花は少女の幸福を願う   作:カフェラテ

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第74話 卓球と露天風呂

「よぉし私の勝ちだ!!お前は一ヶ月間宿題二倍だぁ!!」

 

「チクショォォォォォォォォォ!!!」

 

 

 

「……どういう状況?」

 

 ひなたと共に旅館に戻り、部屋に戻る前に卓球台のところへ様子を見にやってきた、のだが。

 久美子は高笑いしながら勝ち誇り、球子は崩れ落ちながら悔しげに叫んでいた。

 状況説明を求め、近くにいた千景に視線を向ける。

 

「見た通り、球子が久美子さんに挑んで負けたのよ」

 

「凄く白熱した試合だったね。点を取って取られてを繰り返してた」

 

「タマちゃん惜しかったね」

 

「そうだったんだ」

 

 余程の激戦だったのか、久美子も球子も汗だくである。久美子の浴衣が少し着崩れており、汗の雫が胸の谷間を流れていくのを視認してしまう。

 

「……蓮花、もう一回風呂に入る気は無いか?」

 

「僕は汗かいてないしいいや」

 

「そうか。残念だ」

 

「タマが一緒に入ってやるから元気出せよせんせー!」

 

「お前はテンションの上下が激しいな」

 

 教え子が一緒に風呂に入ってくれるというのに、久美子は自分の身を抱いて微妙な表情をしている。

 

「どうしたの?」

 

「球子と二人きりだと私の身の危険がある。……杏も連れて入るか」

 

「え、まぁいいですけど」

 

「べっ、べつにそんなつもりはないぞ!」

 

 なぜ球子と二人きりだと身の危険があるのかと思ったが、そういえばよくビバークとか言ってたなと思い出したので黙る。

 

「そういや千景も久美子と勝負するって言ってなかった?どうなったの?」

 

「普通に負けたわ。汗をかくまでもなく」

 

「そっか」

 

 千景はインドア派だからね、仕方ないね。

 周囲を見渡すと、なんだかんだ子供達は全員ここに集まっている。

 若葉と歌野が勝負していたり、茉莉達がのんびりとラリーしていたり。

 

 

「うどんスマッシュッ!!」

 

「なんの!そばチキータッ!!」

 

 

「……凄い試合ね」

 

「……若葉って熱くなるとIQ下がるのかな」

 

「そうかもしれません。可愛いので構いませんが」

 

 そう言うひなたはいつの間にかスマホを構えて撮影していた。その表情は満面の笑みである。

 技名はともかく、卓球を学んでいたわけでもないだろうに技術が備わっているのは何なのだろう。

 

「この試合が終わったら部屋に戻ろうか」

 

「うん」

 

 その後、どちらも一歩も引かない勝負を続け何度もデュースになり、やがて卓球台の利用時間が終わりを迎え決着がつくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真夜中に目が覚めた僕は、露天風呂に入っていた。

 どうしてこんな時間に風呂に入っているのだろうとは思いつつ、高い金を払ったのだから目いっぱい満喫しなければと納得する。

 それに、こういうとても静かな時間に風呂でぼーっとするのは昔から好きだ。

 また寝て起きたら朝風呂にも入るとしよう。

 

「……ん?」

 

 皆寝ているはずなのに、戸が開く音がした。

 音の方向へ目を向けると、そこには千景が立っていた。

 

「どうした?」

 

「目が覚めたられんちゃんが隣にいなかったから、ここかと思って。一緒に入っていい?」

 

「ああ。おいで」

 

 手招きすると、千景は僕の隣に腰を下ろした。長い髪は高い位置で纏めているため、濡れる心配はない。

 

「……ねぇ、千景」

 

「何?」

 

「千景は、何歳まで一緒に風呂に入ってくれるのかな」

 

「いつまでも」

 

「そ、そう」

 

