花は少女の幸福を願う   作:カフェラテ

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かなり間が空いて申し訳ない……。


第59話 本心

 夕食後、僕と久美子はリビングでテーブルの上に地図を広げていた。移動手段や経路の相談をしているのだ。

 

「北海道から諏訪までは陸路と海路はどっちがいいかな」

 

「海路じゃないか?陸路は道が崩れていたり瓦礫で塞がっている可能性がある。バーテックスはどっちの方が多いかは知らないが」

 

「圧倒的に陸上の方が多いね。海上に人はいないから」

 

「なら、燃料の問題はあるだろうが行けるところまでは海上を移動した方がいいな」

 

 地図上で海路をなぞる久美子の指を目で追う。

 

「日本海を通って新潟辺りまで行けたら理想的かな」

 

「そうだな。諏訪は内陸部だから、そこからは陸上を進むしかない。フェリーや大型漁船があれば自動車やバスも積んでおいた方がいいだろう」

 

 一応大事な事はメモに書き留める。大勢の命がかかっているのだ、用心して損は無いだろう。

 もっとも、僕にとっては歌野達以外の大勢の命なんてどうでもいいが。

 なんなら、僕が歌野達だけを担いで避難した方が圧倒的に安全かつ早い。

 しかしあの子達は他人を見捨てようとはしないだろう。故に、僕が全ての人々を守らなければならない。歌野達の安全の為に。

 

 後ろから、リビングの扉が開いた音がした。茉莉が風呂から上がったのだ。

 

「お風呂上がったよ」

 

「ああ。続きはまた後にして、先に風呂に入ろうか」

 

「わかった」

 

 テーブルの上の日本地図を片付け、久美子と共に着替えを持って脱衣所に向かった。

 

 

 

 

 

「そういえば、結局お前がいない間の四国の守りはどうするんだ?」

 

 湯船に浸かり、僕に背を預けもたれかかる久美子の声が浴室内に響く。

 

「……その間だけ神樹に結界を強化してもらうしかないかな。簡単には入れず、もし無理矢理入ってきても身がボロボロになるような感じにならないかな」

 

 一応四国を離れる前に周囲のバーテックスは片付けてから行くつもりだから、もし攻めてきても大した戦力ではないだろう。結界を越える過程でダメージを受けていれば、尚更敵の戦力を削ぐことができる。

 

「そんなに都合よく神樹に頼み事ができるのか?」

 

「僕はできる」

 

「……まぁいい。理由は気にしないでおこう」

 

 久美子は後頭部を僕の鎖骨辺りに置くと、全身で脱力する。湯船に浮かぶ二つの柔らかい果実が視界に入る。

 

「……外の奴らの避難を終えた後のことは考えているのか?」

 

「え?」

 

「避難をしても戦いが終わるわけじゃないだろう?」

 

「ああ、そうだね」

 

 今は目先のことに集中していたが、一番重要なのはその後なのだ。それが山場になるかはわからないが。

 

「僕が天の神を倒して、地上に残ったバーテックスを全て駆逐したら終わりだ」

 

「……は?天の神を倒す?そんなことが可能なのか?」

 

 身を起こし、目を丸くしてこちらを見る久美子。面白い顔だ、ここにカメラが無いことが悔やまれる。

 

「問題ない、神殺しには慣れている」

 

「どんな人生を送ってきたらそんな事に慣れるんだか」

 

「まあ普通の人生ではないね」

 

 それに、別に殺す必要はない。天の神が地上に干渉する手段を奪えばいいだけの話だ。ならば尚更難易度は下がる。

 

「……私には、蓮花の全容は理解できそうにないよ」

 

「いいよ、一緒に生活する上で必要なことじゃない」

 

「そうか?……そうだな、別に今まで困らなかった」

 

 誰だって、親しい相手だろうと知らないことはあるだろう。

 それに、僕はその辺を追及されても困る。

 

「ねえ久美子さん、明日は暇?」

 

「ん?まあ、休みだしな」

 

「じゃあデートしようか」

 

「唐突だな。……いや待て、もうすぐ千景の誕生日だから、誕生日パーティーの買い物だな?」

 

