花は少女の幸福を願う   作:カフェラテ

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第65話 見守る瞳

 瀬戸大橋で歌野達と別れてから再び四国を一周してバーテックスを片付けた。

 そして現在深夜2時、僕は九州の最南端、鹿児島県の佐多岬に立っている。

 

「暗くて何も見えない……」

 

 陸上を移動できるのはここまでだ。ここから先は海上を走って沖縄まで行く必要がある。僕は船の操縦なんてできないので仕方ない。

 途中には屋久島や奄美大島等の陸地がある。なんとかなるだろう。

 少女達も言っていた。なせば大抵なんとかなる。

 

 ──────────

 

「これが教科書でこっちが問題集な。春休みの間にこれ一冊終わらせるぞ」

 

「え、えぇ……」

 

 朝食後、歌野達三人は烏丸先生に教室に呼ばれた。そして一緒に朝食を食べていた私達も、なんとなく一緒に教室に集まっていた。

 

「お前達は天災以降学校に通えていないだろう?だから他の奴らに進捗が追いつくまでは補習をする」

 

「四国についたら皆でひたすら農作業をするつもりだったのに……」

 

「え、皆でひたすら?」

 

 項垂れる歌野がちょっとよくわからないことを言った気がする。別に少し手伝う程度なら構わないが。

 

「平日は基本的に午前に授業、午後に訓練がある。今は春休み中だから午後の訓練だけだが」

 

「へー」

 

「というわけで春休み中、お前達の補習は午前中にしようと思っている。今日は今からだ」

 

「ゔぇ!?」

 

 今のは歌野の声だろうか。こんなに面白い子だっただろうか。

 しかし新しい土地に来て早々補習とは。学習が一年半遅れているから仕方ないとも思うけれど。

 

「今日は朝から蕎麦を打って皆のランチにご馳走するつもりだったのに……」

 

「それは今日でなくてもいいのでは……」

 

「ダメですよ若葉ちゃん、これ以上歌野さんの気分を落とすようなことを言っては」

 

「ほう、蕎麦か……」

 

 腕を組んで少し黙り考える素振りを見せる烏丸先生。次に何を言うのか大体わかった気がする。

 

「やっぱり補習は明日からにする。そして私も蕎麦を食べる」

 

「えっ!?」

 

「そんな簡単に予定を変えていいの?」

 

「一日くらい問題ない」

 

 いつも通りフリーダムな久美子さんであった。私達はもう慣れた。多分。

 今日の補習が無くなった上に蕎麦を振る舞える相手が増えたことで、歌野はすぐに生気を取り戻した。

 

「ふむ、昼前に一回帰って茉莉も連れてくるか」

 

「じゃあ私も一緒に迎えに行く!」

 

「ん。11時に正門に来い」

 

「はーい」

 

「あ、それから歌野と雪花」

 

「何?」

 

「お前達の勇者装束を私に渡せ」

 

「……え?」

 

 どうしたのだろうか、もしや久美子さんも勇者装束を着たいのだろうか。

 

「さすがに久美子さんは入らないと思うけど」

 

「どういう意味だ。大社で解析して勇者システムに組み込むから渡せと言っている」

 

「ああ、なるほど」

 

 私達は理解したが、歌野達は頭の上に疑問符を浮かべたまま首を傾げている。

 

「システムに組み込む?」

 

「どういうこと?」

 

「いちいち着替えなくてよくなるということだ」

 

「リアリー!?」

 

「すぐ持ってきまーす!」

 

 テンションが上がった二人は走って教室を出て行った。敵が来る度に着替えるのは確かに面倒なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、諏訪の蕎麦を召し上がれ!」

 

 談話室に集まりテーブルを囲う私達の目の前には、それぞれつゆの入ったお椀と、テーブルの真ん中に置かれた蕎麦の入った大きな桶。

 

「こんな桶、寮にあったかしら」

 

「さっき買ってきたの。今後も使うだろうし」

 

「なるほど」

 

 全員箸を持ち、それぞれのお椀に麺を取っていく。

 

『いただきます』

 

 蕎麦を口に入れ、舌に乗せ、咀嚼し、飲み込む。

 その味は前に諏訪で食べたものと変わらない美味しさだった。

 

「うまい!」

 

「おいしいね!」

 

「香川のうどんよりも先に出会っていたら、私は蕎麦派だったかもしれません……」

 

「今からでも遅くはないわ!」

 

 愛媛組や奈良組が揺らいでいる。気持ちはわからないでもない。

 どちらも美味しいが故に、小さい頃から慣れ親しんでいなければ揺れてしまうだろう。

 そして生粋の香川県民であるうどん派代表の若葉は、黙々と蕎麦を啜っている。

 

「では若葉、蕎麦を食べた感想を聞こうかしら?」

 

 自信に満ちた表情で仁王立ちし若葉に問う歌野。

 若葉は蕎麦を啜り終えると、箸を置き両手と額を床についた。

 

「……凄く……美味い……」

 