 一般的な家庭なら、もうとっくに「お父さんと一緒は嫌!」って言うような年齢だと思うけれど。

 僕の左肩に乗せられた千景の頭を撫でようかと思ったが、濡れた手で撫でては髪を濡らしてしまうので思いとどまる。

 

「そういえば球子が一ヶ月間宿題二倍って言われてたけど、あれなんだったの?」

 

「あれは……球子が久美子さんに勝ったら胸を揉むって勝負を挑んだの」

 

「なるほど、それで負けたからか」

 

 理不尽なら少し庇おうかと思ったが、自業自得ともいえる。まあ沢山勉強するのはいい事だ、うん。

 

「さすがに二倍はしないと思うけれど。多分プリントとかを少し追加するくらいかしら」

 

「球子が杏と同じ高校に行きたいのであれば、やっておいて損はないね」

 

「ええ」

 

 久美子も鬼ではない。無理はさせないだろうし、わからないところはしっかり教えてあげるだろう。

 

「で、れんちゃんは久美子さんの胸を揉んだことはあるの?」

 

「ないよ」

 

「あるのね」

 

 表情一つ変えずに否定したのにノータイムでバレてしまった。

 もう僕は千景に対して何も隠し事をできないかもしれない。

 嘘をつく時の特徴が完全にバレている。

 

「どうだった?」

 

「どう、とは……?」

 

「柔らかかった?興奮した?」

 

「まあ……柔らかかったし、ハリも弾力もあってとても良かったです……」

 

「……エッチ」

 

「グフッ……」

 

 もう一度言ってほしいと思ってしまった自分を殴りたい。

 僕に向けられたことはあまり無いが、千景のジト目はなんて可愛いんだろう。

 これ以上この話を広げるのは危険かもしれない。

 

「この話はこれで終わりにしよう……」

 

「……まあいいけど」

 

 眠くなるまで湯に浸かっていようと思っていたのに、がっつり目が冴えてしまった。

 

「じゃあ、私達が卓球をしていた頃、ひなたと二人でどこに行っていたの?」

 

「この近くを散歩してきたんだ。途中で団子を食べて、ちょっとお土産屋に寄ってみたり」

 

「ふーん。……ひなたから何か言われた?」

 

「え?いや、特には」

 

「そう……」

 

 千景は顎に手を当て、何やら考え込む。

 考える時の癖も僕と同じだ。

 

「私はてっきり……いえ、なんでもないわ」

 

「言いかけて止められると気になるんだけど」

 

「気にしないでちょうだい。私が言うことではないから」

 

 一体何なのだろう。子供達だけの秘密でもあるのだろうか。まあそれくらいは普通にあるか。

 僕だって、人に言えない秘密を沢山抱えている。

 

「寝る前にひなたの手をにぎにぎしていたのはなんだったの?」

 

「散歩中に入った店でひなにハンドクリームを買ってね、それを塗ってたんだ」

 

「ふーん、なるほど。……れんちゃんはひなたのことは好き?」

 

「もちろん。皆大切だよ」

 

「いえ、そういうことじゃないんだけど……まぁいいわ……」

 

 先程から煮え切らない言葉を繰り返す千景。

 頭の中でいろいろ考えているのだろうか。思春期だろうし、そういうこともあるだろう。そっとしておこう。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、れんちゃん」

 

「ん?」

 

「またいつか、二人で旅行がしたいわ」

 

「どこか行きたいところがあるの?」

 

「別にどこでもいいけれど、久々に二人で遠出したいなって」

 

「……わかった。考えておくよ」

 

 月の光に照らされた千景の微笑みに胸が苦しくなる。

 おそらく、それが千景とできる最後の旅行になるだろう。

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 

 目を覚ます。

 ゆっくりと身を起こして見回すと、ゆうちゃん達はまだ眠っている。

 そして隣で寝ていたはずのれんちゃんはおらず、さらにその隣の久美子さんはゆっくりと立ち上がろうとしていた。

 

