「白鳥……歌野さん……?」
「はい!」
私の手を握る目の前の少女は確かにそう言った。その容姿は、蓮花さんに見せてもらっていた数年前の写真の姿と酷似している。
「本物、なのか……?」
答えを求めるように久美子さんの方に目を向けると、久美子さんは頷いた。
「本物さ。そいつは諏訪の勇者、白鳥歌野本人だ」
改めて目の前の少女と向かい合う。
無線で何度も言葉を交わした少女が、生きて四国に、私の前にいる。
そう思うと胸の奥がとても熱くなり、私は少女を抱き締めた。
「ひゃっ!?」
「初めまして、白鳥さん……ずっと会いたかった。……私が、乃木若葉だ」
「……ええ、私もです」
白鳥さんが抱き返してくれると、その強い心音が生きていることを伝えてくる。
少しして身体を離し、白鳥さんの後ろを見ると他にも二人の少女がいた。しかしどちらも見覚えがある。
「確か……藤森水都さんと、秋原雪花さんだったか?」
「は、はいっ、初めまして、藤森水都、です……!」
藤森さんは聞いていた通り、そこそこ人見知りなようだ。
「水都はともかく、私のことも知ってるの?」
「ああ、蓮花さんに写真を見せてもらったことがある。ここにいるということは、秋原さんも勇者なのか?」
「そうだよ、私は北海道で勇者やってました」
蓮花さんは本当に北海道まで行ってきたのか。公共交通機関が無い現状で。
そういえば天災の時も島根から奈良まで走っていたかと思い出す。比にならない距離だが、あの人なら不可能ではなかったのだろう。
「お前達、積もる話は後にして先に寮の案内とここの生活の説明をするぞ。もうすぐ日が落ちるから早く帰りたい」
「あっ、はい」
「皆、また後で」
「ええ!」
歩き出す久美子さんについて行く三人に手を振って見送り、私も一度部屋に戻る。そろそろひなたと共に食堂へ向かうとしよう。
──────────
「お前達はこの三部屋をそれぞれ使え。鍵はこれな。とりあえず荷物を置いてこい」
「はーい」
私達はそれぞれの部屋の鍵を受け取り、中へ入る。
部屋にはテレビ、ベッド、タンス、エアコン、テーブル等、基本的な家具は揃っていた。諏訪にいた頃より快適に過ごせそうだ。
ひとまず言われた通り荷物を置き、再び久美子さんの待つ部屋の外に出る。みーちゃんと雪花さんも同じように部屋から出てきた。
「必要そうな家具は大体揃っているはずだが、他に何か必要な物があれば私に言え。大社に用意させる」
「何でもいいんですか?」
「まあ、大社は勇者の要望なら大抵のものは用意するだろう」
何でもいいのか。
「じゃあ、畑が欲しいです!!」
「「は?」」
久美子さんだけでなく雪花さんにまで「は?」って言われた。昨日あんなに語り合ったのに、まだ私のことを理解し切れていないようだ。
「家庭菜園みたいな感じか?」
「いえ、せめて1ヘクタールくらいは欲しいです!」
「ガチで農業やる気?」
「ええ!私は将来農業王となり、農業で生きていくの!」
「農業王」
学生の身で本職の農家さんほどの広い畑を管理するのは難しいかもしれないけれど、さすがに家庭菜園では狭い。
農業王を目指し、今のうちからしっかり農作業をやっていきたいのだ。
「……まぁいい。一応大社には言っておく」
「ありがとうございます!!」
「いいんか」
「あははは……」
野菜や果物はもちろん、諏訪から持ってきたソバも栽培し、この地に蕎麦を広めるのだ。
「じゃあ、次は食堂に行くぞ」
──────────
「若葉ちゃんとひなちゃん遅いね」
「さっきまで木刀振ってたらしいから、シャワーでも浴びているんじゃないかしら」
「自主練かぁ。体力あるなー」
「まあこの時期の夕方って涼しいから、身体を動かすのには向いてるんじゃないかな」
食堂にていつものように夕食のうどんを食べる私達。若葉とひなたはまだ来ていない。
「私も後でランニングでもしようかな?」
「丸亀城の敷地内で走る分にはいいけれど、もう暗いから外には出ないようにね?」
「はーい」
一応、久美子さんから午後6時以降は丸亀城の敷地外には出ないように言われている。
そういえば久美子さんはもう退勤して家に帰ったのだろうか。
大体いつもこの位の時間になると、私達のRINEのグループに『帰る』と一言送ってくるのだ。
しかしまだそれが無いということは、今日は残業だろうか。
そんなことを考えながらうどんを啜っていると、突如ガラッと私の背中側にある食堂の入り口の引き戸が開いた。
「あら、ようやく来たの……」
若葉とひなたが来たのだと思い振り向くと、そこに若葉達はいなかった。
「あ!!千景さん!!」
「ここにいたんだ!」
「ぇ……」
代わりにそこにいたのは久美子さんと、その後ろには懐かしい笑顔達。
「ん?誰だ?」
「どこかで聞いた気がする声……え?」
