花は少女の幸福を願う   作:カフェラテ

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第56話 少し素直に

「今日は、帰りが遅くなるのか?」

 

 朝食の後、おにぎりをいくつか作ってラップで包んでいると、久美子にそう聞かれた。

 

「わからない。できるだけ急ぐけど、もし遅くなったら晩ご飯は自分達で作って先に食べていてくれ」

 

「……わかった」

 

 そして久美子は僕を抱き締める。僕も少し手を止めて、手を洗ってから久美子を抱き返す。

 

「……気をつけるんだぞ」

 

「ああ」

 

 僕を強く抱き締める久美子は、僕の首元に顔をうずめる。

 夏頃から、僕が四国の周囲を回る日は、久美子は出勤前に僕を抱き締めるようになった。不安なのだろうか。心配なのだろうか。

 少しでも安心させるように、右手で久美子の髪を撫でる。

 

「どうしたの?」

 

「……何でもない」

 

 茉莉に不思議そうな視線を向けられ、久美子は僕から身を離し玄関に向かう。見送る為に僕も玄関に向かった。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 ──────────

 

 

 11月になった。そして第一月曜日、やはりれんちゃんは『用事』があり丸亀城に来ることはなかった。

 訓練の時間、私は事前に言われていたトレーニングメニューを自分のペースで進める。

 半分程終わったところで一旦休憩を挟み、道場の壁際に置いていた水を飲む。そしてタオルで汗を拭きながら、すぐ隣で訓練をしているゆうちゃんと烏丸先生に目を向ける。

 

「やあっ!はっ!」

 

「今日もキレがいいな、友奈」

 

 ゆうちゃんの力強い拳や脚を、烏丸先生はミットで受け止め、時には受け流す。

 ゆうちゃんは至って真剣で、その相手をする烏丸先生も真剣だ。そうでないと、ゆうちゃんの相手をするのは怪我をしてしまうだろう。

 しかし休憩に入ると、烏丸先生はどこか心配そうな表情をした。やはり何か知っているのだろう。

 ……こうして意識するまで、久美子さんがこんな表情をするなんて知らなかった。

 

 

 

 

 

 放課後、私は初めて自分から久美子さんを部屋に呼んだ。話を聞く為だ。

 今日の仕事を終えた久美子さんを一応労おうと思い、ホットコーヒーを入れる。

 

「お前が私を部屋に呼ぶなんて何事だ?今日は早く帰って夕飯を作らないといけないんだが」

 

「それは、れんちゃんがまだ帰ってないから?」

 

「……」

 

 久美子さんは黙ってマグカップに口をつけ、ホットコーヒーを飲む。

 

「……ねぇ。久美子さんはれんちゃんの用事が何か知っているの?」

 

「……聞かされてないのか?」

 

「うん」

 

「……そうか」

 

 腕を組み、真面目な顔で考え込む。私達の想像が当たってしまうのではないかと、緊張が立ち込める。

 

「……お前に話していないなら、蓮花なりの理由があるんだろう。私からは話さないでおこう。知りたければ直接聞け」

 

「え……わかった」

 

「……不安か?」

 

「うん……」

 

『用事』の内容も、私に話してくれない理由も、不安だ。悪い想像ばかりしてしまう。

 

「……まぁ、心配せずとも大丈夫だ」

 

「心配そうな顔をしていたくせに、どの口が言うのよ」

 

「顔に出ていたか?」

 

「ええ。きっとゆうちゃんも気づいてる」

 

「あの子は他人の感情に敏感だからな」

 

 久美子さんは膝立ちで私の元に近寄ると、いきなり私を抱き締めた。

 

「ちょっ、急になに!?」

 

「不安な時は誰かに抱き締めてもらうと安心するからな」

 

 そう言って私の頭をわしゃわしゃと撫でる久美子さん。

 れんちゃんは久美子さんを面倒見がいい人だと言っていた。こういう面も含めてのことなのだろうか。

 

「……久美子さんでも、女らしい甘い香りがするのね」

 

「前にあいつにも同じことを言われたな」

 

「……え、何?ハグしたの?」

 

「ハグなんて日常茶飯事だ」

 

