花は少女の幸福を願う   作:カフェラテ

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図らずしもいいタイミングになりました。


第71話 茉莉の入学

 目を覚ます。

 時計を確認すると午前9時過ぎ、春休みも終わりいつもなら既に授業が始まっている時間だが、今日は遅刻ではない。

 なぜなら、今日は茉莉さんの高校の入学式があるからだ。れんちゃんと久美子さんはそちらに行っている。そのため、今日の午前の授業は開始を遅らせることになっている。

 

 身支度を済ませて食堂に向かうと、雪花と杏が談笑しながら朝食を食べていた。

 

「おはよう、二人とも」

 

「あ、おはよう千景」

 

「おはようございます」

 

 注文したうどんを受け取って席に着く。

 もうここ数年は、一年の食事の内半分くらいはうどんを食べている気がする。

 杏も雪花も香川県民ではないが、ここに来てからはうどんを食べているところをよく目にする。香川のうどんはやはり美味しいのだ。

 

「他の皆は?」

 

「わかひなとうたみとはもう朝ご飯食べて部屋に戻ってるみたい」

 

「友奈さんと棗さんはまだ見ていませんね」

 

「朝弱そうだものね」

 

 まだ時間に余裕はあるし、食べ終わっても起きてこなかったら起こしに行こう。

 

「今頃は入学式の真っ最中かなぁ」

 

「久美子さんまで行く必要はあったんでしょうか?」

 

「一応保護者はれんちゃんだけど、久美子さんも茉莉さんの成長を楽しみにしているから、こういう行事には行きたいんでしょうね」

 

「確かに茉莉さん大好きだもんね」

 

 窓の外を見れば今日の天気は晴天だ。門出を祝うにはもってこいの空だろう。

 

 

 

 

 ─────────

 

 

 

 

「新入生、入場」

 

 司会を務める先生の言葉と共に、体育館の入口から新入生達が並んで入場する。

 拍手をしながら見送っていると、少しぎこちなくも胸を張って歩く茉莉を見つけた。緊張しているようだ。

 

「……ズビッ……」

 

「入学式って泣くところあるか?」

 

「頑張ってる茉莉を傍で見てきたから、ちゃんと高校生になれて良かったなって……」

 

 ハンカチは沢山持ってきている。どれだけ泣いても問題ない。

 

「久美子が泣くところは見たことないね」

 

「蓮花が涙脆いだけだ」

 

 否定できない。

 二年後には千景と棗が高校入学か。めちゃくちゃ泣くだろうな。その前に中学の卒業式か。顔の水分無くなりそう。

 

「ちなみにここは私の母校だ」

 

「え、そうなのか」

 

 ということは、久美子もこのブレザーを着ていたのだろうか。……とても良い。

 

「久美子の卒アル見たいな」

 

「実家にあるだろうから、行った時に見せてやろう。面白いものでもないがな。青春らしい事はしなかったし」

 

「茉莉にはこれからたくさん青春してほしいな」

 

 在校生の校歌斉唱を聞きながら、茉莉の高校生活がとても楽しく、思い出に残るものになってほしいと願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 入学式も終わり、正門付近で茉莉を待つ。今日はすぐに学校が終わるだろうから一緒に帰るのだ。

 

「ん、あれじゃないか?」

 

「本当だ。茉莉ー、こっちこっちー」

 

 遠くに見えた茉莉はキョロキョロと周囲を見回していた。

 呼んで手を振っていると、すぐにこちらに気がついて駆け寄ってくる。

 

「お、お待たせ」

 

「じゃあ帰……る前に、門のところで写真を撮ろうか」

 

「うん」

 

 正門を出ると、『入学式』と書いた立て看板がある。今もその前で写真を撮っている人達がいる。まあここで写真を撮る人は多いだろう。

 

 立て看板の前が空き、茉莉がそこに立つ。

 

「久美子も横に並んだら?」

 

