幕間はこれが最後かもしれません。多分。これが最後でいいのだろうか。
「泳ぎたい!!」
7月のとある日、休み時間に球子がそんな事を言い出した。
強い日差しもジメジメとした熱気も騒がしい蝉の鳴き声も、全てが夏を訴えてくる。
「市民プールに行けばいいんじゃないか?」
「市民プールなんてカップルや家族連れがいっぱいじゃん!タマは全身の筋肉を躍動させて泳ぎたい!」
今日の球子は語彙力が少し高いらしい。
確かに市民プールで全力で泳ぐ人は見かけないが。
「どうして水泳の授業が無いんだ!?」
「プールが無いからでは?」
「なぜ丸亀城にはプールが無いんだ!?」
「お城だからよ」
私達の為だけに丸亀城に25メートルプールを設置するわけにはいかない。
確かに夏は暑いが、教室や食堂にはクーラーがあるため授業は快適に受けられる。私は特に困っていない。
「私も泳ぎたい。というか水に入りたい」
「棗さんもか」
「烏丸先生に相談してみたら?」
休み時間はそろそろ終わるし、烏丸先生も教室に戻ってくるだろう。と思った瞬間、教室の扉が開いて冷気が一瞬外へ逃げていく。
「おおぉ涼しい……文明の利器様様だな」
「センセー!!プールに行って全力で泳ぎたい!!海でもいい!!」
「ちょっと欲を出したわね」
プールの妥協で海になることがあるだろうか。いや、ないだろう。
「わかったわかった、帰ったら蓮花と話しておく。とりあえず今は授業だ、期末テストも近いんだからな」
「うぐっ……」
「げぇ……」
「……」
期末テストという単語が出た瞬間、数人の表情が歪む。楽しいものではないので仕方ない。
楽しいものではないが、自分の成長を感じられて私はそこまで嫌いではない。
テスト最終日の夜、解放感と共に夜更かししてゲームするのも好きだ。
「まあ、テストが終われば夏休みだしな。どこかしら行けるだろう。だからテストは頑張れ」
「はぁい……」
長期休みはいつもれんちゃんがどこかに連れていってくれる。今回はどうなるのだろうか。
数日後、期末テスト最終日。
最後の科目のテストが終わり、烏丸先生が解答用紙を回収する。
「お、おわったぁ……」
「テストが終了したという意味か、それとも解答がボロボロなのか」
「終了したって意味だよ!タマだって頑張ってテスト勉強したんだからな!?」
「それは良かった。一人だけ丸亀城に残って補習、なんてことにはならなそうだな」
「どういう意味?」
一人だけ丸亀城に『残って』?
言葉の続きを待っていると、久美子さんはニヤッと笑った。
「喜べ、全員で旅行に行くことが決まった。海に行くぞ」
「「「うおおおお!!!」」」
「……嬉しい」
「リアリー!?」
「……は?」
まさか球子の出した欲が叶うとは。しかも旅行だと。
どうして最初に出した要望よりランクアップして帰ってきたのだろうか。
「泊まる予定の旅館が大社関連でな。旅館の横にあるビーチをほぼ貸し切りにしてくれるそうだ」
「貸し切り!?」
「思っていたより凄いことになったな……」
「楽しみですね♪」
「茉莉さんも一緒?」
「当然だ、一人だけ留守番させたりしないさ。あいつももうすぐ夏休みだしな」
「やったぁ!」
「次の土曜日に買い物に行くぞ。水着とか浮き輪とか色々」
「はい!」
おそらくほとんどの子は水着を持っていないだろう。私もここ数年で色々成長したし、サイズが会うものを新しく買った方がいいか。
──────────
土曜日になり、僕達はイネスを訪れていた。今は皆が水着を選んでいるのだが。
……女性用の水着売り場で、水着を選んでいる少女達を後方から見守っている一人の成人男性。正直に言って居心地が悪い。
「……外で待ってていい?」
「ここにいてくれないと選べないだろう?」
悪い笑みを浮かべる久美子は、きっと今の僕の心情を理解した上で引き止めているのだろう。なんて悪い子だ、マイクロビキニでも選んでやろうか。
他のお客さんの視線に耐えながら、皆が水着を選ぶのを待つ。
「千景、こんなのはどうだ?スタイルいいし似合うと思うんだが」