「正解です」

 

 一人であれこれ考えて決めるよりも、二人で相談しながら考えるほうがラクだし早く済むとクリスマス前に学んだ。

 

「またいつもみたいに豪勢な料理と巨大なホールケーキを作るのか?」

 

「そうだよ。買う物が多いから、久美子に車を出してもらえたらな〜と思って」

 

「はぁ……わかった。まぁいいだろう」

 

「ありがとうね、久美子」

 

 僕は感謝を込めて久美子を抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 リビングに戻ると、茉莉がテーブルの上に問題集を広げていた。

 

「お、勉強してる。偉い偉い」

 

「あと一ヶ月ちょっとで受験だから」

 

「それもそうか」

 

 学校の体育館を避難所として生活する人が少しずつ減ってきたことで、最近になりようやく少しだが学校が再開するというニュースが流れた。3月に入試があり、授業が始まるのは4月かららしい。

 家から近い所にある高校も再開するとのことで、茉莉、久美子と相談した結果、茉莉がそこを受験することになった。

 

「茉莉はもうすぐ女子高生か……なんかいいな」

 

「おい。その言い方は少し危ないぞ」

 

「ホットコーヒーでも入れようか?」

 

「うん、ありがとう」

 

 キッチンに向かい電気ケトルに水を入れ、スイッチを押す。

 

「久美子も飲む?」

 

「ああ」

 

 マグカップを三つ用意し、コーヒー粉と砂糖を入れる。寝る前にブラックコーヒーはやめておいた方がいいだろう。

 沸いた湯と牛乳をマグカップに注ぎ、リビングのテーブルに運ぶ。

 

「入ったよ」

 

「いただきます。……温かくて美味しい」

 

「甘くないか?」

 

「夜だからね」

 

 ソファに腰を下ろし、勉強の邪魔にならないようテレビはつけず、大した目的も無くなんとなくスマホを眺める。

 今頃、千景は何をしているだろうか。風呂はもう入っただろうか。

 ……いや、あの子のことだから、ゲームをキリのいいところまで進めようと思ったけれど終わりどころが見つからず、遅い時間に入浴していそうだ。なんて思った。

 

 

 ──────────

 

 

 巨大なホールケーキに立てられた蝋燭の火を吹き消す。

 

「「「誕生日おめでとう!!」」」

 

 節分、夜に私の家では皆が集まり誕生日パーティーをしていた。今日は私の誕生日だ。

 

「ありがとう」

 

「これ私からの誕生日プレゼント!」

 

「私は千景さんが好きなゲームのノベライズを」

 

 皆からそれぞれプレゼントを受け取る。

 昨年もそうだったが、こんな大勢に誕生日を祝われるなんて、昔の私に言っても信じないだろう。

 

「ケーキ切り分けるね」

 

 れんちゃんが包丁を持ち、生クリームの二段のホールケーキに刃を入れる。ちなみにもう一つ、チョコのホールケーキもある。こちらも二段だ。大きい。

 人数が多いから一つでは一人分がとても少なくなるので、いつも二つ作るらしい。

 

 

 ご馳走やケーキを食べ、皆が自然と笑顔になる。そしてその様子をれんちゃんはカメラに収める。

 撮った写真を眺めるれんちゃんからも笑顔が溢れた。

 

「久美子さん唐揚げ取りすぎ」

 

「まだまだあるんだからいいじゃないか」

 

 

 

「ちーちゃんはもう13歳ですか」

 

「ここに来てから4年半ほど経ったのね」

 

 自分で言って、改めて時間が経つのは早いと感じる。そしてその4年半、若葉とひなたはずっと友達でいてくれている。きっとこれからも。

 

「私達も次の誕生日で13歳だな」

 

「そういえば次に誕生日が来るのは若葉か。次にこのご馳走が食べられるのは四ヶ月後……タマは今日、気の済むまで食べるゾ」

 

「私達の分も残してよ?」

 

 いつまでも食べ進む勢いが落ちない球子。体は小さいくせに胃は大きいのだろうか。

 

 

「……次、か」

 

「れんちゃん、どうかしましたか?」

 

「いや、何でもないよ」

 

