花は少女の幸福を願う   作:カフェラテ

66 / 95
遅くなって申し訳ない……。
横手すずちゃんがかなり刺さりました。


第60話 行ってきます

「乃木若葉」

 

「はい」

 

 桜の蕾が膨らむ季節。担任教師に名を呼ばれた若葉は、席を立ち教壇へと歩いていく。

 

「卒業証書。乃木若葉、平成16年6月20日生」

 

 後方から聞こえるれんちゃんの啜り泣く音やカメラの音と共に、烏丸先生が卒業証書を読み上げる。

 

「小学校の全課程を修了したことを証する。平成29年3月9日。烏丸久美子」

 

 若葉が卒業証書を受け取ると、次にひなた、ゆうちゃん、球子、杏と、順番に卒業証書が授与される。

 そして最後に、茉莉さんが呼ばれた。

 

「横手茉莉」

 

「は、はい」

 

「中学校の全課程を修了したことを証する。平成29年3月9日。烏丸久美子」

 

 

 

 この日、若葉達は小学校を、茉莉さんは中学校を卒業した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 卒業式が終わり、私達は寮の談話室でのんびりと過ごしていた。しっかりテレビとゲーム機、お菓子やジュース等も用意してある。今から皆で大乱闘だ。

 

「それにしても、タマは杏も一緒に卒業できて嬉しいぞ」

 

「私も、皆と一緒に卒業できて嬉しいよ」

 

「4月からは皆で中学生だな」

 

 杏が学年の遅れを取り戻せたのは特殊な環境であったが故に実現したことだろう。それに加え、杏は体調を崩すことが少なくなった。日々訓練をしていることで、病弱だった体が強くなったのだろうか。

 

「そういえば、花本さんも今月で卒業よね」

 

「そうですねぇ。また一緒にお花見したいですね」

 

「誘っておこうか」

 

「そうね。去年はお祝いしてもらったし、今年は私が何かあげようかしら」

 

 昨年は卒業祝いにお高いうどんを貰ったが、私は何をあげよう。うどんか?……いや、そういえば花本さんは高知出身だ。鰹なんかどうだろう。

 手元のリモコンでキャラクターを操作しながら祝いの品を考える。

 

「あ、復帰ミスった」

 

「親指を立てて垂直落下する球子であった……」

 

「そして意外にも若葉さんが強い」

 

「ゲームは千景とひなたと一緒に何年もしているからな」

 

 昔の若葉やひなたはゲームといってもアナログゲームくらいしかしなかっただろうに、私が二人をデジタルゲームに染めてしまった。後悔はしていない。

 

 決着がついた頃、烏丸先生や職員の大人達と話していたれんちゃん達が談話室にやってきた。仕事中の筈の烏丸先生も一緒だ。

 

「わぁ、パーティーかな」

 

「打ち上げと言うべきじゃないか?」

 

「あまり違わないのでは?」

 

 やがて保護者達も大乱闘に加わり、さらに盛り上がりを増した。大人数でやるパーティーゲームは楽しいのだ。

 

 

 

 

「今年は卒業旅行はするの?」

 

「するつもりだけど、歌野達の親睦会も兼ねたいから月末かな。それまでに行きたい場所を考えておいてね」

 

「はーい」

 

 今年もたくさん泣いたれんちゃんは目元が赤く腫れている。

 

「……出発は明日でしたっけ」

 

「ああ。朝から出発する」

 

「……気をつけてね?」

 

「大丈夫、心配はいらないよ」

 

 そう言って頭を撫でてくれるれんちゃん。れんちゃんが大丈夫だと言ったのだから大丈夫なのだろうけど、どうしても全く心配しないのは不可能だ。

 

「むしろ、僕はお前達が心配だ」

 

「え、なんで?」

 

「蓮花が四国を離れている間に、ほぼ確実に敵の襲撃があるだろうからな」

 

 れんちゃんに向けられたゆうちゃんの問いに、久美子さんが答えた。

 

「今まで蓮花が四国周辺のバーテックスを片付けていたのは知っているな?」

 

「うん」

 

「なるほど。今までは蓮花さんがいるせいで攻められなかったから、蓮花さんがいなくなるこのタイミングを逃す訳ないですね」

 

「そうだ。私ならそうする。私じゃなくてもそうする。全員、心の準備をしておけよ」

 

 皆が理解した表情をする。それと同時に、不安が生まれ出す。

 私と杏はバーテックスとの戦闘が無く、なんなら私はバーテックスを直接見たことも無い。

 初めて対面する化け物との命懸けの戦いが、私にできるだろうか。

 少し俯いていると、右手を若葉、左手をゆうちゃんが握ってくれた。

 

「大丈夫だ、千景。私が皆を守る」

 

「私も!」

 

「……ありがとう、二人とも」

 

 そうだ、私は家族や親友達を守る為に勇者になると決めて、今までずっと訓練してきたのだ。れんちゃんに鍛えてもらってきたのだ。だから、きっと大丈夫。

 自分の心にそう言い聞かせた。

 

