「そろそろ白菜を追加しようか」
「肉も頼む」
すき焼きの鍋に白菜と牛肉を追加する。今夜は茉莉が丸亀城に泊まっているので、楓さん達と共に夕食を食べている。
「なんだか私達が来た時は鍋系が多いな」
「人数が増えても準備の手間が増えないからね。あと温かい」
「もう外は寒いですしね」
12月に入り、外はとても寒い。洗濯物は乾きにくい。電気代は高い。あまり嬉しい季節ではない。
「そういえばもうすぐクリスマスだが、クリスマスプレゼントはどうやって枕元に置けばいいんだ?」
「……夜中に丸亀城に忍び込んで、寮の扉の鍵は……ピッキング?」
「駄目だろ。というかピッキングできるのか?」
「できるよ?」
「何故だ」
「昔ちょっと憧れて練習した」
ピッキングに憧れる気持ちを共感できる人は多いはずだ。多分。
「まぁ冗談は置いといて、去年みたいにクリスマスイブに家に泊まってもらったら?」
「そうですね。今年もイブにパーティーをするんですか?」
「する」
「らしい」
「そうか」
昨年の皆のサンタコスの写真は、印刷して大事にアルバムに追加した。今年も着てくれるだろうか。
「また皆で相談しなきゃね」
「そうだな。明日、茉莉を迎えに行った時に全員集めるか」
味が染みた牛肉や豆腐を取りながら、明日何かお菓子を作って持っていこうかと思った。きっと喜んでくれるだろう。
浴室にて、シャンプーを泡立てて久美子の長い髪を洗う。
「確か指で擦らずに、頭頂に向かってマッサージするみたいに洗うのが良いんだっけ。前にテレビで見た」
「そうなのか?私は気にしたことはないが」
「ちょっとくらい気にしようよ。せっかく綺麗な長い髪なんだから」
「ん……」
頭皮を洗った後は、髪に指を通していく。
「気持ちいい?」
「ああ……毎日洗ってくれ」
「えぇー毎日か。まぁいいけど」
毎日子供達の面倒を見てくれているのだ、できることはしてあげよう。
「久美子はなんで髪を伸ばしてるの?」
「伸ばしたくて伸ばしたわけじゃない。ただ切るのが面倒なだけだ」
「そうなんだ。そろそろ流すね」
「ああ」
蛇口を回してシャワーから湯を出し、久美子の髪のシャンプーを流していく。
流し終えると、二人で湯船に浸かる。いくらか湯が溢れて減ってしまうが、仕方ない。
「そういえばクリスマスパーティーについてだけど」
「ん?」
「今年も久美子に皆のプレゼント選びを頼んでいい?」
遠慮なくもたれかかってくる久美子がこちらに振り返る。その表情はどこか不満げだ。
「また一人で買いに行けと?」
「そうなるね。僕はその間に食料品の買い物をするから」
「嫌だ。お前も連れていく」
「え、なんで?」
「一人で七人分のプレゼントを考えるの大変なんだぞ。去年も必死に絞り出してなんとかまともなプレゼントを選んだんだ」
「それは……確かに大変だな。ごめんね」
プレゼント選びは簡単ではない。夕食の献立を考えるのと同じだ。多分。いきなり一週間分のメニューを決めろと言われても困る。
「じゃあ次の休みにでも、一緒に買い物に行こうか。プレゼントも食料品も」
「ああ」
「久美子は何か欲しいものある?」
「私もか?」
「うん」
「そうだな……」
悩み出す久美子の返答を待つ。待っている間は手持ち無沙汰で、なんとなく久美子の腰を撫でる。
「ひゃっ!……急にどうした」
「なんとなく。久美子の括れが綺麗だったから」
可愛い声が出た。もっと撫でてみたくなる。
「やめろ。……欲しいものは特に思いつかない」
「そっか。じゃあ僕が選ぶね」
「そうしてくれ」
昨年はコートをあげたから、今年はマフラーか、それとも手袋か。……防寒着ばかりでは冬しか使えないな。他の何かにしよう。
「エプロンとかどう?エプロン着けてキッチンに立つ久美子を見たい」
「貰ってもあまり料理しないぞ?」
「うーんそうか……。料理しないのにエプロン渡しても、ただのコスプレになっちゃうな」
「イネスで色々な店を見ながら悩めばいいさ」
そう言って久美子は体ごと僕の方に振り返る。
「……久美子ってさ、良い感じに大きいよね」
「……一応聞くが、何がだ?」
「胸」
「良い感じってなんだ」
「これ以上言うとセクハラになるから止めておくよ」
「既にアウトだろう」