「茉莉がいいなら」

 

「ボクは構わないけど」

 

 茉莉に拒否されなかったことが少し嬉しかったのか、微笑んだ久美子が茉莉の隣に並ぶ。

 

「じゃあ撮るね」

 

 僕がスマホの構えようとすると、先生らしきおじいさんが声を掛けてきた。

 

「よかったらご家族皆でどうですか?私が撮りますよ」

 

「あ、じゃあお願いします」

 

 先生にスマホを渡し、茉莉を真ん中にして並び立つ。

 

「撮りますよー、はいチーズ!……よし、撮れました!」

 

「ありがとうございます」

 

 スマホを返してもらい、写真を確認する。

 背景の立て看板や桜の前で笑っている僕達三人の写真は、誰が見ても良い家族写真だ。

 

「……ん?ふと思ったが、もしや君は烏丸さんか?」

 

「ようやく気が付きましたか、小川先生」

 

「やはりそうか!」

 

「あ、知ってる先生?」

 

「こちら小川先生。私の三年の時の担任だ。教科は社会」

 

 僕達に先生を紹介してくれる久美子。紹介されている本人は頭を傾げているが。

 

「ん?まだ二十代のはずだが……高校生の娘さん?……んん?」

 

「娘ではないです。ただの家族です」

 

「そ、そうだったか。いやはや、実は隠し子がいたのかと思って驚いたよ。何やら事情がありそうなご家族だね」

 

「まあ。先生はもしかして今年の一年の担任ですか?」

 

「担任ではないが、一年生の学年主任だよ。何か困ったことがあれば何でも相談しておくれ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「出世したのか」

 

 穏やかな良い先生のようだ。茉莉の学年を受け持つようだし、きっと茉莉も色々お世話になるのだろう。

 

「君も元気にやっているようで良かった。久々に会えたから色々話したいところだが、この後も仕事があるから職員室に戻らねばならん」

 

「この子の行事とか見に来るつもりだから、そのうちまた来ます」

 

「そうかそうか。いつでもいらっしゃい」

 

 

 

 

 小川先生に手を振って学校を後にする。

 学校の近くに久美子の車を停めているから、そこに向かって歩き出す。

 今日は車だが、茉莉はこれから自転車通学だ。春休みの間に買いに行ったのだ。

 

「小川先生、良い先生みたいだね」

 

「ああ。こんな問題児のことも最後まで面倒を見てくれた」

 

「自覚はあるんだ……」

 

「正直安心した。茉莉も何かあればあの先生を頼るといい。しょうもない話にも付き合ってくれる面倒見のいい先生だ」

 

「わかった」

 

 久美子の面倒見のよさは元々の気質なのか、それとも小川先生の影響を受けてこうなったのだろうか。

 良き恩師と出会えることは、とても幸せなことなのだろう。

 

「そういえば茉莉、知らない人と話すのが久々で人見知りを発動したりしなかったか?」

 

「……ちょっとだけ」

 

「多分大丈夫だよ。ご時世的に遠くから来て友達がいないって人も多いだろうし」

 

「頑張って友達作ります」

 

 学校は沢山の人と出会える場所だ。

 茉莉には、沢山の良き出会いを経験してほしいと思った。

 学生時代の思い出は、一生の宝物になることもあるから。

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 既に全員教室に揃っておりそろそろ烏丸先生が来るはずだが、まだ来ていない。

 暇なのでソシャゲの日課を済ませておこうと思いスマホをポケットから取り出すと、ちょうど通知がきた。れんちゃんからだ。

 何かと思い通知をタップして開くと、茉莉さん達と一緒に三人で写った写真が送られてきた。

 

「どうしたの?」

 

「れんちゃんから写真が送られてきたの」

 

 寄ってきたゆうちゃんに画面を見せると、他の子達も覗きに寄ってきた。

 入学式と書かれた看板の前に立つ三人の写真だ。

 

「あら、ブレザー可愛いですね」

 

