「はぁ……そろそろ梅雨だねぇ……嫌だねぇ……」
「そうだな」
湯船に浸かり、久美子の腹に手を置いて溜息をつく。久美子はいつも遠慮なく僕にもたれてくるので、ここに手を置いておくといい感じに収まる。
梅雨は好きではない。ジメジメするし、洗濯物が乾きにくいし。
「風呂上がったらアイス食べるか」
「風呂上がりのアイスは美味しいねぇ。……あ、そうだ。明日は午前中に大社に行ってくるね」
「昨日持って帰ってきたやつのことか?」
「そう」
「持ち主のいない神器なんてよく見つけてきたな」
「それはもう頑張って探したよ。褒めてくれ」
「頑張った頑張った」
言葉では適当だが、こちらに振り向き頭を抱いて撫でてくれる久美子。
別に褒めてほしかったわけではないが、なんだか嬉しくなる。
しかし濡れている久美子の胸に顔を埋めているとだんだん苦しくなってくる。そろそろ放してもらおう。
風呂から上がると、リビングでは茉莉がアイスを食べながらぽけ〜っとテレビを眺めていた。
もうすぐ六月ということもあり、テレビではジューンブライドの特集をやっていた。
「どうした茉莉、結婚するのか?」
「え、それはまぁ……いつかはするんじゃないかな」
「ッ……」
「蓮花さん、顔がクシャッてなったけどどうしたの?」
「面白いから写真撮るか」
何も面白くないのだが。しかしスマホのカメラを向けられたのでピースくらいはしておく。
とりあえずアイスを求めてキッチンの冷凍庫へ向かう。
「逆に聞くけど、久美子さんは結婚しないの?」
「……さあな」
棒アイスを二つ持って戻ると、久美子は僕に横目を向ける。大変顔が良い。
「はい、アイス」
「ん」
一つを久美子に手渡し、僕は自分の分を袋を開けて口に入れる。美味い。
しかし久美子は袋を開けても、食べずにアイスを眺めている。
咀嚼し飲み込みながらどうかしたんだろうかと思っていると、久美子がぼそっと呟いた。
「……蓮花の方が太くて大きいな」
「ゴフッッゲホゲホッゴホッ!!」
「蓮花さん大丈夫!?」
「けほっ…………ふう……死ぬかと思った」
「大丈夫か?」
「誰のせいだと……」
こんな事で死んでいたら今までの全てが水の泡になってしまう。危なかった。
「唐突に何を言い出すんだ、まったく……」
「すまんすまん」
微笑を浮かべながら久美子もアイスを咥える。
次からは棒アイスはやめるべきだろうか。いや、棒アイスに罪は無いのだ。
「茉莉は高校に入ってもう少しで三ヶ月になるけど、最近はどう?だいぶ慣れてきた?」
「うん。楽しく過ごしてます」
「友達はできたか?」
「少しは」
「そうか、ならいい」
安心したように頷く久美子。友達は少人数でもいるかいないかでは学校生活は大きく変わると僕は思う。
「そういえば文芸部って何してるの?」
「短歌や川柳を作ったり、小説を書いてそれぞれで読み合ったりしてるよ。普通に本を読んでたりもするけど」
「まぁイメージ通りだな」
茉莉は少し前に文芸部に入部した。最初は緊張していたが、どうやら部員はだいたい自分と同じような人達だったようで、すぐに打ち解けられたようだ。
時折茉莉は楽しそうに部活動のことを話してくれる。その笑顔を僕はとても嬉しく思う。
「電気消すね」
「ああ」
今夜は茉莉は一人で寝るとのことで、寝室には僕と久美子しかいない。
この部屋には一応布団は二枚あるが、二枚目は茉莉が寝る時しか使わない。
いつも久美子が僕の布団に入ってきていたから、いつからか一枚の布団で一緒に寝るのが普通になった。
部屋の灯りを消して布団に入り、いつものように久美子を抱き締める。
「明日の夜は丸亀城に泊まろうかな。千景と一緒に寝たい」
「私を抱いていてよくそんな事が言えるな」