「……さすがに露出度が高くない?フリルも何も無いじゃない。若葉が着たら?」
「えっ」
「お二人共似合うので一緒に着てはいかがですか?」
「「ひなた!?」」
「ちーちゃんはこっちも似合うと思うよ!」
背中を隠すことを気にすることもなく自由に水着を選ぶ千景を見ていると、少し目頭が熱くなる。
「よし、これにするわ!」
「ちょっと待てい!」
「どうしたの雪花さん?」
「何その冴えないお笑い芸人が衣装で着てそうな水着!?本当にそれ着るの!?」
「……みーちゃん、変かしら?」
「うん」
「水都ですら即答してるよ……私が選んでもいい?」
「あら、助かるわ!」
どこか見覚えのあるやり取りに少し懐かしさを感じる。
ただ少女達が水着を選んでいるだけなのに、こうも心を揺さぶられるとは。
「……そんなに見つめて笑みを零していたら余計に怪しいぞ」
「おっと、そんな顔になっていたか」
言われて口角が上がっていることに気がつく。楽しげな千景達を見ているとどうしてもこうなってしまう。
「久美子は決まった?」
「もう少し待て。水着を選んだ経験なんかないから、自分に似合うものとかわからん」
「そういえば久美子さんも水着を着るのは意外だわ」
「私は着るつもりはなかったんだが、蓮花に懇願されてな」
「懇願……?」
確かに久美子の水着姿を見たいとは言ったが、懇願と表する程頼み込んだだろうか。……まあいいか。
青い海、白い砂浜、ギラギラと輝く太陽。
強い日差しの下、僕はパラソルやビーチチェア等を設置していく。
BBQをしてもいいと事前に聞いているのでセットは持ってきているが、まだ準備するには早いだろうか。皆が遊んでいる間にすればいいか。
あれこれ設置を済ませた頃に、少女達のはしゃぎ声が聞こえてきた。
「海だぁぁぁ!!!」
「海よ、私は帰ってきた!!」
「どこかで聞いたことのあるセリフね」
「こんなにテンションが高い棗さんは初めて見たわ」
待ちきれないとばかりに走る球子と棗、その後ろから皆が歩いてきた。
水着を選ぶところを見ていたから、皆の水着は大体知っていたのだが。なんと可愛らしいことか。
「…………可愛ぃぃ……」
「あ、ありがとう」
「れんちゃん、膝から崩れ落ちて大丈夫ですか?熱くないですか?」
「熱い……」
膝は熱いが、それどころではないのだ。最終的に千景達は、最初に若葉が薦めたビキニに少しフリルが付いたようなものを選んだ。
小学生の頃に着ていた水着よりも明らかに増えた露出が、少女達が少し大人へのチャレンジをしているように感じさせる。
「水着の女子中学生を前に、消え入るような声を絞り出しながら膝から崩れ落ちる成人男性」
「言葉にすると不審者だからやめてくれ」
そういう久美子は黒のビキニの上に白のパーカーを着ている。
やはり久美子には黒が似合う。
「……凄く良い」
「それだけか?」
「だって選んだの僕だし、試着で既に見てるからあまり衝撃が無い」
「なるほど。選んでもらうのも考えものだな……」
うぅむ……と頭を傾ける久美子から周囲へ視線を移すと、皆それぞれやりたいように散っていく。球子と棗は既に激しく泳いでいる。
「そういえばボク達はさっき日焼け止めを塗ってきたけれど、久美子さんは塗らなくて大丈夫なの?」
「いや、ちゃんと塗るぞ?」
そう言いながら久美子は日焼け止めをこちらに差し出す。
「……塗れってこと?」
「ああ、頼む」
「僕じゃないと駄目?」
僕の問いも聞かず、久美子はパーカーを脱いでレジャーシートにうつ伏せになる。
「ほら、早く。塗ってくれないとお前の大好きな私の肌が焼けてしまうぞ?」
「れんちゃんそれ貸して。あなたの可愛い教え子が塗ってあげるわ、久美子さん」
「あ、私も塗ってあげる!」
「あっ、ちょっ」
「……僕じゃなくても大丈夫そうだね」
千景と友奈に揉みくちゃにされる久美子を後にし、僕も水辺に歩いていく。やはり海に来たからには泳がねば。
「ん、向こうは放っておいていいのか?」
「ああ、大丈夫。……あれ、棗と球子はどこに行った?」