 デジャヴを感じる。

 

「そうでしょうとも!!」

 

 歌野は満面の笑みで今にも高笑いしそうだ。

 そしてその横ではひなたが微笑みながら若葉にスマホのカメラを向けている。

 土下座をしているのは珍しいので私も撮っておこう。

 

「しかし、それでも私はうどんが一番だと主張する!!」

 

「それでこそ乃木若葉!!でも麺類では蕎麦がトップよ!!」

 

 なんだこの茶番。互いを認め鼓舞しつつも己のプライドを掲げるライバルか。

 

「どうしてそこまで一番を主張するんですか?どっちも美味しいじゃ駄目なんですか?」

 

「確かにどちらも美味い。だが、香川のうどんを食べて育った者として、うどんこそが最高の麺類だと証明したいんだ」

 

「そう。私も長野の蕎麦を食べて育った者として、蕎麦こそが至高の麺類であると全人類に認知させたいの」

 

「さすが王(仮)は規模がでかいな」

 

「王(仮)……?」

 

 王って何だ?歌野は諏訪では王様のような存在だったとかだろうか。あと(仮)も何なのだろう。

 

「王(仮)って何ですか?」

 

「歌野は農業王というのになるのが夢らしい」

 

「……(仮)って必要?」

 

「構わないわ、だって私はまだ農業王ではないもの」

 

「本人がそれでいいならいいか」

 

 ……農業王ってなんだろう。おそらく聞いてもよくわからない答えが返ってきそうなので黙っておくとしよう。

 農業王(仮)。なんだか字面が株式会社みたいだ。

 

 

 

 

「あ、そうだ歌野」

 

「ん?」

 

 皆でわいわいと話しながら蕎麦を食べていた中、ひたすらに蕎麦を啜っていた久美子さんが箸を止めて発言したことで、少し静かになり視線が久美子さんに集まる。

 

「午前中に大社に行っていたんだが、畑は話が通りそうだ」

 

「え!?」

 

「マジで?」

 

「ああ」

 

 畑?何故大社で畑の話?

 

「何の話?」

 

「昨日、歌野が畑を用意してほしいと言ってな。その要望を神官達に伝えたんだが通りそうなんだ」

 

「凄いな」

 

「勇者の頼みならそんな事まで聞いてくれるんですね」

 

「まぁ勇者あっての大社だからな」

 

 もしかして結構何でも叶えてくれるのだろうか。

 

「部屋にゲーミングPCやゲーミングチェアを設置してって頼んだら用意してくれるのかしら」

 

「するんじゃないか?物が何であれ、勇者の趣味というのは共通しているし」

 

「……お願いしても?」

 

「他人の金で用意してもらうことに良心が痛まないのなら構わないが」

 

「クッ……」

 

 数千円程度のものなら平気で頼めるが、数十万円程の物となると言いづらい。困ったものだ。

 

「……あ、大社で思い出した。少し待っていろ」

 

 立ち上がり、談話室から出ていく久美子さん。何かを取りに行ったのだろうか。

 畑が用意してもらえるかもしれないと聞いてから、歌野はずっとニヤニヤし続けている。そのうち顔の筋肉が疲れそうだ。

 

 三分程で帰ってきた久美子さんは、片手に紙袋を持っていた。

 

「待たせた」

 

「それ、何ですか?」

 

「つまらないものですがってやつかな?」

 

「全くつまらなくないものだ」

 

 そう言うと、久美子さんは紙袋の中から三つの大層な木箱を取り出した。それぞれはあまり大きくはない。

 そして私達はそれに見覚えがあった。

 

「こっちが歌野でこっちが雪花、これが水都だな。ほれ」

 

 三人は木箱を受け取るとすぐに蓋を開けた。そこに入っていたのは金属の薄い板。

 

「スマホじゃん!?」

 

「これ貰っていいの!?」

 

「いい。というかお前達二人は常に肌身離さず持っていろ」

 

「「え?」」

 

「お前達のスマホには勇者システムが組み込まれているからな」

 

「「「早っ!?!?」」」

 

 今度は私達が驚く。歌野達がここに到着したのは昨日で、システムに組み込むからと勇者装束を渡していたのが今日の朝だ。

 

「あらかじめ用意はしていたからな」

 

「これどうやって使うんです?」

 

「敵が来た時にこのアプリを開いてここをタップするんだ」

 

 丸亀城での生活が始まってすぐの頃に私達も聞いた説明だ。未だ実際に使ったことはない。

 

「それだけ?」

 

「それだけ。そこを押したら勇者システムが起動して、某ニチアサアニメの変身のごとく勝手に装束を身に纏うようになっている」

 

「ワオ!!変身!!」

 

「楽チン!!」

 

 まあ確かに、今まで自分で着替えていたのがボタン一つで変身できるようになれば感動もするのだろう。

 

「初めての、自分のスマホ……」

 