「ごめんて」
「冗談だよ」
久美子が生足を絡ませてくる。暖かい時期の久美子はドルフィンパンツを履いているため、足が丸出しだ。とてもスベスベである。
「寝ようとしていたのに、ここは起きてきたな」
「大好きな美女が全身でくっついてるから仕方ないね」
「私に欲情しているのなら、私にぶつけてくれればいいのに」
「また僕の理性を揺さぶる……お前を大事にしたいんだ」
「ん……そうか」
久美子は少し顔を寄せて僕の唇を奪う。
入れてこようとする舌を受け入れ、絡ませ、唾液を交換する。
唇を離すと、久美子はイタズラな微笑を浮かべた。
クールな印象を持たれやすい久美子が僕だけに見せる可愛らしい表情に、一瞬心奪われる。
「どうした?」
「……なんでもないよ」
この感情を表現しようと、久美子を強く抱き締める。
「少し苦しいな…」
「……久美子」
「ん?」
「好きだ」
「……それ、千景にも言ってないか?」
「言ってる」
「フフッ、全くお前は……」
苦しいと言っておきながら、久美子もさらに強く僕を抱き締める。久美子は僕の首元に顔を埋め、その表情は見えない。
「だが……やはりそう言ってもらえると、嬉しいよ」
「じゃあ、僕も久美子に言われたい」
「……また今度な」
「照れてる?」
「照れてない」
「顔、見ていい?」
「今はやめてくれ。かなりにやけているだろうから」
とても見たいのだが、久美子が全く力を緩めず離してくれない。仕方がないので諦めよう。
「……蓮花」
「何?」
「今日は、このまま寝よう。良い夢が見れそうだ」
「うん。おやすみ、久美子」
「おやすみ、蓮花……」
互いの体温と心音を強く感じながら、そのまま僕達は眠りについた。
翌日、僕は大社の技術チームを訪ねていた。来る途中でコンビニであれこれ買ってきたので、後で真鈴達に渡しに行こう。
「この神器、石上神宮で見つかったとのことですが、おそらく
「でも刃は生きている。だから、これを一対の双刀に仕上げてほしい」
「なるほど……わかりました。やってみましょう」
球子の旋刃盤にワイヤーを付けたように、この刃も加工してもらおうというわけだ。
一から神器を造るのは無理でも、神器を多少加工、改良するのは問題無いだろう。
それにしても、天羽々斬か。「
「しかし、完成しても神託を受けるまでは、これを扱う勇者が誰かわからないのではないですか?」
隣で話を聞いていた初老の男が口を挟む。ここまで僕を案内してくれたのもこの人だ。なんだか大社に来るとだいたいいつも会っている気がする。
「それは問題無い。これは僕が使う」
「なんと!しかし貴方様はバーテックスとの戦闘に神器を必要としなかったのでは」
「天の神との戦闘で使うつもりです。無いよりはマシかと思って」
「左様でございますか……ならば、この戦いが終わる日も近いということですな」
天の神を倒し、地上に残ったバーテックスを殲滅する。
一年以内には終わりそうか。
「我々の責任も重大ということですね。必ず完成させます」
「頼みます」
まあ、無くてもなんとかなるとは思うが。武器があるに越したことはない。
技術チームの職員達もやる気に満ちているようだし、期待して待つとしよう。
さて、用件は済んだ。
真鈴達を探そうと廊下を適当に歩いていると、案外すぐに見つかった。
「あ!蓮花さん!」
「大社に御用ですか?」
「ああ、もう済んだけどね。ちょうど君達を探していたんだ」
「アタシ達?」
鞄の中からコンビニで買ったものを入れた袋を取り出し、真鈴に渡す。
取り出す瞬間、真鈴の表情が輝いたのを見て少し嬉しくなる。
「コンビニでお菓子とか色々買ってきたからどうぞ。多かったら皆で分けてね」
「ありがとうございまーす!」