「ちょっとどういうこと!?その辺詳しく──」

 

 久美子さんはパッと私から離れると、残りのコーヒーを飲み干して立ち上がった。

 

「用はこれだけか?なら私はそろそろ帰る。また明日な」

 

「ねぇちょっと待ちなさいよ!」

 

 私が追いつく間もなく、久美子さんは扉を開けて私の部屋から出て行った。

 外は既に日が落ちて暗く、秋の肌寒さを感じる。

 明日、れんちゃんに直接聞いてみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、れんちゃんはいつものように私の部屋に来てくれた。

 訓練で汗をかいた私は、ひとまずシャワーを浴びた。その間にれんちゃんはホットコーヒーを入れてくれていた。

 

「もうすぐ冬だねぇ」

 

「そうね」

 

 二人で隣合って座り、ベッドの縁に背を預けてコーヒーを一口飲む。

 少し肌寒いが暖房をつけるにはまだ早い。そんな時にホットコーヒーは程良く身体を温めてくれる。

 

「……ねぇ、れんちゃん」

 

「ん?」

 

「昨日は……どこで何をしていたの?」

 

 れんちゃんはマグカップをテーブルに置いた。

 

「……知りたいの?」

 

「うん」

 

「どうしても?」

 

「どうしても。知らないと、不安で……」

 

 れんちゃんの目を真っ直ぐに見つめて問う。想像と違っていればそれでいい。どうであろうと、知らないままではいつまでも不安は解消されない。

 

「……四国の壁の外に行ってたんだ。四国を一周して、周りのバーテックスを片付けていた」

 

「……ぇ」

 

 知りたいとは望んだ。しかし返ってきたのは、一番違っていてほしかった答えだった。

 

「……どうして今まで……教えてくれなかったの?」

 

「心配させたくなかったから」

 

「教えてくれていたら、私も一緒に……」

 

「絶対に駄目だ」

 

「なんで……」

 

「……娘を戦場に連れていく親がどこにいるんだ」

 

「ぇ……」

 

「大切な家族を、戦わせるわけないだろう」

 

 私を大切に思ってくれているのは、疑いようのないほど理解している。

 私は、大切な友達や貴方を守りたくて勇者になった。でも、貴方にとっての私は常に、勇者である前に家族なんだ。

 

「でも、だからって……せめて教えてくれても……」

 

「実際にこの一年、それを知らなかったことでお前は僕を心配なんてせずに済んだはずだ」

 

 そう言われて言葉が詰まる。確かに私は、れんちゃんの用事は大社にでも行っているのだろうと思っていた。不安になることもなかった。

 それでも。

 

「それでも……もっと早く教えてほしかった……。大切な人が危険な事をしているのを、知らないまま毎日を過ごすほうが嫌よ……!!」

 

「……すまない」

 

 感情が昂り、涙が零れてくる。この人に涙を見せるのはいつぶりだろう。

 れんちゃんは私を抱き寄せ、私の頭を撫でる。私が泣いた時は、いつもこうしてくれる。

 私の事を思って黙っていたのだろう。それでも私は、大事なことは早めに共有してほしかった。私の知らないところで傷付いたり、帰ってこなかったりしたら、私はどうしていただろうか。

 

「……これからは、大事なことはちゃんと私に話してください」

 

「はい……ごめんね」

 

 れんちゃんの腕の中はホットコーヒーよりも温かい。身体だけでなく、心も温まる。

 

「……今日はここに泊まって」

 

「……わかった。でも、一旦家に帰って晩ご飯を作ってくるね」

 

「ええ」

 

 れんちゃんは私を放して立ち上がると、荷物を持って私の部屋を出て行った。

 れんちゃんが戻ってきたのは約一時間後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂で夕食を摂り、一緒に風呂に入り、今はれんちゃんに髪を梳かしてもらいながらゲームをしている。至福の一時だ。

 

「千景の髪はずっと綺麗だね。触り心地がいい」

 

「れんちゃんはショートヘアとロングヘア、どっちが好き?」

 

「その人に似合う方」

 

「私は?」

 

「ロングかな」

 

 れんちゃんは私の髪にそっと触れ、櫛を入れる。もう何年も髪を梳いてもらっているため、れんちゃんは長い髪を梳くのがとても上手だ。

 