「なにげにスーツを着ている蓮花さんもレアだな」

 

「なんか目の下赤く腫れてない?」

 

「また泣いたのね」

 

 各々が感想を話していると、教室の戸が開かれて烏丸先生が現れた。写真に写っているスーツ姿ではなく、いつもの白衣だ。

 

「遅くなった。授業を始める」

 

「もう着替えたんですか?」

 

「さては写真が送られてきたな?一旦家に帰って着替えてきた」

 

「よく考えたらこの写真誰が撮ったの?」

 

「高校の先生が撮ってくれた」

 

「ブレザー可愛いですよね」

 

「そうだな」

 

「蓮花さんのスーツ姿はどうでしたか!?」

 

「新鮮で良かった」

 

「泣きました?」

 

「泣いてないし質問が多い!!授業を始めると言っただろうが!!」

 

「律儀に全部答えてくれたわね」

 

 怒涛の質問攻めで少し疲れた様子の烏丸先生。

 どうせ家に帰ればれんちゃんがいるのだ、少し振り回すくらい構わないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後になり、いつものように格闘術の訓練が始まる。

 メンバーが増えたので、今日は基本的なことの復習が多かった。

 歌野達からすれば初めて知ることの方が多いのだ。ならば基本からやらなければ。

 

 

 烏丸先生の短い説明が終わり、慣れたように乱取りを始める。

 どうでもいいが、乱取りは柔道、組手は空手の用語らしいが、この訓練ではどちらが合っているのだろう。両方の要素がある気がするが。

 ……どうでもいいことは考えてもしょうがないからやめておこう。

 

 数分毎に相手を交代しながら繰り返し、三十分程経った頃に終了して少し休憩する。

 

「そういえば、どうして烏丸先生は格闘術を嗜んだの?」

 

「暇潰しになるかと思って」

 

「男子中学生?」

 

「失礼だな。それは偏見だぞ」

 

 普通の女性が暇を潰す為に格闘術をやろうという発想に至るだろうか。そういえば普通じゃなかった。

 

「ねえ烏丸ティーチャー」

 

「なんだ?」

 

 水筒片手に歌野がこちらに歩み寄ってくる。その後ろを水都がついてくる。この二人はいつも一緒にいる。

 私達と出会ったあの日からの約三年間、二人はどんな風に過ごしてきたのだろう。

 

「こういう体術とかってバーテックス相手に意味あるの?」

 

「学んだ技をそのままバーテックスに掛けるというよりは、身体の使い方を学ぶことが主な目的だ」

 

「あー、それは確かに効果あるかも」

 

 近くで聞いていた雪花も話に混ざる。というか初めて主な目的を聞いた気がする。

 

「あと痴漢対策とか防犯の為だな」

 

「あら実用的」

 

「だから私達巫女もやるんですね……」

 

 既に疲れた様子の座り込む水都。普通に体力をつける為にも必要なのかもしれない。

 

「そういえば体育の授業は無いな」

 

「ただでさえ毎日訓練があるのに、さらに体育もやりたいか?」

 

「「「やりたくないです」」」

 

 インドア派が口を揃える。というか時間が無いと思う。

 

「……うっかりしていたが体育はともかく保健の授業はやるべきだな」

 

「それはまぁ、生きていくのに必要な知識だし」

 

「実体験も交えてわかりやすい授業をしてやろう」

 

「じじっ、実体験!?!?」

 

「応急処置とかの話だが。杏は何を想像したのやら」

 

「あ、なんでもないです……」

 

 杏の清楚系なイメージは最初の一年で消え去った。

 

「アンちゃんどうしたの?」

 

「大丈夫です、気にしないでください……」

 

 両手で顔を隠す杏に、無垢なゆうちゃんが追い討ちをかけていく。

 それと同時にれんちゃんが道場にやって来た。もうそんな時間か。

 

「ん?杏どうしたの?」

 