「さっき潜っていきましたよ」
「そっか。僕もちょっと潜ろうかな。二人も一緒にどう?」
「ああ、構わない」
「私も行きたいですけど、そこまで深くは潜れません……」
「僕と若葉で手を引こうか?」
「それならご一緒したいです、ありがとうございます」
僕と若葉でひなたの左右の手を繋ぎ、少しずつ水の中へ入っていく。溺れたりしないよう注意を払いつつ、海の中へ潜っていった。
濡れた髪をかき上げながら五人で砂浜に上がる。
途中、水死体のようにゆったりと浮かんでいく棗を見つけた時は驚いて大量に海水を飲んでしまった。ただ水中でリラックスしていただけらしい。大変心臓に悪かった。
「すまない、久々の海ではしゃいでしまった」
「いや、いいんだ。気の済むまで海を満喫するといい」
周囲を見回すと、浮き輪等で海で遊んでいる子や砂城の建築に必死な子等様々だ。
「雪花さん、お城ってこんな感じだったかしら?」
「いい感じ。あ、ここに鯱鉾欲しい」
「細けぇ」
「完成したら写真撮らせてもらおっと」
国防少女に見せてあげたら鼻息を荒くしそうなクオリティの城がそこにあった。
一通り皆を見て回った後パラソルの下に戻ると、テカテカな久美子がビーチチェアに腰掛けていた。
「そこの綺麗なお姉さん、暇してる?」
「ああ。あそこの岩陰にでも行くか?」
「行かんわ」
「冗談さ」
フッと久美子は笑うが、本当に冗談だったのだろうか。
「随分と塗りたくられたね。日焼けの心配は無さそうだ」
「全くだ。あいつら、私の体を好き放題しやがって」
久美子の体を好き放題にした千景と友奈は、茉莉と共に少し離れたところで浮き輪で海面を揺蕩っている。
千景や茉莉はインドア派な子だが、楽しめているようで良かった。
「どうした、お前はもう遊ばないのか?」
「皆それぞれ遊んでるから、僕は一人でいる久美子の相手をしてあげようかと思って。久美子は遊ばないの?」
「なんというか……皆歳が離れているから、そこに混じろうという気になれなくてな。どうしても一歩引いて子供を後ろから見守る大人になってしまう」
「なるほど。わからなくもない」
僕は何年も千景達と一緒に遊んだりしていたからあまり気にしないが、教師と生徒の関係である久美子は少し違うのだろう。
「蓮花といる時は私は大人でいなくてもいいから、気がラクなんだ。素の私でいられる」
「歳の近い友人ってそういうところが良いよね」
「暇なら隣にいて、話し相手になってくれ」
「ああ」
僕がレジャーシートに腰を下ろすと、久美子もビーチチェアから立ち上がり僕の隣に体育座りをする。
右肩に頭を乗せてきたので、少し髪を撫でてあげると自然な微笑みを見せてくれる。
「……なあ、蓮花。私は変わったか?」
「変わった」
「即答か。お前の影響を沢山受けた気がするよ」
「それもあるだろうけど、あの子達と一緒に過ごしたことも影響を与えていると思うよ」
「……そうかもな」
皆、いい意味で変わった子達だろう。人類の為に命を懸けろと言われて懸けられる子供が普通なわけが無い。選択肢は無かったに等しいかもしれないが。
「良い方向に変わったと思うか?」
「多分ね。出会った頃からは想像できないほど甘えん坊になった」
「それは蓮花が甘やかしてくれるからだな」
甘やかすから甘えてくれるのか、甘えてくるから甘やかすのか、どっちだろうか。
久美子は頭を自分の膝に乗せ、顔をこちらに向けて見つめてくる。紅い瞳と視線が絡み合う。
「蓮花」
「なに?」
「なんでもない、呼んでみただけだ」
「そう」
「レン」
「ん?」
「れんちゃん」
「どうした?」
「蓮花さん」
「……」
何故急に様々な呼び方をしてくるのだろうか。
「どう呼ばれたい?」
「別に何でもいいけど」
「私はやはり、蓮花と呼ぶのが好きだな」
そう言って微笑む久美子はとにかく可愛い。なんだこれ、甘酸っぱいな。
「よーしお前らビーチバレーやるぞ!やりたい奴は集まれ!」
唐突な球子の呼びかけに、参加する者、観戦する者様々だろうが、全員が集まってくる。
そして───
「───どうしてこうなった」