「安芸先輩、私達は巫女なんですから、あまりこういうものを貰うのはどうかと」
「美佳はお菓子いらない?じゃあ代わりにこの前の旅行で撮った千景の写真でも「下さいお願いします」……清々しいね」
「欲望に忠実過ぎるわ」
「くれると言うのに拒否するのもどうかと思います」
なんだか勇者や巫女は癖が強い子が多いなぁと思いながら、僕は厳選した千景の写真を美佳のスマホに送信するのだった。
大社での用を終えて丸亀城への道を歩く。
そして丸亀城の前まで来たところで、正面に黒髪の二人組を見つけた。つい数時間前に見たばかりだ。
ほんの少し悪戯心が湧いてしまい、足音を殺して近づき声をかけた。
「わあっ!!」
「ワアアッッッ!?!?」
「…蓮花か。大社の用は済んだのか?」
「うん」
茉莉は面白いほど驚いてくれたが、久美子は一瞬ビクッとしただけだった。久美子を驚かせるのは難しい。
「びっくりした……無駄に体力使っちゃった……」
「ごめんよ。それで、どうしてここに?」
「ボクは一人で読書していたんだけど、久美子さんが退屈そうだったから丸亀城に連れて来たの」
「小さい子を公園に連れていくお母さんかな」
まあ想像はできるけれども。
丸亀城の門をくぐり、寮の方へ向かう。
とりあえず千景の部屋の扉をノックしてみるが、反応が無い。いないのだろうか。
「談話室に集まっているんじゃないか?」
「かもしれないね」
今度は談話室に向かい、扉を開けて中に入った。
「にぁああ……にゃあにゃあ……みゃぁお……」
「んふ、んふふふ、んふふふふふふ!良いです!良いですねぇ若葉ちゃん!!」
「鳴き真似上手ね」
なぜか若葉が猫耳バンドをつけ、猫の鳴き真似をしていた。
そして、物凄く興奮しているひなたが動画を撮っている。
皆ここに集まっており、可愛がっている者、楽しんでいる者、引いている者、三者三様の反応をしていた。
「……」
「……」
「みゃあ、みゃあみゃ……はっ!!」
若葉と目が合った。鳴き真似をやめてしまった彼女は、恥ずかしそうに膝を抱えて蹲ってしまった。
「あ、皆来たのね」
「えっと……何をしていたの?」
「若葉がゲームで負けて、罰ゲームで猫の鳴き真似をしていたの」
「くぅぅ……もう負けん……」
談話室に来ると高確率で面白いことをしている気がする。
ひなたはこれ以上無いくらい満面の笑みだ。大変満足したのだろう。後でデータを送ってもらおう。
楓さんにも見せてあげたら喜ぶかもしれないが、若葉は嫌がるかもしれない。やめておこうか。
「いいものを見たな」
「忘れてくれ……」
千景と手を繋ぎ、スーパーマーケットに向けて歩を進める。夕食の買い出しに行くのだ。
一人で行こうとしたのだが、千景が一緒に行くと言い、その千景に友奈が、友奈に茉莉がくっついてきた。そしてなぜか久美子も一緒にいる。まあいいか。
「何食べたい?」
「ハンバーグ」
「私も分厚いハンバーグ食べたい!」
「わかった」
千景は何がいいか聞くとやたらとハンバーグを食べたがる気がする。好物なのか。
「ついでにジュースとかお菓子とか買って談話室に置いとこうか」
「いいな。いつでも談話室で寛げる」
「……私の部屋に来られるよりはマシか」
「そんなによく来るの?」
「ええ。帰る前に私の部屋に来て軽く飲み食いしていくの」
「帰れと言いつつ何か出してくれる千景が私は好きだぞ」
「僕も千景が好きだよ」
「私もちーちゃん好きだよ」
「愛されてるね、千景ちゃん」
「……ありがとう」
遠くを見つめて誰とも目を合わせず照れている千景が可愛い。
数分程歩きスーパーの前まで来たところで、正面に知り合いを見つけた。デジャヴを感じる。
「ん?」
「あら」