 れんちゃんはひなたの頭を撫でると、ひなたは嬉しそうにしてされるがままだ。

 れんちゃんが何か誤魔化したような気もしたが、そんな感覚は場の騒がしい雰囲気に掻き消された。

 

「そういえば昨日、寮の工事が終わったな」

 

「やっと静かに本が読める……」

 

 少し前に始まった、丸亀城の寮を増設する工事。新たに四部屋と談話室が増えたのだ。歌野達が暮らす為の部屋だろう。

 そしてこれからは私の部屋に皆が集まる必要が無くなる、はず。……いや、ゲームは私の部屋にしか無いから、これからもよく私の部屋に集まるのだろうか。談話室にゲーム機を置くか検討してもらおう。

 

「ていうかなんで四部屋なんだ?諏訪の二人だけじゃないのか?」

 

「北海道と沖縄にも一人ずつ勇者がいるんだ」

 

「そうなの?」

 

「神樹から聞いた」

 

 そう言われると私達には真偽を確かめる術は無い。ならどうして巫女であるひなたにはその情報が伝わっていないのか不思議だが。

 

 

「風呂が沸いたぞ、順番に入っていけ」

 

「「はーい」」

 

 久美子さんの言葉によりこの話題は終了し、最初にゆうちゃんと茉莉さんが風呂に向かった。

 

「私達もそろそろ戻りましょうか」

 

「そうだな」

 

「球子さんと杏さんはこっちですよ」

 

「おう」

 

「ご馳走様でしたぁ」

 

 琴音さんと楓さんが若葉とひなた、球子と杏を連れて自分達の家に戻っていった。私達が家に泊まる時はいつもこの振り分けだ。

 そしてリビングには、私とれんちゃん、久美子さんが残された。

 

「千景も友奈達と一緒に入ってきたらどうだ?後で一人で入るのか?」

 

「久美子さんが一人で入ればいいんじゃないかしら。れんちゃんは私とお風呂に入るから」

 

 どうせ普段から一緒に入っているくせに、こういう時くらい譲ってくれてもいいだろうに。

 

「どうするんだ蓮花?」

 

「間を取って久美子と千景で一緒に入ればいいんじゃない?僕はその間に食器を洗ったり片付けをするから」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

「どうして……」

 

「私が聞きたい」

 

 久美子さんと二人で浴室に入り体をシャワーで流す。

 

「髪でも洗ってやろうか?」

 

「いい」

 

「そうか」

 

 各々、髪と体を洗って湯船に浸かる。続いて久美子さんも入ってくる。長い黒髪を高い位置で纏めている、あまり見ることの無い姿だ。

 

「……」

 

 狭い空間に久美子さんと無言で二人きり。水滴が落ちる音だけが耳に届く。

 ……気まずい。

 

「気まずそうだな」

 

「えっ」

 

「顔に書いているぞ」

 

 私の瞳の奥を見通すような久美子さんの真っ直ぐな視線。

 目を逸らして視線を下ろすと、水面に揺れる双丘があった。大人の女性だ。

 自分の胸部と見比べる。私は同年代の中では大きい方だが、さすがにスタイルの良い大人には勝てない。

 

「くっ……」

 

「はぁ……人の胸を見て何勝手に悔しがっているんだ」

 

 溜息をつかれた。なんだか余計に腹が立つのでやめてほしい。

 

「……れんちゃんに告白とかしたの?」

 

「いや、まだしてないが。お前は伝えないのか?」

 

「私?……私は……」

 

 膝を抱えてれんちゃんのことを考える。出会ってからずっと傍にいて、一番私を大切に思ってくれた人。

 

「……私にとってのれんちゃんは家族で……父親のような人だから」

 

「それは本当にお前の本心か?」

 

「え?」

 

 浴槽の縁に肘を立て、頬杖をつく久美子さん。

 

「蓮花はな、自分が千景を娘のように接しているから、千景からも父親のように思われている、と思っている」

 

「……それが?」

 

「だから、自分が千景の恋愛対象になることはないと思い込んでいる」

 

「え……本当に?」

 

「ああ。一年半一緒に生活しているからな、さすがにわかる」

 

