花は少女の幸福を願う   作:カフェラテ

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そろそろほのぼのとした日常回は終わります。


第76話 望んだ世界

 三人でゲームをしている最中、風呂が沸いたことを報せる曲が聞こえてきた。時計を見れば既に8時過ぎ。一旦ゲームは終わって順に入浴を済ませるべきだろう。

 

「風呂沸いたし、先に入りなさい」

 

「一緒に入らないの?」

 

「三人じゃさすがに狭いでしょ?僕は最後でいいから」

 

「「じゃあ私も後で……」」

 

 綺麗にハモった千景と久美子が顔を見合わせる。

 

「仲良いね。久々に二人で入ってきたら?」

 

「えぇぇ…………仕方ない、ほら行くわよ」

 

 嫌がりながらも着替えを持って脱衣場に向かう千景。久美子は特に表情を変えずそれを見送る。

 

「……千景のこと、嫌わないであげてほしい」

 

「別に嫌ったりしないさ。アイツはまだ幼いだけだ。それに、この程度でいちいち嫌っていたら教師なんてやってられん」

 

「ありがとう」

 

「じゃ、私も入ってくる」

 

「うん」

 

 まだ20代半ばなのに、とても大人びていると感じた。

 脱衣場に向かう久美子は、茉莉の入浴に突撃する時のような少し悪い笑みを浮かべていた。千景を心配したほうがいいのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてまたこんなことに……」

 

「そう嫌そうにするなよ」

 

 身体を洗い終えて湯船に入り、久美子さんの対面に座る。狭い。

 

「私にもたれてきていいんだぞ?脚を伸ばせないだろ?というか脚を伸ばしたいからこっちに来てくれ」

 

「……」

 

「ほれ、ほれほれ」

 

「……あなた、そんな感じだったかしら。ちょっとれんちゃんの影響を受けてない?」

 

「今更だろ」

 

 いつまでも腕をこちらに広げてくるので、仕方なく移動して久美子さんに背を預ける。れんちゃんにもたれる時とは違い、背中に柔らかい感触がある。

 

「……お前の髪ツヤッツヤだな。普段触ることがないから驚いた。蓮花がよく撫でたがるのもわかる」

 

「ちゃんと毎日お手入れしているもの。久美子さんはしてないの?」

 

「面倒臭い。蓮花が少ししてくれる程度だな」

 

「綺麗な長い黒髪がもったいないわね」

 

「髪を染めなくなっただけマシだ」

 

 言われてみれば、最初は赤のインナーカラーを入れていたが、今は染め直さず色も落ちてきている。

 

「染め直さないの?」

 

「蓮花が黒髪が好きだと言ったから、このままでいい」

 

「ふーん」

 

 

「……」

 

「……」

 

 ……話題が無い。ただでさえ静かな空間で無言はさすがに気まずい、何か無いのか。

 

「……何か話題を振ってよ」

 

「ふむ……ああ、そういえば少し気になっていたことがあったんだ」

 

「何?」

 

「お前と蓮花は、どんな風に出会ったんだ?」

 

「れんちゃんから聞いてないの?」

 

「ああ」

 

 まあ、聞かれなければわざわざ話すこともないかもしれないが。

 少し過去を振り返る。れんちゃんと出会ったあの夏の日から、もう少しで五年になる。

 

 

「……私が小学三年生の時、家に帰る途中で唐突にあの人は私の前に現れた」

 

「不審者か?」

 

「そして、君を助けに来た、僕と一緒にここじゃないどこかで暮らさないかって言ってきたの」

 

「やっぱり不審者じゃないか」

 

「うるさいわね、確かに当時は誘拐かと思ったわよ」

 

「よくそれについて行ったな」

 

「……私は、故郷の村から逃げ出したかったのよ」

 

 怪しさ満点の初対面の男性について行ってしまうほど、当時の私は毎日が辛かった。そして、あの時の決断は間違っていなかったと、今ははっきりと言える。

 

「父親は子供のような人で両親の仲は悪く、母親は不倫した。田舎だったから、そういった話はすぐに広まり、私は虐められていたの。周りの大人達も黙認していたわ」

 

「……」

 

「まるで地獄のような日常だった。……だから、れんちゃんの言葉に縋りたくなった。ここから逃げ出せるのならなんでもいいと思って」

 

「両親はそれを許したのか?」

 

「両親は私の親権を押し付け合っていたから、私を引き取ってくれる人が見つかってよかったと喜んでいたわ。れんちゃんはその様子にブチ切れていたけれど。その日の夜には、私は荷物を纏めてれんちゃんと一緒に家を出た」

 

「蓮花も、ちゃんと怒ったりするんだな」

 

 皆はれんちゃんが怒る姿を見たことは無いだろう。あの時以来、私も見ていないのだから。

 あの時は、私の為に本気で怒ってくれていることが嬉しかった。そしてれんちゃんを信じる理由の一つにもなったと思う。

 