「郡家じゃないか。買い物か?」
「うん、丸亀城で皆で晩ご飯食べるんだ。一緒にどう?」
スーパーの前にいた楓さんと琴音さんは、手に何も持っていない。今から入るようだ。
「じゃあ、そうしましょうか」
「そうだな。……今更だが、保護者とはいえこんなにちょくちょく丸亀城に入っていていいんだろうか。一応関係者以外立ち入り禁止だろう?」
楓さんの疑問について確かに考えたことはあるが、僕達保護者は関係者に入ると思うがどうなのだろうか。という問いを込めた視線を大社職員である久美子に向ける。
「私が許可する」
「なら問題無いですね」
「無いのか」
「まあ、一年以上誰からも何も言われていないから大丈夫じゃないか?」
確かに。ならいいか。
「ごちそうさまでしたっ」
「美味しかった!」
「タマはもう舌がすっかり肥えてしまったぞ」
「わかる」
大量のハンバーグを平らげ、皆満足そうでなによりだ。
食器を洗い、片付けている間に何人かは自室に戻り、残った子達はゲームを始めていた。若葉達がよくゲームをしているのは間違いなく千景の影響なのだろう。
今は国民的配管工おじさんのゲームをプレイしている。
食器を片付け終わりソファに腰を下ろすと、久美子が横になり僕の太腿に頭を乗せてくる。
「久美子、食べてすぐ横になったら豚になるよ?」
「そのままぶくぶくと太らせて出荷すればいいのよ」
「残念ながら私は太らないんだ」
まあ確かに、訓練で毎日身体を動かしているし、よっぽどの暴飲暴食をしなければ太ることはないのだろう。
「久美子ちゃん、そう言っていられるのは今のうちだけです」
「もう少し歳を取れば、油断すればすぐに太るぞ。そしてなかなか痩せられない」
「体験談?」
「同年代の知り合いを見ているとわかる」
「歳は取りたくないですね」
「……」
久美子が黙ってしまった。というか横になったまま酒を飲むのやめなさい。
「ひなたの定位置、久美子さんが使っているがいいのか?」
「……ええ、構いません。私だけのものじゃないですし」
「……そうか」
テレビでは現在、千景が最初のステージのゴール前の階段で亀を踏み続けている。そして鳴り続ける1UP音。とても懐かしい感じがする。時代が移り変わろうとこの音は変わらないのだ。
「とりあえず残機を99まで増やすわ」
「手慣れてるな」
「どのシリーズでも最初にやることだもの」
「わかる」
僕も子供の頃はよくやったものだ。ゴール前で立ち止まり、タイムの数字を揃えてゴールするのもよくやった。
「そういえば、僕は千景の部屋に泊まるけど、茉莉と久美子はどうするの?家に帰る?」
「うーん……ゆうちゃん、今日泊まってもいい?」
「もちろん!」
「せっかくだし、私も若葉の部屋に泊まってもいいか?」
「別に構わないが」
「ひなた、お母さんも泊まっていい?」
「はい!」
どうやら今日は皆丸亀城に泊まるようだ。
そしてまだ答えていない子の髪を撫でながら問う。
「久美子はどうするの?」
「私は、そうだな……私も千景の部屋に泊まるか」
「え゙っ」
配管工の残機が99になり、ゴールしてこちらを振り向いた千景はあからさまに嫌そうな顔をしていた。中々レアだと思ったのか、すかさずひなたが写真を撮る。アルバム用に後で貰おう。
「そんなに嫌そうにされるとさすがに少し傷つくな」
「千景、駄目かな?」
「……今日だけよ」
「ありがとう」
「でも、着替えはあるの?」
「……蓮花のを着るか。どうせたくさん置いてあるだろう?」
「まあいいけどさ」
そんなに人に貸せるほど置いていただろうか。……いや置いている。僕の服の半分近くは千景の部屋に置いている。結構な頻度で泊まるからだ。
しっかり入り浸っていると改めて思った。