久美子の腰に手を回して抱き寄せ、鎖骨辺りに顔をうずめると、両手で僕を包み込んでくれた。
大人の女性に甘えることなど、久美子がこの家に来るまで無かった。
「……凄く、落ち着く……」
「まったく、お前は私が大好きだな」
「ああ、大好きだ」
「……そうか」
久美子の手に髪を撫でられる。誰かの髪を撫でることは多いが、撫でられる経験はほとんど無い。こんな気持ちになるのか。
「……なあ、蓮花」
「ん?」
「私は、いつまでこの家にいていいんだ?」
「いつまででも、好きなだけいていいよ」
顔を上げると、深紅の瞳と視線が交わる。
「丸亀城で仕事をするならこの家から近くて便利だしね。勤務地が丸亀城じゃなくなっても、ここにいてくれて構わない」
「いいのか」
「いいよ。久美子が一人暮らしをしたいなら止めないけど。そうじゃないなら、ここにいてくれ」
水滴の落ちる音と久美子の瞬きが重なる。水滴の音と僕達の声以外は何の音もなく、静かだ。
「茉莉は嫌がるかもしれないけれど、僕は傍にいてほしい」
「……そうか」
久美子は僕の頬に両手を添えると、唇を重ねた。キスも慣れたものだ。
「今夜は寝かせない」
「夜更かしは美容の敵だよ?」
「知らん。私の気持ちを昂らせたのはお前だ、責任を持って受け止めろ」
「えぇ……わかったよ」
明日は起きたら昼だろうか。なんて考えながら、湯船から立ち上がり浴室を出た。
とりあえずは、久美子の髪を乾かすとしよう。
翌週の土曜日の昼下がり。僕と久美子はイネスにやって来ていた。
天災直後と比べると、今は大体の店が営業を再開している。そのまま潰れてしまった店もあるが。
「……僕さ、昔はこういう時期のこういう場所って嫌いだったんだ。そこら中にカップルがいるから。爆散しないかなぁって思いながら見てた」
「今は違うのか?」
「今は僕の隣に美女がいるからね」
隣に立つ久美子は昨年のクリスマスにプレゼントしたコートを着てくれている。
少し冷たい手を握ると、久美子は指を絡めて繋いでくれた。女性の細い指だ。
「お前はすぐにそういうことを言う。だから千景に女たらしだとか言われるんだぞ」
「思ったことを素直に言っただけなのに……」
「ほら、さっさと行くぞ。色々買いに回るんだろう?入り口で話していたら帰りが暗くなるぞ」
そう言って久美子は僕の手を引いて歩き出す。誰かに手を引かれることなんて、いつ以来だろうか。
「で、どこから回る?」
「とりあえず雑貨屋に行こう。千景はもう決めてあるんだ」
そして向かった雑貨屋で、僕はエプロンを探した。そしてその売り場はすぐに見つかった。
シンプルな物から可愛らしい物まで様々だ。
「エプロンか」
「四年前のクリスマスで、僕が使っていたエプロンをあげたんだけど、もう汚れてきててさ。そろそろ新しいエプロンをあげようと思った」
「千景はよく料理をするからな」
丸亀城では食堂に行けば食事ができるが、千景は自室のキッチンで自炊することもある。もしかして料理も千景の趣味の一つだろうか。
「そういえば若葉とひなも時々料理するらしいけど、ひなは前にちょっと小さいエプロンをつけてるの見たな」
「成長期だからな」
「三人で色違いのエプロンとかどうだろう?」
「いいんじゃないか?」
ちょうど何色か種類があるエプロンもある。これを買うとしよう。
レジで会計を済ませて雑貨屋を出る。あと四人分だ。
「茉莉の欲しがりそうな画材について少し調べてきたが、コペックという、アナログで絵を描く時にいい感じに色を塗れるマーカーがあるらしい」
「じゃあ次は文房具屋に行こうか」
文房具屋に入ると、案外すぐにそれは見つかった。しかし、その値段に少し躊躇う。
「……1本400円か」
「こっちの24色セットは9000円だ」
「一人だけ高額過ぎるのもなぁ……12色セットで4000ちょっとか。じゃあこれにしよう」
「ああ」
これが茉莉の夢に直結するかもしれないと考えると、これくらいの出費もまぁいいかと思えた。
「あと、趣味がわかりやすい子で言えば杏か」
「5000円分の図書カードでいいんじゃないか?」
「変なものをあげるより喜ばれそうでなんか悔しい」
「そういえばこの前杏の部屋を覗いた時、本が本棚に入りきらず積まれていたぞ」