「それから、香川で暮らし始めて、友達ができて、いろんな経験をして、毎日が楽しいと思えるようになった。れんちゃんは文字通り、私の生きる世界を変えてくれたの」

 

「なるほどな……なあ、千景」

 

「ん?」

 

「両親に会いたいとは思ったりしないのか?もう二度と会いたくないか?」

 

「まあ、そうね。……ああ、でも」

 

「なんだ?」

 

「いつか、私が大人になったら一度だけ会うのも悪くないわね。そして、あなた達の元を離れてから、私はこんなに幸せになってやったと自慢してやるの」

 

「それは……とてもいいな」

 

「でしょう?」

 

 あの二人が今どうしているかなんて、わからないし興味も無い。おそらくとっくに離婚していてバラバラにいるのだろう。今生きているのかすら不明だ。

 それでもいつか、偶然にも会うことがあれば、満面の笑みで言ってやろう。私は幸せだと。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 

 一人で特にすることもなくスマホを眺めて時間を潰していると、先に出てきたのはバスタオルを体に巻いた久美子だった。

 

「着替えを借りていくのを忘れた」

 

「ああ、そうか。ちょっと待ってね」

 

 タンスの引き出しを開けて久美子に丁度良さそうな服を選ぶ。

 まあ、大体どれも少し大きいかもしれないが。

 

「蓮花」

 

「ん?」

 

「千景は、強い子だな」

 

「……ああ」

 

 

 

 

「ちょっと久美子さん!なんて格好で出てるのよ!?」

 

 今度は千景が脱衣場から出てきた。髪はまだ乾かしていないが、ちゃんとグレーのネグリジェを着ている。

 

「服を借り忘れたんだよ」

 

「はい、これでいい?」

 

「ああ。……これが彼シャツというやつか」

 

「は?」

 

「冗談だよ。怒ると皺が増えるぞ?」

 

 着替えを渡すと、久美子はその場で着ようとしてバスタオルを取ろうとする。

 しかし、すかさず千景がそのバスタオルを巻き直した。

 

「あっちで着てきて!」

 

「今更な気もするが」

 

「いいから!」

 

「わかったよ」

 

 渋々脱衣場に戻っていく久美子を見送る。風呂から上がったばかりの千景は既に疲れていそうである。

 

「あの人の羞恥心はどうなっているの?」

 

「慣れって怖いね」

 

「……れんちゃんのバカ」

 

「え、えぇぇ……?」

 

 何故唐突に僕が罵倒されたのか。しかし今の『バカ』は世界一可愛い『バカ』ではないだろうか。録音できていないことが悔やまれる。

 久美子が脱衣場から出てくると、入れ替わりで僕も風呂に向かった。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ寝ようか」

 

「もう寝るの?」

 

「夜更かしは美容の敵だよ」

 

「それを聞くのも何度目か」

 

 れんちゃんが指さす先に目を向けると、時計の短針は11時をさしていた。確かにそろそろ寝る準備をするべきかもしれない。

 

「でも、どう寝るの?久美子さんは床?」

 

「おい」

 

「安心して、布団は敷いてあげるから」

 

「僕は下でいいから、二人でベッドで寝なよ」

 

 せっかくれんちゃんがいるのに、どうして久美子さんと二人で寝なければならないのか。それなら私も下で寝る方がマシだ。

 

「三人でベッドで寝ればいいんじゃないか?」

 

「千景がそれでいいなら」

 

「……まあいいわ。順番はどうするの?」

 

「千景が真ん中でいいんじゃない?」

 

 久美子さん、私、れんちゃんの並びだと、身長から見ていわゆる川の字ではないだろうか。それは一般的に子供を真ん中にして左右に両親が並ぶはずだ。

 それは駄目だ、子供扱いされてしまう。れんちゃんの隣に並ぶ為には対等でありたい。

 

「れんちゃんが真ん中になるべきだわ」

 

「千景に賛成」

 

「二人がベッドから落ちないように端になろうと思ったんだけど……まあいいや」

 

 というわけで、部屋の明かりを消して壁側から順に私、れんちゃん、久美子さんの並びでベッドに入る。わかってはいたが狭い。

 幸か不幸か、狭いが故にれんちゃんに密着せざるを得ない。……幸だな。いつも通りである。

 

「久美子、落ちないようにね」

 

「しっかりくっつくから大丈夫だ」

 

「朝起きて落ちていたら笑ってあげるわ」

 

「なんてやつだ」

 

「久美子さんって寝相いいの?」

 

「どうかな。基本的には悪いけど、僕を抱き枕にしてる時は動かないね」

 

「あらそう、ふーん」

 

「フッ」

 

「なにその顔、腹立つわね」

 

 勝ち誇るようなドヤ顔を向けてくる久美子さん。デコピンでもしてやろうか。

 

「れんちゃんは大丈夫?真ん中狭くない?」

 

