「はぁ……」
蓮花さんが四国を発った翌日の昼前。久美子さんはテーブルに頬杖をついて外を眺めていた。
ちなみに今日は土曜日で、仕事は休みらしい。
更にちなみにボクの受験は一昨昨日に終わったので、今は勉強から解放されている。蓮花さんが帰ってくるまでに結果も出るだろう。良い結果を報告したい。
「暇だな……茉莉で遊ぶか」
「ボクと遊ぶんじゃなくてボクで遊ぶの!?」
「冗談だ。……はぁ……」
今日はこれで何度目の溜息だろうか。数えておけばよかった。
正直、その儚げな横顔はとても綺麗だと思ってしまった。黙っておこう。
「蓮花さんがいなくて寂しいんだね」
「別に……いや、そうだな。寂しい」
「え、素直」
「はぁ……」
頬杖を倒してテーブルに突っ伏す久美子さん。この様子を動画に撮ってゆうちゃん達に送ってあげようか。
今頃、蓮花さんはどこで何をしているのだろう。初日で諏訪まで行くと言っていたから、今は北海道に向かっている途中だろうか。
「電話もできないんだよね」
「ああ……」
こんな久美子さんは初めてだ。もう少し見ていたいけれど、久美子さんと二人きりでいるのも嫌なのでゆうちゃん達のところに行きたい。
「ボク、丸亀城に行ってくるね」
「私を一人にするのか」
「え……今日の久美子さんめんどくさい」
「普通に傷つくからやめてくれ」
ついポロッと本音が出てしまった。基本的にボクは久美子さんに対して遠慮や気遣いはあまりしないので、こういうポロリは度々ある。互いにこういう関係に慣れつつもある。
「しかし、そろそろ昼飯の時間だな。作るのも面倒だし丸亀城に行くか。食堂が開いているだろう」
「蓮花さんに自炊するように言われてなかった?」
「夜はする。というか丸亀城の食堂はタダなんだから別にいいだろう」
というわけでボク達は立ち上がり、家を出る準備をして丸亀城に向かった。
丸亀城に到着すると、寮の前で若葉ちゃんが木刀を振っていた。その凛とした佇まいは本当にボクより3歳下の女の子だろうかと疑いたくなる。
「……ん?茉莉さんと久美子さん?」
「こんにちは若葉ちゃん」
ボク達に気がついた若葉ちゃんは木刀を止めた。そこそこの時間振っていたのか、その額には汗が滲んでいる。
「今日は訓練は無いが、自主練か?」
「もうすぐ敵が来ると思うと、じっとしていられなくてな」
「しかし無理をするといざという時に動けないぞ」
「わかっている。やりすぎないようにひなたが見てくれているから、大丈夫だ」
そう言って若葉ちゃんが指をさした方を見ると、ベンチに座ったひなちゃんが微笑んでいた。その傍らにはタオルと水筒が置かれている。
「そうか、なら大丈夫だな」
「そろそろお昼ご飯にいい時間だし、休憩したらどうかな?」
「ん、そうだな。ひなた、食堂に行こう」
自主練を終えるらしい若葉ちゃんがひなちゃんのところに歩いていくと、ひなちゃんがタオルで若葉ちゃんの汗を拭き始める。
「若葉ちゃん、先に軽くシャワーを浴びた方がいいのでは?汗臭いまま食堂に行くんですか?」
「……そうだな。というわけで私達は後から行くから、二人は先に行っていてくれ」
「そっか、わかった」
寮の中に戻っていく二人を見送り、ボク達は食堂に向かった。
「あ、茉莉さんと久美子さん!」
「二人ともどうしたの?」
食堂に入ると、そこには既に四人の先客がいた。ゆうちゃん達だ。いつものようにうどんを啜っている。
「家にいても暇だから遊びに来たの」
「ついでに昼飯を食べに来た」
「なるほど」
席に座る前にカウンターに向かう。まずは注文だ。
この食堂のおばさん達はとても気さくで親しみやすく、人見知りなボクでも話しやすい。
「私は肉うどんで」
「烏丸先生は肉うどんね。茉莉ちゃんは何にする?」
「えっと、ボクも肉うどんでお願いします」
「はいよ、ちょっと待っててね」
注文をして席に座る。隣に座った久美子さんは頬杖をつきながらゆうちゃん達をぼーっと眺めている。
「……何?そんなに見られていると食べづらいのだけど」
「気にするな」
そんな微妙に死んでそうな魚みたいな目でずっと見られていたら気になるよ。
ゆうちゃんとたまちゃんは気にせず食べ続けているけれど。
「皆は午前中は何をしてたの?」