自分のいる位置に困惑する久美子。
若葉、友奈、球子対歌野、棗、久美子の試合が始まる。
「なぜ私が……」
「双方の人数を合わせる為です」
「この面子と一緒に試合ができそうなのが久美子さんくらいだから」
「なあ球子、お前の身長ではブロックもスマッシュもキツくないか?」
「若葉は後でビバークの刑に処す」
本人に悪気は無いのだろうが、若葉は時折どストレートにものを言う。もはや見慣れた光景だ。
久美子が中学生達の若さについていけるか少し心配なまま、試合が始まった。
「しゃおらぁぁあ!!」
「どわあああ!!」
「たっ、球子──!!」
容赦の無い久美子のスマッシュが相手コートに叩き込まれる。
大人げなどかなぐり捨て、全力で試合に臨んでいる。楽しんでいるようでなによりだ。
「かなりいい勝負ね」
「久美子、後で筋肉痛大丈夫かな……」
「はは……」
時折こちらに飛んでくるボールを防ぎつつ、観戦組と共に昼食のBBQの準備をしながら試合の行く末を見守った。
──────────
「ふぃー食った食った」
「ご飯は美味しかったし、大浴場は綺麗だったし、良い旅館だね」
「真鈴さん達も誘えばよかったですね」
「そうねぇ。結構唐突に決まった旅行だったし、仕方ないかもしれないけれど」
旅館にて入浴と夕食を終え、各々のんびりまったり過ごしている。
私はいつものごとくカードゲームやテーブルゲーム等を持ってきているので、後で皆で何をやろうか少しわくわくしながら考えていたりする。
「体が痛い……筋肉痛辛い……」
「言わんこっちゃない」
我等が担任は筋肉痛に悶えながられんちゃんの太腿を枕に横になっている。
普段訓練で体を動かしているとはいえ、運動神経抜群の中学生達と一緒になって全力で運動すれば久美子さんといえどこうなるのか。年齢には逆らえないようだ。
それでも若葉達の相手をできるだけでも凄いとは思うが。
「……ねえ茉莉さん、ちょっと久美子さんの体をつつき回さない?」
「さすがにやめておくよ」
「本気で怒るぞ……?」
「なら、ゆうちゃんにマッサージしてもらうのは?」
「やるやる!ほぐしてあげるね久美子さん!」
「ちょっと待て!あ……んんっ.///」
「今日もゴッドハンドが冴えてるね」
痛みか快楽か、どちらで悶えているのかわからないが、様子からしておそらく気持ちいいのだろう。
全身の筋肉痛すら快楽で上書きするゆうちゃんのゴッドハンド。さすがに少し怖いので私は体験したくない。
「はぁ……はぁ……」
しばらくしてゆうちゃんのマッサージが終わる頃には、久美子さんは息も絶え絶えになっていた。体をピクピクさせていて少し面白い。
「友奈さん、そんなスキルがあったのね」
「ちょっと怖い……」
「怖くないよ水都ちゃん、普通のマッサージだよ?」
手をわきわきさせるゆうちゃんから水都は距離を取ると、隣にいた歌野を身代わりに差し出した。
「ホワッツ!?」
「歌野ちゃんも筋肉ほぐしてあげる!」
神の宿る指先に農業王が沈んだ。
ゆうちゃんはマッサージで食べていけるのではないだろうか。
──────────
夜9時過ぎ、そろそろ寝る準備をしようかということで、皆を大部屋に残し僕は隣の部屋に向かう。今回はちゃんと部屋を分けているのだ。
部屋に入ると、既に布団が敷かれていた。いつでも寝られるな。
広縁の椅子に腰を下ろし、旅館の自動販売機で買った缶コーヒーを開ける。
隣の部屋はそこそこ騒がしいが、他の宿泊客の迷惑にならないだろうか。一応、皆のいる大部屋の隣は空けてくれているから大丈夫だろうか。
今回が、皆と来れる最後の旅行になるだろうか。
なんとなく窓から夜景を眺めながら、今までを振り返る。
千景と初めて一緒に旅行したのは北海道で、雪花に出会い服屋で試着ファッションショーをしたり、ゲレンデではダイヤモンドダストを見ることができた。
次に行ったのが愛媛で、迷子の杏を助けたり球子にみかんをあげたり。スイーツ巡りもしたな。
それから大阪、奈良、京都、沖縄と、千景と共に様々な土地を訪れた。それぞれの場所で、それぞれの思い出がある。その全てに千景がいる。