 衝撃の事実だ。……いや、正直なところ少しそんな気はしていた。私が久美子さんに嫉妬した時も、大好きな父親を取られて怒る娘のように見えていたのだろう。

 

「しかし、お前もそうとは限らないだろう?もしもそういう感情があるなら、お前から話さないと全く何も進展しないと思うぞ」

 

「私は……まだ、今のままの関係で一緒にいられたら十分幸せだから」

 

「その間に私があいつを貰っていくかもしれないぞ?」

 

「なっ!?」

 

 思わずザバッと立ち上がり、久美子さんを見下ろす。

 久美子さんは表情を変えることなく続けて話す。

 

「私がお前を待たなければならない理由は無いからな」

 

「それは……そうかもしれないけれど……」

 

 湯船に座り直し、久美子さんの瞳を見据える。

 久美子さんは「あ」と何か思い出したように声を発した。

 

「そういえばひなたもお前と同じ状態だな」

 

「言われてみれば、確かにそうね」

 

 思い返すと、れんちゃんはひなたや若葉にも私と同じように接していたように思う。

 だとすると、れんちゃんはひなたからのわかりやすい矢印にも気がついていないのだろうか。または、その向けられた思いを親愛だと思っているのだろうか。

 

「というか待つ理由が無いのなら、どうしてまだ告白せずに私にこんな話をするの?」

 

 毎日一緒にいるのだから、伝える機会などいくらでもあるだろうに。

 

「お前達がどんな行動を執るのか、興味がある」

 

「興味?……変な人。私には理解できないわ」

 

「だろうな。私が自分の考えを他人に理解されたことはほとんど無い」

 

「でしょうね。久美子さんみたいな人、他に出会ったことがないわ」

 

 その顔に笑みを浮かべる久美子さん。この人がれんちゃんの前以外で笑う時は、大抵悪いことを考えていそうなイメージがある。

 今は何を考えているのだろうかと思っていると、久美子さんは立ち上がった。

 

「私はそろそろ上がる。これ以上入っているとのぼせそうだ」

 

「そう」

 

 久美子さんは浴槽から出て浴室の扉に手をかけると、

 

「まあ、時間は有限だ。行動するなら早い方がいいぞ」

 

と言い残して浴室から出ていった。

 残された私は、静かになった浴室で一人思い耽る。

 しかし段々とのぼせかけてくると頭も回らなくなる。湯気で曇って姿が見えない鏡のように、自分の思いもはっきりと見据えられない。

 私は立ち上がり湯船を出た。

 

「……私も上がろう」

 

 考えるのは、布団の中でもいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 寝室で敷けるだけ布団を敷いて、五人並んで横になる。

 

「さすがに狭いね」

 

「くっつけばいいだろう」

 

「ぎゅーっ!」

 

「ふふっ、ゆうちゃんは暖かいね」

 

 れんちゃんと久美子さんを挟んだ向こう側では、ゆうちゃんと茉莉さんがギュッと抱き締め合っている。じゃれあっていると表現するべきか。

 そしてその手前では、久美子さんが当然のようにれんちゃんに腕枕をしてもらっていた。

 嫉妬を込めて睨んでいると、れんちゃんに気づかれた。

 

「千景、どうかしたの?」

 

「……私も腕枕してほしい」

 

「そうか。ほら、おいで」

 

 私に向かって伸ばされた左腕。その二の腕辺りに頭を乗せると、髪を優しく撫でてくれる。

 

「誕生日おめでとう、千景」

 

「……ありがとう」

 

 家族の元が帰る場所とはよく言ったもので、それが何処であろうとれんちゃんの隣にいると安心できる。

 一番近くにいてほしい人なのだと思う。

 

 蓮花さんは私を愛してくれている。たとえそれが親愛であっても、幸せなことの筈だ。

 なのに。それだけでは満足できなくなったのは、いつからだろうか。

 

 考えるのはやめておこう。

 今はただ、この人の温もりを感じながら眠りたかった。




今日の郡家
 お風呂から上がってきた久美子さんは、何やら思い悩んでいるような顔をしていた。どうかしたのだろうか。
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