私はコロナでへばってますが、今年で千景が20歳ということで日が変わってから急遽書きました。
本編とはあまり関係ない話です。
「これで最後、と。……お、洗濯機が止まったな」
洗った食器を乾燥機に並べ終えると同時に、早めに回しておいた洗濯機の停止音を聞く。
濡れた手を拭いて洗濯機のある脱衣場に向かい、洗濯物をカゴに入れる。
……よく考えたら、洗濯物も濡れているから手を拭く必要はなかったかもしれない。
「外、少し雪が降っているけど」
「こんな寒い中、私は洗濯物を干しに出なければならないのか……」
「手伝おうか?」
「……いや、大丈夫だ。誕生日くらいくつろいでいろ」
ソファに座ってテレビを眺めている千景。やっているのは昼の情報番組で、今日はどこも寒いようだ。雪の降る寒空の下、街頭インタビューをしているアナウンサーに少し同情する。
普段なら手伝ってもらうところだが、今日は千景の二十歳の誕生日である。流石に今日くらいは家事は全てやってやろうと思わなくもない。
「ありがとう、ならお願いね。あ、ちゃんと皺を伸ばして綺麗に干してよ?」
「わかってるよ……今晩のおかず全部野菜にしてやろうか」
もしくは窓を開けっ放しにして、私と同じ寒さを味わわせてやろうか。……干し終わった後の私も困るのでやめておこう。
洗濯物を干し終えて部屋に戻ると、千景がホットコーヒーを入れてくれていた。
「淹れたてよ。飲む?」
「ああ、ありがとう」
マグカップを受け取り、口をつけてゆっくりと傾ける。
ほのかな苦味に優しい甘さ、私の好きな味だ。
「……また美味くなった気がする」
「まあ喫茶店で働いていればね」
数年前とは違い、コーヒー豆を挽いてドリップしている。
高校を卒業し蓮花の経営する喫茶店を手伝うようになってから、家でも練習がてらドリップコーヒーを淹れるようになった。
私も友奈達の高校卒業と同時に教師を退職し、喫茶店を手伝うようになった。家族経営、というやつだ。
「……友奈は今日も大学だったか?」
「そうね。夕方には帰るって」
今日は土曜日だが、大学生ならそういうこともよくあるだろう。
幼い頃からの夢を追って杏は医大に、茉莉は専門学校に進学した。これは想定していたことだが、友奈が教師を目指して大学に進学したことには驚いた。
友奈曰く、私に憧れたらしい。そんな要素があったかはわからないが、嬉しくはある。
ちなみに茉莉は既に卒業して絵本作家になっている。
そういえば歌野と水都も農業をより学ぶ為に大学に行ったか。いつか王にはなれるのだろうか。
「お前は進学しなくてよかったのか?」
「ええ。キャンパスライフに興味が無いわけじゃないけれど、進学して学びたいことも、それでなりたいものも無いし」
周りが進学するからとなんとなく自分のレベルに合った大学に進学した私からすれば、自分の考えを持って道を選んだ少女達を立派に思う。
「れんちゃんと一緒に喫茶店をやっている今がとても幸せなの」
「……そうか。ならいいんだ」
千景の満足そうな顔を見て、残りのコーヒーを飲み干す。
冷えていた身体はとっくに温まっていた。
「そういえば、今日は若葉達はどうしているんだ?」
「歌野達と一緒に畑に行っているはずだけど……あら?」
千景の言葉を遮り、唐突にインターホンが鳴る。
「はい?」とインターホンに出てみると、よく聞く声がした。若葉達だ。
千景と共に玄関まで行って扉を開けると、畑から直接帰ってらしい格好をした四人がいた。
「それどうしたの?」
「さっき採れた長ねぎと白菜よ!」
「晩ご飯の食材にどうかと思ってな。鍋をすると言っていただろう?」
「あら、いいわね」
リビングに戻ると、千景はスマホを手に蓮花へ電話をかける。
蓮花と茉莉は今買い出しに行っているのだ。ねぎと白菜が必要無くなったことを伝えなければいけない。
「しっかし、こんな寒い中よく農作業できるな」
「寒いからこそ身体を動かすんだ。久美子さんもどうだ?」
「若葉ちゃん、久美子さんはもう三十路だから無理させては駄目ですよ?」
「お前らを畑に埋めてやろうか」
「私も!?」
まったくこいつら、特にひなたは、年々私に対して遠慮が無くなって来ている気がする。
というか私もいつの間にか32か。歳をとったな。千景が成人だもんな。
「ではちーちゃん。連絡するまで下の部屋に行っててくださいね」
「え、どうして?」
「ここを飾り付けるからです」
「あーなるほど、それ本人に言っていいのかちょっと怪しいけれど、わかったわ」
確かに。サプライズにするべきではないのか。
しかし千景に隠れてこの家を飾り付けるのは不可能だ。仕方ない。
リビングから出ていく千景を見送ってからソファに腰を下ろすと、水都に『20』の形の風船をはじめいくつかの装飾を入れた箱を渡された。
「久美子さんはこれをお願いします。この風船はこの辺の壁に貼ってください」
「……わかった」
こいつも随分と図太くなったな、良いことだ。
──────────
玄関を出て下の階に降り、我が家の真下の部屋のインターホンを鳴らす。
丸亀城の生活が終わってから、歌野達はここでルームシェアをしている。球子と杏も、皆で一緒に中学、高校に通いたいということで親を説得してここに住んでいる。
ちなみに保護者は全員れんちゃんだ。
すぐに玄関の扉は開き、杏が出迎えてくれた。
「ここにいろって言われたんだけど」