「大丈夫だよ。凄く幸せだ……」

 

「両手に花だな」

 

「ああ」

 

 両腕枕で動けない状態だが、とても満足そうなのでれんちゃんは大丈夫だろう。

 

「良い夢見れそう……おやすみ、二人とも」

 

「おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

 れんちゃんの胸に置いた右手から心臓の鼓動を感じる。

 久美子さんも私と対称的な体勢なのか、時折私と手が触れる。

 払い落とそうかと考えていると、私の手の上に久美子さんの手を乗せられた。

 なんとなく、今夜は甘んじてそのまま受け入れることにした。

 自分の幼さを感じた気がしたから。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 

 

 

 厳かで悲しみに満ちた葬儀の場で、前には棺の中に穏やかに眠る少女が二人。

 

 

 

 棺の前で泣き崩れる少女が一人。

 

 

 

 

 

 

 入口には、押し寄せる大波の如き虚無感や無力感に苛まれ、立ち尽くす青年が一人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面は変わり、雨が降る暗い空の下、丸亀城の天守前。

 

 

 

 少女の亡骸を抱きかかえ、血で赤く染まりながら悲しみに涙を流す青年と少女。

 

 

 

 

 

 

 

 青年は少女達の運命を嘆き絶望する。

 

 

 

 

 

 

 青年は、あの絶望を乗り越えられたのだろうか。

 いや、おそらく否だ。

 この世界の戦いを終わらせても、あの過去が変わるわけではない。失ったものは帰ってこない。

 それを過ぎた事だと区切りをつけることもできない。

 

 けれど、大人になって幸せに暮らす少女達を見ることができたら、少しは救われるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手に温かな感触を感じて目を覚ます。

 ゆっくりと瞼を開いて視線を右に向けると、千景が僕を見つめていた。その手は僕の右手を握ってくれている。

 

「……おはよう、千景。先に起きてるなんて珍しいね」

 

「おはよう。魘されていたけれど大丈夫?」

 

「ああ……大丈夫。少し、昔のことを夢で見たんだ」

 

「……辛い夢?」

 

「うん。でも、忘れたくないことなんだ」

 

「そう……」

 

 右手で千景をそっと抱き寄せる。

 

「心配いらないよ。お前が傍にいてくれるから、大丈夫」

 

 この子と過ごした5年弱で、僕はどれだけ救われたのだろう。

 家に帰れば千景がいる。それがどれだけ嬉しかったことか。

 できることなら、これから先もずっとこの子達を傍で見守っていたい。そんな願いを抱いてしまった。

 

「久美子さんはまだ起きないわね」

 

「そうだねぇ……今何時?」

 

 久美子は未だ僕の左腕を枕にして眠っているため、僕は身体を起こすことができない。

 

「8時よ」

 

「なら、まだ起こさなくていいか。日曜日だし」

 

「れんちゃんも動けないけれどいいの?」

 

「いいよ」

 

「久美子さんに甘過ぎない?」

 

「久美子には千景に甘過ぎるって言われたことがあるよ。皆を甘やかしたくなっちゃうんだ」

 

「駄目人間製造機……」

 

 なんという言われよう。

 

「千景も一緒に二度寝しよう?幸せだよ?」

 

「……まあいいけど」

 

 千景はそう言うと、再び僕の右腕を枕にして横になった。

 最高の贅沢をしようと僕も目を閉じた瞬間、大きな声と共に扉が力強くノックされた。

 

「グッモーニン千景さん!蓮花さん!久美子さん!朝食に打ちたての蕎麦はいかがかしら!?」

 

 

「朝から元気だなぁ……」

 

「……起きましょうか」

 

「んぅぅ……うるさい……」

 

 歌野の騒がしさで久美子も目を覚ます。

 久美子は目をこすりながらゆっくりと身を起こし、二度寝を邪魔された千景は歌野を止める為に扉へ向かう。

 

「おはよう、久美子。今日の朝ごはんは蕎麦だってさ」

 

「ん……あれ、千景はどうした……?」

 

 

 

 

 

「ちょっと歌野うるさい!」

 

「ほらやっぱり!日曜日の朝は静かにするべきだようたのん!」

 

「でも今日は最高の出来なのよ!?だから打ちたてを食べてもらいたいの!」

 

 

 

 

 

「……朝から元気だな。若さか」

 

「年寄り臭いよ久美子」

 

 こんな日も悪くないなと思い、表情が綻ぶのを自覚する。

 

「さて、僕等も行こうか」

 

「ああ、腹が減った」

 

 

 立ち上がり、光の差し込む扉へ歩く。

 そこには、騒がしさに集まってきた少女達がいた。

 今この瞬間は勇者や巫女など関係なく、少女達は楽しげに笑い、そこに千景の笑顔もあった。

 

 僕の望んだ世界がここにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7月末、大社から連絡が来た。天羽々斬が完成したと。

 最後の大仕事へ臨む時が来たのだ。

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