 

「ん……」

 

 呼吸が苦しくなってようやく、久美子は唇を離す。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 久美子は僕の顔を挟んでいた両手を放して両腕を僕の首に回し、首元に顔を埋めた。

 

「……蓮花…………」

 

「ん?何?」

 

「……いや、なんでもない……」

 

 そう言って久美子は僕の首筋に唇を当てて強く吸った。またキスマークを付けようとしているのだろう。

 やがて唇を離し、キスマークが付いたであろう箇所を久美子が指で触れる。

 

「……痛くないか?」

 

「全然。まだバーテックスに噛まれたほうが跡が残る」

 

「比較対象が悪い」

 

 そして今度は、長く深いキスではなく啄むようなキスを繰り返す。

 

「……顔が真っ赤だよ」

 

「煩い……」

 

 久美子の顔が赤いのは、のぼせてきているのか、恥ずかしいからか、それとも興奮しているからか、はたまたその全てか。

 

「……今夜は離さない」

 

「ああ、いいよ。今夜は二人きりだし」

 

 再び強く抱き寄せ合う。久美子の首元に顔を埋めると、シャンプーの香りを嗅覚で強く感じる。先程同じシャンプーで髪を洗った僕も、同じ香りがするのだろうか。

 

「……そろそろ上がろうか。あまり長湯をするとのぼせるよ」

 

「ああ……」

 

 湯船から立ち上がる。久美子の頭は大体僕の鼻辺りの高さにある。

 少し顔の角度を下げると、久美子は少し上を向いて僕の顔を見上げていた。綺麗な人だと改めて思う。

 そして久美子は瞼を閉じた。こういう時は僕からのキスを待っているのだと、この半年で学んだ。

 浴室を出る前にもう一度、今度は僕から唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂から上がり、リビングで少しのんびりと過ごした後、二人で寝室に向かった。

 そしてスキンシップを取りながら時間は過ぎていき、気がつけば深夜に差し掛かっていた。

 

「……もうこんな時間か。そろそろ寝ようか」

 

「ん……そうだな」

 

 一枚の布団に二人で横になる。二つ並べた枕に頭を乗せ、互いを見つめる。

 

「……久美子、キスマーク付けすぎだよ」

 

「お前も付けたじゃないか。胸や太腿に付けられたのはともかく、首は服では隠せないぞ」

 

「……とりあえず、明日起きたら絆創膏を貼り合おうか。首元は自分じゃ見えないから」

 

「そうだな」

 

 右手を久美子の頬に添えると、久美子が左手を僕の右手に重ねる。

 

「……最初はさ、久美子のこと、もっと冷酷で狂ってる人かと思ってた」

 

「抓ってやろうか」

 

「でも、ちゃんと常識はあるし、面倒見がいいし、冷酷ではなかったね」

 

「……ふん」

 

 右手を顔の位置まで上げていることに疲れ、下ろして久美子の腰に添える。

 

「……なあ、蓮花」

 

「ん?」

 

「恋をしたことはあるか?」

 

「そりゃあるよ。記憶にある中で初恋は保育園五歳児の時」

 

「早いな」

 

 言われてみれば確かに。初恋早いな。もう顔も名前も憶えていない。

 

「一番最近に恋をしたのは?」

 

「一番最近……五年程前かな」

 

「……そこそこ前なんだな。今も好きなのか?」

 

「……今も好きだ。でも、それが今も恋心なのかわからない」

 

「どういう意味だ?」

 

「長い時間が過ぎて、恋愛感情から親愛に変わっていっている気がして……それを自覚するのも、辛い……」

 

「……そうか」

 

 そう呟くと、久美子は僕の胸元に頭を寄せる。まだスキンシップが足りないのだろうか。

 

「腕枕しようか?」

 

「ああ」

 

 左腕を伸ばすと、その二の腕に久美子は頭を乗せた。

 

「……なぜお前は、こんなに私に応えてくれるんだ」

 

「そうすることで、大切な人が幸せそうにしてくれるから」

 

「……寝る前にもう一度だけ、キスしてもいいか?」

 

「いいよ」

 

 僕が返事をすると久美子は身を起こし、両手を僕の頭の左右に置いて覆い被さり唇を重ねた。風呂でしたようなディープキスではなく、優しい口付け。

 久美子は満足すると、また元の位置に戻った。

 

「おやすみ、久美子」

 

「おやすみ……」

 

 互いに抱き締め合いながら瞼を閉じる。久美子の心臓の鼓動を感じながら、心地良く眠りについた。

 

 

 ──────────

 

 

 蒸し暑さに目を覚ます。

 真夏に抱き合いながら寝たのだ、暑くて当然だ。

 少し目線を上げると、未だ眠る蓮花の寝顔があった。

 

 暑いから離れたいという思いと、このまま抱き締めていたいという思いに心が板挟みになる。

 そして私は閃いた。一度布団から出て、クーラーをつけてからまた布団に戻ればいいと。

 布団を出てリモコンを探し、クーラーをつけてもう一度布団に入り、蓮花を抱き締める。

 

「……蓮花」

 

 眠る蓮花の唇に、私の唇を重ねる。

 蓮花の想いの方向は私には向いていないとわかってしまった。やはり、今は私の片想いだ。

 これだけ私の想いを受け止めてくれているだけでも幸せな事なのだろうが、これでは私は満足できない。

 いつか私の方に振り向かせると心に決めながら、私は再び眠りについた。




今日の郡家
 家に帰ると、蓮花さんと久美子さんは首に何枚も絆創膏を貼っていた。理由を聞くと、少し怪我をしたのだと言う。何をしたら首を怪我するのだろう。
 時折、久美子さんは愛おしそうに首の絆創膏に触れては優しい目で微笑んだ。
 その目をボクは見たことがある。お母さんがお父さんのことを話していた時にも同じような目をしていた。愛する人を想っている時の目だ。
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