「……どこか行くの?」

 

「ん、起きたのか。蓮花が朝風呂に入っているみたいだから私も入ろうかと思ってな」

 

 れんちゃんは朝風呂か。また風呂に入っているのか。この旅行で一番満喫しているのではないだろうか。

 というか久美子さんを引き留めよう。

 

「ねぇ、久美子さん」

 

「何だ?蓮花が風呂から上がってくる前に行きたいから話は手短に頼む」

 

「どうして、れんちゃんが好きなの?」

 

「……どうしてと言われてもな」

 

 久美子さんは足を止め、座り直して頭を捻る。

 

「好きになることに、必ずしも明確な理由がある訳でもないだろう?」

 

「それはそうかもしれないけれど、何か無いの?」

 

「……強いて言えば、私の幸せを願ってくれたことか」

 

 少し嬉しそうに微笑んで、久美子さんは話し出す。

 

「私が他人に幸福を願ってもらえるような人間じゃないのは自覚している。誰かと親しくなっても、本当の私を知れば大体離れていった。だから浅い人付き合いばかりするようになった」

 

「まぁ、想像できるわね」

 

「だが蓮花は親しくなって尚、私に幸せになってほしいと言ってくれた。憶えている限りでは親を除けば初めてだ」

 

「それが、好きになった理由?」

 

「パッと思いつくのはそうだな。細かいことは他にもいろいろあるが」

 

 正直、とても共感してしまった。

 私も、今の家でれんちゃんと一緒に暮らし始めた最初の日に、幸せになってほしいと言ってもらった。

 少し思うところがない訳では無いが、大切な人達の幸福を願う気持ちは理解できる。

 それが久美子さんにはとても大きかったのだろう。

 

「さて、話は終わったな。では私は風呂に……」

 

 立ち上がる久美子さんより先に動き、久美子さんの前に仁王立ちをする。

 

「……何をする」

 

「行かせないわ、力づくでも。こんなところで対人格闘の訓練の成果を発揮することになるとは思っていなかったけど」

 

「フッ……その格闘術を教えたのが誰か忘れたか?」

 

 私が構えると久美子さんも構える。

 闇堕ちした師匠を止めようとする弟子みたいなやり取りだと思い、一瞬興奮してしまった。

 好きな人と一緒に風呂に入りたい気持ちは理解できる。しかしそれとこれとは別だ。どうせ久美子さんは帰ったら一緒に入るんだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、何してるの?」

 

 

「間に合わなかったァァ……」

 

 しばしの睨み合いの後、背後かられんちゃんの声が聞こえると同時に、久美子さんが崩れ落ちた。

 

「どうしたの久美子?」

 

「蓮花と一緒に露天風呂に入りたかった……」

 

「え?じゃあ入り直す……のは無理か。朝食までそんなに時間が無い。家は露天風呂じゃないけど、帰ったら一緒に入ろ?」

 

「んん……」

 

 れんちゃんに髪を撫でられ、渋々納得する様子を見せる久美子さん。

 クールな印象はいったいどこに行ってしまったのだろう。

 

「そろそろ皆を起こそうか」

 

「そうね」

 

 私とれんちゃんが皆を起こそうとする中、久美子さんはそっと茉莉さんの布団に潜り込んだ。

 そして目を覚ました茉莉さんの悲鳴により、順に起こしていく手間が省けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 

「……見つけた」

 

 五月末、奈良県天理市にある石上神宮だった場所にて、瓦礫を退けた下に錆びた刀を見つけた。

 折れてはいるが、手に取ってみると微かに神性を感じる。この神器はまだ死んでいない。神性を込めれば持ち直せる。

 

 折れた刀身の半分ずつを両手で持ち、少しずつ神性を込めていく。

 すると生大刀の時と同じように、錆びていた刃が輝きを取り戻していった。

 同時に、ほんの一瞬、空から巨大な視線を感じた。

 

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