「はい、聞いています。タマっちが待ってますよ」
「え?」
杏に通されてリビングに向かうと、格ゲーが映るテレビ画面にコントローラー二つ。既に対戦プレイが準備されていた。
「おう千景!ゲームしようぜっ!」
「……いくつになっても球子は変わらないわね」
球子からコントローラーを受け取って隣に腰を下ろす。
「まだ19だぞ」
「愛媛で初めて出会ってからもうすぐ11年よ」
「「ええっ!?本当だ!!」」
見事にハモって驚く愛媛組。自分で言っておいてなんだが、そんなに経つのか。
丸亀城で一緒に生活し始めてからは7年半だが、それでも長い付き合いだ。
何度か球子を負かした頃、スマホからRINEの通知音が鳴った。確認すると、茉莉さんからだった。
「どうかしました?」
「帰る途中で大荷物のお婆さんを見かけて助けてるから、少し帰るのが遅れるって」
「そっか。人助けはいいことだ、うん」
数十分後、再び茉莉さんから連絡がきた。
「今度はなんですか?」
「ひったくり犯を拘束して警察に引き渡してるから少し帰るのが遅れるって」
「すげーな」
数年前と比べて治安も多少マシにはなったが、それでも時々そういう輩はいる。
「というかもうすぐ夕方ですけど、間に合うんでしょうか」
「少し晩ご飯が遅れるくらい別に構わないし、いくらでも待つわ」
「懐が深い女だ」
「褒めても負けてあげないけど」
そうこうしていると、玄関の扉が開いた。そしてリビングに顔を見せたのは棗だ。
「あ、おかえりなさい棗さん」
「どこに行っていたの?」
「海を…見に行っていた」
「またか」
「……めちゃくちゃ寒かった」
「そりゃそうよ」
ガクガクブルブル震えている棗に温かいお茶を入れる杏。気が利く子だ。きっと良い母になる。
「そういえば雪花は?」
「学校です。多分もうすぐ帰ってくると思います」
「ただまー」
「ちょうどだな。おかりー」
丁度帰ってきた雪花は棗と違いブルブルしていない。やはり北海道出身は寒さに強いのか。
「お、やってるやってる。タマちゃん負けてる?」
「勝てるわけないだろ」
「じゃあ私と交代で。タマちゃんよりは善戦するよ」
「なんだとぅ!?でもタマもちょっと疲れたし、交代だ。仇をとってくれ」
こうしていると、球子だけでなく私達皆、一緒にいるとやっていることは昔と変わらないなと思う。
しかし、もしかしたらそんなに遠くない未来、誰かが遠い所に就職したり結婚してここを出ていったりするかもしれない。
こんなふうに過ごせる日常もあまり長くないのかもしれないと思うと、少し寂しさを感じた。
「結局夜になっちゃいましたね」
「晩ご飯だから夜でいいんじゃない?」
「それはそう」
もう夜7時、ようやくひなたから連絡がきた。
ゲームを片付けて全員で上の階に戻る。
玄関の扉を開けて廊下を進み、リビングの扉を開く。
『お誕生日おめでとう!!』
祝いの言葉と共に鳴らされたクラッカーに若干驚きつつも部屋を見渡す。
買い出し組も学校組も、全員帰ってきていた。
リビングはしっかりと飾り付けられ、テーブルの上には既に鍋が準備されていた。
「帰るの遅くなってごめんね」
「大丈夫よ、晩ご飯の時間には全然問題ないじゃない」
「もう食べられるぞ」
「お腹空いた!」
皆でテーブルを囲って座る。昔よりさらに狭くなったことに各々の成長を感じなくもない。球子の身長はあまり伸びていないが。
私はもちろんれんちゃんの隣だ。この場所は誰にも譲らない。
「食材はいっぱいあるから、いっぱい食べてね」
「タマめっちゃ食べる!」
「後でケーキもあるけど大丈夫?」
「別腹だから大丈夫!」
「後数年もすればそんなこと言えなくなるぞ」
「久美子さんの実体験?」
「ボ……私ももうすぐそうなるのかな……」
昔は落ち着いた空間の方が好きだったけど、今はこの騒がしさも好きだ。だいぶ皆に影響されたかもしれない。
賑やかなひと時も終わり、コーヒー片手にれんちゃんと二人で肩を合わせてソファでくつろぐ。
ゆうちゃんはいつも通り既に眠りにつき、久美子さんと茉莉さんはしっかり飲酒していたのでケーキを食べた後すぐに寝てしまった。
茉莉さんは最近、一人称を『ボク』から『私』に変え始めた。社会ではその方がいいらしい。ボクっ娘も可愛かったのに、本当にお姉さんらしくなってきた。
「誕生日プレゼント、いろいろ考えたんだけどさ」
「うん」
「二人で旅行でもどうかと思うんだけど、どう?」
「あら、いいわね。二人で旅行なんて新婚旅行以来じゃない?」
「ああ。一緒に行き先探そうか」
左手の薬指にはまった指輪を見つめながら、一年半前に行った新婚旅行を思い出す。
相変わらず四国内に限定されるが、この人とならどこに行っても楽しいのだ。
「楽しみね……」
どこに行こうか考えを巡らせていると、私の左肩にれんちゃんが手を回して優しく抱き寄せられる。
「誕生日おめでとう、千景」
「ありがとう……れんちゃん」
優しい口づけに身を委ねる。
昔は勇気が無くて言えなかった言葉も、今なら何の躊躇いも無く伝えられる。
「……愛してる」
コーヒーを飲んでいたからだろう。今夜のキスはほろ苦い大人の味がした。
生まれて20年目の夜は、愛する人の腕に抱かれて更けていった。
千景が蓮花と結婚した世界線での20歳の誕生日、という回でした。
これがIFになるかは現状未定です。