 

 ──────────

 

 

 不安なのは子供達だけではない。その親達も。

 

 その日の夜、僕達は家に四人集まり話していた。特に目的は無い。ただ、自分の心情を誰かに聞いてほしい。そんな思いはあった。

 茉莉は今夜、友奈達の傍にいたいと言って丸亀城に泊まっている。

 

「……今まで、若葉は人類を守る為に戦う凄い子になったんだと、心配しつつも少し誇らしくも思っていた」

 

「うん」

 

「ただ……いざ娘達が戦う時が来ると思うと、命を落とすかもしれないと思うと、どうしてあの子達なんだと嘆きたくなったよ」

 

「うん……」

 

 いつになく弱音を吐き出す楓さん。同じようなことを僕も思った。

 しかし、選択肢が無かった若葉と違い、千景には勇者にならない選択もできなくはなかった。

 僕はその選択を千景本人に委ね、千景は勇者になって戦うことを選んだ。

 千景を信じ、その意思を尊重したいと思う反面、勇者にならないでほしかったとも思ってしまう。

 僕のいないところで、あの子が命を落とすかもしれない。

 

「その時が来ても、私達大人はあの子達の為に何もしてあげられない……」

 

「……それでも僕達は、子供達を信じることしかできない」

 

「きっと大丈夫だ。私の教え子達は強い」

 

 楓さんと琴音さんを励ます為なのか、本当にそう思っているのかはわからないが、久美子の言葉は僕達に少しの安心を与えた。

 

「……出来る限り早く帰ってくるよ」

 

「ああ」

 

 歌野達を助けに行ったことを後悔しなくて済むよう、心から願った。この願いは、誰が聞き届けてくれるだろう。

 

 

 ──────────

 

 

「……眠れない」

 

 そろそろ寝ようと思いベッドに入って目を閉じた私は、一向に眠れずにいた。

 若葉やゆうちゃんが安心させようとしてくれて、大丈夫だと自分に言い聞かせても、いざ眠ろうとすると色々考えてしまって眠れない。どうしても不安は拭えない。

 自分達のことの不安や、れんちゃんに対する心配。

 

 どうしたものかと更に悩んでいると、部屋の扉がノックされた。

 一度ベッドから立ち上がって扉を開けに向かうと、そこには若葉とひなたが立っていた。

 

「こんばんは、千景」

 

「こんな時間に二人でどうしたの?」

 

「なんだか眠れなくて。三人で一緒に寝ませんか?」

 

 そう話す若葉とひなたはそれぞれ自分の枕を抱えている。

 

「……そうね。一緒に寝ましょう」

 

「ありがとうございます」

 

 二人を部屋に入れて私は追加の布団を広げようとしたが、若葉にそれを止められた。

 

「ベッドで一緒に寝てもいいか?」

 

「三人で?いいけど、狭いわよ?」

 

「暖かくていいじゃないですか」

 

 二人がそうしたいならまぁいいかと、三人でベッドに入る。

 一番小さいひなたを真ん中にしようとしたが、何故か私を真ん中にされた。

 

「……狭い」

 

「ぎゅっとくっつけば大丈夫ですよ」

 

「そうだな。そうしよう」

 

 若葉とひなたに左右からぎゅっと抱き締められる私。

 昔と比べると感触も違う。私達は皆成長したのだと感じる。

 

「……こうしていると、安心して眠たくなりませんか?」

 

「え?」

 

 ひなたの優しい声で囁かれ、確かに一人で眠れずにいた時より落ち着いていることに気がつく。

 

「実はですね、さっき若葉ちゃんが私の部屋に来たんです。不安で眠れないから一緒に寝てほしいって」

 

「ひなた、それは言わなくてもいいだろう!?」

 

「それで、若葉ちゃんが不安で眠れないならきっとちーちゃんも眠れずにいるんじゃないかと思って、三人で一緒に寝ようと思ったんです。実際にそうだったみたいですし」

 

「……そうね。色々考えてしまって、眠れずにいたわ」

 

 私の両手を、二人の大きさの違う手で握ってくれる。

 

「私は一緒に戦うことはできませんが、こういう時は安心させてあげたくて」

 

「……ありがとう。若葉、ひなた」

 

「親友ですから」

 

「ああ。私達は三人一緒なら何も怖くない」

 

「と、さっきまで眉尻を下げていた若葉ちゃんが申しています」

 

「ひなた!」

 

「フフッ」

 

 小さい頃から変わらない、よく見たやり取り。

 本当に、二人と一緒ならとても安心する。

 

「なんだか楽しくなっちゃいますけど、もう遅い時間ですから寝ましょうね」

 

「……そうだな、おやすみ」

 

 私は、この二人を守りたい。球子や杏も、妹みたいなゆうちゃんや姉のような茉莉さんも、守りたい。若葉やゆうちゃんに守られるだけではいられない。

 

「おやすみなさい」

 

 親友達の温かさで安心した心は、今度こそゆっくりと眠りに落ちていった。

 

 

 ──────────

 

 