「じゃあ本棚を組み立ててプレゼントするか」
しかし徒歩で担いで帰るわけにもいかないので、本棚は帰ってから通販で買うとしよう。
「球子については、ホットサンドメーカーとかどうだろう?」
「そういうの好きそうだな」
「ホームセンターに売ってるかな。帰りに寄ろう」
そして最後、一番悩ましい友奈のプレゼントだ。
よくよく思い返してみると、友奈はあまり自分の事を他人に話さない。
「友奈の趣味とか知ってる?」
「知らないな……武道とかか?」
「何をあげたらいいかわからないな……」
近くのベンチに腰を下ろし、顎に手を当てて考える。
しばらく考えた後、とある小学6年生の女の子が合宿で持ってきていた物を思い出した。
「……プラネタリウムとかどうだろう。喜んでもらえるかな」
「プラネタリウムか……調べてみたら、子供へのプレゼントでよくあるみたいだな。いいんじゃないか?友奈は何を貰っても喜ぶだろう」
「だからこそ悩むんだよね。プラネタリウムってどこに売ってるんだろ」
「……家電量販店にあるらしい」
僕の疑問に久美子が即座にスマホで調べて答えてくれる。
「ちなみにホットサンドメーカーも家電量販店で売っているらしい」
「じゃあ帰りに寄って両方買おう。案外早く済んだね」
「やはり二人だとラクだな。相談ができるのもいい」
「今からは食料品を買いに行くよ。パーティーで食べたい料理と今日の晩ご飯の案を出してね」
再び立ち上がり、食料品売り場を目指した。
買い物を終えてイネスを出ると、既に辺りは暗くなっていた。
──────────
クリスマスイブ。昨年も着たサンタコスに今年も身を包む。
「……なんだかちょっときついわね」
「私もだ」
「私も胸元が少し……」
「なんだぁ!?そのぽよよんが去年より成長したって言いたいのか!?」
小学校高学年から中学生にかけて、多くの女子は成長期を迎える。身長や胸など、色々大きくなる。
ひなたはこの一年で身長はあまり伸びていない気がするが、胸が明らかに大きくなった。ほとんど変わらない球子とは対照的に。
「成長期なんだから当たり前よ」
「タマは……タマにはその当たり前が無いのか……」
「き、きっともうすぐタマっちにも成長期が来るよ!」
球子をフォローしようとする杏も、この一年で身長、バスト共に成長している。逆に球子の傷を抉りそうだ。
杏は今年の夏頃で学習が6年生の範囲に入り、少し前にようやく若葉達の進捗に追いついたため、球子に対して先輩と呼ぶのをやめた。
「どうしてタマは……去年の服のサイズがピッタリなんだ……」
「背が伸びていないからじゃないか?」
「若葉ちゃん駄目ですよ、こういう事に真っ直ぐ答えるのは相手を傷つけるんです」
「そうなのか。すまない球子」
「そう思うならお前の身長を分けてくれ……は!」
落ち込んでいたかと思った球子は、唐突に顔を上げて茉莉さんの方を向く。
「えっと……どうしたのたまちゃん?」
「タマは思ったんだ。茉莉姉ちゃんもそんなに成長してないんじゃないかと」
「……ごめんねたまちゃん。ボクも一応、この一年で下着を買い替えた程度には成長したんだ」
「裏切り者ぉぉぉ!!」
膝から崩れ落ちた球子はさておき、私も少し驚いた。言われてみれば確かに、少し大きくなっている気がする。
全員が着替え終え、和室の襖を開けてリビングに出ると、今年もれんちゃんは鼻血を流しながら崩れ落ちた。しかし昨年とは違い、しっかりとティッシュの準備がされており、その手には既に鼻栓ティッシュが作られていた。
「一応聞くけど、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。去年は不意打ちだったけど、今年は先にわかってたから」
「あっという間に鼻栓ティッシュが真っ赤に染まったが」
「次の鼻栓に換えよう」
そして次の鼻栓もすぐに血で染まっていく。本当に大丈夫だろうか。
れんちゃんの隣では、久美子さんが少し笑いながら鼻栓ティッシュを量産していく。その格好はよく着ている紺色無地の長袖Tシャツで、昨年着たサンタコスではない。
「久美子さんは今年はサンタコス着ないんですか?」
「久美子は二人きりの時に着てくれるらしいから」