私以外は初対面だが、杏は気がついたようだ。この日をどれほど心待ちにしていたか。
「歌野…水都……雪花……!!」
「あ、よかった。憶えててくれた」
「「え?……えぇぇぇぇ!?!?」」
「本当だ!!無線で聞いた声だ!!」
私も十分驚いているが、ゆうちゃんは興奮し球子と杏は驚いて声が少し裏返っている。
「まさか諏訪の……!?」
「遂に到着したのか!?」
私達だけでなく、夕食を食べていた周囲の大人達も驚いている。
彼女達がここにいるということは、北海道と諏訪にいた人達の避難が完了したのだろう。長い道のりだったけれど、れんちゃんはひとまずやり遂げたのだ。
「お互い大きくなったわね、千景さん!」
「そうね。……でも、雰囲気はあまり変わってないみたい」
「それはそうかも」
私の手を握る歌野に握り返す。その手の感触は前に会った時とは違っていた。
成長して手が大きくなっただけではない。何度もマメができたような固い手。頑張ってきたことがよくわかる手だ。
「皆……また会えて良かった……」
「ええ!」
「また一緒に蕎麦を食べようって約束してたもんね。うたのんが」
「……そういえばそうだったわ」
「安心して!残ってた蕎麦粉全部持ってきたから!」
本当に歌野の中身は変わっていないようだ。
「私は蓮花さんから千景さんのコーディネートを頼まれたから、また今度一緒に服屋さん行こうね」
雪花もあまり変わっていないようだ。
そんな二人の様子に少し安心を感じていると、その後ろから若葉達が現れた。
「あらあら、いいですねぇ!ついでに若葉ちゃんのコーディネートもお願いします」
「引き受けましょう。……確か上里ひなたさんだっけ」
「私をご存知なんですか?」
「蓮花さんに写真を見せてもらったから」
三人は既にれんちゃんからここの皆のことを聞いているようだ。
そのれんちゃんは今ここにはいない。何故だ。
「……ねぇ、れんちゃんは一緒に帰ってきてないの?」
三人に対して問う。どうして一緒に来たはずの歌野達はここにいて、あの人は一緒にいないのだろう。
「蓮花さんは、もう沖縄に向かったよ」
「え……一度帰ってきてくれてもいいでしょうに……」
ずっと心配しているのだ。だから、少しでも顔を見せて欲しかった。無事でいることを確認できたら、少し安心できただろうに。
「一度会ったらまた離れるのが辛くなるって言ってたよ」
「……そう」
「あと三日ほどすれば帰ってくるだろう。もう少しだけ我慢していろ」
そう言って腕を組み、壁にもたれかかっている久美子さん。
「自分だって寂しくて会いたいくせに……」
「しーっ、タマっちは黙ってて」
何とも言えない空気になり静まり返る。
久美子さんは一瞬目を伏せると、壁にもたれるのをやめた。
「……そろそろ帰る」
「ここで晩ご飯食べていかないんですか?」
「家で茉莉が待っているからな。何かあったら連絡しろ」
食堂から出ていく久美子さんの後ろ姿を見送り、ひとまず全員席に着き直す。
「もうっ、タマっちが余計なこと言うから!」
「え、タマのせいか?」
球子は人の気持ちがわかる子のはずなのに、なぜこうもデリカシーがないというかなんというか。
「ん?……あ、ふ〜ん……なるほど、そういう……」
雪花は何かを理解したように不敵な笑みを浮かべている。いかにも眼鏡が光りそうな表情だ。
わちゃわちゃした空気の中、パンッとひなたが手を合わせた。
「お話は後でたくさんするとして、とりあえず晩ご飯を食べましょう?」
「そうだな。三人とも、ここで食事をする時はまず、あそこの人達に食べたいものを注文するんだ」
先導する若葉達に続く三人を、私達は席に着き直してうどんを啜りながら見守った。
夜。入浴を終えた私達は寮の談話室に集まり談笑していた。
会ったのは今日が初めてでも、既に何度も言葉を交わした若葉と歌野は昔からの友人のようだった。
「……で、香川のうどんを食べたわけだが、どうだった?」
「……ベリーベリーデリシャスでございました……」
歌野は若葉に向かって両手を床につくと、深々とひれ伏した。
その大袈裟な様子に、見守る水都も困り顔だ。あの歌野があっさりと蕎麦の負けを認めたのかと。
「で、でも、明日は皆に私達が育てた蕎麦を味わわせてあげるわ!」
「ほう?」
「午前中に私が蕎麦を打つから、明日のランチは全員蕎麦よ!」
「やったぁ!楽しみ!」
「そうね、私も久しぶりだわ」
蕎麦を食べるのが好きだった少女は、三年の間に蕎麦を打てるようになったようだ。
「みーちゃんも手伝ってね?」
「あ、うん」
「なるほど、粉から作るのか……。ならば私も今度、一からうどんを作って振る舞うとしようか」
「あらいいですね」
うどんと蕎麦の話で盛り上がる中、雪花は一人静かに頭を抱えていた。
「秋原さん、どうかしましたか?」