「電気消すね」

 

「ああ」

 

 部屋の明かりを消して自分の布団に入ると、久美子も同じ布団に入ってくる。もう慣れたし、構わないけれど。

 明日は忙しいから早く寝て早く起きよう。そう思って目を閉じたが、久美子が僕の手を強く握ったまま放さない。

 

「……心配か?」

 

「心配……そうかもしれないな。私はお前のことも、友奈達のことも、心配なのかもしれない」

 

 久美子は僕の手を放すと、僕の胸に頭を押し付けてくる。

 その髪を撫でると、久美子の両手が僕の背中に回される。

 

「あいつらが死ぬかもしれないと思うと、心配でたまらなくなる……どうやら私は、あいつらの事をかなり気に入っているようだ」

 

「そうか」

 

「まさか私のようなクズに、こんな人間らしい感傷が沸き起こるとはな」

 

「……僕が一緒に過ごしてきた久美子は、クズなんかじゃなかったよ」

 

 時折子供達をからかったりするけれど悪感情が湧くようなものではなく、基本的に面倒見のいいお姉さんだった。

 

「私は過去に犯罪以外なら色々な事をやってきた。常人なら嫌悪感や吐き気を催すようなこともな」

 

「それでも、僕の隣にいる久美子はそんなのした事ないよ。久美子が自分をどう思うのも自由だけど、僕が久美子をどう思っていようと自由だ」

 

「ふん……」

 

 久美子は僕の首元に顔を埋め、その表情を見せてはくれない。

 

「久美子」

 

「ん?」

 

「僕がいない間、皆の事をお願いね」

 

「……ああ、任せろ」

 

 久美子はようやく顔を上げると、自分の唇を僕の唇に重ねた。

 そして微笑むその顔はいつもの久美子だった。

 久美子になら、子供達の事を安心して任せられる。子供達も久美子の事をなんだかんだ言いながら信頼しているだろう。

 

「報酬の前払いだ」

 

「しょっちゅうしてるけど、報酬になるのか?」

 

「……なら帰ってきたらまたしてもらおう」

 

「まぁいいけど」

 

 再度唇を重ね、軽く舌を触れ合わせる。明日の為に、今夜はあまり夜更かしできないが。

 

「……蓮花」

 

「ん?」

 

「できるだけ早く、帰ってきてくれよ?」

 

 上目遣いの久美子の瞳は寂しげで、僕まで離れるのが寂しくなってしまう。

 少しでも安心させるように、久美子を優しく抱き締めた。

 

「すぐ帰ってくるよ。お前の新しい生徒を連れて」

 

「ああ、楽しみにしているよ」

 

 もう春だが、夜はまだ少し寒い。

 互いの心地よい温もりを感じながら、僕達は眠りについた。

 

 

 ──────────

 

 

 早朝、出発前に一度丸亀城に寄った私と蓮花は、再び車に乗り込み瀬戸大橋に向けて走らせた。

 

「もうよかったのか?数日間会えないのに」

 

「いいんだ。長引くと離れ難くなる。時間の余裕もあまり無いしね」

 

 見送りがしたいという友奈達の要望と、子供達に会ってから行きたいという蓮花の要望を受け、私達は先に丸亀城に寄った。

 蓮花は子供達を抱き締め、何度も『大丈夫』だと伝えていた。それは子供達を安心させる為だとも思えたが、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

 

 約30分後、瀬戸大橋の四国の壁付近に到着した。車で行けるのはここまでだ。

 私達は車から降り、その壁を見上げる。

 隣に立つ蓮花は、天災の日と同じ格好をしている。あの日と同じ、何度も戦闘することを想定した格好だ。

 

「ここまで送ってくれてありがとう」

 

「構わないさ」

 

 ただ少しでも長く傍にいたかっただけだ。蓮花の為というよりは自分の為にした事だろう。

 寂しいだとか傍にいたいだとか、自覚するとどこかむず痒い。……重症だな、私は。

 

「……行くのか」

 

「うん」

 

 唐突に蓮花に手を引かれて抱き留められる。

 考えたくはないが、抱き締められるのはこれが最後になる可能性だってある。

 だから、私は強く抱き締め返した。

 

 

「行ってきます」

 

「行ってらっしゃい、蓮花」

 

 

 ゆっくりと身を離すと、蓮花は駆け出し、地面を踏みしめ飛び上がった。

 その後ろ姿を見送ったが、壁を越えた辺りで視界から外れた。

 

 蓮花が帰ってくる頃には、丸亀城の桜も満開になっているだろう。花見の準備でもしておいてやろうか。

 

 神樹は、私のようなクズの願いでも聞き届けてくれるのだろうか。

 もしも聞き届けてくれるなら、どうか蓮花や勇者達が無事でいられるようにと、今だけは願わずにはいられなかった。




今日の郡家
 ゆうちゃんだって不安はあるだろうに、言動や雰囲気からはそれを感じさせない。
 そんなに強くあろうとしなくていいんだと、ボクはゆうちゃんに伝えてあげたかった。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。