「タマは烏丸先生に出された宿題やってた」
「私はそれを見張ってました」
「宿題なんてあったかしら?」
たまちゃんの言葉に疑問符を浮かべる千景ちゃん。
「球子の苦手な所を纏めた球子用の宿題だ」
「そんなのあったのね」
「やはりタマだけか……」
「いや、友奈にも友奈用の宿題を作って出したが」
皆の視線がゆうちゃんに集まると、うどんを啜っていたゆうちゃんが固まった。
「友奈は午前中は何をしていたんだ?」
「えっと……ちーちゃんと一緒に、狩りを……」
「狩り?……あ、モンハンか」
モンスターハンティング。プレイヤーがハンターとなり、キャラクターを操作してモンスターを狩る携帯ゲーム機ソフトだ。ボクも一緒にやりたいと言ったら蓮花さんが買ってくれた。
「まあ、春休み中に終わるなら別にいつやろうと構わないが、毎日コツコツやったほうがいいぞ」
「午後にやります!あ、でもせっかく茉莉さんが遊びに来てくれてるし……」
「夜にやればいいんじゃないか?」
「そっか!」
宿題を優先しろ、とか言わない辺り、仕事中じゃない久美子さんは本当にただの親戚のお姉さんみたいだ。
「お待たせー、肉うどん二つできたよー」
おばさんに呼ばれてカウンターに肉うどんを取りに行く。
ボクは何故肉うどんをよく選ぶのだろう。ゆうちゃんや千景ちゃんがよく食べているからだろうか。
昼食後、皆で談話室に集まりのんびりと過ごしていた。
……いや、のんびりとは言えないかもしれない。
ボクは今、三頭のチンパンジーから必死に逃げていた。
「ん?どこに行った?」
「こっちのエリアでさっき見かけたわ」
「じゃあ私もそっちに向かいますね」
逃げるボクを捜し回るチンパンジー(若葉ちゃん、千景ちゃん、杏ちゃん)達。
ボク達は今、チンパンジーオンラインというスマホゲームをしているのだ。四人でマッチングし、一人がヒト、三人がチンパンジーでランダムに選ばれ、ヒトは制限時間を逃げ切れば勝利、チンパンジー達は時間内にヒトを捜して殴ると勝利というゲームだ。
勝利で得られるポイントでガチャを引き、チンパンジーを強化することもできる。
マップに配置された建物や木等の障害物に身を隠しながら移動する。
「あ、茉莉さん発見です。追いかけます」
「私も見つけた」
「え、挟み撃ち!?」
二頭のチンパンジーが左右から迫ってくる。ボクに残された逃げ道は正面だけだと思ったその時、正面の道から白銀に輝くメタルチンパンジーが現れた。
「何これ!?動き早い!?」
「昨日ガチャで引いたのよ。チェックメイトね」
そしてボクは追い詰められ、金属の拳で殴り飛ばされた。
「シュールなゲームだな」
「暇つぶしにはちょうどいいのよ」
ボクのスマホの画面を覗き込む久美子さん。
「よし、今のでポイントが貯まったからガチャを引いてみよう……モヒカンが出たんだが」
「若干落ち込む若葉ちゃん頂きました」
どんな時でも若葉ちゃんの表情の変化を見逃さず写真を撮るひなちゃん。見慣れた光景だ。
「若葉ちゃんコレクションに一枚追加です♪」
「ほう、そんな物があるのか」
「ちなみにちーちゃんコレクションもあります」
「初耳なんだけど!?」
ひなちゃんの撮影対象は若葉ちゃんだけではなかったようだ。確かに時々千景ちゃんも撮っていた気がする。
「後で確認しないと……」
「駄目です、これは私の秘蔵コレクションなんです」
「変な写真は無いでしょうね?」
「…………無いはずです」
「その間は何?」
千景ちゃんに詰め寄られて目を逸らすひなちゃんと、それをやれやれといった様子で見ている若葉ちゃん。
「小さい頃の、れんちゃんの帰りが遅くなって寂しそうなちーちゃんとか、若葉ちゃんに将棋で勝ってドヤ顔のちーちゃんとか、別に変な写真じゃないですよね?」
「私が見たいんだが」
「ボクも見てみたい」
「私も!」
「しょうがないですねぇ、では少しだけお見せしましょう。後で私の部屋に来てください」
フフフと微笑むひなちゃんを見て、千景ちゃんは普段の若葉ちゃんの気持ちを理解するのだった。
そしてずっと静かだったたまちゃんは、後ろで談話室にハンモックを設置しようとしていた。吊るすタイプではなく、床にスタンドを立てて設置する自立式ハンモックだ。