少し心配するような杏の声の後、雪花は立ち上がると勢いよく右手を挙げた。
「うどんよりも、蕎麦よりも、ラーメンが好きって人!」
静まり返る談話室。そして雪花以外の手が挙がることもなく。
雪花は項垂れるように再び座った。
「やっぱりかぁ……ここでラーメン党としてやっていくのは無謀かぁ……」
「まぁ、うどん県ですし」
「皆香川県民なの?徳島出身とかいない?」
「タマとあんずは愛媛だ」
「私は奈良!」
「私は高知ね」
「そっかぁ……」
香川で蕎麦を広めようとするのも大概だが、ラーメンも難しそうだ。
「なんか話してたらラーメン食べたくなってきたな」
「よし、今度一緒に香川のラーメン屋を回ろう!」
「それはそれで楽しそうね」
初めて四国に来た三人の友達と一緒に行ってみたい場所や一緒にしてみたい事はたくさんある。
けれど焦る必要は無いだろう。時間はこれからたくさんあるのだから。
「とりあえず、皆でゲームでもして親交を深めましょうか」
私はテレビとゲームの電源を入れる。やはり仲良くなるには一緒にゲームをするのが手っ取り早いのだ。多分。
「そろそろ新しいゲームをしたいな」
「今度皆で一緒に買いに行きましょう。この辺りの案内も兼ねて」
「そうだね」
この人数で同時にプレイすることはできないが交代しながらやればいいだろう。
さらに人数が増えたことで、今までよりもさらに盛り上がるようになった。
ただ騒がしいだけなのは苦手だが、こういう賑わいは嫌いではない。
好きなものを共有して盛り上がれるこの空間は、私にとってとても居心地が良かった。
──────────
家に着き、玄関の扉を開くと空腹を刺激する匂いが漂う。
「ただいま。美味そうな匂いだな」
「おかえりなさい。晩ご飯はカレーだよ」
「そうか」
キッチンから顔を出す茉莉はエプロンをつけている。今作っている最中か。
白衣を脱いでハンガーに掛け、キッチンに向かう。
「こんな感じの味でいいかな?何か足す?」
「どれどれ……」
小皿に少し掬って味見をする。甘すぎず程良い辛さだ。辛すぎると茉莉が食べられないだろうし、これでいいだろう。
「問題ない」
「美味しい?」
「ああ。ちょうどいい味だ」
二枚の皿を出して米とカレーをよそってリビングのテーブルに運ぶ。
茉莉と二人での夕食は、今日で五日目だ。
「そういえば、今日は帰ってくるの遅かったね」
「ああ、諏訪と北海道の奴らが到着したんでな」
「ふーん……ん!?けほっごほっ」
「ほら水」
急に驚いて噎せた茉莉に水の入ったコップを渡す。
勢いよく水を飲んだ茉莉は、その勢いのまま話を続けた。
「どういうこと!?」
「言った通りだが。諏訪と北海道で生き残っていた奴らが四国に到着した。そして丸亀城には二人の勇者と一人の巫女が増えた」
「えぇぇぇ!?!?」
「もう少し声量を落とせ、近所迷惑になる」
驚く気持ちはわかるが、既に外は暗いのだ。騒いで近所から苦情が来ても困る。
「……ということは、蓮花さんは一回帰ってきたの?」
「壁の前まで来て、そのまま沖縄に行ってしまったよ」
「一回帰ってきて一泊していってもよかったのに」
「まったくだ」
今頃はどこにいるのだろうかと、窓の外の夜空を見上げる。今夜もよく晴れていて星が綺麗だ。昨夜もこんな風に夜空を見上げていたか。
「早く帰ってきてくれないと、久美子さんが面倒くさくてボクじゃ相手しきれない……」
「おい」
──────────
入浴を終え、ドライヤーで長い髪を乾かす。
さすがに長すぎるような気もして切る事も考えたが、これといった特徴が無いボクの数少ない個性かもしれないと思うと、このままでもいいような気がした。
髪を乾かし終えてリビングの扉を少し開いて覗くと、久美子さんはソファにもたれて酒の缶を持っていた。
(え、もうお酒飲んでる……)
リビングには戻らずにこのまま寝室に向かって寝るべきかと扉の前で悩んでいると、久美子さんの独り言が聞こえた。
「本当に…早く帰ってこいよ……蓮花……」
ボクは扉を開いてリビングに入ると、久美子さんの隣に腰を下ろした。
「ん、上がったか。じゃあ私もこれを飲み終えたら風呂に入ろう」
「全部飲み切らなくても、お風呂上がりに飲むお酒も美味しいんじゃないの?」
「……それもそうだな」
立ち上がって酒の缶をテーブルに置き浴室に向かう久美子さんを見送る。
ボクが久美子さんの寂しさを埋められるわけではないけれど。
戻ってきたら、少しだけ話に付き合ってあげよう。
一緒に暮らす家族なんだから。
おまけ
友奈「うーん……私、漢字を覚えるの苦手だなぁ」
千景「そうねぇ……何か良い覚え方とか無いかしら」
久美子「『人』の『夢』と書いて『儚い』……」
千景「やめて」
久美子「『人』の『為』と書いて『偽る』……」
千景「やめて」