「……もしかして久美子さんの髪も梳かしたりする?」

 

「ああ。久美子も茉莉も時々してあげてる」

 

「茉莉さんも?ちょっと意外だわ」

 

「髪が膝まであるからね。一人だと大変そうだから」

 

 そうだった。茉莉さんは凄く髪が長いのだ。確かにあの長さは一人では手入れしにくいだろう。

 

「久美子はせっかく腰まである長くて綺麗な髪なのに、自分ではあまり手入れしないから」

 

「もったいないわね」

 

「でしょ?」

 

 というか、我が家の女はゆうちゃんを除いて黒髪ロングしかいないのか。それと比べると丸亀城の寮はカラフルだ。

 なんて考えていると、聞き慣れた音が聞こえた。部屋の扉をノックした音だ。

 

「僕出るよ」

 

「ええ」

 

 れんちゃんが扉を開けに向かうと、入ってきたのは若葉とひなただった。

 

「ここにもいたわね黒髪ロング」

 

「こんばんは〜」

 

「どうしたの?」

 

「ちょっと遊びに来た」

 

 時間は夜8時過ぎ。まあ問題ないだろう。

 二人も既に入浴を終えているらしく、寝間着姿だ。

 

「今は何をしていたんだ?」

 

「ゲームしてる千景の髪を梳いてた」

 

「あら、いいですね。私もお願いしてもいいですか?」

 

「いいよ、おいで」

 

 れんちゃんの脚の間に座り、その長く艶やかな髪を委ねるひなた。

 

「若葉も後でしてあげようか?」

 

「いいのか?」

 

「いいよ」

 

「なら頼む」

 

「うん」

 

 その後、私達はゲームをしながら談笑していたが、れんちゃんの手から櫛が離れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「電気消すね」

 

「ええ」

 

 消灯し、二人でベッドに入る。昔と比べて狭いと感じるのは、私が大きくなったからだろうか。

 ちなみに若葉達は二時間程過ごし、先程自分達の部屋に帰った。

 

「……ねぇ、れんちゃん」

 

「ん?」

 

「あなたは、どこで生まれたの?」

 

「僕は関東出身だよ」

 

「え、そうなの?」

 

 香川で暮らしていたことがあるみたいな話を聞いた気がするから、勝手に香川出身かと思っていた。

 

「……なんでここにいるの?」

 

「色々あったんだ」

 

 れんちゃんは過去を懐かしむように目を瞑る。

 

「僕の実家は親の仲が悪くてね。よく喧嘩してた。時々、怒りの矛先が子供にも飛び火した。で、14歳の時に家出した」

 

「え!?」

 

「それから色々あったけど、今は幸せだから、これでよかったんだと思ってる」

 

 そう言ってれんちゃんは私を抱き寄せる。もう何度も一緒に寝て慣れているのに、心の鼓動は少し加速する。

 

「千景は今の生活は楽しいか?」

 

「……そうね。いつも誰かが部屋に来るから賑やかだし。ただ……」

 

「ただ?」

 

「……やっぱり私は、あなたと一緒にいたい」

 

 今夜は少し、素直に気持ちを話せる気がする。

 

「沖縄に旅行した時、私といて幸せって言ってくれたの覚えてる?」

 

「そんなこともあったね」

 

「……私も、あなたと一緒にいると、幸せよ」

 

 これでもかとれんちゃんを抱き締める。れんちゃんの心音を感じる。

 

「……そっか。ありがとう、嬉しいよ」

 

「ええ。私もあの時、凄く嬉しかった」

 

 夜遅く、ベッドの中で大切な人に包まれて心音を聞いていると、段々と微睡んでくる。もう少し起きていたいのに、意識とは裏腹に睡魔は容赦なく私を眠りに誘う。

 

「……おやすみ、千景」

 

「おやすみなさい……」

 

 このまま時間が止まってしまえば、どんなに幸せだろうと思った。




今日の郡家
 蓮花さんがいない夜は久美子さんと二人きりなわけで、少し気まずかった。ボクもゆうちゃんの部屋に泊まりに行けばよかった。
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