「……離れたくない」
「私とか?」
「……お前とも離れたくないよ……なんでここにいるの?」
いつの間にか目の前に久美子がいた。落ち着いて話しているが一瞬驚いた。
「ノックはしたが、気づかなかったか?」
「考え事をしていて気づかなかったよ。どうした?」
「どうもしないが。用がないと会いに来てはいけないのか?」
「いや、構わないけど」
久美子はもう一つの椅子に腰を下ろし、僕と向かい合う。
「で、何を考えていたんだ?」
「千景と一緒にいろんな場所に旅行したなぁって思い出してたんだ」
「そうか。何か面白かったことはあったか?」
「面白かったこと?そうだなぁ……長野で蕎麦屋に入ったら歌野が幸せそうに蕎麦啜ってたり、奈良では茉莉が鹿せんべいを食べようとしてたな」
「歌野は想像できるが茉莉マジか」
当時は茉莉のことを知らなかったから、なんか鹿せんべいを食べようとしている子がいた、程度の認識だった。
その子が今は一緒に暮らしているのだから、人生は何があるかわからないものだ。
「あと、大阪のコンビニで綺麗なお姉さんに出会った」
「なんだ、私を口説いているのか?」
「違うよ」
「キスしていいか?」
「いいよ」
「ん」
久美子が立ち上がってこちらに寄り、僕の膝を跨いで座る。そして両手を僕の頬に添えると、ゆっくりと唇を重ねた。
もう何度も重ねた、久美子の柔らかい唇。
「旅行の度に奪われる僕の唇」
「旅行に限らずだろ」
「僕の唇安売りしすぎかな」
「代わりに何か頼みでも聞こうか?」
「んー……なら、千景の傍にいてあげてほしい」
「どういう意味だ?」
きょとんとした久美子に僕が何かを答える前に、部屋の扉が開かれる。
二人揃って扉の方に目を向けると、千景と鼻息を荒らげた杏が入ってきた。
「トイレに行くと言ったきり戻ってこないからもしかしたらと思ったら……やっぱりここにいたわね」
「そんなに抱き合って、二人きりで何をしていたんでしょうね!?」
「何もしてないよ」
いつものように表情を変えず自然に嘘をつくが、おそらく千景には見抜かれているだろう。ひなたと若葉曰く、僕と千景は嘘のつき方が似ているそうだから。
「部屋に戻るわよ、久美子さん!」
「蓮花、一緒に寝ては駄目か?」
「今夜は皆と一緒に寝てあげてほしいな」
「……わかった」
僕を抱き締めて離れない久美子の髪を優しく撫でて諭すと、一応納得してくれたのか僕を放して久美子は立ち上がった。
「部屋に戻ったら皆で女子会です!恋バナしましょう、恋バナ!」
「それ、私以外に何か話せる奴はいるのか?」
「すぐに話が尽きそうね」
自分達の部屋に戻っていく杏と久美子を見送る。
「千景は戻らないの?」
「戻る、けど……」
言い淀む千景の言葉の続きを待つ。
やがて千景は少しもじもじと僕の手を握り、上目遣いで僕を見つめた。
「少しだけ……抱き締めて、ください」
「ああ。いくらでも抱き締めてあげる」
千景の肩に両腕を回し、ぎゅっと抱き締める。千景に上目遣いで頼まれて断れる僕がどこにいようか。
「……久美子さんの匂いがする」
「あはは……」
千景は大きくなった。もう昔のようにそっと触れずとも、強く抱き締めても大丈夫だろうか。
次第に、千景の腕に強く力が込められていく。それに呼応するように、僕も強く抱き締める。
あなたを離したくないと、伝わってくるようだ。
伝えたい言葉は、伝えられるうちに伝えておかないと。君から教わったことだ。
「千景」
「なに?」
「……愛してる」
「……はい」
あの千景と、今腕の中にいるこの子は違う。それぞれに抱いた想いも、おそらく少し違うと思う。
けれど、僕にとって大切な人だと思っていることには違いない。傍にいたい。笑ってほしい。幸せになってほしい。
僕はこの子を愛している。
「今日は楽しかった?」
「ええ、とても」
「それは良かった」
僕を見上げる少女は、幸せそうな微笑みを見せてくれた。
これだけでも、今回の旅行に大きな価値があったと思えた。