「ふぇぇ……」

 

「ほっといてあげて、れんちゃん」

 

「わかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 格闘術の訓練を終え、いつものようにそれぞれの場所に移動して武器の鍛錬を始める。

 私は最初は道場だったが、今は屋外で広いスペースを使って鍛錬している。

 そして今、私の周りには歌野と雪花、棗もいた。

 

「……なぜ?」

 

「鞭とか槍とかヌンチャクとか、すぐには指南役が見つからないから僕が纏めて面倒を見ることにしたんだ」

 

「使えるの?」

 

「使えるよ?」

 

「……なぜ?」

 

「昔練習したから」

 

「……なぜ?」

 

 どうしよう、疑問しか出てこない。バグったNPCみたいになってしまった。

 

「うーん……気が向いたからかなぁ」

 

 なぜ気が向いたら鞭や槍やヌンチャクの扱いを練習するという発想になるのだろうか。

 私の周りには普通の大人はいないのだろうか。楓さん達は普通か。

 

 

 

 

 れんちゃんが三人それぞれと話している間、ひとまず私は素振りを始める。もうそこそこ慣れたものだ。

 

 やがてれんちゃんは説明と合わせて模造の武器で動きを見せる。

 雪花の投槍スタイルに合わせてフォームを見せてみたり、ヌンチャクを振るってみたり。

 

 

「……撮影しておこうかしら」

 

「千景さん、涎が出てるわよ?」

 

「あら」

 

 こんなかっこいいれんちゃんを見せられていたら素振りに集中なんてできない。素振りは諦めて撮影に専念しよう。

 ああ、これを生で見られない久美子さんが可哀想でならない。きっと今の私はとてもにやけているだろう。

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 夕食の焼きそばを食べながらテレビを眺める。

 午後七時前なのでニュースで天気がやっているのだ。

 

「明日も晴れか。洗濯物がよく乾いて良い」

 

「茉莉は明日テストか?」

 

「うん。一日で五教科やるからお弁当がいるんだって」

 

「明日から毎日弁当いるの?」

 

「うん。朝忙しい時は自分でなんとかするから大丈夫だよ」

 

「なんて良い子……でも大丈夫。毎日しっかり弁当作るよ」

 

「ありがとう」

 

 今度弁当のおかずに色々買い込んで来るとしよう。後で茉莉に入れてほしいおかずをいくつか聞いておこう。

 

「……」

 

 久美子が無言でこちらを見ている。

 

「……なに?久美子も弁当作ってほしいの?」

 

「……そう思ったが、やめておく。千景辺りに睨まれながら食べることになりそうだ」

 

「そうか」

 

 まあ久美子は丸亀城の食堂でタダで食べられるし、そっちで食べてもろて。

 

「そういえば茉莉は何か部活やるの?」

 

「え?あー……どうしようかな」

 

 学生生活の思い出で部活動が占める割合はそこそこ大きいと思う。

 クラスメイト以外にも友達ができるのも何かと助かるものだ。

 

「何か気になっているのはないのか?」

 

「うーん……文芸部とか、美術部とかかなぁ。でも美術部って色々道具がいるからお金がかかるのかなぁ」

 

「お金のことは気にしなくていいよ」

 

「ラケットとかが必要な運動部よりは安いだろう」

 

「じゃあ、見学してみてから決めようかな」

 

「そうだね」

 

 そういえば、茉莉の学校は今月末に授業参観があったはずだ。予定を空けておこう。

 

「……ねえ、久美子」

 

「ん?」

 

「授業参観はしないの?」

 

「見せるような授業でもないが。……じゃあ今度球子が退院してから、土曜日にでも美術の授業参観でもするか。茉莉を講師に招いて」

 

「ボク?まあいいけど」

 

「ありがとう」

 

 日程が決まったら楓さんと琴音さんにも伝えておこう。

 食べ終えた食器を片付けながら、期待に胸を膨らませた。

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