「二人きりの時にサンタコスを着て何をするんですかっ!?」
「おお、落ち着けあんず」
ひなたの問いに対するれんちゃんの答えに、杏が鼻息を荒くして興奮する。そして久美子さんは顔を逸らしつつ、れんちゃんの脇腹を抓る。
「まあそんなことは置いといて、晩ご飯食べよう?チキンとか冷めちゃうよ」
「後で教えてくださいね!?」
「忘れろ」
それぞれテーブルを囲んで座る。私の家のリビングに11人で集まるのは正直かなり狭いが、楽しいので良しとしよう。
皆で過ごす二度目のクリスマス。来年はここに歌野達が加わり、さらに狭くなるのだろう。……入れるだろうか。
──────────
「皆寝たよ」
「そうか」
深夜に差し掛かる頃、千景達が眠っているのを確認して和室の襖を閉める。
そしてソファにもたれかかって飲酒をする久美子の隣に座る。
「日が変わった辺りでプレゼントを置こうかな。……あ、そうだ」
「ん?」
またすぐに立ち上がり、押し入れの中にあるプレゼントの一つを取り出し、久美子の左隣に腰を下ろして手渡した。
「久美子は酔い潰れる前に渡しておくね。メリークリスマス」
「ん。ハイカットスニーカーか」
「久美子の靴は奈良から避難してきた時から履き続けてて、ちょっとボロくなってたから。今のやつと似たデザインにしたよ」
久美子のクリスマスプレゼントに選んだのは、黒のハイカットスニーカー。ヒール等も似合うかと思って少し悩んだが、おそらく久美子は機能性を重視するだろうと思った。
「ありがとう。私からも……ほら、受け取れ」
久美子から渡された箱を開けると、赤い石のネックレスが入っていた。
「これは?」
「ルビーのネックレスだ。異性にクリスマスプレゼントを渡すのが初めてで、どういう物を渡せばいいのかあまりわからなかった。要らなければ売るなり捨てるなりしてくれ」
久美子はそう言い捨てたが、そんなことをできるわけがない。
「そんなことをするわけないだろう。ありがとう、大切にするよ」
「そうか、ならいい」
声の抑揚は変わらないが、その表情は確かに嬉しそうで。
スニーカーを履いてみてサイズや履き心地を確かめている久美子の手に左手を重ね、右手で肩を抱き、唇を重ねた。
「んっ……!?」
少しして唇を離すと、久美子の顔はルビーのように赤くなっていた。不意打ちには弱いらしい。
「ごめんね、可愛くてつい」
「……する前に言ってくれ」
そう言う久美子は僕の脚を跨いで腰を下ろすと、両腕を僕の首に回して密着し、再び唇を重ねた。今度はより深く、舌も入れて。
「僕は起きてるけど、久美子は寝てもいいんだよ?」
「付き合うさ。まだ酒も飲み切っていないし」
「そう」
飲み切っていないと言いつつも、久美子は僕と向かい合って抱き締めたままで、酒はテーブルに置かれたままだ。
「……蓮花は、私と一緒にいて楽しいのか?私はつまらない人間だと思うが」
「どうした急に。……楽しいっていうか、一緒にいると嬉しいかな」
「……そうか。私もだ」
「それはよかった」
一向に久美子は僕を放す気配がないので、僕も久美子を放さずに抱き締める。
「来年はどんな年になるかな」
「きっと今よりも騒がしくなるだろう」
「そうだね。そして久美子の仕事も増える」
「やめてくれ。疲れたら蓮花に癒してもらう」
「いいよ」
普段は凛々しい人でもこんな風に誰かに甘えるんだなと思っていると、そういえば若葉もそうだったと思い出す。ひなたに甘えて息抜きをしているから、普段は凛々しくいられるのだと言っていた。
「今日はリビングで布団を敷いて寝ないか?和室で五人並んで寝るのは狭いだろう」
「まあ……確かに。じゃあそうしよう」
一旦久美子に降りてもらい、押し入れから布団を一枚取り出して運ぶ。既に久美子がテーブルを少し動かしてスペースを空けてくれていたので、そこに布団を敷いて二人で入る。
「冬に布団に入ると眠くなるね」
「私がお前を寝かせないから安心しろ」
「酒で酔ってる久美子の方が先に寝そう」
布団一枚に大人二人。狭くはあるが、密着していれば問題なく寝られる。
日が変わるまで、二人で静かに時間を過ごした。
今日の郡家
皆がジュースやシャンメリー等を飲んでいる中、蓮花さんはトマトジュースを飲んでいた。今年はとても準備がよかった。