「……たまちゃん、それどうしたの?」
「最近ホームセンターで買ったんだ」
「どうして自分の部屋に置かないの?」
「大きいから置けない。皆も使っていいぞ」
「ありがとう!」
確かにこの大きさは部屋には置けないだろう。ベッドがもう一つ増えるようなものだ。
「花見の時に桜の下に置いて、酒を飲んで寝たら気持ち良さそうだな」
「だ、駄目だぞ!これはタマが室内用に買った物で、先生がぐーたらする為の物じゃないぞ!寝るなら蓮花さんに膝枕でもしてもらえばいいだろ!?」
一瞬、千景ちゃんの眉間に皺が寄り、ひなちゃんの笑顔が固まった気がした。
「冗談だ……はぁ……」
「あ、久美子さんの溜息がぶり返した」
皆と一緒にいて紛れていた寂しさを、蓮花さんと聞いて思い出してしまったのだろうか。
「どうかしたの?」
「蓮花さんがいなくて寂しいらしくて、今日は何度も溜息をついてるんだ」
「午前中のちーちゃんもこんな感じだったよ」
「ゆうちゃん!」
なるほど。確かに千景ちゃんも蓮花さんが大好きだから、寂しがっているところは容易に想像できる。
けれど千景ちゃんが寂しそうにしていると、きっとゆうちゃん達が傍にいてあげるのだろう。
ボクもこういう時くらいは、久美子さんに優しくしてあげてもいいのかもしれない。
「早く帰ってこないかな……」
「そうだな……料理をするの面倒臭い……」
「普段しないんだからこういう時くらいしようよ……」
一瞬で考えを撤回したくなった。
「これは帰りが遅くなったれんちゃんが迎えに来て凄く笑顔になったちーちゃんです」
「えっ、可愛い!!」
「今じゃこんな笑顔はしないな」
ひなちゃんの部屋で『若葉ちゃんコレクション』と『ちーちゃんコレクション』を見せてもらっていると、子供達の帰る時間を知らせるチャイムが聞こえてきた。
「もうこんな時間か。茉莉、そろそろ帰るぞ」
「え?あ、はい」
時計を見ると短針は午後5時を指している。そろそろ帰って夕食の準備をしないといけない。
「じゃあ続きは明日見せてもらおうかな」
「明日も丸亀城に来てくれるの?」
「うん。家で久美子さんと二人で過ごすのは嫌だから」
「お前な……」
帰り支度をして立ち上がる。といっても大して物は持ってきていない。スマホをポケットに仕舞う程度だ。
「じゃあ皆、またね」
「あまり夜更かしするなよ」
「はーい」
「また明日」
寮を出て、丸亀城を出る。
太陽は既に西に傾いており、ボクと隣を歩く久美子さんの影が長く伸びる。
「あ」
「どうしたの?」
唐突に久美子さんが足を止める。忘れ物でもしたのだろうか。
「家に食材はあったか?」
「……確認してない」
「よし、このままスーパーに向かうぞ」
進行方向を変えて歩き出す久美子さんについて行く。冷蔵庫の中に何があるか確認しておくべきだった。
「今日の夕飯の食材だけでも買って帰ろう。何か食べたいものはあるか?」
「何でもいいけど、リクエストを聞けるほど色々作れるの?」
「私は天災までは一人暮らしだったんだぞ、それなりにはできる。まあ何でもいいなら、お好み焼きにしよう」
「うん」
前に食べた久美子さんのお好み焼きはちゃんと美味しかったので、それなら安心だ。
「金は蓮花がいくらか置いていってくれているから、食べたい菓子でもあればついでに買うといい。私は酒とつまみを買う」
「えぇ……いいのかなぁ……」
まぁそれくらい、蓮花さんは全然許してくれそうではある。というか蓮花さんは何か欲しいものを言えば大体何でも買ってくれるため、こちらが遠慮しなければならない。
……明日ゆうちゃん達と一緒に食べるお菓子やジュースだけ買おうかな。
「というかお酒飲むの!?」
「いいだろう別に」
「……今日は早めに寝ようかな。絡まれたくないし」
「寂しいことを言うなよ。夕飯の時に飲んでやろうか」
「えぇ……」
夕食を食べ終わったら、早々にお風呂に入って寝よう。そう心に決める頃には、遠くにスーパーが見えた。
翌日の郡家
「茉莉、○NEPIECE見ないか」
「隠せてないよ」
「じゃあどうしたらいいんだよ」
「『×(バツ)』とか『━(ぼう)』とか使えばいいんじゃないかな」
「ハンタ━×ハンタ━」
「わざとでしょ」