 勇者システムは関係ない水都も、初めて持つスマホが嬉しいのかにやけている。

 れんちゃんがここにいれば、きっとこの可愛らしい様子を微笑みながら写真に収めるのだろう。

 代わりに写真を撮っておいて、帰ってきたら見せてあげるとしよう。

 

 

 

 

 

 昼食を終えなんとなくゲームを起動すると、参戦しようとする子達がコントローラーを手に取る。

 球子はコントローラーを持ってハンモックに寝転がった。そこからやるのか。

 

「そういえば、ここまでの道中はどんな感じだったんだ?北海道からの移動なんて大変だっただろう?」

 

「いや、そうでもなかったかな」

 

「ん?そうなのか?」

 

「結構距離あるよね?」

 

 私達は皆、歌野達は大変な道程を経てここまでたどり着いたのだと思っていたが故に、雪花の言葉に興味が向く。

 

「距離はあったけど、私達はバスに乗ってただけだし」

 

「バーテックスには遭遇しなかったの?」

 

「したけど、蓮花さんが無双ゲームの如く蹴散らすから」

 

「小さい子達は『がんばえー!』『まけるなー!』って応援していて、さながらショッピングモールのヒーローショーみたいだったね」

 

「正直途中からはピクニックみたいだったわ」

 

「えぇ……」

 

 私は一体何を心配していたのだろうか。

 

「バーテックスとの戦闘って命懸けじゃないんですか?」

 

「私達は今までそうだったのよ?いつも敵が来る度に命懸けだった」

 

「でもあの人はそういう次元じゃなかったよね」

 

 雪花の言葉にうんうんと頷く久美子さんと、苦笑する茉莉さんとゆうちゃん。

 奈良組は歌野達と同じようにれんちゃんに守られながら避難したため、その状況を理解できるようだ。

 

「バスより速く走ったり数十メートルジャンプしたり、ちょっとよくわからない身体能力してたんよ」

 

「バーテックスが撃ってきた矢をキャッチアンドリリースしていたわ」

 

「どういうことだってばよ」

 

 球子が変な口調でツッコミを入れるくらいには訳が分からない。

 れんちゃんの戦う姿を見たことが無いのは、私と愛媛の二人だけか。

 

「まぁだから、蓮花さんは沖縄からも多分無傷で帰ってくるよ」

 

「そうだろうな」

 

 ソファでぐだ〜っとダラける久美子さんが相槌を打つ。

 これだけの話を聞けば、正直あまり心配は無い。ただ寂しいのだ。

 

「道中のれんちゃんの話、もう少し聞かせて?」

 

 離れていた間の彼がどんな様子だったのか少しでも知りたい。私の知らない一面もあるのかもしれない。

 

「そうだなぁ……あ、槍捌きが凄かったよ」

 

「槍なんて持っていたか?」

 

「私の槍を貸したの」

 

 雪花の武器は槍らしい。歌野は鞭のはずだから、誰も被っていないのか。

 

「しかし蓮花さんは刀の扱いも凄いぞ」

 

「鎌も綺麗に振るわ」

 

「何でも使えるじゃん」

 

「でも不思議ですね」

 

「何が?」

 

「戦国時代でもないのに、現代で武芸を極めたところで役に立つことってほぼないじゃないですか」

 

 杏の言葉に確かにと思う。今は天災が起きてバーテックスとの戦いがあるから役に立っているが、普通に生きていたら必要のない技能だ。

 

「どんな人生を送ってきたんだろう」

 

「聞いたら、話してくれるかしら」

 

「さあな」

 

 

 れんちゃんとよく一緒にいるであろう久美子さんも知らないらしい。誰にも自分の過去を話していないのだろうか。

 

 

 

「というか烏丸先生はいつまでここにいるの?」

 

「まだ昼休みだからセーフだ。もう少ししたら戻る」

 

 サボっていたわけではないらしい。

 

「茉莉はどうする?昼飯は済んだし帰るか?それとも私の仕事が終わってから一緒に帰るか?」

 

「そうしようかな。夕方まで皆と一緒にいるね」

 

「やったぁ!」

 

「わかった」

 

「せっかくだし、茉莉さんにも参戦してもらおうかしら」

 

 そして私は自分が持っていたコントローラーを茉莉さんに手渡した。

 手が空いている今の内にアイスコーヒーを用意しようと思い、談話室の角に設置している冷蔵庫に向かう。

 グラスに入れたアイスコーヒーをその場で飲みながら振り返る。部屋の隅だから全体を見渡せる。

 

「えっ、ちょっ、あ」

 

「タマちゃんが吹っ飛ばされちゃった」

 

「茉莉さん強くないか?」

 

「よく家でやってるんだ」

 

 球子が茉莉さんにあっさりと倒されたことで注目が集まる中、後ろからそれを見守る久美子さんは微笑んでいた。

 優しい目をして子供達を見守っていることに、気がついたのはきっと私だけだろう。

 今この瞬間のその優しい瞳は、彼によく似ている気がした。




畑を欲しがる勇者様に困惑する大社神官達。
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